第102話 決着 その3

 アスタロトはいつきの話を聞こうともせず、強引に通話を切ろうと強い口調で言い切った。このテレパシー的な通話はどちらかが会話を切り上げようと強く念じる事でも終了する。

 初めて通話する彼女がその事を知っていた訳ではなかったけれど、勘で何となくそれを察したいつきは、何とか通話を切らせまいと彼が話に興味を持ってもらえるように、一呼吸を置いて確信的な一言を告げた。


「私、犯人知ってるよ。証拠もある」


「お前何を……そんな言葉で……」


 真犯人を知っていると言うその言葉に、アスタロトも少なからず動揺する。これはいけると判断した彼女は、勿体つけずにストレートにその人物の名前を口にした。


「犯人はゲイウェルだよ」


「ゲイ……なんだって?」


「ゲイウェルがすり替えたんだよ。こっちには証拠の映像を記録した水晶もあるんだ」


 いつきは一気に交渉材料を全てぶちまけた。始めの頃こそ全く話を信じていなかった魔界貴族も、本来いつきが知るはずもない真犯人の名前と言う固有名詞が飛び出したのを聞いて、一気にその考えを改める。そうして疑いすらしなかったかつての友人が犯人だと言うその言葉にもまたショックを受けていた。


「マジか」


「ね、だから会わない?」


 その話しぶりから相手の動揺っぷりを感じ取ったいつきは更に畳み掛ける。混乱してきたアスタロトは何故今頃彼女がそう言う話を持ちかけてきたのか理解に苦しみ、改めてその真意を問う。


「お前は何がしたいんだ?」


「私はあなたの冤罪を晴らしたいんだよ」


 かつて殺そうとした相手に救われようとしているこのおかしな状況に、魔界貴族は頭を抱えた。それもそうだろう。普通は自分に害をなそうとする相手に救いの手を差し伸べようだなんて思わない。

 そこで彼は自分の心の混乱をおさめるためにもう一度質問をする。


「どう言う風の吹き回しだ?俺はお前を殺そうとしたのに」


「うん、でも今はそんな力もないんでしょ?」


 今は殺す力もない、この返ってきた言葉からアスタロトは通話相手の心の内を見透かした。この結論に達した彼は自虐気味に軽く笑う。


「憐れみか……今の俺を無様に思って」


「正直それは否定しない。でも助けたいって思ったのも本当だよ!」


 ネガティブモードのアスタロトにいつきは本音でぶつかった。その訴えに嘘偽りがない事を感じ取った彼はしばらくの沈黙の後、何かを悟ったのか、それとも単に開き直ったのか、やがてその重い口をゆっくりと開く。


「……いいだろう。待ち合わせ場所はどこがいい?」


 こうして交渉は成立し、2人は後日会う約束をした。彼女が街を出るのは資金面などの問題もあって難しいと言う流れになり、アスタロトの方がいつきの住む街まで来ると言う方向でまとまる。全ての段取りを話し終え、通話は予想以上の成果を上げて終了した。

 これで用事も終わったと言う事で、彼女は世話になった2人にペコリと頭を下げる。


「カムラ、幻龍じいちゃん、有難う」


「お安い御用だ。後、ヤバくなったらすぐに俺を呼ぶんだぞ」


「うん、頼りにしてるね」


 カムラの心強い助言を背中に受けながら土地神の間の扉を開けると、そこはいつきの家の前だった。達成感に満たされた彼女は軽い足取りで自宅に戻る。

 そうして報告待ちだった魔界猫に、ドヤ顔でさっきまでの神域でのやり取りを包み隠さずに全て報告した。


「で、会う約束をしちゃったと」


「うん。これで過去に飛んだ事が役に立つよ」


 ニコニコと話をするいつきに対して、心配性のヴェルノはベッドに寝そべりながら口を開く。


「本当に大丈夫かなぁ?」


「大丈夫大丈夫。だってこの話はアスタロトにとってもいい話なんだもん」


「上手く行けばいいけど……」


 その後も楽天的に話をする彼女と、最悪の想定ばかりするヴェルノとの会話は一向に噛み合う事がなかった。


 翌日、学校での昼休み。いつものように雪乃と世間話をしていたいつきは、当然のように今度自分を狙い続けた魔界貴族と会う約束をした事を彼女に報告する。


「アスタロトと待ち合わせ?」


「うん、これでアイツと関わるのももう最後だよ」


「大丈夫なの?」


 それがどんなに危険な事か、雪乃はいつきの身を案じて心配そうな表情をみせる。親友のそんな態度を目にしたいつきは、昨夜の自室での情景を思い出してクスクスと軽く笑い始めた。


「ははっ、べるのと同じ事言ってる」


「いや、事情を知ったらみんなそう言うって」


「今回は大丈夫だよ。だって向こうにとってもいい話なんだし」


 彼女は雪乃を安心させようと、絶対安全だと言えるその根拠を力説する。その話を黙って聞きながら、雪乃は浮かれている親友に対して冷静な判断をするように求めるのだった。


「絶対油断しないでね。気を付けて……」


「うん。じゃあ無事を祈っててね」


「そう言う事言わない」


 最後にフラグっぽい事を口にしたいつきに対して、雪乃は苦笑いを浮かべながら軽く空手チョップを浴びせる。その後の2人の会話は魔界とは無関係な話題に移り、あっと言う間に休み時間は過ぎていった。



 次の休日はアスタロトと約束をした日。いつきはヴェルノを肩に乗せて、その待ち合わせの場所までやってきていた。土地神の間でカムラを通じて話し合った待ち合わせの場所は、地元でも一番大きなショッピングモールのフードコート。

 ひとりで勝手に話を決めてしまったと言う事もあって、ヴェルノはいつきに何故この場所に決めたのか、その理由を質問する。


(何でここで待ち合わせなんだ?)


「ちょうどここのクレープが食べたくてねー」


(……あ、そう)


 彼女曰く、食べたいものがあったからフードコートを選んだらしい。その度し難い理由に彼は頭を抱える。呆れ返っているヴェルノを目にして、いつきはこの場所を選んだ本当の理由を、買ったばかりのいちごアイスクリームクレープをかぶりつきながら説明する。


「いやだって周りに大勢の人がいた方がいいでしょ。こっちの方が安全なんだって」


 休日のフードコートは人で溢れている。まだ昼前だとは言え、軽食を出店している店も多いこの場所は一日中人の流れが絶える事はない。人が多いと言う事は何かやらかせばすぐに大騒ぎになると言う事。大勢の人前で騒ぎを起こすのは力を失った彼にとっても決して得策ではないだろう。そこまで計算した上での待ち合わせだと彼女は得意げだった。

 ヴェルノはもりもりとクレープを食べるいつきを見ながら、その思惑通りになって欲しいと願う。


「よお」


 すっかり油断していた彼女の前に、子供の姿になったあのアスタロトが前触れもなく突然現れた。フレンドリーに挨拶をする悪意のかけらもないこの予想外の登場に対して、いつきもうまく言葉が返せずにカミカミでぎこちなく挨拶を返す。


「や、やあ」


「来てやったぞ」


「来てくれてどうも」


 この噛み合っているようで噛み合っていない挨拶の応酬が終わると、アスタロトは単刀直入に本題に入った。彼はあまり会話を楽しむ趣味はないらしい。


「で、ブツは?」


「ここに」


 対する彼女の方もこう言う流れになるのは想定内だったらしく、全く動揺する素振りも見せずにすぐにポケットから水晶を取り出してテーブルの上に置く。

 目の前の本物の魔界アイテムを目にしたアスタロトは、いつきが嘘を言っていないと確信し、ゴクリとつばを飲み込むと真剣な顔になった。

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