第57話 第2接触 その3

 それからどれくらいの時間が経っただろう。この膠着状態を打破する声は意外に早くやって来た。


「いつきーっ!」


「来たッ!変身っ!そしてステッキアタック!」


 先手必勝!いつきはヴェルノの姿を認めた時点で即変身し、素早くステッキを振った。ここで日々の訓練が役に立ったようで、ステッキからは魔法の弾がアスタロトに向かって放出された。最初からその攻撃など効かないと分かっていた彼は全く避けようとせずに敢えてその弾を身に受ける。


 攻撃魔法と彼が思っていたその弾は体に当たった瞬間に爆発し、その爆炎は辺りを白く染めていく。


「な、煙幕……っ?」


「べるの、早く!」


 アスタロトの視界を奪うこの攻撃に紛れて、いつきはやって来たヴェルノに対して右手を伸ばした。その手をしっかり握ったヴェルノはすぐに次の行動の指示をする。


「いつき、ここは逃げよう!」


「そのつもりだよっ!」


 煙幕の効果のある内にこの場を離脱しようと2人は全速力で飛んで行く。そのスピードは今までで一番早いものとなった。恐怖心が普段以上の力を2人に出させていたのかも知れない。体感速度的に時速70km以上の早さで逃げる2人はそのスピードもあってこのまま逃げ切れるものと確信していた。


「まぁ待てよ」


「うわあああっ!」


 懸命に逃げる2人の前にアスタロトが先回りして行手を塞ぐ。煙幕の効果なんてまるでなかったみたいに彼は平然とした顔をしていた。怯える2人の顔を目にしたアスタロトは見下すように忠告する。


「一度戦ってお前らの実力は把握している。逃げられると思うな」


「あ、あなた!弱い者いじめをして楽しいの!」


「これはそんな遊びの範疇じゃない。純粋な復讐だ」


 いつきの抗議にアスタロトは今回の行為の理由を口にする。そう語る彼の表情は暗く、声には純粋な恨みの念がこもっていた。まるでその言葉自体がそのまま呪いに変わるのではないかと思う程に。

 しかし、その言葉を素直に納得出来るいつきではない。すぐに彼女は反論する。


「わ、私関係ないんですけど!」


「お前に関係なくてもそこのヴェルノは関係あるだろ?俺はそいつを許さねえ」


「べ、べるののお父さんでしょ、あなたを追放したのは!」


 事前にアスタロト関係の情報をヴェルノから仕入れていたいつきはそれを口にする。例えヴェルノが関係していたとしても直接は関係していない。

 つまり無関係な相手に手を出すのはおかしいと言う主張だ。この言葉を聞いたアスタロトは眉ひとつ動かさず口を開く。


「追放?違うな……」


「へ?違うの?」


「俺はこっちの世界に逃げて来たんだよ。そいつの父親共に殺されかけたからな!」


 アスタロトの口から語られる衝撃の事実を前に、いつきはどう返事を返していいのか分からずしばらくの間硬直する。それから何とか言葉を紡ぎ出そうと少しずつ慎重に言葉を選びながら口を開く。


「それって……殺されかけるような事を……しでかしたから……じゃ……?」


「うるさい!お前も殺すぞ!」


 彼女の言葉が逆鱗に触れたのかアスタロトは突然激高した。この状況にいつきは恐怖を覚える。目の前の悪魔は今すぐにでも2人を殺しそうな勢いだ。

 そもそもアスタロトが本気になればいつき達は瞬殺されてしまうのは間違いない。緊張の高まる中、彼女は藁にもすがる思いで相棒に助けを求める。


「べるの、何か手はない?」


「残念だけど……」


「あ、あはは……。まいったね、こりゃ……」


 ヴェルノに速攻で要求を否定されたいつきは茫然自失する。怒りに震えるアスタロトは、けれどその実力差からすぐには2人に手を出さないでいた。

 この状況を変えられるとしたら彼が余裕を見せているこの隙を突くしかないと、いつきは覚悟を決めてステッキを握り直して構えを取る。


「何だ?戦う気か?実力差を考えな!」


「やってみなきゃ分からないでしょ!マジカル☆カッター!」


 彼女は対カムラ戦でも使った魔法、マジカル☆カッターを使った。ステッキから生成された魔法の鋭い刃物はアスタロトの体に当たり、見事に切り……裂かなかった。

 シャボン玉が障害物に当たってあっけなく割れるように、あっさりと魔法のカッターは弾け飛ぶ。アスタロトはこの攻撃に対してつまらなさそうに一言こぼした。


「ふん!それだけか」


「だから、無理だって」


 この攻撃の一部始終を見ていたヴェルノも呆れたように言葉を漏らす。自分の実力ではどうしようも出来ないと実感した彼女は今度こそこの状況をどうにかしようと次の手を実行する。


「こうなったら助っ人を呼ぶまでよ!たすけ……」


「呼べると思うか?」


 また誰か助っ人を呼ばれて有耶無耶にされては敵わないと、アスタロトはいつきに向けて手をかざす。次の瞬間、彼女は突然頭を抱えて苦しみ出した。


「うわあああ!あ、頭がああ!」


「アスタロト!いつきに何を!」


 その異常にすぐに気付いたヴェルノはアスタロトに強い口調で問い質す。


「また余計な者を呼ばれちゃ敵わないからな。先に魔女の方を壊す」


「やめろーっ!」


 アスタロトの攻撃が目に見えない精神攻撃だと察した彼はすぐにその攻撃からいつきを守ろうと防御結界を展開させる。その様子を見たアスタロトは邪悪な笑みを浮かびると、いやらしくニヤニヤと笑いながら彼の必死の行動を鼻で笑う。


「無駄だ、お前の生成出来るレベルの防御結界では俺の波動魔法は防げん」


「は、波動魔法……」


 アスタロトの口から語られたその魔法の種類にヴェルノは戦慄する。何故なら彼の現在の魔法レベルではその波動魔法を防ぐ事は出来ないからだ。

 苦しむいつきに対して何も出来ないと言うこの状況にヴェルノの表情は苦痛に歪む。その様子を眺めるアスタロトは上機嫌になって口を開く。


「俺の攻撃を防ごうと思うなら俺と同じレベルにならないとな」


「キャアアアアア!」


 頭痛に苦しむいつきはさらに強い痛みを感じ絶叫する。その苦しみを自分ではどうにも出来ない事にヴェルノも心を痛め、アスタロトに懇願する。


「やめろ、やめてくれ!」


「いいや、止めないねぇ……魔女を壊せば次はお前の番だぞ」


「くっ……」


 アスタロトの目的がヴェルノ一族に対する復讐な以上、彼の願いを聞くはずがない。本来無関係なはずのいつきが苦しむのをヴェルノはもうまともに見る事も出来なくなっていた。

 そんな彼に追い打ちをかけるようにアスタロトは言葉を続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る