第2接触

第55話 第2接触 その1

 次の日の昼休み、いつきはまた雪乃に土地神様の一件を全て話していた。もはや話のレベルが彼女の許容出来る範囲を超えていた為、雪乃はただ感嘆の声を上げ、無難な言葉を返す事しか出来なくなっていた。


「へぇ、すごい体験をしたね」


「ゆきのんにも紹介してあげようか、土地神様」


 驚いている彼女の顔を見て、調子に乗ったいつきは土地神を雪乃にも会わせようと話しかける。この申し出を受けた彼女は目を丸くして聞き返した。


「え?いつでも会えるの?」


「うん、いつでも会えるって幻龍さんそう言ってた」


「ま、また今度ね」


 いくら何でも一般人が神様とおいそれと会うのは畏れ多い、そう感じた雪乃はこの申し出を丁重にお断りする。

 その後、話題はテレビ番組とかクラスメトの話とかの他愛もない内容に移り、話をしている内に昼休みの時間はあっと言う間に過ぎていった。


「ふあ~あ……、午後の授業は眠くなるんだよねぇ……」


 5時間目の授業で眠気が襲って来たいつきは授業中に大きなあくびをする。その後も眠気とのバトルは続くものの、段々戦況は眠気側の優勢に傾き、時折意識が飛ぶ程にまで悪化していく。うつらうつらと体は揺れ、もはや正気を保つのも困難な状況になっていた。


「こらそこ、船を漕がない!」


「はぁーい……」


 さとこ先生に注意され、何とかいつきは睡眠軍の攻撃を耐え凌ぐ。その後も何度も注意され、そうして5時間目の授業は終了する。さとこ先生といつきのこのやり取りはもう恒例のイベントのようになっていた。

 眠気と言うものは不思議なもので、一旦ピークを過ぎると案外平気になるもので6時間目以降、いつきはそこまで眠くはなくなっていく。そうして今日も無事に放課後を迎える事が出来た。


 いろんな用事が重なってひとりで帰る帰り道。当たり前の風景が当たり前に目に入っていつきは背伸びをしながら独り言をつぶやいた。


「今日も平和だったなぁ」


(いつき殿、聞こえるかの?)


「幻龍さん?」


 そう、あの一件以降いつきと幻龍はテレパシーで会話出来る間柄となっていた。幻龍側からは滅多な事で話しかけないと言う事だったから、何か特別な事が起こったに違いないと彼女は意識を集中する。


(良かった、聞こえるようじゃの?)


「何かあったんですか?」


(うむ、今はまだ何もない、声が聞こえるか試してみたのじゃ)


「な~んだ、びっくりした。何か起こったのかと……」


 今回の幻龍からのメッセージはちゃんと言葉が届くかどうかの実験だったようで、真相の分かったいつきは緊張の糸を解きほぐした。

 それで会話が終われば良かったものの、幻龍は最後に気になる一言を漏らして彼女に注意を促す。


(何かと言えば……そうじゃな、不穏な気配が近付いておるぞ。困った時はすぐに儂を呼ぶのじゃぞ)


「呼べば助けてくれるんですか?」


 その一言に恐怖を覚えたいつきは恐る恐る幻龍に尋ねる。


(時と場合にもよるが、お前様は儂の恩人じゃ。出来る限り助けになるぞ)


「有難うございます。その時には宜しくお願いします」


(おお、儂に任せておきなさい。ふぉっふぉっふぉ)


 土地神から心強い言葉を頂いて、彼女はほっと胸をなでおろした。


 それでも心に芽生えた不安というのは中々消えないもので、帰宅後、いつきはすぐにリビングで寛いでいたヴェルノに全てを打ち明ける。


「不穏な気配か……気になるなぁ……」


「どう思う?」


 不安そうな顔で覗き込まれたヴェルノは考えられる可能性をポツリと口にする。


「うーん。また新たな敵とか?」


「べるのの一族、結構恨まれてる系?」


「系ってなんだよ系って」


 新たな敵と言う言葉にまたヴェルノ関係の何かが関わっているのでは?と考えたいつきの言動に対し、当然のように彼は不快感を示した。そんなヴェルノの反応にお構いなしに彼女は言葉を続ける。


「だって貴族なんでしょ?貴族なんて平民に恨まれてナンボじゃん」


「いや、こっちの世界の貴族と一緒にしないでくれる?」


 いつきの常識とヴェルノの常識が衝突する。どうやら魔界の貴族はみんなから慕われているらしい、ヴェルノの認識だと。これは貴族側の意見だけど、それが本当かどうかそれを確かめる術はない。

 その後も会話は平行線を続け、彼女は思いついた疑問を遠慮なく口にした。


「じゃあ何でアスタロトは貴族を恨んでるのさ」


「あいつは……ちょっとした行き違いがあって」


 アスタロトの話題に話が及ぶと、ヴェルノはバツの悪そうな顔をする。その表情の理由が知りたいと感じたいつきは質問の手を緩めなかった。


「行き違いって、どんな?」


「ある事件が起こった時に犯人にされたんだよ。それで暴れた。あいつは強いから実力者が対応しないといけなかったんだ」


「それがべるのの父さん?」


「そうだよ」


「その事件はそれで解決したの?」


「それは……でもその後に暴れたのは決して許されるべきものじゃない。どれだけの被害が出たか……」


 ヴェルノの話をまとめると、アスタロトはまず冤罪で捕まったものの、その処遇に不満を抱き、暴れて大きな被害を出した。その被害が甚大だったが為にその罰としてヴェルノの父が彼を追放したと言う事になる。確かに冤罪で捕まるのは気分のいいものじゃないけど、腹いせに暴れたら意味がない。

 いつきは話を聞きながらアスタロトを思い浮かべて、彼ならそう言う事はしそうだなと納得していた。


「じゃあ、べるのの一族はアスタロト以外には恨まれてない?」


「と、思う」


 断言しないところにヴェルノの慎重さが見て取れる。自分の知らない所で恨みを買っていないとは断言出来ないからだ。ここまで話を聞いたいつきはため息をひとつこぼすと、考え得る中で最悪のパターンを口にする。


「じゃあやっぱりアスタロトがまた狙ってくるのかなぁ?」


「可能性は、ある気がする」


 ヴェルノもまた、その可能性を否定しなかった。そうして重い空気がリビングを支配する。数分の沈黙の後、この状況を打破しようと彼女は無理やり明るい声を出して雰囲気を変えようと試みた。


「今度はステッキがあるし、勝てるよね?」


「無理」


「即答しないでよ!」


 折角いい雰囲気にしようと思ったのに、ヴェルノに否定されていつきは憤慨する。頬を膨らませている彼女を目にしたヴェルノは何故自分がそう思ったのか、両手を広げ、ジェスチャーを加えながら説明を始めた。

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