忍者再び

第40話 忍者再び その1

 アスタロトの件があってから3日後、表面上は落ち着きを取り戻したいつきはヴェルノにステッキの進捗情報を聞きに空き部屋のドアを開ける。

 明かりも付けずに薄暗い部屋の中で作業に集中していた彼の姿を確認したいつきは前触れなくいきなり声をかけた。


「ステッキ出来た?」


「んー、もうちょっと」


「そか」


 アスタロトの件ではヴェルノもかなりショックを受けていたはずで、それが今の返事からかなり回復して来たといつきは判断する。もう心配しなくていいかなと感じた彼女は軽く返事を返していた。

 彼女が安心して部屋を去ろうとした時、集中しているはずの彼から声が聞こえて来た。


「こんな事をしていていいのかな……」


「何が?」


 この言葉にピンと来なかったいつきは素で聞き返す。彼女の声を聞いたヴェルノは急に何かに気付いたように大声を上げる。


「ひょえっ?い、いたの?」


「さっき声をかけたんだけど……まぁいいか。何を悩んでいるの?」


 どうやらヴェルノとのさっきまでのやり取りは無意識で行っていたもののようだ。今更ながらにいつきが声をかけて来た事に気付いたヴェルノは、自身が抱える不安を包み隠さずに素直に彼女に吐露する。


「アスタロトの事だよ。いつまた襲ってくるか」


「あいつ、もう襲って来ないって自分で言ってたじゃん」


「その言葉、信用出来ると思う?」


 どうやらヴェルノはアスタロトがまたいつ襲ってくるか不安に感じているようだった。いつきは彼が言った言葉を信じて楽観的に振る舞っていたけど、同じ魔界の住人だったヴェルノはその言葉をどうにも信じきれないでいるようだ。

 その理由について思い当たる節があった彼女はついそれを口にする。


「あー、私に恨みはないだろけど、べるのには恨まれる理由があるもんねえ」


 そのいつきの言葉を聞いたヴェルノは作業を中断して振り返る。そして真剣な顔をして衝撃的な一言をいつきに告げた。


「やっぱり、もう僕はここにはいられない……」


 次にアスタロトが襲って来た時、自分では彼女を守りきれない、そう思っての判断なのだろうとは思うけど、その彼の決断を聞いたいつきは怒りをあらわにする。


「何言ってるのよ、ここまで巻き込んでおいて!」


「えっ?」


 いつきのこの反応が想定外だったのか、ヴェルノは困惑していた。たじろぐ彼に彼女は更に言葉を続ける。


「ここまで来たらもう私の問題でもあるんだから!逃げないでよ!」


「でも、役に立てなかった。いつきを守れなかった……」


 強く言い放ついつきの言葉に対してヴェルノは前の戦いで不甲斐なかった自分を恥じていた。そんな彼の情けない態度にキレた彼女は自説を展開する。


「強くなればいいじゃん!私も出来る事は協力するから!」


「そんな簡単に……」


 いつきの励ましの言葉にヴェルノは困惑していた。強くなるなんて事は自分には無縁だと思っていたからだ。そんな彼の背中を押すように彼女はサムズアップをしながらドヤ顔で口を開く。


「いや、べるのはもっともっと強くなれるよ!そんな気がする!」


「買いかぶり過ぎだよ」


「もうべるのはひとりじゃない。私がいるんだから」


「うーん……」


 どれだけ肯定しても自分を卑下するヴェルノに対し、何て言葉をかけていいのか分からなくなって困ったいつきは考えを逆転させて、ここにいるべき理由を話す作戦に切り替えた。一旦深呼吸した後、ヴェルノの目を真剣に見つめながら彼女は口を開く。


「それにここを出た後に行くあてがあるの?またゴミあさりの日々に戻るだけでしょ」


「う……」


 ここを出て行った先の事を全く考えていないと踏んだいつきの作戦勝ちだった。彼女の指摘にヴェルノは言葉が出て来ない。ここがチャンスとばかりにいつきは畳み掛けるように言葉を続ける。


「大丈夫、何とかなるから!時政さんだって力を貸してくれるし!」


「あの時はあれでアスタロトの気がそれたから……たまたまだよ。あの侍がどれほど強くても奴には勝てない……」


 今回アスタロトが引いた理由、いつきとヴェルノでその分析は正反対だった。ここはアスタロトの力を知っているヴェルノの方が正解に近いだろう。

 上手く説得出来なかったいつきは少し考えて、それならばと別の案を披露する。


「そうだ!悪魔って妖怪と似たような感じだからさ、今度はあの忍者さんも呼んで」


「連絡方法とか知ってる?」


「あ、知らなかった」


「駄目じゃん」


 いつきが折角閃いた別案もヴェルノの冷静な突っ込みに見事に撃沈してしまった。忍者とはあの時、お互い何も言わずに別れていたのだ。もう二度と合う事もないだろうから連絡先の交換なんて必要ないだろうと考えた事が、ここに来て仇となってしまっていた事を彼女は後悔する。

 このままではヴェルノが家を出てしまうと考えたいつきはもう変に策に頼るのではなく、自分の素直な想いでとにかく彼を引き止める事だけに注力する。


「と、とにかく!べるのはこの家から出ていっちゃちゃ駄目!アスタロト対策は一緒に考えよ!」


「いつき……」


 彼女の真剣な訴えを聞いてヴェルノも態度を軟化させる。この時の彼の顔を見て行けると判断したいつきはついポロッと本音を漏らしてしまう。


「だってまだ魔法少女続けたいもん」


「だと思った」


 彼女の本音を知ったヴェルノはそう言って笑う。それで気が晴れたのか彼はいつきの家を出ていくのを諦めた。ヴェルノが何を言ってもいつきは引き留めようと頑張るのが目に見えていたからだ。

 それから少し他愛のない日常会話を続け、彼はステッキ開発を再開する。その様子を見たいつきは今度こそ安心して部屋のドアを閉めたのだった。



「えっ、そんな事があったんだ」


「まさか悪魔が実在するとは思わなかったよ」


「魔法生物や魔女がいるくらいだし、いてもおかしくはないけどね」


 次の日の昼休み、雪乃との会話の中でまたしてもいつきはこの間起きた事を洗いざらい彼女に話していた。何を話しても素直に受け入れてくれる彼女にいつきは安心してこの普通ならあり得ない展開の話を喜々として話し続ける。

 誰かと情報を共有する事がいつきにとっての癒やしにも繋がっていた。


「全く、ゆきのんはクールだのう」


「もしかしたら目にしていないだけで妖精とか天使とか神様とかもいるのかもね」


「きっといるよ!いるからそんな話が伝わっているんだと思う」


 悪魔やら妖怪が実在しているのだから、その他の目に見えない存在だっているって話の流れになって2人は意気投合する。テンションが上ってきた雪乃はいつきにある意味定番の質問をするのだった。


「ねぇ、神様がいたらなんてお願いする?」


「やっぱイケメンとの出会いかな~」


「あ、あはは……」


 雪乃の質問に即答したいつきの答えに彼女は苦笑いを浮かべる。彼女が何だか納得していないようだったので、いつきはそう答えた理由を少し得意気に雪乃に説明する。


「いや、ほら、もう魔法少女になりたい願いは叶ったし、次はイケメンでしょ。どうせ願うなら逆ハーレムもいいかなー」


「そう言う神様がいつきの前に現れるといいね」

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