第30話 妖怪からの依頼 その5

「な、何だ?巨大化?」


 この彼女の変化に夢魔はビビる。彼にはいつきがどんどん巨大化しているように見えていた。


「いつきの怒りが体を巨大化させている……いや、イメージか」


 ヴェルノも最初は彼女が巨大化しているように見えたものの、冷静になるとそれは実際に大きくなっているのではなく、怒りのオーラで大きく見えてしまっているだけだった。


「ファイナルクラーッシュ!」


 いつきはそう言うと夢魔の前に静かに手をかざした。すると手の先から少し離れた空間から無数の強力な追尾エネルギー波が夢魔に向かって放たれる。

 完全に萎縮してしまっていた夢魔はこのいつきの怒りの最終攻撃をまともに食らって大爆発を起こした。


「ぎょえ~っ!」


 爆発が治まるとエネルギーを使い果たしたチワワサイズの夢魔がその場で伸びていた。この勝負、いつきの完全勝利で幕を下ろした。


「いい、もう悪さはしない事!」


「わ、分かった。出て行くからもうやめてくれ……」


 いつきに負けてすっかり意気消沈した夢魔は彼女にこれ以上の攻撃をしないよう懇願していた。この様子を見ていつきは夢魔がもう悪さをしないようにしっかりとお灸をすえる。


「どこかでまたあなたが悪さをしているのを見かけたら……そこから先はもう言わなくても分かるよね?」


「分かった!もう悪さはしないと誓うから!命だけは……お助け~っ!」


 彼女のきつい脅しの言葉に、夢魔は逃げ口上を残して急いでたぬ吉の夢から出て行った。その夢魔の余りの慌てっぷりにいつきは呆れながら口を開いた。


「別にそこまでの事は考えてないんだけどな」


「夢魔にはそう見えたんだろうさ。さっきの迫力は尋常じゃなかったし」


 バトルの決着を客観的に見ていたヴェルノは彼女に素直な感想を伝える。この彼の言葉を聞いていつきはまたしても気を悪くしていた。


「んま!失礼な話!こんなにお淑やかなお嬢様を捕まえて」


「冗談はともかく、戻ろうか」


 ヴェルノに冗談は通じなかった。いや、通じていたからこそその冗談が面白く思えなくて無視したのかも知れない。とにかく用事も終わったので2人はたぬ吉の夢の世界から現実世界に戻ってくる。いつきが時間を確認すると確かに入る前に彼が言ってた通り3分程度しか時間は経っていなかった。

 すやすやと眠り続けるたぬ吉の寝顔を見て彼女はほんわりと癒やされていた。この笑顔の為に戦ったんだと思うと自分に自信も出てくるのだった。


 ずっと寝顔を見ていたら夕食の時間が近くなったので変身を解いたいつきは台所へと向かう。少し遅れてヴェルノもその後に続いた。

 夕食を食べ終えた後はいつも通りの時間を過ごし、その日はもう何事もなく終わっていった。


 チチチ……。チチチ……。


 小鳥達のさえずりにたぬ吉はゆっくりと目を覚ます。悪夢にうなされない目覚めは久しぶりに感じた気持ち良さだった。


「ふあ……久しぶりによく眠れた気がするだ」


「良かったね」


 いつきはそんなたぬ吉の顔を見てにっこりと笑った。彼女は彼が起きる少し前に目を覚まして目が醒めるのをじっくり観察していたのだ。

 自分が熟睡していた事を自覚して、たぬ吉は今まで自分を悩ませていた悪夢を見なくなっていた事に気が付いた。


「もしかして、退治してくれただか!」


「うん、終わったよ、もう大丈夫」


 たぬ吉の質問にいつきはニコニコ笑顔でそう答えていた。この彼女の言葉に感動した彼はいつきの手を持ってブンブンと振って喜びを表現する。


「有難うだべ!恩に着るだよ!」


 呪いも解けた事でたぬ吉はまた故郷の天狗山に帰る事となった。いつきもヴェルノも彼を見送っている。


「いつかオラの住んでいる天狗山にも招待するべよ!」


 去り際に彼はそう言って振り返ると、改めて2人の顔を見る。それは別れるのが名残惜しいと、そう言いたげな顔だった。たぬ吉の感謝の気持ちがその言葉から読み取れた彼女はしっかりと彼の気持ちに答えようと返事を返す。


「有難う、じゃあその時を楽しみにしているね」


「それじゃあ失礼するべ!いつきの事はずっと忘れないべよ!」


 最後にそう言って、たぬ吉は弾むような軽やかな足取りで2人の前から姿を消していった。彼の姿が見えなくなって、いつきは今回の出来事に対して自分なりの感想を口にする。


「夢の世界って面白いね、思った通りになるなんて、癖になりそう」


 いつきのその言葉を聞いてヴェルノは忠告する。


「ダメだよ、居着いたら夢魔になっちゃう」


 この言葉を聞いて彼女は思わぬ夢魔の正体にびっくりしていた。


「え?夢魔って……」


「そうやって夢の中に居着いたものの成れの果てだよ」


「そうなんだ……」


 夢魔の正体が夢の中に入り込んでその世界が気に入って出られなくなった人の成れの果てだったなんて……。この事実にいつきはちょっと怖いものを感じてしまっていた。ヴェルノは夢魔について更に補足の説明を得意顔になって続ける。


「夢の中が気に入って夢の中でしか生きられなくなって、誰かの夢の中を転々とするしか出来なくなったのが夢魔の正体さ」


「現実に居場所がなかったのかな?何だか淋しいね」


 彼の話を聞いていつきは夢魔を憐れな存在と思うようになった。たぬ吉の中に入っていた夢魔も元はもっとまともな存在だったのかも知れない。

 彼女が夢魔の事で頭の中を一杯にしているとヴェルノが今度は夢の中での戦いのリスクについて話し始めた。


「それに今回はたまたま力のない夢魔だったから良かったものの、もっと妄想が暴走したヤツだったら危なかったよ」


「夢の中で倒されちゃったらどうなるの?」


 この意味ありげな彼の言葉に興味を抱いたいつきがその先の言葉を求めると、ヴェルノはすごく真剣な顔をしてぽつりと一言こぼす。


「精神の消滅は魂の消滅……」


「こ、怖い事言わないでよ!」


 魂の消滅=死。いくら鈍感ないつきだってそれくらいはすぐに連想出来る。ヴェルノの言葉が理解できた瞬間、彼女の背中を悪寒が走った。そのいつきの様子を見て彼は後ろ足で顔を掻きながら口を開く。


「だから最初に言ったじゃん、危険だって」


「はぁ、今回は本当にうまくいって良かったよ」


 真相を知っていつきは今回の幸運を天に感謝していた。ヴェルノはヒョイッと机の上に駆け上って彼女に少し強い口調で注意する。


「今度からは僕の忠告もちゃんと聞いてよ!何かあってからじゃ遅いんだから!」


「うん、分かった、気をつける」


 彼が自分の事を本気で心配している事を知っていつきは忠告を真剣に聞かなかった事を反省する。

 それでもこれはもう全て終わった事なので、今度からは気をつけると言う事で今回の件の反省会もこれでお開きと言う事になった。



「……これで人間界と通信出来るようになるんですの?」


「ああ、後は向こうの許可を得るだけだ」


 場所はここではないどこか。ある親子が謎の通信装置を目の前にして会話をしている。人間界と言う言葉が飛び出している事から、そこは異界である事は間違いなさそうだ。そして人間界とも縁の深い異界である事も。


「父様は人間界にツテが?」


「古い知り合いがいる、任せておきなさい」


 この親子はどうやら人間界の誰かに向けて通信をしたいようだった。そしてその為には人間界からも協力が必要なようだけど、それも問題ないらしい。全てのお膳立ては整っていると父親は子供に伝えていた。

 果たしてこの親子といつき達はどう関係するのか、それとも無関係なのか、まだ彼女達はこの異界の動きについて何も知らないのだった。

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