僕らの可愛い人

nachico

プロローグ

2人のお兄ちゃん


 いつからだろう。妹・ヒナタの未来がなんとなくぼんやり分かるようになった。どうやら兄・キョウスケはそんな能力ちからはないらしい。


 大切な妹を幸せに導けるなら、こんな素晴らしいことはないと思った。


 ただ……この力がきっかけでオレと兄があんなことになるとは思ってもみなかった───。



 ◇◆◇◆



 キーンコーンカーンコーン────



 陽が落ちるのがすっかり早くなり外はもう夕暮れ時というころ、学校中に下校の時刻を告げる鐘が鳴る。


 すでに数えるほどの生徒しか残っていない教室の中、ヒナタはゆっくりとランドセルに教科書をしまっていた。


 色素が薄めの大きな瞳とピンク色の唇、生まれつき茶色がかった艶のある髪は可愛く三つ編みにして水玉のリボンで結んでいる。


 まさにお伽話に出てくるお姫様のような可愛さと人懐っこい性格も加わり、男の子はもちろん女の子にも人気があった。




 いつもは笑顔であふれている顔が、夕日に照らされた今はどことなく寂しそうに見える。


「ヒナタちゃん、いっしょにかえろ?」


「うん! いいよー」


 自分の身体からすると大きめの真っ赤なランドセルを背負いながら、さっきまでの沈みかけた顔を内に隠すように笑顔で答える。


「あ、おい、オマエら! あぶねーからオレがいっしょにかえってやるよ!」


「ずりー! オレがかえってやろうとおもってたんだぞ!」


「えー。そういって、あんたたちヒナタちゃんといっしょにかえりたいだけでしょー?」


「バ、バカ! そんなんじゃねーよ!!」


「そうそう、そんなんじゃねーぞ!」


 男子達がなぜそんなに慌てているのかもよくわからないヒナタは特に気にする風もなく教室を後にした。





 校舎から正門までの道を賑やかに歩いていると、正門のところに二つの影が見える。


 どうやら一つの影はこちらに向かって手を振っているようで、だんだんと近づくにつれ、おーいと呼ぶ声も聞こえる。


「おーい、ヒナー」


 手を振っていた影がヒナタを呼んだ。

 それに気づいたヒナタは、笑顔だった表情をぱぁっと更に明るくさせて影の存在を認識した。


「おにいちゃん!」


 他の4人もヒナタの視線の先を追うと、そこには長身の男性が2人立っていた。



 一人はヒナタに手を振っている男性。


 面影はどこかヒナタと似ていて、くっきりとした二重の瞳と長い睫毛、形の良い口もとは喜びを隠すことなく表現している。


 また、明るめの髪は耳にかけられていて彼の性格を表しているかのような清涼感があった。



 一方隣にいる男性は対照的で。


 邪魔にならない程度に整えられた黒髪はサラリと風になびき、眼鏡の奥にあるアーモンド型の瞳はどこか刺すような視線にも見えるものの、その表情からは感情が読み取れない。


 ヒナタに対しても軽く右手を上げただけである。


 しかしながら、整った顔立ちや立ち居姿からはどこか気品すら漂っているようだった。




 大通りに面した正門前に立つ二人は、道行く女性からチラチラと好意的な視線を送られている。


 女子高生らしき二人組にいたっては頬を赤らめながら隠すことなくカッコイイを連呼していた。


 ただそこに立っているだけなのに、明らかに目立っているのだ。


「おにいちゃん! どうしたの? ふたりでがっこうまでくるなんて」


 嬉しくて思わず駆け寄ったヒナタだったが、兄が2人揃って自分を迎えにきたことを純粋に疑問に感じていた。


「いや、キョウスケお兄ちゃんと会ったのは偶然なんだ。な? 兄貴」


 手を振っていた男性はヒナタの背丈に合わせるように屈み苦笑いをした。


「ああ。なんとなくアオイも来てる気がしたけどな」


 二人が揃っていた理由は判ったが、何故来たのかが判らない。そんな表情のヒナタに気づいたアオイは再び口を開く。


「ヒナ、今日は父親参観行ってやれなくてごめんな。本当は学校休んででも行きたかったけど……」


「……寂しかったか?」


 ヒナタの頭にポンと手を乗せ、キョウスケも心なしか悲しそうな表情をしている。


「ううん! おにいちゃんたちがいそがしいのしってるもん。……ほんとは、ちょっとだけサビシかったけど……もうげんきでたよ!」


 少し大人びた顔をしたり、寂しそうに俯いたり、かと思ったら花が咲いたような笑顔をみせたり。


 コロコロと変わる表情に、キョウスケとアオイは妹を心から愛おしく感じていた。


 今日の夕飯はヒナタの好きなオムライスにしよう、などと話しながら温かな空気が3人を包む──。









「…………で? ヒナタ、あの男どもは誰だ?」


 感動の雰囲気が一変。


 長男キョウスケの眼鏡がキラリと光り、先ほどまで一緒に帰っていた〝あの男ども〟もとい、ヒナタのクラスメイト達に視線を移している。


 ヒナタは〝おとこども〟という言葉に一瞬反応できずにいたが、キョウスケの視線から察し「おともだちだよ」と無邪気に笑った。


「ほう。……アオイ、どうだ?」


「ん~~~、アウト。ガキんちょなのに立派な下心と、ヒナタに悪影響を及ぼす未来が見える気がする」


 いきなりクラスメイトの方を凝視して難しい顔をしだした兄に、本日二回目のハテナを浮かべるヒナタ。


「みえるって、なにがみえるの?」


「ヒナのことが大好きだから、どんなお友達なのかなーって見てるとなんとなーく見えてくる気がするんだ」


「そっか。みんなやさしくてイイおともだちだよ」


「そうだね。イロイロ判ったよ」


 そう言って黒い笑顔を見せる次男アオイと、幼い男児2人に殺気ともいえる鋭い視線を向ける長男キョウスケ。


 その日は夕暮れの中を7人で帰ったが、その後、男子の間では密かにヒナタの兄についての噂が広がり小学校を卒業するまでヒナタが男の子と一緒に帰ることは無くなったのであった。

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