第16話 正門にて
「キョンくーん」
突然耳に入った聞き慣れた声。まさか。
俺たちが正門にたどり着く直前だった。
正門の金属ゲートのそばに立つ女の子二人。
「えへへ。来ちゃった」
悪びれもなく言う妹の横でミヨキチが頭を下げた。二人とも赤いランドセルを背負っているが、完全になじんで百パーセントリアル小学生の妹と比べてミヨキチは似合わない。
しかも、この季節にやや早い短ズボンからすらりと綺麗な足が伸びていて、へたすると小学生コスプレちっくなミヨキチだった。ヤバすぎるだろこれは。
妹は駆けだしてハルヒの横に並んだ女子生徒に飛びついた。
「みくるちゃーん!」
「どうしたの? こんなところに」
戸惑いをすこし見せながらも優しい笑顔で妹を受け止める朝比奈さんの姿はある意味、天使と言っても過言では……痛ってえょ!
ハルヒがいつの間にか俺の右腕をギシリと握りしめている。
「キョン」
「なんだよ」
「この子がミヨキチね?」
なんという
「あのう、わたし北高の制服あこがれなんです。一緒にならんだところを撮ってもらっていいですか」
ミヨキチは俺とハルヒの緊張状態に気づかないのか、ハルヒの横にならぶ。
ハルヒもこれには驚いたようで、
「あんたほんとに小学生? みくるちゃんと背が変わんないくらいじゃない。あ、四月から中学生なんだ?」
「まだ五年生です」
ハルヒが驚いているスキに俺は身をふりほどき、携帯で写真を撮る。たのむからこれくらいで帰ってくれ。
「で、どうすんのキョン。まさか子供だけを返したりしないわよね」
「もしよかったら学校を見学させてもらってもいいですか」
「学校? 中に入りたいの?」
「外からでもいいです。お願いします。私、将来北高に入るつもりなんです」
ハルヒは少し首を傾げた。子供会のボランティアで子供慣れしているはずのハルヒでも虚を突かれたみたいだった。
「キョン」
「なんだ」
「あんたの友達ってかわってんのね」
「妹の友達だ。俺のじゃない」
いや困った。こんなところに置いていくわけにも行かず、学校案内と言うことになるのか。
「あ、忘れてた!」
朝比奈さんと話していた妹が唐突に叫んだ。
「キョン君、友達が来てたよ」
「友達?」
正門の影から現れた一人の女子高生。制服はこのあたりでは見かけないものだった。
色白で、目ぱっちりしている。全体的に華奢な感じがする。が、手足が長く見える割に、胴体がきゅっとしまっているせいか、肩が広く見え、筋肉質な感じ……そして強い癖毛。
……俺の頭に灯がともった。
ひょっとして、岡本じゃないか?
中学時代、同じクラスで確か美化委員をやっていた。新体操部に在籍していて、須藤のやつが熱を上げていたっけ。一年あまり見ない間に少し背が高くなっている。
クラスの中ではとんでもなく大人びていたが、ひどい近眼なのに眼鏡嫌いだったから、その美しい顔をいきなり人に顔を近づけて話しかける癖があった。
この癖で何人もの男子が思い違いをしてたっけ。
……とか言ってる場合じゃない。事態は風雲急を告げている。
「キョン? 誰この人?」
「中学んときの同窓だよ」
「覚えていてくれたんだ。よかった。この人たち友達? モテモテじゃない?」
瞳を俺にまっすぐ向ける。とたんに思い出した。
「ひょっとして、野外ステージのライブに……」
「あ、やっぱりキョンくんだったんだ。わたしもステージの上でちらっと見ただけだから、まさかとおもってたけどね」
「ステージって何?」
「いや、だからその、昔の友達で彼女は新体操をやってて、その演技をだな、」
ハルヒはつまらない教科書を眺めるかのような目つきでしばらく俺を長め、くるりと背を向けた。
「ま、いいわ。小学生を危ないお兄さんに任せっきりなのも心配だし。このあたりは夕方になると人通りが少ないからね。あたしが案内してあげる。みくるちゃん? 有希はどうするの?」
「あ。あたしならかまいませんけど」
妹はそれを聞いて朝比奈さんの腕にすがりつかんばかりだ。長門は文庫本を持ったまま何も言わずに頷いた。
ハルヒは俺を完璧に無視したまま、言った。
「じゃ、出発進行!」
ミヨキチと妹は一瞬目を合わせてハルヒについて坂を上っていく。二人とも小さな冒険が望み通りになったのが嬉しいらしい。妹の方は朝比奈さんに久しぶりに会えたのもあるんだろう。
中に連れて行くわけにはいかないから、正面玄関から坂を少し上り、体育館を望んで螺旋階段のある西口玄関までの外周を半分回るコースにちがいない。
それまでずっと黙したまま観察していた古泉はちらりと俺に目をやってから、喜緑さんの顔を見た。
喜緑さんは俺たち二人を観察しているようだったがやがて、
「わたしたちは涼宮さんと一緒に行きます」
軽く頭を下げると古泉と並んで去っていく。
ハルヒたちが坂を登り切って見えなくなるまで俺と岡本は黙っていた。
「なんか、悪いことしちゃったみたいだね」
「いや、別に」
彼女は第三者だし勝手に誤解したハルヒが悪い……わけでもないか。
俺は正門の煉瓦花壇を少し下がったところまで坂を下りた。ここは目立ちすぎる。
「で、なんの用?」
「……ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ」
「実は私、まだ新体操をしてるの。でもバイトは厳禁なんだよね。ケガなんかしたらこまるから。でもあっちのほうも楽しいし」
「学校側に知られたくない、と」
「そう」
もとより誰に話すつもりもなかったし。今日ここで会うまではっきり思い出さなかったくらいだ。
「私もキョンくんがアイドルオタクなのは同窓会の連中には言わないでおいてあげる」
俺は別に言われたところで気にしない。舞台のあのグループも好感が持てたことは事実なんだし。
「そういえば、同窓会の話きいた?」
「いや」
「須藤くんがあちこちに働きかけてるみたい。卒業して一年経ったらやろうって言ってたでしょ」
たぶん、須藤の奴は岡本に会いたいだけだろう。
「キョンくんだって会いたい人がいるはずよ」
「さあな」
「あの人、進学校にいっちゃったからね。同じ中学で女子で行ったのはあの人だけ。変わってるっちゃ、かわってるよね」
そういえば、もうずっと会ってないな。
「ところで、ライブで隣に座ってた子、かわいかったわね。意外と隅に置けないというか、中学生?」
頼むからやめてくれ。
「妹の付き添いできただけだ」
「そう……。じゃこのことは秘密ね?」
「別に自分から話す内容でもないし」
「よかった」
「別に」
「キョンくん。卒業してからあの人とはあってるの」
「いや」
「やっぱりね。あの人といってすぐに反応するところを見るとまだ心残りがあるんでしょ」
「そんなんじゃないさ」
「ごめん」
「いいって」
岡本の癖っ毛が風に揺れた。
まだ今なら校舎を急いで抜けて西玄関に出ればハルヒたちに追いつけるだろう。しかし俺はそうしなかった。
まだ何かを言いたそうな岡本をこのまま置いていけないような気がしていた。
「ほんとはね、バイトのことなんかあんまり関係ないんだよね。急に思い出しちゃって。学校が終わったら自然とキョンくんの家に足を向けていたの。妹さんたちが出てきて、案内してくれるって」
岡本は少しうつむいて言った。
「そういえば、国木田君は?」
「同じクラスだ。相変わらず
「私ね……。中学の時も部活が忙しかったけど、キョンくんたちの話の輪に入ってみたかった。国木田くんや佐々木さんのしゃれた会話にね。でも私なんかとうてい佐々木さんにかなわない。そう思っていたの。私は体育馬鹿だし、頭わるいし」
そんなことはない。
俺も一度だけ体育館で演技中の彼女を見たことがある。あんな複雑な動きをなめらかにやってのけるのは頭が悪くてはつとまらないだろう。
でも、いったい何の話をしているんだろう。
「それで、そのまんま卒業しちゃって……。昨日、キョン君と会ったときに急に全部思い出したの。おかしいよね。いままで全然思い出しもしなかったのに。きっとまだ残ってたのね。」
「でも佐々木さんの周りには近寄れなかった。あの人の選んだ人だけがそばにいることができる。そんな感じがしてたの」
佐々木は俺とか国木田には男言葉でしゃべって、クラスの女の子には女の子らしい物言いでそれなりにつきあいがあったはずだ。
あいつは誰からも距離を置いていて、好き嫌いをはっきり表すようなヤツじゃなかった。
「さっき話してた人、キョン君の友達?」
「腐れ縁かな」
「なんか佐々木さんに似てる」
「正反対だよ」
「キョンくん。キミは鈍感すぎるよ」
「よくわからんが」
「キミはいつも誰か思われてる。でも気づかない。キミにとって空気のように当たり前だから。それって幸せなことなのかな」
岡本は髪を揺らして俺に向き直った。
「なんかすっきりした。ごめんね。いきなり来ちゃって。さっきの人にも謝っておいてね」
すこし無理な感じのする笑顔を見せて、俺にまた背を向け、歩き出した。
「気がつかなくて悪かった」
今の俺にはこんな言葉しか頭に浮かばない。
岡本は何も答えず、まっすぐ歩いて行った。振り返りもせずに。
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