第28話 地球へ!
ここはいつか見た空 いつか見た地獄の果て
うねり来る憎悪の炎に身を焼き焦がされ
精神の吹き溜まりへと流されていく
ここはいつか見た夢の園 いつか見た追憶の彼方
第二十八話 『地球へ!』
「ここへ戻ってくるのも久しぶりだな……」
高台に登り辺りを見渡すタケル。
心地の良い風がふわりと頬を撫で、チョンマゲがゆらゆらと揺れる。
荒野と化した廃墟は、無残な傷跡を残していた。
だがそこは、タケルにとって懐かしい思い出の場所であった。
(餓狼乱のアジト……本当にここではいろんなことがあったな……)
タケルは目を閉じて、今までの思い出を懐かしんでいた。
はじめてここに流れ着いた時。紅薔薇との決闘。さまざまな戦い。
そのどれもが、タケルのまぶたの裏に鮮明に思い出されていた。
「タケルー! そろそろあいつらが来る時間だよー!」
「おっと、紅薔薇が呼んでやがる。もうそんな時間か」
紅薔薇がこっちに向かって手を振っている。
「紅薔薇のヤロウ……インガの使いすぎでババアになった体も、少しは回復に向かっているようだな」
タケルの言うとおり、老人のようだった容姿は、今では30代後半に見える。
何故ここまで回復したのか? それは紅薔薇の心が、少しずつ癒されてきたからだろう。
あれほど荒れていた感情も、だいぶ落ち着いてきたようだった。
「よっと!」
タケルは十メートルくらいの高台から飛び降り、紅薔薇の横に着地した。
紅薔薇の顔を覗き込むタケル。
「そろそろあいつらが来るな……本当にいいのか? その姿を見せても?」
「何度も聞かないで、タケル。確かにこんなオバさんじゃぁ、女の魅力なんて全然ないけどね」
「紅薔薇…」
「それでも、あたしはあいつらの顔を見たいんだ。もし、この顔を見てショックを受けるヤツがいたとしてもね」
紅薔薇の顔はさわやかな笑みに包まれていた。まるで悪い夢から覚めたようなように。
「そっか……よし、行こうか! 紅薔薇」
タケルは紅薔薇の肩をポンとたたいた。
ブロロォン……キキィ!
装甲車のブレーキの音がいくつも聞こえ、大きな歓声が響いてきた。
ワァァァア!
「アニキー! おかえりなさい!」 「紅薔薇のアネゴー! 無事で良かったっス!」
数台のバギーから、餓狼乱の部下がこちらへ集まってきた。
「アネゴ?……あれ、アネゴは?」
「ここだよ!」
部下たちは、そこにいた紅薔薇と思われる女性の姿を見て固まってしまった。
「はは、予想はしてたけど、やっぱりこんなオバさんじゃぁカッコつかないね…」
紅薔薇の表情が寂しく曇る。
「紅薔薇……い、いいかオマエら! べ、紅薔薇がこうなったのは、わ、ワケがあってだなぁ……!」
タケルは、変わり果てた姿の紅薔薇のフォローをしようと必死だった。
「アネゴー! おかえりなさい!」 「会いたかったス! 紅薔薇のアネゴ!」
ところが部下たちは、そんな紅薔薇を躊躇せず歓迎してくれた。それを見た紅薔薇はビックリしていた。
「おまえら……こんな姿になったあたしを歓迎してくれるのかい?」
「いやぁ、最初は驚きましたけどね、アネゴはいくつになっても色気バッチリっすよ!」
「そうですよ、全然イケてますって! 俺なんか前よりも魅力的に感じますから!」
どうやら部下たちは熟女趣味のようだった。その様子を見てタケルは安心した。
(まぁ、紅薔薇についてきた連中だからな……ロリコンじゃねぇのはわかっていたけど、まさかここまで……)
「ん? 何か言ったかい、タケル」
「い、いや、何でもねぇよ! それより良かったな、みんながこうして集まってくれてよ!」
タケルと紅薔薇と部下達は、しばらくぶりの再会を喜んでいた。
だが、タケルの後ろにいる、もとヤマトの国の連中を目にすると、その歓喜も薄らいでいった。
「アニキ……あれは誰っすか? あの格好、どう見てもヤマトの兵に見えるんすけど…」
「ああ、あいつらか……いいか、よく聞けてめぇら! これにはふか~い事情があるんだ!」
それからタケルは、一生懸命に今までのことを部下に話した。
だが、今まで敵だった者をスンナリと受け入れるハズはなく、餓狼乱の部下たちは不服そうな表情だった。
それを見兼ねた紅薔薇はこう言った。
「おまえたち、タケルのことを信じられないってのかい!? それとも、一度はヤマトに寝返ったあたしのことも疑っているってのかい!?」
「そ、そんなことはありやせん!」 「そ、そうですぜ! 俺たちはアニキとアネゴを信じますから!」
紅薔薇の一括で、その場は静まり、餓狼乱の新しい基地へと移動することになった。
そして恒例の、タケルと紅薔薇の歓迎の宴がはじまった。
今回の会場は屋上の野外だった。月を見上げながらの酒はなかなか風情があった。
最初はなかなか打ち解けなかった餓狼乱の部下とヤマトの兵ではあったが、酒もまわり、タケルの華やかなパフォーマンスもあり、次第にお互いが打ち解けてきた様子だった。
中でも、ヤマトのメカニックであり武神機乗りでもあったザクロは、タケルの魅力に尊敬の念すら抱いていた。
「最高ですよ、タケルさん! ここの人達は、こんな熱い情熱をもっているなんて!」
「だろ? 見かけはどいつも悪人ヅラしてっけど、中身はみんないい奴等だぜ! わっはっは!」
「本当ですね、ボクは今までヤマトの人間以外は良いイメージを持ってませんでした……ただ目の前の敵を倒すことだけを教えられていたものですから……」
「ザクロ……おめぇも苦労したんだな」
「それが、それが……こんなに良い人たちがいただなんて……ボクは……ボクは今までなんて無益な殺生をしてしまったんだ!……オヨヨヨヨ!」
ザクロは泣き出してしまった。どうやら泣き上戸らしい。
「まぁまぁ、こんな時代だからな、ニイちゃんも生きるために必死だったんだな……」
部下がザクロを慰めると、ザクロはますます号泣してしまった。
「ありゃ、あいつ泣き上戸だったのか……それにしても、みんなと仲良くやっていけそうで安心したぜ」
「みんな、あんたの人柄についてきてくれたんだよ、タケル」
「いや、俺はキトラに半分意識を乗っ取られて、ヤマトで酷いことをしてきちまった……みんながついてきてくれたのは、ヤマトのやり方に嫌気がさした連中だからさ」
「……そうかもしれないけど、そればかりじゃないよ。ここではあんたがリーダーなんだからさ、そんな弱気じゃ困るよ」
「ははっ、そうだな、そうかもしれねーな。俺がしっかりしねぇとな……」
タケルは夜空に浮かぶ星空をジッと見上げた。
しばしの沈黙。
「萌……いや、撫子のことを考えているのかい?」
「あぁ……まぁな……」
「あたしも、萌の正体が撫子だったなんて気がつかなかったよ……でもあの娘には、何か特別な力が眠っているのを感じていたからね……」
「ああ、それは俺も同じだ。萌のインガは常人とはちがう潜在能力があった」
「あたしも嫉妬して醜いところをタケルに見せちまった……どう言ってあんたに謝ったらいいのか……」
紅薔薇はチラリとタケルの顔を見た。
「気にするな、紅薔薇。人は誰でも自分を見失う時があるんだ。俺だって荒れてた時もあったさ、それをいちいち責めてもキリがねぇ」
「ふふ……そう言ってくれて本当に嬉しいよ、タケル。だけどもあたしもそれに甘えてちゃいけない。この世界の真実を、危機を知ってしまった以上は、ね……」
「知ってたのか……いつからだ?」
「まだ禁断の地に入ったばかりの頃、アマテラス様があたしの部屋に入ってきたことがあったんだよ……それであたしに優しくしてくれてさ。最初は何でだろうって思ったけど、後になってわかったよ」
「へぇ、あのオヤジ……い、いやアマテラスが、か?」
「隠さなくたって全部知ってるよ、あたしだってインガ使いだよ、禁断の地でどんなことが起こったかある程度インガで察知できる。それにアマテラスは、あたしの本当の父だってことも知ってるよ」
「そっか……知ってたのか。だったら俺らは姉弟ってコトになるな。だったら尚更、みんな仲良くやっていかねぇとな」
「そだね……それにしてもタケル、あんた嬉しそうな顔してるね?」
「ああ、俺はわかったんだよ。こうして家族みてぇにみんなでいられることの大切さが……だからたまらなく嬉しいんだ」
「……ねぇ、ちょっと聞いていいかい?」
「ん、なんだ?」
「今のタケルは、肉体がキトラで、精神が古のタケルなんだろ?」
「う~ん、正確には、肉体はキトラだけど、心は古のタケルの精神と、ここで暮らした精神のブレンドだな」
「じゃあ、記憶はどうなっているのさ?」
「ああ、キトラの記憶は残っているが、ほとんどは古の俺、かな?」
「そうなんだ。その地球ってところで暮らしていた時の記憶なんだね」
「どうして、そんなこと聞くんだ?」
「うん……地球のタケルの両親ってどんな人なのかなって思って……」
「どうしようもねぇ悪いオヤジだったよ。酒と博打に明け暮れて、暴力ばっか母ちゃんに振るってたな」
「そうなんだ……変なこと聞いちゃったね」
「かまわねぇよ。それで母ちゃんは無理な仕事が祟って病気で死んじまってさ、オヤジも酒の飲みすぎで死んだ……それからは天涯孤独、萌の両親が経営している孤児院に入って、そこでも悪さばっかしてさ」
タケルは、得意気に、そして寂しそうに語った。
「……」
「俺の性格が暴力的で、酒飲みでお調子者なのもオヤジ譲りってワケ。へっ、笑っちまうだろ?」
「……でも、優しい性格は、お母さん譲りなんだろ」
「そんなこと! ねぇけどよ……でも、とっても温かい母ちゃんだったぜ……今の餓狼乱の仲間のように、な」
「じゃあ、この温かみを大事にしないとね?」
「ああ……俺が命に代えても守るぜ、この家族を……」
「うん……ここはホントにあったかいね……家族みたいにあったかいね……」
「あぁ……あったけぇな……」
タケルと紅薔薇は、目の前で燃えている暖炉の火をお互いみつめていた。
その炎は、タケルたちの絆のように、赤く熱く燃えているのだった。
その後ろの物陰では、部下達がタケルの話を盗み聞きして涙していた。
「あ、アニィ……お、オレたち……オレたちも一生ついていきますぜ、ウウゥ……」
それに感づいたタケルと紅薔薇。
「あいつら……盗み聞きとはいい度胸じゃねーか、いっちょ、ブン殴って……」
だが、タケルは、こみ上げる涙を堪えるのに精一杯で、それ以上言葉が続かなかった。
(ほんとに温かいね……タケル……)
そして翌日。
餓狼乱とヤマトの兵の間には、わだかまりはなかった。
この世界の平和を愛する同じ人間として、ともに心を合わせて戦うと誓ったのだ。
「よーし、てめぇら! これからは新生餓狼乱として、この世界を変えていってやるぜいッ!」
「オォーーッ!」
たった一握りの人間が、この世界を変えるなんて出来る訳がない。普通ならそう思うだろう。
だが、タケルをリーダーとした餓狼乱の部下たちは、不可能を可能に出来ると信じていた。
「アニキ! まずは何から始めるんです?」
「まずは戦力の強化だ! 俺たちに賛同して戦ってくれる同士が、今ここに集まってくれる! あれだ!」
そう言ってタケルの指差した方向に、大きな船とバイクのような武神機が見えた。
「タケル……あれって、昔あんたが話してた……」
「そうさ! 砂の海賊だ! 俺が昨日連絡しておいた。あいつらが力を貸してくれたら百人力だぜッ!」
「南のエリアを統治する砂の海賊か……ウワサには聞いていたけど、とても心強い味方だよ!」
そこに集まった砂の海賊の懐かしい顔ぶれ。そこには『キリリ』の姿もあった。
以前、アジジの死後以来、険悪なムードになってしまったタケルとキリリ。
タケルが砂の海賊から離れ、負け犬の街に流れ着いたのはその時だった。
サンドサーペント号から降りてきたキリリ。その姿は威風堂々としたものだった。
船長としての貫禄をもったキリリを筆頭に、砂の海賊は完全復活をしていたのだった。
キリリは、タケルの方へゆっくりと歩み寄ってきた。お互いの視線が交差する。
久しぶりに再会するふたりは、いったいどんな会話を交わすのだろうか。
タケルの目の前で止まったキリリは、タケルの顔をジッと見詰めた。
そして、キリリの手がタケルの前に差し出されると、タケルも同じく手を差し出した。
タケルとキリリは、がっちり握手をするとお互いにニッコリと微笑んだ。
「やっぱりおめぇが船長をやっていたのか、キリリ」
「あぁ、アジジの意思はアタシが受け継いだからね!」
「アジジ……そうだな。アジジの誇り高い意思は、これからも受け継いでいかなきゃならねぇな……」
砂の海賊アジジ。
アマテラスの弟で、その昔、キトラと撫子とともに成人の試練へ旅立った男。
しかし、途中はぐれてしまった罰として、両手両足を切断され、ジュジュエンの砂漠に放り出されたのだ。
この時、記憶を失ったアジジは、砂の海賊に拾われ、そして船長になるのだった。
こんな数奇な運命を背負ったアジジが、タケルに何かを感じ取っていたのは、身内としての絆だったのかもしれない。
タケルはこの事実をキリリには話さなかった。
アジジは砂の海賊の船長として、立派に生き抜いてきたのだ。
あの誇り高い生き方に過去なんて関係ない。そうタケルは思った。
キリリは、砂の海賊と餓狼乱の部下たちの前に立って声を上げた。
「この世界の各地では、様々な暴動が起こっているわ……それは今までのような、単なるエリアごとの小競り合いじゃない。何か取り返しのつかない終局に向かって、世界が動いているような気がするの……それを止めなきゃならないわ!」
「オオッーーッ!!」 「やってやりますぜー!」
砂の海賊と餓狼乱は歓喜を上げた。
「たいしたもんだぜ、砂の海賊船長キリリ! もうみんなの心を掴んじまったぜ!」
「そりゃそうよ。なんてったって美人船長キリリ様だからね?」
「ははっ、言ってくれるぜ!」
かつてはアジジの死に直面し、タケルとキリリの心には厚い壁ができていた。
だが、今、お互いは共通の目的に向かい、手を取り合い、心のわだかまりを捨てることができたのだ。
ヤマトの兵を加えた新生餓狼乱。
そこに砂の海賊も加わり、ますます戦力がアップしたのだった。
「ヤマトやレジオヌール、そして獣人のヤツらとやり合うためには、とにかく戦力を少しでも増やすのが先決だ! 手分けして武神機の量産と開発に着手してくれ!」
「おお! アニキ、まかせてくだせぇ!」
「そして、俺たちとともに戦ってくれる仲間を少しでも増やすんだ! ヤマトの国にもレジオヌールの国にも賛同していない反対派がいるハズだ!」
タケルの一声で、皆が自分の役割を着々とこなしていった。
武神機を開発する者、情報を仕入れる者。
以前は負け犬であった人間達は、ひとりの指導者によって大きく変わっていくのだった。
そして一週間が経った。
情報によれば、ヤマトの国ではアマテラス亡き後、撫子が皇帝の座についていた。
統治者を失い崩れかけたヤマトの国だったが、撫子の統率力により、軍事の基盤を回復しつつあった。
レジオヌールも崩壊した城を再建し、更なる戦力強化を進めていた。
そして獣人族も……
タケルと紅薔薇たちは、作戦室で会議を行っていた。
「ヤマトでは撫子が実権を握ったか……烏丸も円もそれに従っているんだろうな」
「それは、まず間違いないだろうね、タケル」
「シャルルは早くもレジオヌール城を復興しやがったか……相変わらず抜け目のないヤロウだな。ははっ」
「笑っている場合じゃないよ。あたしもヤマトの人間だったからわかるけど、あそこは昔ながらの家柄同士が主従関係で繋がっているんだ。だから結束力が強いんだよ」
「ああ、わかってる。そういうのが一番やっかいだってこともな」
「それにしてもアニキ、何でヤマトやレジオヌールなんかに味方するヤツがいるんでしょうかねぇ?」
「う~ん……そいつを支持するってのは魅力あるからじゃねぇかな」
「魅力、ですかい?」
「そうだ。やっぱ、世の中にはいろいろな考えをもったヤツがいて、正しいとか間違っているとかじゃなくて、魅力のあるヤツについていくんじゃねぇかな」
「ふ~ん、そういうモンすかねぇ……でも、そんなノンキなこと言ってる場合じゃねぇっすよ?」
「だから俺たちも自分の道を信じて進めばいいんだよ。まわりを気にするのはメンドクセェからな!」
「あぁ、そうだね……それが一番かもね」
タケルと紅薔薇の顔に迷いはなかった。
「タケルの言ってることは、銀杏にはわかんないよっ☆」
「ははっ、おめぇはまだ子供だからな、ちょっち難しかったか?」
「あ~、また銀杏を子供扱いしてるぅ☆もうプンプン☆!」
銀杏を茶化して笑っているタケル。紅薔薇はそんな銀杏を哀しい目でみつめていた。
「ん、どうした紅薔薇? そんな暗い顔して」
「あ、いや、なんでもないさ。それよりも獣人族の情報が少ないのが気になるねぇ」
「ちょっと不気味ですぜ、あいつらが仕掛けてこないってのは」
「獣人族か……今一番戦力が安定しているのはやつらだな」
「確かにね」
「もともと少数の集まりだから大きな作戦を起こしにくいとは思うが、あの戦闘力なら、ヤマトやレジオヌールに攻め入るチャンスは十分にあるハズだ……」
「じゃあ、この餓狼乱もターゲットになっているかもしれやせんぜ、アニキ!」
「それはねぇだろ。ヤマトやレジオヌールと比べて、餓狼乱の戦力はまだまだ小せぇ。くやしいけど今は、他国には相手にされてねぇ状態だからな」
「何言ってんだい、撫子やシャルルがあんたを放って置くわけないだろ? 用心するにこしたことないさ」
「あぁ、まぁな。でも獣人族はまだ俺達に手を出してこねぇ……俺はなんとなくそう思う……」
「なんとなくって、根拠もないのにですか? アニキ」
「ん、まぁな……あ! キリリ達が帰ってきたようだぜ。あいつらには、俺達に賛同してくれる仲間集めを頼んであったんだ。さっそく連れてきたみてぇだからちょっと行ってくるぜ!」
そう言うとタケルは足早に去っていった。
「アニキはなんだかヘンでしたね、アネゴ?」
「あぁ、そうだね……」 (獣人族……きっとベンやポリニャックのことを考えてたんだね……)
タケルはキリリのもとへ走りながら考えていた。
(ポリニャックにあんな酷い仕打ちをしてしまった俺を、ベンはきっと許さねぇだろう……
あいつは兵力が整った状態の餓狼乱を全力で潰しにくる……それまではここを襲うことはありえねぇ……)
夜になった。
キリリが連れてきた新しい仲間との宴も終わり、皆は酔って寝付いていた。
だが、タケルだけはそこにいなかった。
寝室にはおらず、開いた窓から風が入り、カーテンがたなびいていた。
夜空には大きな月。
と言っても、このヤマトの世界の月とは、インガの光が集まって大きく見える現象だった。
その月夜に照らされ、瓦礫に腰をかけているタケルがいた。
「やっぱ来やがったか……」
「アニキ……」
そこに対峙するふたりの影。タケルともうひとり、それはベンであった。
「よくわかっただぎゃね、オラがここに来るって」
「あぁ、なんとなくな。しみったれたインガを感じたんでな」
「……」
「それにしても、臆病モンのおまえが敵地に乗り込んでくるなんて、少しは度胸がついたみてぇだな?」
ベンはフフと笑った。
「なにがおかしいんだ?」
「敵地……だったぎゃね、この餓狼乱も。今ではそうなってしまっただぎゃね……」
ベンは以前、自分が餓狼乱の一員だった事を思い出した。
「おめぇらの大将が、ヤマトとレジオヌールにケンカを売ったんだ。そりゃ当然だろ」
「人間の勝手な戦争には黙っていられないだぎゃよ。だから我王様がそれを終わらせようとしてるだぎゃ」
「終わらせるか……逆にハデに拡大しなきゃいいけどな」
「それも人間次第で、オラ達は戦いを好まない種族なんだぎゃ。静かに暮らせればそれでいいだぎゃ」
「だが、時代はそうは言ってないみたいだぜ? この世界の終局の事……まさか知らないワケじゃねぇだろ」
「終局……」
「今はみんな手を取り合って助け合うか、それとも邪魔者は排除するかのどっちかだな」
「……だから、その後者になっただぎゃよ……邪魔なのは……」
「……」
「人間だぎゃ」
そう言い切ったベンの表情に迷いはなかった。
「大きく出たな。いや、臆病モンのおめぇが、たいそうな口をきくようになったもんだぜ、まったく」
「オラはもう昔のオラじゃないだぎゃよ。まして、アニキの影をコソコソついてまわるオラでもないだぎゃ」
「へん! 偉そうなこと言っても、まだ俺の事をアニキって呼んでるじゃねぇかよ?」
「オラは今まで、アニキと一緒にいて、いろいろと教えてもらっただぎゃよ。アニキの強さ、たくましさ、そして優しさ……そんなアニキへの、せめてもの尊敬の念だぎゃ」
「けっ! 歯の浮くようなセリフをベラベラ並べてんじゃねぇよ!」
タケルは立ち上がった。
「相変わらずお世辞だけは一人前だな。その口で我王ってヤツに取り入ってもらったんじゃねぇのか?」
「我王様はオラの力を認めてくれただぎゃよ。ボブソン師匠の修行で、オラのインガは格段に上がっただぎゃ……そしてポリニャックの力のおかげでもあるだぎゃ……」
「あぁ、たしか眠っているインガを呼び覚ます力ってヤツか。ポリニャックめ、面倒なことしやがってよ」
「だから今では、アニキのインガよりオラの方が上だぎゃ」
「なんだと?」
「それをいずれ解らせてやるだぎゃ……ポリニャックのためにも!」
「ヘン! おもしれぇ! じゃあ今ここで見せてみろよ!」
「オラもそこまでバカじゃないだぎゃよ。敵陣の中でひとりで戦うワケないだぎゃ」
「ちっ! 怖ぇのか?」
「それも作戦だぎゃよ」
月日に照らされ、お互い睨み合うタケルとベン。
「我王様は強いだぎゃよ……オラよりももっともっと……そしてアニキよりも……」
「てめぇに毛の生えた程度じゃあ期待ハズレだぜ。せいぜい楽しみにしてるって伝えとけや」
「わかっただぎゃ。アニキは……餓狼乱は獣人族と戦う意志だって事を、伝えておくだぎゃ……」
「ああ、よろしくな」
ベンは振り返ると、月明かりの中へと消えていった。
ドォン!
突然、ベンの消え去った方角から、強大なインガが感じられた。
それは、己の力を誇示するかのような、攻撃的なインガだった。それを放出しているのはベンであった。
「あのヤロウ、虚勢張りやがって……」
タケルは、ベンの方向を睨みつけた。だが、口元はニヤリと笑っていた。
「ちったぁ、強くなったようじゃねぇか……」
タケルは。
その時のタケルの心中は、ベンと始めて出会った時の記憶が思い出されていた。
(そういや、はじめてあいつと会った時も、こんな大きな月が出ていたな……)
月夜のスクリーンに映し出された数々の思い出。
ベンとのケンカ。ポリニャックのはしゃぐ姿。そのどれもが鮮明に映し出されていた。
キトラに意識を奪われていたとはいえ、今更謝って済むことではない。そして、そんな状況でもない。
人間と獣人との間に、大きな溝が出来てしまった今、どうしてベンと仲直りすることができようか?
リーダーという人をまとめる立場にある人間は、ひとり身勝手な私情を抑えねばならなかった。
タケルは下唇を噛みフルフルと震えた。
月の光は、そんなタケルを慰めるように優しく照らしていた。
夜が明けて新しい朝がきた。
だが、ついに、地球復活の前兆が訪れた。
恐れていた事態が現実になろうとしていたのだった。
ヤマトの国の遥か上空に出来た空間の歪み。それは、黒い大渦だった。
そこの穴から流れ出るように、禍々しいインガが放出されていた。
それは同時に、このヤマトの世界崩壊に繋がっていた。
空は濁った紫色にそまり、怪しげな雲に覆われていた。
この異常な現象に、人々は不安を隠さずにはいられなかった。
それは、レジオヌールでも同じだった。
「ついに来てしまったようですね、シャルル様」
「このままいけば、ヤマトの上空に出来た歪みが広がり、やがてこの世界全てが飲み込まれてしまうでしょう……ヤマトの世界が限界に近づいているのは間違いないでしょう」
「予想していたよりも早かったようです、シャルル様」
「はい。禁断の地の要石に封印されていた古の精神……復活した撫子さんとタケルさんの強大なインガが引き金となって、この世界の秩序のバランスを崩し始めたのです」
「やはり、あの二人が復活した以上、仕方のないことなのでしょうか」
「そうですね。それに、激しい戦いによって、人の憎しみが増大したのが、この結果を早めた原因です」
「皮肉なものですな……人が自らの住む大地を滅ぼそうとしているとは……」
「邪悪なインガの増大は、もはや人の意思では止められないのです。ですから、大いなる意思から託された使命を、我々は成し遂げねばならないのです」
「心得ています、シャルル様」
「さあ! レジオヌール軍、全軍出撃です!」
レジオヌール国から発進した巨大な船。戦武艦『シトヴァイエン』がいよいよ動き出したのだった。
そして、獣人族も動き始めた。
「この感じ! いよいよきやがったな!」
「我王よ、そなたも感じたか?」
「当然だぜ! これだけ邪悪なインガが溢れるように流れてきやがればな!」
「うむ……思ったよりも激しく、とんでもない量のインガじゃな……これが黒い大渦の力か……」
「とにかく、これで思いっきり暴れられるぜ! 俺達、獣人族の力を人間どもに見せてやるんだ!」
「ウオオー!」
獣人たちは声を上げた。
「出すんだろ? アレを」
「そうじゃ、いよいよ我ら獣人族の力を人間にみせつける時がきたようじゃ!」
「よし! ハイネロア、発進の準備はどうなっている?」
「すでに準備万端でございます、我王さま!」
「よし! アシュギィネ、出るぞ!」
「ウオオォォォッ!」
獣人の雄たけびと共にその姿を現した戦武艦、『アシュギィネ』。
獣人族でも巨大戦武艦の開発に成功していたのだった。
その生物的な異様な井出達からは、禍々しいインガが放たれていた。
一方、こちらはヤマトの国。
「撫子様、いよいよですね……」
撫子の傍らにいる烏丸神と鉄円は、緊張の一瞬を固唾を呑んで見守っていた。
「ああ、感じるわ……我のインガに共鳴するかのように、あのドス黒い渦が、我を呼んでおる……」
撫子は、高台から何万もの兵の前に姿を現した。そして、両手をゆっくりと大きく広げ、天を仰いだ。
「時は来た!」
ヤマトの兵はシーンとなって撫子の話に聞き入る。
「この世界を治めるべき者は、レジオヌールでも獣人どもでもない。それはこのヤマトに定められた使命なのだ……」
ヤマトの兵は、皆、固唾を飲んだ。
「新たなる世界の入り口が、このヤマトの上空に開かれたのがその証拠! 行け、者ども! 未来栄光の平和の為に、誰がこの世界を統治するべきか、愚民どもにそれを教えてやるのだ!」
「オオオーッ!」
修復を終え、悠々しく発進する戦武艦『光明』。そのブリッジで指揮する撫子の姿は雄大だった。
そして、ここ餓狼乱でも、それは同じだった。
「いいかてめぇら! 今から作戦を言う!」
(ゴクリ……)
皆は真剣にタケルの話に聞き入った。
「死ぬな!」
「えっ!?」
ドヨドヨドヨ……
餓狼乱の部下達にどよめきが走った。
「ちょっと、タケル。それってどういう作戦なんだい?」
たまらず紅薔薇がツッコミを入れる。
「へへっ。みんな、この只ならぬ状況に体が強張っちまってるだろ? だからさ」
「そりゃ、死んだら元も子もないけど……でも、それが作戦って……」
「大丈夫だ。作戦はちゃんとある。まずは、ヤマトの上空に出現したおかしな穴に向かうんだ」
「それで?」
「たぶん、そこでヤマトとレジオヌール、それに獣人族と鉢合わせになるハズだ。そこに……」
「わかりやした! その隙に、やつらを叩くんですね? アニキ!」
「いや、そうじゃない。それだと戦力の少ない俺達は不利だ。ここは、ヤツラのケツについて我慢だ」
「そんな消極的な……それに、あの黒い大渦に近寄って大丈夫なの?」
キリリが心配そうな顔をしてタケルに問いかけた。
「あの渦……黒い大渦は、地球に蔓延ってヤマトの世界とを結んでいやがるんだ……俺にはわかる、あの渦の先に、俺たちのもとめる地球が存在しているってな」
「あ、あの~……タケルさん?」
「どうした、ザクロ?」
「あの渦に近寄るのは良いのですが、あんなに高い上空までは飛べませんよ?」
「確かに、サンドサーペント号でも、あそこまで飛べないわ。戦武艦クラスと言わないまでも、せめて中級クラスの船でないと……」
キリリは自分達の船を見てそう言った。
「そのとおり。キリリの言うとおりだ。じゃあどうするかって言うとだなぁ……」
タケルはニンマリとした顔で笑った。
「ど、どうするんですか、アニキ……?」
「ブンどっちまえばいいんだよ!」
「ブンどるぅ!? な、何をですかい? まさか戦武艦を……」
「そのまさかさ。今ヤマトの国では、『光明』の他にも試作型の戦武艦を開発しているっていう情報がある。それを奪うんだよ」
「そんな、無茶な!」
「そうですぜ! そのヤマトの試作型の戦武艦を手に入れなきゃ、作戦は成功しねぇですぜ?」
「ああ、それも大丈夫だ。ヤマトの国に、俺の仲間を潜入させてある。そいつは頭の切れるヤツだから信頼できるし、乗っ取り計画も順調に進んでいるらしい」
「へぇ、いつの間にそんなことを。で、誰なんだい、その仲間ってのはさ?」
「それは行って見てのお楽しみだ。ちょっと無愛想な男と、とびきりのカワイコちゃんさ」
「カワイコちゃんっスか? う~楽しみっス!」
「ばか! 遊びに行くんじゃないよ!」
「す、すいやせん、アネゴ……」
「ははは! よーし、んじゃ、いっちょ行くぜ!ヤロウども準備はいいか!?」
「お、オォー!」
「よ~し! ヤマトやレジオヌールに遅れは取ると思うけど、地球の世界がどうなっているのかわからないのに、先陣を切って進むのは得策じゃないと俺は思うんだ」
確かにタケルの言うとおりだと、部下たちは納得している様子だった。
「ちょっと待ってください」
「どした? ザクロ」
「これからの激戦の前に、タケルさんの武神機用に新しい武器を作ってみたんです」
「新しい武器? なんだいそりゃ?」
「はい。ヤマトタケルが背負う四本の刀です。用途によっていろいろな使い方が出来ると思います」
「へぇ、そいつはスゲェな!」
「開発に時間がかかったので、実際にタケルさんに試してもらうことができなくなってしまいましたが……」
「かまわねぇさ! ぶっつけ本番で大丈夫だぜ!」
「さすがタケルさんですね、ボクも作った甲斐がありました。これです」
ザクロは武器庫の扉を開けると、そこには四本の背負刀と鎧のような装甲が現れた。
「この四本の刀と各部の装甲をを繋ぐ器具が、ヤマトタケルの召還に共鳴して発射されます」
「うほ! おめぇはスゲエやつだぜ、ザクロ。サンキューな! んで、この武器の名前とかってねぇのか?」
「はい、それも考えてありますよ。その武器は武神具……烈弾鉄鋼衣 (フルアーマー)です」
「ってことは、フルアーマー・ヤマトタケルだな! カッコイイぜ!気に入った! よぉし、準備万端、みんな用意はいいか!?」
「オオーッ!」
今ここに、この世界の歴史を変える重大な戦いが起ころうとしていた。
ヤマトの世界が崩壊する前に、封印されし星、『地球』を蘇らせることが出来るだろうか?
それはまだ誰にもわからない。
だが餓狼乱のメンバーは、タケルとともに、新しい時代を夢見て旅立っていくのだった。
グゴゴゴゴォ……
ヤマトの国の遥か上空に現れた大きな黒い渦。
バチバチと白い稲光がほとばしり、その周りを急流のように歪んだ空間が渦を巻いていた。
それは、新しい世界への入り口なのか。それとも死への直下降か。
もともと、大インガによって封印された地球。そして新しく造られたヤマトの世界。
その均衡が崩れ、今、新たなる幕開けに直面したタケル。
地球復興の鍵とされる、大インガの発動。
それを行なえるのは、古の意思を伝承するタケルと萌の精神。それを受け継ぐキトラと撫子。
だが、タケルはその意思に相反し、キトラとの精神の融合を拒否し、別人格のタケルとなってしまった。
これでは、大インガを発動できるのは撫子だけである。
そして、タケルを父親だと言うシャルルの謎の言葉。
運命の渦は、皮肉にもこの三人を敵対させてしまったのだった。
そこには、どんな真意が隠されているのだろうか?
それともこれは大いなる意思の気まぐれであろうか?
どちらにせよ、この戦いの幕開けが、新しい未来の鍵を握るのは間違いない。
再びタケルたち餓狼乱。
「さぁ行くぜ、てめぇら! どうせヤマトの奴等には、撫子のインガで俺達の行動がバレちまってるんだ」
「あぁ! ヤマトもレジオヌールと獣人族に挟まれて、首がまわらないだろうからね! やるなら今だよ!」
「ちょっと待ちなさい! この砂の海賊キリリ様が一番乗りだよ!(アジジ……みんなを守っておくれよ!)」
「へっ、キリリのヤロウ、すっかり船長が板についてきてやがるぜ!」
「関心している場合じゃないよ、タケル。肝心の戦武艦を手にいれなきゃどうしようもないんだからね」
「わかってる! ヤマとレジオヌール、そして獣人族が鉢合わせれば必ず乱戦状態になる。そのスキに戦武艦を頂いちまえばいいんだ。今頃ヤツはうまくやっていることだろうぜ」
「とにかく、ハデにヤツラをひっかきまわせばいいんだね?」
「そういうこと! 行くぜ、紅薔薇に銀杏、ザクロ! そしてヤロウども! 援護はまかせたぜ、キリリ!」
「いつでもいいよ!」 「は~い☆!」 「ついていきます、タケルさん!」 「いっちょいきまっかアニキ!」 「バックは砂の海賊に任せな、タケル!」
バシュシュ!
砂の海賊の武神機、『砂蜥蜴(すなとかげ)』。
餓狼乱で開発された武神機、『餓狼弐式』。
そして新たに開発された、『猛虎』と『紅蜂』。
二機ともタケルと紅薔薇の名前からとった機体で、『猛虎』は陸戦型、『紅蜂』は空中戦を得意とする武神機だった。
「この短期間で、これだけの武神機を開発するなんざ、たいしたモンだぜ!」
「ヤマトの技術開発者のおかげですよ! なんたって我らヤマトの開発力は一番ですから……おっとボクは今は餓狼乱でしたっけ、ははっ」
「ザクロ! ヤマトの技術だって誇ってもいいんだぜ? でも今はそんなこと関係なく、みんなが頑張って力を貸してくれたおかげだと俺は思うぜ! サイコーだよ、おめぇらはよッ!」
タケルのその言葉に、餓狼乱はいっそう志気が上がった。
「うおおッ! 来い、ヤマトタケル! この世界を救うには、おめぇの力が必要なんだ!」
バリバリバリッ!
雷鳴がとどろき、黒い空が大きく割れた。
そこに悠然と現れ、黒い大きな翼を持った伝説の武神機、『大和猛』。
崖からジャンプしたタケルは、空中でコクピットへ吸い込まれ、メンタルコネクトを完了させた。
「ようし、早速これを使わせてもらうぜ、ザクロ」
ヤマトタケルは、空中で四本の背負刀とドッキングした。
そして、鞘から刀をガチャリと抜き、天に向かって突き上げた。
「いくぜ、 烈弾鉄鋼衣・大和猛(フルアーマー・ヤマトタケル)! 撫子! シャルル! そして我王! てめぇらの好きにはさせねぇぜッ!」
再びここはヤマトの国。
「ふ……来たな雑兵どもが。全軍これを迎え撃て! ヤマトの力を思い知らせてやるのだ!」
ヤマトの城からは、武神機が次々と出撃していった。
それに対抗するように、レジオヌールのシトヴァイエンからも武神機が続々と発進していく。
そして、それより少し遅れるようにして、獣人族の戦武艦アシュギィネも集結していた。
大きな戦禍を取りまくそれぞれの意思が激突し、戦場は感情と感情のぶつかり合うインガで多い尽くされていた。あるものは友の為、あるものは愛する人の為に、戦場へ赴く。
その溢れるエネルギーは、さらに黒い大渦へと吸い込まれていくのだった。
タケルは感じていた。
「大気が異常なほど張り詰めているぜ……」
「それだけ物凄いインガが、そこに集結してるってことだね?」
「ああ、これはちょっと異常だぜ……何が起こるかわからねぇ、早くヤマトの戦武艦をいただかねぇと!」
「でも、その戦武艦はどこにあるんだい? それにその仲間ってのも一体どこに?」
「慌てるんじゃねぇぜ、紅薔薇。もうすぐ感じるぜ、ヤツラのインガ……あそこだッ!」
タケルと紅薔薇は、ヤマトの砲撃を潜り抜け、なんとか城の中心部へと侵入した。
そして、そこで落ち合った人物とは、なんと。
「よォ! 久しぶりだな! 作戦どおりだぜ!」
それは、見たことのある人物であった。
「ふっ、ここで俺がドジを踏む訳にはいかないんでな。それでは皆に申し訳がたたないからな」
「さぁ、タケルさん、早く戦武艦を! ここにいる者は私達の味方ですから!」
「ま、まさか、あんたらは……」
紅薔薇が驚くのも無理はなかった。死んだと思われていた人物がそこにいたのだから。
「オパールとネパール! 本当に生きていたんだね。よくもまぁ無事で……」
キトラに精神を乗っ取られ、非情になったタケルに、オパールとネパールは処刑されたハズだった。
だが、かろうじて残っていたタケルの精神が、ポリニャックのインガで逃げ延びるスキを作らせたのだ。
「全く、あんなに酷い仕打ちは初めてだぞ、タケル。あの時は本当におまえを殺してやろうと思ったよ」
「すまねぇなオパール。あの時はああするしかなかったんだ……」
「ちょっと兄さん! 今はタケルさんを責めてる場合じゃないわよ! 早く戦武艦に乗り込まないと!」
「よし! おめぇら、早くこの戦武艦に乗り込め! 準備が出来次第出発するぞ!」
オパールとタケルの先導で、戦武艦に乗り込んだ餓狼乱たち。
「それにしても、あんたもモノズキだねぇ。演技とは言え、タケルにあんなひどいことされたのにさぁ?」
「あ、あなたも見てたんですか……やだな、恥ずかしい……」
ネパールは、タケルの前であらわな姿にされたこと、そしてタケルに告白したことを思い出して照れた。
「でも、あんなに恥ずかしかったのに、何だかすごく気持ちよかったんです……なんというか、体がポーッと熱くなって……あ、やだな、あたしったら、何言ってるのかしら! キャッ!」
ネパールは両手で頬を押さえて赤面していた。
「おうい、何やってんだ! 紅薔薇、ネパール! 出発するぞ!」
「は、はぁーい! 今いきますタケルさぁん!」
ネパールの走っていく様を、呆然と見送る紅薔薇。
(あの子、ソッチの気があるわね……いじめられて喜ぶタイプかしら? なんだかカワイイ子ね……)
ネパールを見る紅薔薇の視線は潤んでいた。
(はッ! あたしは何を考えてるんだッ!?)
紅薔薇は、ネパールの性癖を理解すると同時に、新しい自分を発見してしまったようだった。
タケルたちは、新しい戦武艦に乗り込んだ。
「エンジン始動、動力90%! 各部機能異常なし! アイドリングを兼ねながら、いつでも発進できます!」
「よおし! じゃぁ行くぜ!」
「ちょっと待ちなよ、タケル。この船の名前はなんて言うのさ?」
「え? 名前? そんなの決めてねぇけどさ……」
「これから世紀の決戦を始めようってのに、主役の船が名無しじゃカッコつかないだろ? 何かバシッっとしたの決めておくれよ!」
「な、名前かぁ……考えてもなかったな」
「賛成ですぅ☆銀杏は、『ポロポロちゃん号』がいいとおもいまーす☆!」
「却下!!(一同)」
「ひ~んッ……☆」
「そ、そうだなぁ、じゃぁ『狂我(クルーガ)』とかはどうだ?」
皆の反応は薄かった。
「だ、だめかな?それじゃ、『頑馬(ガンバ)』とかさ?」
「なんだかマヌケすぎるんだよねぇ、それ。誰かいい案ないの?」
そこに、ザクロが名乗り出た。
「あの、差し出がましいでしょうけど、『アマテラス』ってのはどうでしょうか? 自己中心的な方でしたけど、この世界の平和を誰よりも願っていた立派な方だと思います。ボクは尊敬してました。あの方を……」
「オヤジの名前かぁ、なんだかダサくねぇか、それ?」
「タケルのよりはマシさ。どうだいおまえら? この戦武艦の名前は『アマテラス』にしようじゃないか!」
「おおっ、いいっスね!」 「なんだかカッコイイイですぜ!」 「ヤマトの大将と同じってとこが気に食わねぇけど、なんだか壮大な意味を感じますね!」
「よーし! んじゃ、この船の名は『アマテラス』に決定だ!」
「オオーッ!」
「いくぜ、あの黒い大渦の向こうに! さぁ発進だーッ!!」
ヤマトの戦武艦を奪取し、大きな黒い渦へ向かおうとするタケル率いる餓狼乱たち。
新たなる歴史の幕開けに、そこには何が待ち受けているのだろうか?
ズゴゴゴゴゴ……
今、ヤマトの世界では、各地で異常な現象が起こっていた。
地震による大地の崩壊。異常気象による熱波と寒波の繰り返し。疫病で死んでいく人々。
そのどれもが、ヤマトの世界で暮らす人々を不安に落とし入れていた。
そして、最大の不安は、ヤマトの国の遥か上空にある大きな『穴』であった。
この穴がこの世界に不幸をもたらす前兆であることは、誰の目にも明らかであった。
この大きな穴に、先陣を切って向かうのは、ヤマトの国の光明であった。
「よぉし! このまま黒い大渦に向かって前進せよ! 出力をもっと上げい!」
「しっ、しかし、本当に大丈夫でありましょうか、撫子様? このまま、あの穴に向かっても……」
ブリッジの船員たちが、不安げな表情で怯えている。
無理もない。このヤマトの世界の人間には、さらに別の世界がある概念など全く無いのだから。
「案ずるな……古の精神の記憶で、あの穴の先がどうなっているのか、我にはわかる……」
「では撫子様、あの先には、『封印されし地球』が必ずあると?」
烏丸神が撫子に問いかける。
「そう申しておる。遥か数億年前、突如地球を襲った正体不明の敵。その敵と一緒に封印したのが、この先にある地球なのだ。だが、まだその封印は解かれてはおらん……」
「では何故、あのような穴ができたのでしょうか?」
「……それは禁断の地で、古のタケルと萌の精神が開放されたからだ……だが、中途半端な蘇り方をしてしまったタケルの精神のせいで、この世界の均衡が不安定になってしまったのだ……」
撫子は遠くの空を見つめる。
「では……・だったら尚更、タケルさんを放っておけないことになりませんか?」
すると撫子は、今度はニヤリと笑いながら言った。
「心配するに及ばん。奴の他にも、まだ『鍵』があるのだからな、ふふふ……」
「鍵……ですか?」
(撫子様は、この前も同じような事をおっしゃっていた……それにはどんな意味があるのだろうか……いや、妙な詮索は不要だ……私はただこの方に、忠義を尽くせばいいのだ)
烏丸神の、撫子に対する絶対的忠誠心は、さらに確実なものとなっていた。
一方こちらは、レジオヌール国の戦武艦シトヴァイエン。シャルルも撫子同様、同じことを考えていた。
(禁断の地で目覚めた古の精神。しかしタケルさんの体には、まだ完全にその力は宿っていない……
それは、古の精神の意志なのか? それとも永き年月によってその効力を失いつつあるのか?
だとしたら、その力を受け継ぐものこそ、ボクなのかもしれない……
このボクの不思議な能力とインガの力。それはただ偶然にこの体に宿ったのではないんだ……
この力こそ、新しい世界を創り出し救世主になるべき力……だったらボクはその運命に従うだけだ……)
神妙な顔つきで考え込むシャルル。それを察してか、般若が言葉をかける。
「いよいよですな、シャルル様」
「……あ、そうですね。いよいよ永きにわたったヤマトの歴史が、新しい歴史に書き換わるのです」
「新しい歴史ですか……それが平和な世界であるよう、ただ祈るばかりです」
「古いものは壊れ、新しいものが芽生える事は自然の摂理……それに、ただ祈っているばかりではダメです。自らの信念で平和に導いていかねばならないのです」
「は! さすがはシャルル様。待ち望む平和ではなく、自ら作りだす平和ですか……あのタケルめも少しはそんなことを考えでいるのでしょうか……」
般若は、ついタケルのことを話していた自分にハッとした。
「申し訳ありません、シャルル様。こんな時にあの男のことを口に出してしまうとは……」
「……いえ、いいんですよ、般若。ボクだってタケルさんのことは、気にならないと言えばウソになりますから……餓狼乱は戦力的に敵ではないのですが、あの人からはどこか侮れない何かを感じるのです」
シャルルと般若は、いまにも突入する上空の大きな渦を見つめていた。
「あ~、もうちょっと右じゃ、我王よ」
「ん、右か。ここらへんだな」
「あ~。そこからちょっと上じゃ」
「ん、上だな。ここか」
「あ~、そこは上すぎじゃ、もちっと下」
「ん、下か。どうだここで?」
「あ~、最高に気持ちよいの~!」
ここは獣人族の戦武艦、『アシュギィネ』のブリッジ。
「それにしても珍しいこともあるもんじゃな。おぬしがワシの背中を揉んでくれるなんての」
「ゴリゴリにこった甲羅を、たまにはほぐしてやろうかなと思ってな」
「甲羅は硬いに決まっておるが……それにしても、何もこんな時にせんでもよかろう? もうすぐあの渦に入るというのに」
「へっ! なーに、これからはこの我王が新しい世界を統治するんだからな。ボブじいは安心して隠居してくれってことだよ!」
「こりゃ! まだまだワシは現役じゃわい! まったく、人を年寄り扱いしおってからに……」
(それにしても、この我王の自信に満ちた顔つきはどうじゃ……
すでに新しい世界の統治者になった気でおるわい……ま、それも当然かの……
あの伝説の武神機の力を得た我王に、もはや敵はないわい……)
「さすが我王様ですな。余裕でいらっしゃる」:ハイネロア(黒ヒョウの獣人)
「頼もしいですわん」:ミリョーネ(ネコの獣人)
「ほっ! 我王様にはどこまでもついていきますぞッ!」:ガイザック(ライオンの獣人)
我王の部下である親衛隊の3人。そしてベンとポリニャック。
「そういや、ベンよ。オメェはこの前、タケルに会いにいっただろ?」
「う……」
我王の問いに押し黙るベン。
「何と、敵である人間と会ってきたというのですか?」
「むっ! そいつは我ら獣人に対する裏切り行為だぞっ!」
「コソコソしてる男って、好きじゃないわね」
「まぁええじゃろ、そのくらい。ベンには昔の仲間を断ち切る決意が欲しかったんじゃ。それはタケルとのケジメじゃろ?」
「……師匠、そのとおりだぎゃ……だども信じて欲しいだぎゃ! オラは完全に断ち切っただぎゃ!」
拳を握り締め真剣な眼差しで語るベンからは、強い決意が伝わってきた。
「まぁいいじゃねぇかオマエら、ベンがそう言ってんだからよ」
我王のそのひと言で、皆は納得した。
「ありがとうございますだぎゃ、我王様……」
ベンは、我王の喋り方がタケルと似ていることに、少し親近感を覚えていた。
「我王様がそうおっしゃるのでしたら、私どもは何も申し上げません」
親衛隊の我王に対する服従心は絶対だった。
「じゃあよぉ、ベン。そのタケルって人間と、俺のインガはどっちが上だと思う?」
「が、我王様と、アニキ……いや、タケルのインガだぎゃか?……」
ベンは少しの間、考え込んでしまった。
「ベン、貴様! そんなの考えるまでもないだろうにッ!」
業を煮やしたガイザックが大声で怒鳴った!
「うるせーぞ、ガイザック! 大声出すんじゃねぇ! 俺はベンに聞いてるんだ」
「し、失礼しました我王様……」
「で、ベン。どうなんだ? 答えろ」
「は、はいだぎゃ……正直言って、我王様のインガに勝てる相手はいないだぎゃ、たとえタケルでも……」
ポリニャックはベンの顔をチラリと見た。
「……だ、だけども……」
「うん、なんだ?」
ベンの額に汗が流れる。
「あの男には、戦いのインガだけではなく、別の魅力があるだぎゃ……そ、それが何かって言われるとうまく説明出来ないだぎゃ……でも、オラはあの男と一緒にいてそれを感じただぎゃ……」
ベンの放ったその言葉。とらえようによっては我王を愚弄した言葉ともとれる。
その場にいた皆は、我王の顔色をそっと伺うしかなかった。
そして、我王が静かに口を開く。
「そっか! 戦いだけではなく、別の魅力をもつ人間か……なんだか興味が沸いてきたぜ!」
その場にいた皆は、ホッと胸を撫で下ろす。
「それにしても素直なヤロウだなテメェは」
「も、申し訳ありませんだぎゃ……どうしても、我王様にはウソはつけなくて……」
「よし、ベン! 今度の作戦の隊長はテメェにまかせるぜ! しっかりやんな!」
「え?……お、オラが……は、はいだぎゃ!」
「ま、待って下さい我王様! ベンごときが隊長を……こいつの命令を聞けというのですかッ!?」
ライオンの獣人ガイザックが、我王に不満を言った。
「……なんだ、文句でもあんのかよ? ガイザック……」
我王のひと睨みで、ガイザックは押し黙ってしまった。
「あ、い、いえ、もっそうも御座いません……ぐぬぬぅ!」
虚栄心の強いガイザックは、ベンを睨んだ。
ベンは睨まれた視線をかわし、タケルの事を考えた。
(アニキ……今度会った時は容赦しないだぎゃ……覚悟するだぎゃ!)
様々な思いが交差する中、遂に地球の入り口であるその渦の中に突入する時がきたのだった。
ガガッ! ガガガッ! バリバリッ!
「な、撫子様ッ! 艦の各部に異音発生! だ、大丈夫でしょうか!?」
「うろたえるな……これは高密度に研磨されたインガが、この空間を形成してるからだ。艦に直接被害はないが、生身の人間が外にでたら、たちまち発狂してしまうだろう……」
「ひえぇ……」
「どうやら、タケルもこの穴に向かっておるようだ……感じるぞ、あやつのインガを……」
(……)
「どうした、烏丸? 何を考えておるのだ?」
「あ、いえ……撫子様は、今までタケルさんのことをキトラ様とお呼びしていたものですから……」
「ふふ、私にとってあやつはキトラだった……だが、もうキトラと呼べるのは肉体だけじゃ……あやつはすでに新しい人格者の『タケル』となってしまったことを、認めねばならんからな……」
(……撫子様は、キトラ様と古の精神が融合した、タケルさんの完全体を必要としていたハズ……
今はそれを求めてないようだ。しかし、それでは大インガを発動できない……一体どうするのか……)
烏丸は無意識にそんなことを考えてしまった。
「……心配には及ばん、烏丸よ。我は新しい『鍵』をみつけたのだからな……」
撫子に心を読まれているかのような察しの良さに、烏丸はまたも驚いた。
はたして、撫子の言う『鍵』とは何なのだろうか?
誰もがまだ見ぬ、『封印されし地球』。
ヤマトの人間が、外界へと旅立つ始めての歴史的瞬間であった。
しかし、その歴史も、悲しくも血塗られたものになってしまうのだった。
ガクガクガクッ! ガガガガッ!
戦武艦アマテラスの各部がきしむ。
「ものすげぇインガの濁流だ! もってくれよ! アマテラス!」
「だっ、大丈夫なのかい、タケル!?」
アマテラスの脇に固定されている、サンドサーペントのキリリが心配そうに叫ぶ。
「ああ、大丈夫だぜ、きっと……それにしても……」
タケルは、ヤマトの世界が崩壊していく様を、心の痛む思いで見届けていた。
「仕方ないよ、タケル……もう、この世界は人の住める状態じゃないのさ。きっと、みんな無事に脱出したよ」
「あ、ああ……そうであって欲しいが……」
タケルたち餓狼乱。そして、その周辺の住民たちは、戦武艦アマテラスに乗り込んでいる。
だが、ヤマトの国や、レジオヌールの住民たちはどうなったのだろうか?
無事に、戦武艦に搭乗させてもらえたのだろうか?
だが、今は戦力を重点する。力のない民達が、はたして乗船できただろうか、タケルは心配していた。
そして、皮肉にも、そのタケルの心配は的中してしまった。
ヤマトの城下町に住む人々は、世界崩壊の理由を知らされていなかった。
恐れ慄き、逃げまとい、自分たち人間の力を超える自然現象に、神に祈る事ぐらいしか出来なかった。
親も子供も、老人たちも。阿鼻叫喚の叫びを上げ、強風や津波、地割れにその身を削がれていった。
あるものは、禍々しいインガに取り込まれ、発狂して死んでいった。
タケルには、死んでいく人間達の叫び声が聞こえた。いや、その場にいる皆が聞いていたのだった。
「くっそおぉッ! 俺はなんて無力なんだ!?」
「タケル! 死者の叫びに引っ張られないで!」
「どうしろっていうんだ?……これが、これがッ!」
さらに激しく気流が乱れた。
ぐるぐると螺旋のように回転していく感覚。上昇しているのか、下降しているのかさえわからない方向感覚。そして体が思いきり引っ張られた後、無重力に放りだされたような気だるい状態。
「うわあああぁぁッ!」 「キャアアァァッ!」
タケルたちの意識はいつのまにか遠のいていった。
薄れ行く意識の中で、タケルは、萌の顔を思い出すのだった。
パアアァ……
「……う、うぅ……どうやら気絶しちまったみてぇだ……ここは一体……」
「あ! 気がついたかいタケル! 大変だよっ!」
「ど、どうしたい紅薔薇!」
「ほら、モニターを見てよ! 水がこんなにいっぱい!」
タケルは、モニターに映し出された光景を見て体が固まってしまった。
そこに映し出されたのは、まぎれもなく、『海』だったのだから。
永い年月を経て、心の奥底に眠っていた記憶が蘇る。
水だけで構成された景色、『海』。それはヤマトの世界には存在しない光景。
海を見たタケルの心は、ひどく懐かしい感情に覆われていた。
「うみ……ウミ! 海なんだ! 海なんだよ!」
「ウミだって?……こんなに水がたくさんある場所をウミって言うのかい、タケル?」
「ケガして化膿することですか?」
「バカ、ちげーよ、ザクロ! 地球には海があって、陸という大地を囲んでいるんだ」
「そんなにウミってところが多いのかい? 不思議なところだねぇ、地球って」
「不思議でもなんでもねーよ、これが普通さ」
「でも、こんなに水ばかりあるとなんだか怖いよ……」
「わかった、紅薔薇は泳げないんだろ?」
「泳ぐ? あんな魚のマネなんかしないよ。第一、ヤマトには川と湖しかないから、泳ぐなんて必要ないよ」
そうなのである。ヤマトの世界には、獣人達が住む場所に比べ、人間の住む場所には、水辺が非常に少ないのである。だから、泳ぐという行為は、ヤマトの人間にとっては稀であった。
「アニキ、周囲の索敵が済みました!」
「おっと、海に見とれてる場合じゃなかった。で、敵は?」
「敵の反応、全くありません!」
「なんだって? お互いの距離はとっていたと言っても、こんなだだっ広い場所で、敵の姿も見えないってのはおかしくないかい?」
「紅薔薇の言うとおりだ、敵のインガすら、まるっきり感じねぇ……」
「ひょっとして、この海の下に潜ってるんじゃないかしら、タケルさん」
「いや、ネパール。海の下でもねぇし、遥か上空でもねぇぜ」
「あの渦の中に入った時、時空のゆがみか何かで、別々の場所に飛ばされたってことは考えられんか?」
「オパールの意見は正しいかも……あの渦の周囲を渦巻いていたインガの影響かもしれないね」
「そういや、俺がリョーマと禁断の地で戦った時も、インガが弾けて吹っ飛ばされたことがあったぜ」
「そうなのか……いや、でもそんなことが……」
皆はいろいろと思案したが、考えはまとまらなかった。
その状況に業を煮やしたキリリが叫んだ。
「タケル! 聞こえるかい? ウチらの船を降ろしてくれないか。あの水の上だったら着水できそうだ」
キリリの提案で、サンドサーペントとアマテラスは、水面に着水した。
右も左もわからない世界では、これからの燃料の心配もある。
上空を飛ぶよりは、水上を移動した方が遥かに燃費が良い。
タケルたちは全員一致で、海の上の航海をすることに決まった。
ザクロが言うには、アマテラスもサンドサーペントも、簡単な改造で水上を進めるようになるとのことだった。
「キリリさん、このサンドサーペント号の燃料は何なのですか?」
「ああ、石油だよ」
「石油? そ、それだけなのですか?」
「そうだよ、それがなんか文句あるのかい」
「いえ、今までの戦武艦は、凝縮燃料とインガの両方で駆動する、いわばハイブリッド動力でした。石油だけというのは、そうとう燃費が悪いですね……」
「アタイは、機械のことはよくわからないんだよ。でも、パワーはあるよ」
「どうした、ザクロ? なんかいい方法でもあるってのか?」
「はい、このアマテラスは最新鋭のインガ増幅器だけによって動力を得ています。だから、これと同じものを作ればかなりの燃料節約になると思います」
「そうか、じゃあ、それはザクロにまかせる。いいか?」
「ハイ。まかせてください!」
「よーし! 作業員は作業にかかってくれ。用のねぇやつは、体を休めていてくれ」
タケルの合図で、部下達は作業に取りかかったり休息をとったりした。
ザザザッ……ザン……
タケルと紅薔薇と銀杏は、甲板に上がり潮風を肌に感じていた。
「なんだかベタベタする水だねぇ、それになんだか変なニオイもするし」
「そりゃ塩がまじってるんだからな。すぐに慣れるさ」
「ほんとだ☆しょっぱいよぉ!☆」
「はははっ! ウケるぜ!」
タケルは、久しぶりに見る波の潮騒を見つめていた。
「……やっぱりあんたにとっては懐かしい風景なのかい、タケル?」
「ああ、俺の記憶が懐かしいと感じているんだ……」
「ん?……なんだか曖昧な答えだねぇ」
「なんつーかな、例えば今日の朝飯がパンだったとすると、食べたのはパンだと覚えていても、どんな味のパンだったか覚えてねぇ、そんな感じかな?」
「銀杏も今朝はパンを食べたけど味は覚えているよ☆タケルはそれを忘れちゃったの?☆」
「そうじゃねぇ、例えだよ……う~ん、なんて言やいいのかな……」
「よくわからないけど、全ての記憶が鮮明に蘇ったワケじゃないのかい?」
「そうだな、そういうこった」
タケルは再び海に視線を移した。しかし、そのまま体が固まってしまった。
「どうしたんだい?」
「あ、いや……な、なんでもねぇ」
そのタケルの言葉にはとまどいがあった。
「変なタケルだね……あ、あそこに魚が泳いでいるよ」
「おっきいサカナだね☆」
「あれはイルカって魚だ。いや哺乳類だったかな?」
紅薔薇はそれを見て固まってしまった。
「どうしたい、そんなにイルカが珍しいのか?」
「違う! あれは何だい……タケル!」
紅薔薇の指差す先には、女性の上半身と魚の下半身をした、人魚が泳いでいるのだった。
「に、人魚? マジか!……どう見ても人魚にしか見えねぇぜ!」
「あ、あんな獣人はヤマトにもいないよ……」
「や、やっぱり! 間違いねぇ!」
タケルはいきなり大声を上げた。
「あれは人魚ってのかい、タケル?」
「ち、違う! よく見ろ紅薔薇! イルカの上に……イルカの上に!」
タケルの指差す方向には、イルカと人魚の集団が、ピョンピョンと飛び跳ねながら優雅に泳いでいた。
そして、そのイルカの上には。なんと!
「ポ……ポリニャックだーッ!」
イルカに乗ったポリニャック。
その突然の光景に、タケルと紅薔薇は目を疑った。
ヤマトの世界を飛び出し、やってきたは地球という星。
封印されし地球では、何が起きるかわからない。
しかし、あまりにも突飛な出来事が起こってしまった。
そして、イルカに乗ったポリニャックは、手を振ってこう叫んだ。
「ダーリーンっ!」
はたしてこれは夢なのか? はたまた幻か?
地球での冒険は、まだまだ始まったばかりだった。
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