第24話 業火
例えば男と女
交なり合うのは当然の行為であり
すれ違うのも当然の諸行である
与える愛と与えられる愛
相反する感情と知りつつも
何故人は 愛を求め彷徨うのだろうか
第二十四話 『業火』
レジオン王死去。
この事実が、もたらした結果は多大であった。
指導者をなくし、統率力をなくしたレジオヌール軍。
その大半は、必然的にヤマトの国の軍事に取り込まれることになる。
結果、両国をまとめる事実上の指導者は、皇帝アマテラスである。
レジオン王の息子であるシャルルはまだ幼い。
年端もいかぬ子供に、国をまとめる指導者になれぬことは、国民の誰もがわかっていた。
そして、王の葬儀から一週間ほど経った。
レジオヌール国はヤマトの国の傘下に入ると、そう誰もが予想していたその時。
レジオヌールの使いがヤマトへやって来た。
そして、跡を継いだシャルル王の手紙を読み、皇帝アマテラスの顔が何とも言えぬ顔に変化した。
「どうしたい、大将? 手紙には何て書いてあったんだ?」
タケルは、アマテラスの読んでいる手紙を横から取って読んでみた。
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拝啓
アマテラス様。
こちらでは亡き父の葬儀も無事済み、城の修復と軍備に追われる日々を送っています。
いつまた攻めてくるかもしれぬ獣人達の脅威と、ヤマトの国の過度の徴兵制度に、国民は怯えうろたえています。
父は国民を慕う優しい方でありました。
ですから、その亡き父の意思を継ぐのが私の役目だと思い、最善の政策をとらせて頂きました。
これより、我がレジオヌール国は、ヤマトの国と離別し、独自の政治政策を執り行っていきたいと思いますので、ご了承の程よろしくお願い致します。
レジオヌール国 シャルル=ド=レジオン
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「ぷっ!……はははっ! こいつは傑作だ! ようするにヤマトの国とケンカをおっぱじめようってことか!やるじゃねぇかシャルルのやろう! わははっ!」
タケルは腹を抱えて大笑いした。これを聞いたまわりの兵はざわめきはじめた。
「ふははっ! 確かに傑作じゃな、あの小僧め! わははははっ!」
「ぶわははっ! 腹いてー」
しかし、大笑いしていたアマテラスの顔が、険しく曇っていった。
「よりによってこのワシを敵にまわすと……いいだろう、ヤマトの国の恐ろしさを教えてやろうではないか!そして、ワシに歯向かった者は完膚無きままにひねりつぶしてくれるわッ!」
アマテラスはわなわなと震え、手紙を破り捨てた。
まわりの兵は、その恐ろしい形相に息を呑んだ。
「まーまー、大将。相手は子供だぜ? かる~くお説教といこうぜ?」
タケルは、アマテラスをなだめた。
「そうはいきません!」
そう言ったのは、この手紙を持ってきたレジオヌール国の使いであった。
「シャルル王子には皆、命を預ける覚悟なのですから! 絶対に武力に平伏しません!」
これから敵対する相手の国で、アマテラスに暴言を浴びせるなど自殺行為であった。
「ほぅ……貴様、このワシの前でそのような言葉を吐くとは、生きて帰れる保障はないぞ?」
使いの兵は、アマテラスの脅しに恐れをおくびにも出さなかった。
「先ほども申しましたように、私の命はシャルル様にお預けしたのです。ここで死んでも悔いはありません。シャルル様はあなたのような独裁者とは違うのです」
「笑かすなッ! 虫ケラ風情がこのワシに意見するなど百年早いわッ! 望みどおり殺してくれるッ!」
アマテラスは玉座の側にある刀に手を伸ばした。
「おっと、そいつは俺の役目だぜ? 大将」
ドブシュ!
タケルの右腕は、一瞬にして使いの兵の心臓を貫いていた。
「ぐはっ!……シャルル様……ばんざ……い……」
ドシャ!
タケルは、即死した使いの兵を無造作に振りほどき、血でしたたる腕をビシャビシャとぬぐった。
「ケンカ売ってきたのは向こうからだ。とりあえず先手は打たしてもらったぜ」
タケルの嬉しそうな笑いに、アマテラスもニヤリと微笑みを返した。
「なかなか度胸の据わった兵だったではないか。のぉ、タケル?」
「ああ。だがな、度胸だけじゃ勝負には勝てねぇんだよ」
アマテラスはクククと押し殺すように笑った。
「出撃じゃ! あの小僧に我がヤマトの恐ろしさを教えてくれるわ! 殺せ! ひとりたりとも生かすな!」
「オオーッ!!」
皇帝アマテラスの命令で、ヤマトの国の総攻撃が始まろうとしていた。
そして、それを迎え撃つレジオヌール国。
かつては同盟を組んでいた国同士の均衡は崩れ、お互いに血を流す戦火が飛び放たれた。
※
場面変わって、ここはレジオヌール城。
「使いの兵の死は無駄にできない……ボクはこの国を守る為、あなたと戦います……アマテラス……」
王の証である冠とマントを携えたシャルルが、城のベランダから国民の前に現れた。
国民はシャルルに対して拍手喝采を送っていた。
「新王誕生万歳!」 「シャルル王万歳!」
「まさか、あの子が本当に王子様だったなんてねぇ……頑張るんだよ!」
いつかの食堂のおばさんも、シャルルに賛美を送っていた。
しかし、この短期間で何故、レジオヌールの国民はシャルルを新しい王と認めたのだろうか?
その理由は、国民の不満を感じ取ったシャルルは、機転を利かせ打開策を提示した。
そして、軍備だけを重んじない政策に、国民は次第に共感していったのだった。
それだけ、今のこの世の中は不安に満ち、生きるのに辛い世界であった。
今までと同じことをしていては平和にならない、そう誰もが思っていた。
他国の侵略を防ぐためとはいえ、ヤマトの同盟国になる事は、事実上その傘下に入ることであった。
そして、人々の生活は圧迫され、その諸悪の根源はヤマトの皇帝アマテラスであると、誰もが口に出せずにいたのだった。
アマテラスがレジオン王を討った。
その事実を一部始終目にしたシャルルは、このことを国民の前で明かし、離縁の意向を諭したのだった。
シャルルの的を射た演説に、国民は『子供』という概念を捨て、『王』という概念を埋め込まれた。
そして今ここに、新たなる王、『シャルル=ド=レジオン』として、レジオヌール国の統治者として君臨したのだった。
「機は熟しました……ヤマトの国は、皇帝アマテラスは、全力でこのレジオヌールを潰しにくるでしょう。でもそれを防いでいるだけでは真の平和は訪れない。真の平和……そのカギとなる物を手にいれなくてはならないのです。さぁ出撃しましょう! そしてレジオヌールの栄光のために!」
レジオヌール軍の総出撃。
今まさに、ヤマトとレジオヌールの存亡を懸けた、一大決戦の幕が上がるのであった。
そして、ヤマトの国の総攻撃も始まろうとしていた。
タケルは、ヤマト国攻撃部隊総隊長として、武神機の格納庫で指揮をとっていた。
「おい! 量産型の武神機の配備はすんだのか? それと新型も全部出させろ!」
「そ、それがまだ万全の準備ではありませんので……」
「なんだと? どういうこった? ちゃんと説明しやがれ!」
そこに、ザクロという新米の整備兵がタケルの前に一歩出た。
「てめぇは?」
「は、はい、整備兵のザクロと言います……」
「ザクロだと? ああ、ヤマトタケルの新しい武器……四本の剣を作ったヤツか」
「あれは、阿鼻叫喚と言います」
「なんだか恐ろしい名前だな。だが気に入った。それでどういうこった?」
「あ、あの、量産期の『芭龍(ばりゅう)』は準備万端ですが、新型の『堂虎(どうこ)』はまだテスト段階で、出撃させるにはまだ改良の余地があるかと思われます……」
「ザクロと言ったな? わかりやすく説明しやがれ」
「は、はい。堂虎のインガエクスポータは今までと違う新設計になっていますので、武神気乗りのインガウェーブを増幅させた場合、インガスワップに陥る干渉波が5%高くなっていますので、それを打ち消すハイドロベントをグロール軸から離して設置しないと、ブロル圧の振動でゲミシュトレイル現象になりやすいので……」
「ああ! もういい! そんな説明されてもワケわかんねぇや!」
「す、スイマセン……」
タケルはザクロをじっと見詰めた。
「だが、どうやら武神機の整備はおめぇにまかせておけば安心らしいな。よし! ザクロを整備兵長に任命する。てめぇらはこいつの言うことを聞けよ!」
「え?……そ、そんな……」
まわりの整備兵はざわめいた。
「うるせぇ! 俺の言うことが聞けねぇってのか!」
「い、いえ……わ、わかりました……」
「よし! ザクロ! とにかく武神機を出せれるだけ出せ! 急げよ!」
「わ、わかりました!」
「さって俺は、アマテラスの大将のところにでも行ってくるかな……」
タケルは出撃前の報告の為、戦武艦光明のブリッジに上がった。
「兵力を惜しむな! 全軍出撃せよ! レジオヌールも全戦力をぶつけてくるはずじゃ!」
「おいおい、いいのかい大将? それじゃ、いざって時、この城を守れなくなるぜ?」
「ふふ、この戦武艦『光明』は、すでにこの国のシンボルでもあるのだ。だからその城が落ちるなどありえん。いらぬ心配じゃ」
「たいした自信だな。それが裏目にでなきゃいいんだがよ?」
「臆したかタケル。そんなことでは天下は掴めぬぞ」
「へん、掴むもなにも、それにはアンタを蹴落とさないといけねぇんだぜ?」
「ならば蹴り落とせばいい、単純なことだ」
「……いや、アンタとはそうならない気がするけどな。何でかわからねぇけど……」
「ふふ、ワシも同感だわい、わははッ!」
戦武艦『光明』を筆頭に、ヤマトの国の全ての戦力が集結し、レジオヌール壊滅に向けて放たれた。
「敵機接近! レジオヌール軍と思われます! 間もなく制空権です!」
「来おったか、ウジ虫どもめ! ワシに逆らった貴様らの無能さを教えてやる! そしてワシの絶大なる力をその身に刻み込み、悔しさに打ち震え死んでいくのじゃぁあッ! うわはははッ!」
(まったく狂ってやがるぜ、この大将は……それとも頼もしいと言うべきか……)
アマテラスの傲慢な笑いを背に、タケルはブリッジを去った。
それから一時間後。
この世界を二分する国同士の一大決戦が始まろうとしていた。
ヤマトの国のアマテラス。レジオヌール国のシャルル。
年の功と軍事経験でいけば、間違いなくアマテラスに軍杯があがるだろう。
しかし、シャルルには、軍事だけで人々を押さえ込まない不思議な魅力があるのだった。
『魅力』
それは人を引き付ける力。
それがあるかないかで、集う人間の密度が変わる。
ある者は全く持たず、ある者はそれによって様々な力を集結させることが出来る。
それは、人の人生を左右する重要なファクター。
しかし、万人がそれを得ることはできない。
どんなに多くの経験をしたところで、必ずしも魅力がつくわけではないのだから。
知るか知らないか
気づくか気づかないか
それは悟り、それが魅力
この世に生まれ落ちてきた瞬間から、優劣の上下を決定づけられるステータス。
どんなに努力しても覆せない天賦の才能。
その魅力を発揮したシャルルによって、レジオヌールの兵の統率力は益々上がっていった。
「ヤマトの軍勢が来ますっ! みなさん頼みますよ!」
「ふふふ、来おったな虫ケラどもが! 跡形も残らぬよう全て排除してくれるわッ!」
ヤマト国とレジオヌール国。
皇帝アマテラスとシャルル王。
はたして天下をとるのはどちらなのだろうか。
「さぁて、おいでなすったな、やっこさん!」
タケルの大和猛(ヤマトタケル)。
紅薔薇の秋桜紅蓮(コスモスグレン)。
犬神の芭龍(バリュウ)、銀杏の春紫苑(ハルジョオン)。
ヤマトの国より出陣した部隊と、レジオヌール軍の猛攻が始まろうとしていた。
「行きましょう、紅薔薇様。なぁに心配することはない、私がついていますよ」
飛行中の犬神の武神機から、紅薔薇に無線が入る。
「う、うん、善十郎・……あんたがいれば私は怖くないよ……」
「てめぇら、恋愛ごっこもたいがいにしやがれ! 今度の作戦にはヤマトの未来がかかってんだぞ!」
紅薔薇と善十郎のイチャつきぶりに、タケルは業を煮やした。
「おやおや、隊長。紅薔薇様を私に取られて嫉妬するのもわかりますが、あなたには隊長という任務をしっかりやっていただかないと困りますね」
「けっ、勝手にしやがれ! そのかわり今度イチャついてやがったら、容赦しねぇぜ」
「ふっ、まったくあなたには品性というものが全く感じられない。紅薔薇様に愛想つかされるのもうなずける」
「ちょっと、善十郎……その話はもういいから……ごほっごほっ……」
「ん? どした、紅薔薇。最近、体の調子がすぐれねぇみてぇだが?」
「あ、だ、大丈夫だよ隊長。これくらいどうってことないよ」
「心配無用ですよ、隊長。わたしが紅薔薇様の代わりに全てを投げ打って戦いますからね」
「善十郎……」
ふたりは武神機ごしに見詰め合い、そのまま時が止まった。
「ったく! 付き合いきれんぜ!」
実際、紅薔薇の容態はかなり悪かった。
感情の変化を抑えきれず、自分の実力以上のインガを放出していたこと。
そして獣人との激しい戦いの際も、それは続いていた。
その無理がたたり、因果応報の法則によって己の体が病に虫食まれていたのだった。
「ごほっごほっ……うっ! 血が……」
タケルという心のよりどころを失った紅薔薇の心中は、修復しても治らないほどに崩壊していた。
そして今、犬神善十郎という心のよりどころを持ったかの様に見えた紅薔薇だったが、本当に犬神を慕っているのか自分でもわからなかった。
『誰かに愛されたい、守られたい』
そんな女性の当然の感情が、膨れて肥大し、自分の上に重く圧し掛かっているのだった。
愛を求め過ぎるあまり、鋭い刃物によって自らをズタズタに切り裂いているような感覚。
その苦しい重圧によって、紅薔薇の体は極度に衰弱しきっていたのだった。
「よしッ! いっくぜえぇ!」
遂に、レジオヌールの武神機部隊との交戦が始まった。
タケルのヤマトタケルを先頭に、レジオヌール軍の先陣を次々と突破していった。
ヤマトの国の方が断然有利とタカを括っていたが、なかなかどうしてレジオヌール軍も粘り強い戦いを見せていた。それはシャルルという新たな指導者にかける兵の熱い思いが、それ以上の力を引き出していたのかもしれない。
「思ったより手強いな……シャルルの野郎、あなどれんヤツだ。この短期間でよくもこれだけの戦力を揃えやがったぜ!」
「何言ってんだいタケル。シャルルの狡猾さは今に始まったことじゃないさ。昔からわかっていたことだろ?」
「はん! 知らねぇな。昔のことはよく憶えちゃいねぇのさ!」
「そう……」
紅薔薇は思った。
(昔は憶えていない、か……それは余計な思い出は全て捨てたってことかい?
それとも、本当に自分の記憶から抹消してしまったってことなのかい?
どっちなんだい?……タケル)
紅薔薇は、未だにタケルの変貌ぶりを納得していなかった。
ひょっとしたら、これはタケルの演技ではないだろうか?
アマテラスに近づくためにワザと残虐な演技をしているのではないだろうか?
しかし、オパールとネパールを処刑した事実は間違いない。
いくら演技とはいえ、仲間を犠牲にしてまでそれを行う性格でないことを、紅薔薇は知っていた。
紅薔薇は、タケルとの思いを断ち切るのに必死だった。
捨て去ろうとしても、後から後からタケルとの思いが後ろ髪を引き、足に絡み付くのだった。
「こんな事ではいけない……今、自分を愛してくれている犬神の好意を無にする訳にはいかない……
私は……私は、善十郎のことが好きなんだよ! だから私もそれに答える!」
紅薔薇は自問自答を繰り返し、強引に搾り出すようにして答えを出した。
「おぉ、紅薔薇様……身に余る光栄です。私もあなたを全力で愛しましょうぞ!」
「うおおおおっ!!」
(あたしはそんな弱い人間っじゃないっ!)
紅薔薇のコスモスグレンは、怒り狂ったように強大なインガを発散する。
ゴオオッ! ボギャン!
灼熱の炎が、紅薔薇を中心に羽のようには羽ばたいて見えた。
その炎に触れた敵は、一瞬にしてドロドロに溶解し崩れ落ちていった。
「さすがは紅薔薇様! 私達は今、完全無欠の愛の力によってお互い繋がっているのですよ! これが真の愛なのですね! 愛のインガ! なんと、なんと素晴らしい力なのでしょうか!」
(ち……犬神のヤロウ浮かれやがって……それにしても紅薔薇のやつ、感情の変化でここまで強大なインガを出せるのか……しかし、あまりにも強くなり過ぎだと思うのは俺の気のせいか……)
「うぐ! ごほっ、ごほっ!」
紅薔薇の口からは、真っ赤な血が吐き出された。
己の弱い部分を、自分自身に対する怒りという感情に変換した無理が祟ったのだ。
このヤマトの世界に生きている限り、インガという普遍の法則を覆すことは出来ない。
紅薔薇は己の体でそれを感じた。
「このままレジオヌール城までイッキに攻め込むぞ!」
紅薔薇の圧倒的なインガの前に、レジオヌール軍は圧されていた。
タケルは、レジオヌール城近辺であることを感じ取った。
「ん? おかしいな……シャルルのインガが感じられない……シャルルはここにはいないのか?」
「そんなバカな、自分の国の王が逃げ出すなんて!」
「いや間違いない……そうか! ヤツはハナっからここを明け渡すつもりでいたんだ!」
「えぇ~☆ そんなぁ☆」
「それにしてもヤツは一体どこへ行きやがったんだ……?」
「ふはは! 貴様には関係のないことだ、タケル!」
高速で接近して来る一機の武神機。それは天狗の操る『阿修羅(あしゅら)』であった。
「てめぇは天狗! シャルルはどこへ行った!?」
「それを聞いてどうする? もはや貴様等ごときが足を踏み入れる領域ではないのだ! 立ち去れいッ!」
「何を言ってやがんでぇ! まるでシャルルは神様扱いじゃねーかよ!」
「その通りなのだ! シャルル様はこの世界の王に君臨し、崇高なる神と崇められる存在なのだ!」
「けっ、アホくさ! よく言うぜ!」
「今はその為の大事な儀式を受けようとしておられる。もはやこれ以上、貴様と無駄口を叩いている暇はないのだ」
「こっちもてめぇと付き合ってる暇はねぇんだよ。さっさとそこをどきやがれ!」
「ふん! 威勢だけは相変わらずだな!」
天狗は、紅薔薇の方に視線を向けた。
「それにしても紅薔薇よ……おまえのその憎しみのインガは見事だぞ? よくぞそれを習得したな」
「!……」
紅薔薇は少し同様した。
「それこそワシがおまえに伝授したかった『怒りのインガ』なのだ。すでに白狐隊のレベルすら越えておる。甘ったれのおまえに、どんな心境の変化があったのだ?」
「ふ、ふん知るもんか! あ、あんたには何も教えたくないね!」
「おまえの心に溜まっていた憤りを、怒りに変換したようだな?」
「うぐ……!」
「それはどんな感情なのだ? 憂いか? それとも慰みか? 教えてくれ! ワシが育てたおまえのインガに興味があるのだ!」
「教えるものか!……でもこれだけはわかる、あたしはアンタに対して憎しみを抱いてるってこと……こんな事でしか自分の感情を表せないよう育てられた、あたしの怨みを思い知れっ!」
ドバッシュウウゥ!!
さらに激しく燃え盛る紅薔薇の炎のインガ。
それに不用意に飛び込んできた敵は、次々と溶解し爆発していった。
「おお!……素晴らしい! それこそワシが求めていたインガの究極美! 魂の開放ぞ! 今おまえはこのワシを超えたのだ! 師匠としてこんなに嬉しいことはない!」
「やめておくれよ、師匠だなんて! 結局あたしは、撫子の引き立て役でしかなかったんだからっ!」
「ふふ、撫子は特別過ぎたのだ。あやつはこの世界の天命を継いで生まれた子……おまえとは器が違って当然だ」
「お、同じ姉妹だってのにかい?……ふっ、ふざけるんじゃないよっ!」
バショオウウッ!
紅薔薇のインガに触れた天狗の武神機、阿修羅の6本の腕がみるみると溶解していった。
「おおおッ! これだ! まさしくこのインガだ! もっと見せてくれ紅薔薇よぉぉ!」
「いい加減にしろっての!!」
ボオオオオウゥ!
ますます激しさを増す紅薔薇のインガ。
「……それにしても凄まじい……紅薔薇様のインガは真っ赤に燃える灼熱の太陽のようだ……」
犬神も思わず見とれてしまった。
「紅薔薇ッ! それ以上インガを発動させるな! おまえの体は限界を超えているぞッ!」
そこに、タケルがふたりの間に割って入った。
「黙っててタケル! あんたなんかに……あんたなんかに、あたしを止める権利はないんだからーーっ!」
「ふふ、そうかそうか。結局は『愛』なのだな?」
「な……何を言っているんだい!」
「人間の持つ感情で最も熱く、もっとも冷酷な感情。それが愛なのだ。愛の力を怒りに変換した代償に、その強大なインガを手にいれたのだな?」
「ちがう! あたしのインガは怒りじゃない! ましてや愛でもない! あたしは……あたしは……!」
紅薔薇は更に動揺し、インガが一瞬弱まり縮小してしまった。
「ふふ、見透かされたようだな……もろい! あまりにももろい! それが愛の正体なのだ!」
「ち、ちがう……あたしはそんな安い感情に振り回されているんじゃない……ちがうんだよ……」
「愛とは安心と不安を同時に抱えるもの! 誰しも抱く普遍の感情も、時には最も過酷に自分を傷つけてしまうのだ!」
「……ちがう……ちがう……ちがうんだよ……」
「やはりおまえのインガは不完全であったか。もうよい、幻影を抱いたまま死ね! 紅薔薇!」
「だから……ちがうって言ってんだよーーッ!」
さらに縮小していく紅薔薇のインガ。
怒りの原因を覚られ、心の中を見透かされた紅薔薇は、頭を抱え、か弱い子犬のように脅えていた。
いつも周りに対し、強く虚勢を張って生きてきた人間の弱点は、脆くも簡単に崩れ去ってしまった。
「ふはは! どうした? インガが弱まっているぞ、紅薔薇! ふはは!」
ドズンッ!
「う、貴様は?」
その時。
天狗の阿修羅の横っ腹には、犬神の乗った芭龍の刀が突きたてられていた。
「いいかげんにしろ! 紅薔薇様との愛の力を愚弄するものは、この犬神善十郎が許さんッ!」
「犬神だと? 聞き覚えがあるな……」
「私を知っているのか?」
「確かヤマトの宮廷に使える下っ端の家柄……そうか、貴様が紅薔薇の支えなのか。そんな貴様が身分違いの想いをしたところで成就せぬわッ!」
「……確かに私の家柄の身分は低く、幼少の頃より紅薔薇様を影からお慕いしているしかなかった……だがそんな身分の低い私でも、ここまで辿りつくことが出来たのだ! もっとも、邪魔者もいたがな!」
犬神はタケルに視線を移した。
「ふふふ、そうかそうか。紅薔薇は、タケルから犬神へと心変わりしたのか……ふふふ、わかるぞ」
「なっ、何がおかしいんだよっ! 天狗!」
「そう取り乱すでないぞ、紅薔薇。それで正しいのだ、所詮、女という生き物は自分の保身の為、より良き男を渡り歩き寄生していくものなのだ。それが自然であり当然なのだ」
「き、気にいらないね、その言い方! まるであたしが自分の事しか考えてないみたいじゃないか!」
「違うと言うのか?」
「う……(ドキ)」
紅薔薇は反論できなかった。
愛という言葉を美化し、結局は己の保身の為だということに気付かされた。
「所詮、女とは! 所詮、愛とはその程度の存在なのだ!」
「ちがう!」
「愚かな民はそれを至極当然のように、甘い蜜に犯されながら尚も求め続けていく……まるで中毒者のようにな」
「ちがう!!」
「そんな低俗どもが世界を平和に導く事など夢のまた夢! それを行えるのは、人間を遥かに超越した存在であるシャルル様だけなのだッ!!」
それを聞いたタケルは思った。
(天狗のヤロウ……ヤツの捻れ曲がった信念には、強い意志が感じられる……
人の意思とは、こうも周りの人間をも取り込んでしまうものなのか……?)
タケルは、人の確固たる意思が、ここまで強大に膨れ上がることに戸惑いを感じた。
「結局あたしは、あんたのそんな捻くれた感情を見て育ってきたのさ! 親にも捨てられ、戦うことでしか生き甲斐を見出せなくなってしまったこのあたしを、一体どうしてくれるのさっ!」
紅薔薇の、抑えのきかない炎のインガが膨れ上がり、天狗の機体をジュクジュクと溶かしていく。
「ふふ……どうやらワシはここで死ぬらしいが、それでも最後にシャルル様のお役に立って幸せだったぞ」
「何を悟ったつもりでいるのさ! あんたは!」
「人の幸福なぞ、最後に信念を持って死ねるかどうかで決まる……だからワシは満足しているよ……」
「待ちなよっ! あんたが満足したって、あたしの心のわだかまりはどうなるのさ!?」
阿修羅のコクピットには、紅薔薇の放った炎のインガが立ちこめていた。
全身をその炎で焼かれた天狗は、穏やかな口調で喋り続けた。
「紅薔薇よ……人の幸福の定義なぞ存在しないのだ……結局は己自信の魂の開放なのだよ……」
「意味が……意味がわからないよっ!」
「ワシはおまえの親代わりであり、師匠であり、サムライであった……そんな不器用な男は、自分の信念を、ただおまえに擦り付ける事しかできなかったのだ……」
「なっ、何を今更!」
「最後に謝っておこう……すまなかったな、紅薔薇よ……」
「ま、待ちなよッ!天狗!」
「シャルル様、明るい未来をお創りになる事を祈ってますぞ……」
ボゴワァンッ!!
「てっ、天狗ぅーーー!」
灼熱の炎に耐え切れなくなった天狗の武神機は爆発し、その役目を終えたかのように消滅していった。
「あ、あんたにはまだ言いたい事が山ほどあるんだから! 先に死ぬなんて卑怯だよ! 天狗ーーっ!!」
紅薔薇のインガは益々肥大していった。
まわりのレジオヌール軍の武神機は、激しい炎に包まれ、次々に爆発していった。
もはやこの場に残った敵はいない。残されたのは、紅薔薇の惨めな感情だけであった。
「そんなの……卑怯だよ……あたしの恨みは、一体誰に晴らせばいいのさ……」
紅薔薇は崩れるようにして泣いた。
親に捨てられた自分を、サムライにする為だけに育ててくれた唯一の存在。
それでも、紅薔薇にとっては父親のような存在。それが天狗であった。
「天狗……てめぇは傲慢なヤロウだったが、信念を曲げない男として、サムライとして立派だったぜ……」
タケルは天狗に対して敬意をはらった。
欲に背を向け、己の全うする信念を歩んだ天狗という男。
男ならばそれで良い。己の信じた道を進んで死んでゆける。
しかし、女は、過程よりも結果に重点を置くあまり、惨めな最後を恨めしく想い死んでいく。
男とは違う、別の異なった生物の不憫な価値観だった。
神によって与えられた『愛』という欲望を、抑え切れない罪は女に問えるべきではないのだ。
人間という生物を、ひとくくりに断罪できない理由は、そこにあるのではないだろうか。
帰還した紅薔薇のもとにかけつけた犬神は、驚きのあまり声が出なかった。
「べ、紅薔薇様……」
コスモスグレンから降りた紅薔薇は豹変していた。
あの美しかった長い黒髪は老婆のように白髪になり、あの張りのあった顔はシワだらけになっていた。
感情を抑えきれず、限界を超えたインガを発動させた紅薔薇は、自らを破滅させてしまったのだ。
(……これが、インガの限界を超えた成れの果てなのか……?)
タケルは、インガの無限の力は悲しみも無限に生むことだと恐れを抱いた。
そして紅薔薇は、虚ろな目でこうつぶやいた。
「……お、お父……さん……」
業火に包まれた感情は、すぐに消えることはないのだった。
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