第7話 沈みゆく村
人は働かなくては生きられない
働かなくて良いならば、人は無気力のまま働こうとしない
労働が充実ということに、死ぬまでわかりはしないだろう
第七話 『沈みゆく村』
砂の海賊アジジたちとともに、サエナ遺跡を目指し、旅を続けるタケルたち一行。
ギラギラと照り返す熱砂と、地平線の果てに見える蜃気楼が、その旅の険しさを物語る。
そして今。補給に立ち寄る村で、不吉なことが起ころうとしていた。
ここに、ひとつの村があった。
南のエリア、ジュジュエンの砂漠のど真ん中にその村は位置していた。
かつては観光で賑わっていたが、砂漠地帯の治安の悪さなどが理由で、
外界との交流がほとんどなくなってしまっていた。
いつしかこの村に立ち寄る船は、砂漠を横断するための補給に、一ヶ月に一隻か二隻だけであった。
自給自足の術を持たぬ村は、補給の際に交換した物資のみで、生活を賄わなければならなかった。
だから、この村人は貧しく餓えていた。そして心までもが餓えていた。
その村は、ダハンの村といった……
「へぇ、タバンの村ねぇ」
「そうだ、タケル。ひとくせもふたくせもある村だ、ワレ」
「で、オッサン、まだその村には着かねぇのかよ? いいかげん休憩にしてくれよ」
「おまえもいいかげんアジジ船長と呼べ」
「はいはい、船長さんね。で、あとどのくらいだよ、オッサン?」
そんなくだらない会話を続けている間に、船員たちの疲労もピークに達していた。
「ウチ、もう疲れて限界だっぴょよ! はやくパインジュースが飲みたいだっぴょ!」
「……アツイだぎゃ……死ぬだぎゃ……」
疲労した船員といっても、たった二名であったが。
慣れない砂漠の上で、海賊船の仕事をすることは、想像以上に厳しかった。
噴出す汗と、むせるように照り返す太陽が、じわじわと体力を奪っていく。
ベンはすでにグロッキー状態で、甲板の上で倒れ、ゼイゼイと息を切らしていた。
「まったく使えねぇヤロウどもだな、ワレ。仕方ねぇ、補給ポイントまではもう少し時間はあるが、
先に休憩していいぞ。だが、補給時にはまた働いてもらうぞ」
「え……うっひょう! 休憩だぎゃ!」
ベンは言うが早いか、船内に戻って休憩のお茶の支度をした。
「けっ! あきれたヤロウだぜ、ワレ」
アジジはベンを見て、やれやれという顔をした。
「それにしてもなんて暑さだ。こんなところで暮らしている砂の海賊ってのは、どんな体力してんだよ?」
タケルは、頭上のギラギラと照りつける太陽を見上げてそう思った。
「慣れだよ、タケル。生活環境なんて慣れのひと言でどうにでもなるさ。住めば都って言うだろ?」
そこにやってきたのはキリリだった。
「慣れねぇ……」
タケルはどうにも納得できない表情だった。
「ちょうどみんな揃ったようだな。みんなで休憩にするか、ワレ」
アジジとキリリも船内に入って、お茶にすることにした。
ゴクゴクゴク!
「ぷっはー! うまいだぎゃ! 生き返るぅ!」
ベンはコップに入った冷たい水をいっきに飲み干した。
そしてコップをさらに逆さにして、最後の一滴まで長い舌で舐めた。
「もうベンったら! もうちょっと上品に飲むだっぴょ!」
ポリニャックはストローで、チュウチュウとコップの水を吸っていた。
「それは上品というより、お子様ってカンジね、うふふ」
キリリは、子供のように水を飲むポリニャックを見て笑った。
「や、やだなぁキリリ。これがレディのお作法、上品にスマートに、だっぴょよ! ずず~……」
「おいおい、そんな音だしてすするのが、どこがスマートなんだよ?」
タケルがポリニャックにツッコミをいれた。
「それにしてもベンはだらしねぇなぁ、ワレ。すぐにブッ倒れやがって!」
「そんなこと言ったって、オラたち獣人は体中毛に覆われているから、体温が高くて当たり前だぎゃよ。
なぁ、ポリニャック?」
「そりゃそうだけど、ウチは体温コントロールのインガを使っているから少しはマシだっぴょよ」
「なぬッ!? ず、ズルイだぎゃ、そんなインガが使えるならオラにも教えてくれだぎゃ!」
「おまえにはムリだ。俺だってやっと使えるようになったんだからな。まったくポリニャックは器用だよ」
「えへへ……才能ってヤツだっぴょか?」
もともとジュジュエンの砂漠に放りだ出されたタケルが、
必死で編み出した体温コントロールのインガだったが、
それをポリニャックに教えると、いとも簡単に使いこなせるようになってしまった。
「ポリニャックちゃんには、秘められた素質が眠っているのじゃないかしら?」
「そうだっぴょかね? エヘン!」
「おいおい、あんま調子に乗せるなよ。それよりオネショを治すインガでも覚えろっつーの」
タケルは、テーブルに頬杖をついて、イジワルを言ってみた。
「ダーリンのいじわる! もうオネショはしてないないだっぴょ!……たまにちょっとだけだっぴょ……」
ポリニャックの語尾は、自信なさげに低くなっていった。
「わははは! まぁ冗談はそこまでにして本題だ、ワレ。これから向かう村についてだが……」
アジジの毛むくじゃらの濃い顔が、さらに険しくなった。
「そういえばさっきも言ってたな、オッサン。これから補給のために向かう村に、何か問題あるのか?」
「まぁな……今までは問題もなく補給を済ませることができたのだが、
つい最近になってな、ちょっと困ったヤツがおるんじゃが……」
「困ったヤツ? あぁ、どこの世界にも、そういうヤツが必ずひとりはいるんだよなぁ!」
(それはおまえだろ!)とタケル以外全員が、心の中でツッコミを入れた。
「で、ものは相談なんだが、今回はタケルにちいっとばかし手を貸して欲しいんだ、ワレ」
「オレ? 俺の力が必要?……ってことは頭を使う仕事じゃなさそうだな~」
「とうぜん!」
みんなが同時にツッコミをいれた。
「ちぇ、みんなして言うなよ……それで俺はなにをすればいいんだ?」
「その村の困ったヤツが、ケンカ好きでな。で、勝負事に目がないっつうわけよ、ワレ」
「なるほど、面白くなってきたな! ケンカなら任せとけ、俺の十八番だぜ!」
「そう言ってくれると心強い。そいつは最近、補給のたびにワシらに勝負を挑んできては、賭けに勝つと物資を多く持っていってしまうのだ。情けない話だが、この船の誰もがそいつには勝てなかったんだ」
「そこで俺の出番ってワケだな? いいぜ、やってやるよ」
「でもそんなの、いちいち関わらなくても、無視して補給だけすればいいだぎゃよ?」
「バカヤロウ! コケにされて黙っているのは男じゃねぇぜ! なぁ、オッサン!」
「そうだ! ワシらが勝負を断ると、情けないだ臆病だとののしってくるのがガマンできんのじゃ、ワレ!」
「もう前回のようなミジメな気分はゴメンだからね! 頼んだよ、タケル!」
「おうっ! 任せとけ! ギッタンギッタンにしてやるぜ! で、そいつの名は?」
「そいつの名は……リョーマという……」
「リョーマ……リョーマか!」
思わず拳に力が入るタケル。
そうこうしているうちに、補給ポイントの村が見えてきたのだった。
場面変わって、ここはダハンの村。
「ねー、おなかすいたぁ!」
「さっき食べたばかりでしょ。我慢しなさい、もう余分な食料はないのよ」
「あーん! だっておなかすいたんだも~ん! あんな小さなおイモだけじゃ足りないよ~!」
ボロボロの藁葺き小屋の側でマキを割る少女。そして小さな女の子が空腹のあまり泣いていた。
「泣くな! おみん!」
その小屋のすぐ側の大木の幹に、二人の男が乗っていた。
ひとりの男は、口にくわえた葉っぱをピーンと立て、何かの気配を感じていた。
「ふふふ……カモがやってきたぜよ……」
「な、何? ほ、本当かいの、リョーマ?」
二人の男は木から飛び降りると、小屋から刀を出して腰につけた。
「来るの? 補給船が?」
ひとりの少女が心配そうな顔で尋ねた。
「ああ、それに今回は特別なインガをもったヤツもおるようじゃ。ひひ、これは楽しみじゃ!」
「リョーマ! いっぱい食べ物とってきてね!」
小さな女の子は、リョーマという男の服の裾を引っ張っておねだりした。
「よし、待ってろよ、おみん! 食いきれんほどいっぱい取ってきちゃる!」
「わーい! わーい! おみんねぇ、おっきなおイモが食べたいよ!」
「かはっ、イモなんてケチくさいもんより、もっとうまいもの取ってきてやるき」
「本当? わーい、たのしみ!」
「よし、港へ向かうぞ、イゾー!」
「お、おう!」
リョーマの顔つきは、硬い決意の表情をしていた。
(今度こそ船を奪って、こんな村からおさらばしちゃる!……)
そして、ダハンの村の船着場。
一応、森林や湖などがあるオアシスだが、その現状は、人が豊かに暮らしている状況ではなかった。
子供たちが小屋の脇で無気力そうに座りこみ、大人たちもボロボロの服装に、無気力そうな表情をしている者が多かった。自らが働くことを忘れた、人間の成れの果てがここに存在していた。
「なるほどなぁ……こいつは一癖ありそうな村だぜ」
海賊船から船着場に降りるタケル。その時、ひとりの男と目が会った。
「あいつ……」
(あの鋭い目つき……できる目だ……あいつがリョーマか?)
船着場の大きな木箱の上に座り、こちらを睨んでくる男。
そのするどい眼圧に、タケルは身構えた。
「気づいたか、タケル。あいつがリョーマだ。だが先に手を出すんじゃねぇぞ? 補給が先だ、ワレ」
「へっ、知るかよ。それはあちらさんに言ってくれ。殺気のようなインガがビンビン伝わってくるぜ!」
「とにかく補給が先だ。勝負はその後だ。ヤロウども、作業にかかれ!」
アジジの命令で、船員たちは補給作業にとりかかった。
「ワシは今から村長と話がある。タケル、おまえも補給を手伝ってくれ」
「ああ……」
リョーマの視線は、依然タケルとぶつかりあったまま。だがタケルは視線をプイと逸らした。
「よっし、ひと働きするか!ベン行こうぜ!」
「お、おうだぎゃ!」
そして、補給作業が始まった。
アジジは村長の家へ訪れ、補給物資と食料などの交換条件を話し合うようだ。
毎回ここを訪れているので、特にトラブルは起こるはずはないのだったが……
「なんだって! そんな条件飲めるか、ワレ!」
アジジがテーブルをドンと強く叩く。古びたテーブルは今にも壊れそうだった。
村長の家といっても、貧しさが手に取るようにわかるほどの粗末な小屋だった。
「わ、我々も苦しいんじゃ。今までと同じ交換条件では生きていけんのじゃよ……」
「しかし、水や食料の交換量が、前回の倍というのは多過ぎるぞ、ワレ!
ワシらだって燃料さえあれば生きていけるワケじゃないんだぞ!
とうぜん水だって食料だっているんだ!」
「それはわかっておるんじゃが……その、最近はいろいろと苦しくての……すまんがわかってくれ」
村長は、何か奥歯に物が挟まっているような言い方をした。
「村長……ひょっとしてだれかに脅されているな? まさかヤマトの奴らか、ワレ?」
村長の顔がどんどんと曇っていくのがわかる。
「い、いや、それ以上ワシの口からは何も言えん……し、しかし、ワシらにも生活があるんじゃ」
「それはアンタらが働かないからだ!」
「う……」
「たまたま燃料となる岩石が、この村付近から採取できるからといって、
一切の生活必需品を、燃料の交換だけで賄っているからなんだよ、ワレ!」
ハッキリしない村長の態度に苛立ちを覚えたアジジは、ついつい核心を突いてしまった。
「し、しかし、燃料が切れて立ち往生したら、この広いジュジュエンの砂漠を横断できんじゃろ?」
「くっ! そりゃそうだがよ、でも!……」
アジジは言葉に詰まってしまった。
「言いたいことはわかるよ、船長さん。
だがね、ワシらはそういった自給自足の生活をしようと思うのが遅すぎたんじゃ……
必要以上に働いて村を豊かにするよりも、楽をして最小限の生活をとってしまった報いなんじゃよ。
それが人間の弱さじゃ……あんたもそこまでは責められんじゃろ?」
「ち!……わかったよ、ワレ! でも物資は1.5倍までだ。それ以上は増やせん!」
アジジは、村長の小屋のドアを叩きつけ、大声をあげて外へ出た。
それは腹が立って怒るというよりも、村長の言った言葉が虚しかったからなのだ。
(わかっているさ、ワレ……もうこの村の人間は働く意思をもっていないことを……
しかし、もうちょっと早く、それがいけない事だと気付いていれば……
この村はいずれ死んでゆく……まるで、沈み行く村だ……)
アジジは哀しい目で村を見つめた。
ここは補給場。
船員たちが、必死で補給活動を行っていた。
「おやおや、今回は見た事ないヤツがいるのう?」
「ほ、本当だ。ダンゴっ鼻にイヌとウサギじゃ」
タケルたちの前に、リョーマとイゾーがやってきた。
(あ、アニキ! あいつらさっきのリョーマってやつだぎゃよ!)
ベンは小声でタケルにささやいた。
(あぁ、どうやらそうらしいが、こっちから手を出すなって止められてっからな。とりあえず無視しとけ)
(だ、だども、あいつら、完全にオラたちをバカにしてるだぎゃよ。それにあの目つき……ヤな感じだぎゃ)
リョーマとイゾーは、タケルの方を見てニヤニヤと笑っていた。
「おいポリニャック。コンテナを固定するベルトを持ってきてくれ!」
「うん、わかっただっぴょ」
ポリニャックはタケルの側から離れ、ベルトを探しに行った。
「なんじゃ、おんしゃら耳が聞こえんのか? イヌだったらよく聞こえてるじゃろ?」
「なっ、なんだぎゃ! オラはイヌじゃなくてオオカミだぎゃよ!」
「よせ、ベン! そんな奴等を相手にするんじゃない」
「ああそうかい、なら、これでどうじゃい!」
ドガシャーン!
リョーマは、タケルの手にしていた物資を蹴っ飛ばした。地面に散乱する資材。
あからさまにちょっかいを出すリョーマ。
プルプルと震え、怒りを堪えるタケルは、自分を抑えることができるのか?
一方、こちらはポリニャック。
船着場の中から、タケルに頼まれた物を探していた。
「ダーリンがキレてなきゃいいんだけども……それにしてもベルトが見つからないだっぴょね」
探し物をするポリニャックの前に、先ほどリョーマと一緒にいた、おみんという小さな女の子が現れた。
ポリニャックは、その女の子を見て思った。
(とても貧しそうな格好してるだっぴょね…こんな小さな女の子なのに、可哀相だっぴょ……)
「えっと、ここらへんにベルトってないだっぴょか?」
「……」
おみんは、ポリニャックを警戒し、何も話さない。
「じゃあ、これあげるから教えて欲しいだっぴょ」
ポリニャックは、ポケットから飴玉を出し、それを女の子に差し出した。
しかし、おみんは飴玉を物欲しそうにはしているが、それでもこっちには近づいてくれなかった。
「それならウチが食べちゃうだっぴょよ~、あ~ん……パクッ!」
ポリニャックは口を大きく開き、飴玉を食べる仕草をした。
そして自分の指のままパックンと口にくわえてしまった。それを見て女の子は残念そうな顔をした。
「へへーん! 実はこっちの手にあるだっぴょ!」
口に入れたと思われた飴玉は、いつのまにか反対の手ににぎられていた。
そして女の子は、その手品(?)に興味を持ち、ポリニャックの前までやってきた。
ポリニャックは女の子に飴玉を渡すと、自分も飴玉を口に頬張った。
ポリニャックが微笑むと、飴玉で頬を丸くした女の子もニッコリと笑った。
そしてその瞬間、なぜかポリニャックの意識が消えたのだった。
ふたたび船着場。
運んでいた物資を、リョーマに蹴られてしまったタケルの怒りはどうなったのだろうか?
「てめぇ、そこまでして俺にケンカ売りたいのか!?」
「甘いのう、もうすでに始まっているぜよ……」
一触即発。
タケルとリョーマのケンカが始まってしまうのだろうか? すると、そこに。
「あーバカらしい! やってられん!」
鼻息を荒くしたアジジがやってきた。
「うん? どうしたい、オッサン?」
「まったく話にならんぜ、ワレ! 交換物資を倍にしろだとよ! まったく無理な話だぜ!」
アジジはリョーマの顔をチラリと見た。
「あんたらは金品巻き上げてる海賊なんじゃろ? ケチケチせずに置いていくぜよ」
「俺たちは義賊だ! 狙うのは悪さをしている奴等だけで、善人は絶対に狙わねぇぜ、ワレ!」
「ふん、どうじゃろ? それよりいつも通り、物資の賭けをしんかのう? 勝った方がそれをいただくぜよ」
「バーロー! これ以上ふんだくられてたまるかい!
それに今回はいくらおめぇでも簡単には勝てないぜ? な、タケル」
「ふん、やはりこいつが助っ人か。ま、ワシの相手になるかどうかわからんき。
いいぜよ! 勝負ぜよッ!」
「よしッ! 俺が逆に物資を倍にしてブン取ってやるぜ!」
意気込むタケル。
「ちょっとリョーマ! またそんな危ないことして!」
そこに、タケルとリョーマの間に割って入ってきた少女。
「も、萌ッ!?……萌なのか?」
「え、ちょっと、なんあのあんた!」
突然、タケルはその少女の側まで飛んでいって肩を掴んだ。
「萌ッ! おまえ生きていたのか!?」
「ちょ、離して……痛いわ!」
「む、この男、ヒナモに何するぜよ!」
リョーマは刀を抜いて、タケルに切りかかろうとした。その時……
パァン!
甲高い音が鳴り響き、タケルの顔が真横に捻れた。
ヒナモという少女の張り手が、タケルの頬を見事にひっぱたいたのだった。
「あたしはモエなんて名前じゃないわよ! ヒナモって言うんだからね! さっさと手を離しな!」
「あちゃ~……ヒナモの張り手はワシでもキツイぜよ、大丈夫か、おんしゃ?」
「萌じゃなかったのか……そうだな、萌がこんな村にいるわけねぇか……」
気落ちして膝から崩れ落ちたタケル。
それを見たリョーマは、タケルが何かワケありだと見抜く。
「ヒナモを誰かと見間違えたんか。よっぽどその女子もキツイ性格してるんじゃのう」
「ん! 何か言った、リョーマ!?」
「あ、いや、なんでもないき……」
あわてて弁解するリョーマ。どうやらヒナモには頭が上がらないようだ。
うなだれるタケルをじっと見詰め、頭をボリボリと掻くリョーマ。
「あー、やめじゃやめじゃ。なんだかシラケちまったぜよ。さぁ、さっさと補給を終わらせちまうぜよ」
リョーマはそう言うと、なんと、補給作業を手伝ってくれたのだった。
「すまねぇな、へへ……」
「いいってことぜよ、人手は多い方が早く終わるじゃろ。おんしゃ名前は?」
「タケル、オボロギタケルだ」
「ワシはリョーマぜよ。おんしゃはどうやら女を捜しちょるようじゃの。
実はな、俺もヒナモにはちぃと頭が上がらんのじゃ。おんしゃもそうだったんじゃろ?」
「あ、ああ……残念ながらおまえの言う通りだよ」
リョーマはタケルに、ニッコリと笑いかけた。そしてタケルも微笑を返した。
それを見ていたアジジは思った。
(ふふ、どうやらタケルには、人を惹きつける魅力があるようだな……不思議な魅力が……)
そして、補給作業は終わった。
物資の交換も、なんとかお互いが納得して手を打ったのだった。
日が沈む頃、タケル達とリョーマ達の和解の意味も込め、村長の家でささやかな宴会が始まった。
タケルとリョーマはすっかり意気投合していた。
もともとお互い似たような性格をしている上に、似たような女との似たような関係。
男と男の友情とは単純であり、それでいて絆が深いのかもしれない。
「ほう~、信じられん話じゃが、タケルはチキュウとかいう別の世界からやってきたってことかの?
それで記憶を失ってしまったと?」
「ああ、俺はこの世界に来て右も左もわからねぇ。
だが、俺の記憶を取り戻すきっかけが、どこかに必ずあるはずなんだ……
それを見つけるのが俺の旅だ」
「そうか……それに萌っていう女子とも再会できればよいのぅ……」
「さてな、この世界に来てしまったのは、俺だけかもしれねぇし……」
「タケル……」
「……」
タケルは押し黙ってしまった。
その様子を見たリョーマは、タケルが萌の事をよほど心配していると察した。
「なぁに、大丈夫じゃ! その女子もきっとおんしゃが帰るのを待っているぜよ!」
リョーマはタケルの背中をバンと叩いた。
「そうだな……希望をもたなきゃな。サンキュー、リョーマ!」
「へへっ、照れくさいのぅ。よっし、もっと酒を飲もうぜよ! 酒だけは腐るほどあるんじゃ!」
「た、たいへんよリョーマ!」
「どうしたんじゃ、ヒナモ? そんなに血相変えて? 酒ならまだあるじゃろ」
「おみんが! おみんがいないのよ!」
「なにっ!? おみんが!」
「そういえばポリニャックの姿も見えないが……まさか!」
タケルとリョーマは顔を合わせて無言でうなずいた。そして外に飛び出す!
「リョーマ! ここらへんはオマエの方が詳しい、ポリニャックがどこにいるか見当つかねぇか!?」
「この村は広くはないが、危険な場所も多くあるき……
まさか、おみんは、あのウサギとどこかへ行ったのかもしれんぜよ!」
「とにかく案内してくれ! 急ぐぜ!」
ボオゥ!
タケルはインガの力を解放し、走るスピードをアップさせた。
「ほう……タケルめ、なかなかいい色のインガウェーブじゃな。だがワシも負けちょらん!」
リョーマも同じく、インガの力でスピードアップした。それを追うベンとアジジ。
「アニキ、は、早すぎるだぎゃ! まったく追いつかないだぎゃよ~!」
「俺は先にいくぜ! オッサンとベンは後からきてくれ!」
リョーマを先頭に、タケル達はぐんぐんと加速し、ベンたちの視界から消えていった。
(そういえばイゾーの姿が見えんぜよ……
まさか、イゾーが良からぬ事を考えていなければいいんじゃが……)
リョーマの仲間であるイゾーが、ポリニャックをさらったのだろうか?
皮肉にもその予感は的中してしまった。
その頃、誰もいなくなった村長の家では……
黄色に怪しい模様のフードを被った男が、料理の残りをほおばっていた。
「ふふふ……私の作戦通りになってきたか……クチャクチャ、もぐもぐ……
これで、あのタケルも、クチャクチャ、おしまいだな! わはははっ! くちゃくちゃ、モグモグ、げふっ!」
口いっぱいに料理を詰め込んでいたのは犬神善十郎だった。
執念深いこの男は、この村に潜入し、タケルを追っていたのだった。
それにしても、どうやらこの男、卑怯な作戦ばかりのようだ。
「ふふふ……無事に助け出すことができるかな、タケル?
私には隠し玉もあるからな……ふふふ」
犬神の意味深な言葉とは何なのだろうか?
「はっ、離すだっぴょーっ!」
「このやろう暴れるんじゃねぇ!」
ここは村から離れ、岩山と砂で構成された地。
そこにポリニャックは、人質としてイゾーに捕らえられ、岩山の頂上で木に縛り付けられていた。
「ぎゃぁ~! ダーリーン! 助けてくれだっぴょー! 殺されるぅ!」
「う、うるせぇ! 静かにしやがれ! ったく、こんなやかましい獣人を人質にするんじゃなかったぜ」
イゾーの側では、哀しい目をしているおみんがいた。
「ま、待ってろよ、おみん。こいつを人質にしてあの船を奪っちゃる!
そ、そして俺たちはこのちっぽけな村を出て、もっと楽しく暮らすんじゃぁ!
もうこんな村はイヤだ!……こ、こりごりじゃぁ!」
「で、でも、かわいそうだよ……あのウサちゃん悪い子じゃないよ……」
「わ、わかってるき! でも、こうでもしないと、ワシらは一生この村で恨めしく
死んでいくことになるんじゃ! が、ガマンせぇ!」
イゾーの気迫に、おみんは黙ってしまった。
「あーん! ダーリーン! 早く来てぇっ!」
ポリニャックの大きな叫び声に反応するように、その時、地中で何かがうごめいた。
「もっと早く走りやがれ、リョーマ!」
「何言ってるぜよ! おんしゃもこのスピードで限界のくせに!」
「ヘン! 俺はもっとスピード出せるっつーの!」
「無理言いおって! む!……イゾーの気配、やはりここか!」
タケルとリョーマは、ポリニャックが捕まっている岩場に近づいた。
「いたッ! あんなところにポリニャックが!」
「おいイゾー! 人質をとるのはやめじゃ! そいつはこのタケルの仲間じゃき!」
「な、何言ってるんじゃ、リョーマ! そいつはあの船のヤツラだぞ! いつのまに仲間になったんじゃ!」
「とにかくその獣人の子を下ろすんじゃ! こいつらは悪いやつらじゃない! ワシが保障するき!」
「で、でも……ワシらがこの村を出るには、こ、こいつらの船を奪うしか方法がないんじゃ!」
人質を取り、興奮している今のイゾーには、何を言っても通じそうになかった。
そこに、タケルが一歩踏み出る。
「おい、イゾーって言ったな? そんなに船に乗りたければ、俺たちの船に乗ればいい。
俺達と一緒に旅をすればいいじゃねぇか……だからポリニャックを離してやってくれねぇか?」
「た、タケル……いいのか?」
リョーマがタケルの顔を見る。
「ああ、それくらい何でもないぜ。そのかわり、新米には甲板掃除をやってもらうけどな!」
タケルは片目をつぶってウインクをした。
イゾーは少し考え込んでいたが、やがて反省したのかおとなしい顔つきになった。
「わ、わかったき……人質は返す……すまんかったの、客人……」
「なぁに、わかってくれればいいんだ。さぁ、ポリニャック、もう安心しろ」
「うん、さすがダーリンだっぴょ」
「あ、あの男にそそのかされたオレがバカだったき……本当にすまん」
「あの男? 誰のことぜよ?」
「そ、それは……」
イゾーがポリニャックの縄を解こうとした、その瞬間!
ズバアァン! ズズズズ!
砂の中からいきなり何かが、ポリニャック目掛け襲い掛かってきた!
体長は十メートルもあるかと思われる巨大なムカデのような生物。
全身を硬い甲羅に覆われ、鋭く尖ったキバでポリニャックに噛み付こうとしていた。
「な、なんだあのバケモノは! ポリニャックー!」
「あれは砂虫! 普段はおとなしいが、産卵期に騒ぐと怒って襲ってくるんじゃ!」
ガチン! 間一髪!
イゾーの蹴りで、なんとかポリニャックは噛み付かれずにすんだ。
バギャッ!
「ぐおっ!」
しかし、砂虫の次の一撃を喰らったイゾーは地面に叩きつけられてしまった。
「イゾーっ! くっ、やらせんぜよ! はあぁッ!」
リョーマは刀を抜き、砂虫に斬りかかった。
ズバッ!
縦一閃! 見事、リョーマの刀は、砂虫を縦まっぷたつに切り裂いた。
地面に着地し、刀を鞘に納めるリョーマ。砂虫は緑色の体液を噴出して絶命した。
「すげぇ! リョーマの太刀筋がまったく見えなかったぜ!」
「北辰一刀流奥儀、天竜翔破斬……ワシに斬れぬものはない!」
「サイコーにカッコよかったぜ、リョーマ!」
「いやぁ、そんなことないぜよ。照れるぜよ、タケル」
ボッゴオン! ザザザザザッ!
一匹の砂虫を退治したのも束の間。
なんと、立て続けに十匹以上の砂虫が、地中から姿を現した。
「な、なんじゃと! 物凄い数じゃ! こんなに沢山の砂虫がここを棲み処にしちょったとは!」
圧倒的な砂虫の数。もはや絶体絶命の大ピンチ!
ポリニャックは、縛られた木が岩山の間に引っかかり、宙ぶらりんになっていた。
「あーん! ダーリーン、助けて~!」
「ばかやろう! 暴れるんじゃねぇぜ、ポリニャック! 落ちるぞ!」
「あーん! だってー!」
砂虫の噛み付きを、ピョンとかわすポリニャック。
しかしその振動で、木が岩山から崩れ落ちそうになる。
砂虫がウジャウジャと現れた砂地は、あたり一面がズブズブと沈んでいった。
あれに飲み込まれでもしたら、無事ではすまないだろう。
「このままじゃヤベェ! なんとかポリニャックの所まで行かねぇと……
しかし、足場は砂で蟻地獄のように沈んじまう! どうしたらいいんだ……」
タケルは考え込んだ。
「そうだ! リョーマ! そのもう一本の刀を俺に貸してくれ!」
「なに? おんしゃも刀を使えるがか? ようし、そらッ!」
リョーマは、腰にあるもう一本の刀をタケルに向けて放った。それをキャッチしたタケル。
しかし、タケルの刀の持ち方は、どこかぎこちなかった。
「お、おい! それじゃあ握り方が逆ぜよ?」
「へん! 刀なんてこのまえ初めて触った程度だぜ! だが、やってやる! おりゃ!」
「何じゃと!? 無理じゃタケル! はじめて扱うもんに斬れるわけがない!」
「やれるさッ! 手伝ってくれリョーマ! おらおらぁ!」
タケルは刀をメチャクチャに振り回した。
斬っているのは、先ほどリョーマが倒した砂虫の死体だった。
「あ~、だからいわんこっちゃないき……おや? む、そうか!」
我武者羅に刀を振り回しているタケルだったが、切り刻んだ死体が散らばって砂の上に落ちていく。
その死体の上をピョンピョンと跳び跳ねて渡るタケル。
「そうか、考えおったなタケル! よし、ワシが援護しちゃるから、早よぅ獣人を助けるんじゃ!」
「おおおッ! てやぁ!」
ズバッ! バシュッ!
タケルは、ジャンプした不安定な姿勢からも、砂虫を次々と斬り倒していった。
「なんと! あの体勢からの攻撃とは!
はじめて刀を手にした者の太刀筋とは思えん……やるなタケル!」
「へへへ! 見よう見真似ってヤツさ! おまえの太刀筋を参考にさせてもらったぜ、リョーマ!」
(なんだと? あの一回だけで、ワシの太刀筋を真似しただと!?
バカな……おんしゃは恐ろしい男ぜよ……)
刀初心者のタケルのセンスに、リョーマは驚きを隠せなかった。
「ラストだぁーっ!」
バシュシュ! ドバッシャアッ!
タケルとリョーマの同時斬りで、最後の一匹を倒すことができた。
その場には数十匹の砂虫の死体が積み重なっていた。
「すまんの、砂虫たちよ。普段はおとなしいおまえ達を、ワシらの勝手で荒らしてしまった……ゆるせ」
砂虫の死体の前で手を合わすリョーマ。タケルは、この男の善意ある優しさを感じた。
「さって、待ってろよポリニャック、今そこにいくからよ。もしかしてチビってねぇか?」
「だ、だいじょうぶだっぴょ、ギリギリセーフだったっぴょ……怖かっただっぴょぉ~!」
「ぎりぎりセーフかよ? 間に合ってよかったぜ…・・・」
おみんが抑えてくれていたおかげで、ポリニャックの縛られてる木は落ちずにすんだのだった。
「お手柄じゃの、おみん!」
「へへへ……あ!」
ボゴワァン!!
その瞬間。突然の出来事に誰もが動くことが出来なかった。
それもそのハズ。いままでの砂虫とはケタ違いの大きさの砂虫が地中から現れたからだ。
その身長は普通の砂虫の3倍以上……三十メートルほどの巨体を誇っていた。
砂虫の親玉登場の衝撃で、ポリニャックとおみんは、崩れた岩山ごと砂の中に落ちて沈んでしまった。
「きゃああだっぴょー!」
「ポリニャックーーッ! このムカデ野郎! 殺す!」
「よくもおみんを! はああッ!」
ガキィンッ!
タケルとリョーマの猛攻! しかし砂虫のボスには、傷ひとつつけられなかった。
「くそっ、あのヤロウの体、硬すぎる! どうしたらいいんだ!?」
「早くおみんたちを引っ張り上げないと手遅れになるぜよ!」
絶体絶命! どうする? タケル!
「タケルーッ! これを使え、ワレ! おまえなら使いこなせるハズだぁ!」
そこに、作業用の武神機に乗ったアジジがやってきた。
武神機と言っても、戦車のような機体に手が生えているだけの代物だった。
「武神機……武神機か! よっし、やってやる!」
「タケル! おんしゃ、それに乗って戦ったことがあるがか!?」
「前にちぃ~っとな。こうなったらやるっきゃねーんだよッ! おおおッ!」
急いでアジジと交代し、武神機に乗り込んだタケル。
この作業用武神機には武器はなく、大きなシャベルが右腕に装備されているだけであった。
「ちッ! 武器になるのはこれだけか! しゃあねぇ、これでブン殴ってやるぜ! うおおッ!」
武神機のアクセルを思いっ切りふかすと、エントツの部分から蒸気が勢いよく吹き出す。
ブオオオォン!
そして、大きくジャンプしたタケルの武神機。
「だあーッ!」
バッキイィン!
シャベルで親玉砂虫の頭頂部を強打! タケルの武神機に振動が大きく伝わる。
ギキキィィーッ! バギャン!
しかし、その攻撃をものともせず、親玉砂虫はシッポで反撃してきた。
「うわっとぉ!」
なんとかその攻撃をかわすタケル。
「くっ、ダメだ! こんな武器じゃヤツにはてんで効かない! いったいどうすりゃいいんだよ!?」
そこにリョーマが走って近づいてきた。
「タケルー! インガじゃ! インガで刀を作り出すんじゃ!
そうすればヤツをブッた斬ることが出来る!」
「なんだって? インガで刀をつくる?……そんなことができるのか?」
「インガで刀をイメージするんじゃ! おんしゃのイメージと信じる心が、強いインガに変わるんじゃぁ!」
ボオオン!
親玉砂虫の攻撃をかろうじてかわすリョーマ。
「リョーマ! あぶねぇから引っ込んでろ!」
「刀じゃ! 刀をイメージするんじゃー! ぐおッ!」
「わ、わかったぜ、刀をイメージするんだな……カタナ、カタナ、うむむむ……む!」
(かたな、カタナか……どんな形だっけ?)
タケルがインガを念じると、武神機のシャベル部分から何か光の棒が発生した。
「タケル! 駄目じゃ! それではバナナぜよ!」
「む、ちがったか……ええと、かたな、カタナと……あり、どうなってたかな?」
「タケルー! 切れるものを想像するぜよーッ!」
「切れるもの?……よっし、これだ!」
キュイイン!
すると、タケルの武神機の右腕に青い光が宿った。
そしてそれは、眩しく輝く刀の形に形成されていった。
「できたァ! これがインガの刀か!……よォし!」
インガの刀をまとったタケルの武神機は、親玉砂虫に真正面から突っ込んでいった。
「真正面からは無理じゃ!横にまわるんじゃ、タケル!」
「うおおおッ!」
ブオンッ!
親玉砂虫の噛み付き攻撃が、タケルの武神機に直撃!……誰もがそう思った。
武神機から青い光が発せられる。
それは残像にかわり、左右に分身し、親玉砂虫の背後に回った。
残像がひとつにもどったタケルの武神機は、大きく振りかぶり、一閃が炸裂した!
バシュオォォン!!
巨大な親玉砂虫は、見事に縦まっぷたつに切り裂かれた。
そして岩場の上に着地したタケルの武神機。
その姿は月の光に称えられ、祝福を受けているかのようだった。
(おんしゃという男は……ワシの技をこうも簡単に使いこなすとは、見事としか言いようがない!)
リョーマが放った技、「天竜翔破斬」を、タケルは一度見ただけで会得してしまった。
それも、凶暴で巨大な砂虫に対してだ。
タケルの驚くべき戦闘センスに、リョーマは背筋が凍る戦慄を覚えた。
「ポリニャックー! どこだ! 返事をしろーッ!」
フワフワフワ……
その時、砂の中から、ポウッっと光るシャボン玉のようなものが浮かんできた。
なんとその中には、ポリニャックとおみんが入っていた。
これは何だろうか?
おそらくポリニャックの不思議なインガが、無意識のうちに作り出した玉のようだ。
「何だこの玉は? 中にポリニャックが入っている!……ふうっ、無事か、ヒヤヒヤさせやがって!」
「ダーリーン!」
ポンっ!
ポリニャックがはしゃぐと、その玉は空中で割れてしまった。
「わっ、バカ!」
タケルは武神機から飛び降り、ジャンプ一番、ポリニャックをつかんだ。
ドサリ!
砂の上に落下したタケルの頭上に、ポリニャックがどすんと落下した。
「いてて……ムチャしやがって……」
「てへへ、ゴメンだっぴょ」
その横では、おみんをキャッチしたリョーマも、タケルと同じように砂に埋まっていた。
「あつつ……これじゃぁ命がいくつあっても足りないぜよ……」
「まったくだぜ、はははははっ!」
タケルとリョーマは、砂まみれになったお互いを見て笑い合った。
これで、事件は無事一件落着のようだ。
そして夜が明けた。
アジジたち砂の海賊は補給を終え、この村を出発することになった。
「世話んなったな、リョーマ。だけど本当にいいのか? 俺たちと一緒に行かなくてよ?」
「ああ……いつかワシらも、自分達だけの力でこの村を出て行くぜよ!」
「そうだな、ワレ、そのほうがいいかもしれん。
人に頼らず己の力で成さねば、人生は意味がねぇからな、はっは!」
「な~にカッコつけてんだか、オッサン」
「うるせーぜ、ワレ! たまにはカッコつけさせろ!」
「さぁさぁ、ケンカは後でやってくれよ。さあ、みんな出発するよ!」
そう仕切ったのはキリリだった。
「おやおや、キリリの方が船長に向いてんじゃねぇか?」
「ぐむむ……」
意地の悪いタケルの言葉に、アジジは言葉を失ってしまった。
「た、タケル……すまんかった……ほ、本当に……」
イゾーは、本当に申し訳なさそうな顔をして謝った。
「な~に、いいってこったよ、イゾー。ポリニャックも無事だったし、俺も暴れられてスッキリしたぜ!」
「そう言ってくれてありがたいぜよ、タケル。おんしゃの技は見事じゃった。いつか手合わせしたいぜよ」
「冗談いうなよリョーマ。おめぇの剣技に、俺が敵うワケねぇよ、ははは!」
謙遜するでもなく笑い飛ばすタケル。
しかし、リョーマの真剣な顔は、心底タケルと手合わせしたいと思っているようだ。
「これを持っていけ」
「これは……オマエの刀じゃねぇか?」
「リョーマ様直々の免許皆伝じゃ。もっていくぜよ!」
「で、でもよ……」
「この刀は、己のインガを増幅させるんじゃ。いつかこいつが役に立つときがくるじゃろう」
「そういうことなら、遠慮なくもらっておくぜ、師匠? へへへ……」
リョーマから刀を受け取ったタケルは、横にいるヒナモに視線を移した。
「人違いしてすまなかったな、ヒナモ。リョーマと仲良くやれよ」
「あら、もうやだよ、タケルたったら……」
「ばっ、バカいうな! 何でワシがヒナモと仲良くせんといかんのだ? だいたいこんなきっつい女……」
「ん~、何かいったかしら、リョーマ? またひっぱたいて欲しいのかしら?」
「ひーっ、それこそ冗談じゃないぜよ! わっ、わしが悪かった! すまん謝るっ!」
「待ちなさーい!」
「ひー! タケル! やっぱ船に乗せてくれぜよー!」
「わはは! ダメだぜ、リョーマ!」
一同は笑いに包まれた。
そして、いよいよ別れの時が来た。
船に乗り込むタケル達一行。
「さっ! 出発だぜ!……ん、どうしたポリニャック、そんな暗い顔してよ?」
ポリニャックは、リョーマ達に心配そうな顔でそう言った。
「やっぱ、ウチらとこの村を出たほうがいいだっぴょよ……ここにいてはいけないだっぴょ……」
「大丈夫だよ! いつかおみんも、がんばってこの村をでたら、ポリニャックちゃんに会いにいくから!」
「そうじゃ、もうワシらは今までとは違うぜよ。希望を持って幸せをつかむために生きていくんじゃ!
それをおんしゃらから教わったような気がするぜよ、タケル」
リョーマたちの目は、今までのような荒んだ目をしていなかった。
希望を持った光輝く目をしていた。
ボボボボゥ……ボウーッ!
アジジたちの海賊船、サンドサーペント号は汽笛を上げた。
そして、ダハンの村を出発すると、村はどんどん小さくなって見えた。
「ポリニャック、今のリョーマたちを見れば大丈夫さ。あいつらなら立派に生きていけるさ、きっとな……」
「う、うん……そうだっぴょか」
「心配すんなよ! それにしても、いろいろあったけど楽しい村だったぜ!」
「働く事を忘れた村か……いつか変わるといいな、ワレ。あの村も……」
「変われるさ! リョーマのような男がいれば!」
「あぁ、そうだな、ワレ……」
ポリニャックは、相変わらずダハンの村を心配そうな顔で眺めていた。
(なにかあの村には、なにか不吉なことが起こりそうな気がするだっぴょ……
とてもそんなこと言えないだっぴょよ……気のせいならいいだっぴょが……)
必要以上にダハンの村の事を気にするポリニャック。
そこまで気にするとは、何か理由でもあるのだろうか?
タケル達が出発したのを見送るリョーマ達。
「イゾー……ひとつだけ教えるぜよ。おんしゃに人質を取れとそそのかした男とは、何者ぜよ?」
「う……そ、それは……確かではないが、たぶんヤマトの人間だと思うき……」
「なに!? ヤマトだと?……何故、ヤマトの人間が、タケルに恨みをもっているというぜよ?」
リョーマは、タケルのこれからの旅の無事を祈った。
タケルの乗った船を、岩山の上から悔しそうに見送る男がいた。
それは、犬神善十郎だった。
「くそッ! また作戦は失敗だ!……タケルめ! いまいましいヤツだ!」
ドガッ!
犬神は岩山の石を蹴った。すると、その大きな石は、転がってある穴の中に落ちた。
キシャアアッ!
それは、あの、ムカデ達の巣穴だった。沢山のムカデに襲われる犬神。
「うわぁ! こ、これも全部タケルのせいだぁ! 今にみていろよ! 絶対復讐してやるぅーッ!」
自業自得の犬神だった。
そして、その一週間後。
ポリニャックの予感は見事に的中してしまった。
ダハンの村は、ヤマトの攻撃を受け壊滅してしまうのであった……
だが、今は、誰も知る由もなかった。
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