第75話 奪われた力 その3
ここまで来て不安しかないなんて、どこまで言っても私は不幸だなぁ。
彼の言葉を聞いた龍樹は真顔のまま、まるで挑発するみたいに神器の使用を促した。
「じゃあ、試しに使ってみてください」
「よ、よーし、見てろ……」
有己が早速神器の力を開放しようとしたところで、この第7階層の修復したばかりの次元の裂け目がまたしても侵食される。次の瞬間、また聞きたくもなかった例の恐ろしい咆哮がこの空間全体に響き渡った。
「ギャオロオオオオオオオン!」
「うわっ!来たっ!」
早い!早過ぎる!こっちはまた具体的な対策も練れていないのに!あの短時間で封印を解いて尚且つこの空間にまで再侵食してきたって言うの?まさに化物だよ!
それでそいつの狙いがこの私だって言うんでしょ?怖いよ!早く神器で何とかしちゃってよ!
その頃、ラボでは博士達が自慢の研究成果を前に一喜一憂していた。
実は第7階層で有己によって次元追放された後、ニール博士が適切な帰還法を計算で導き出し、クアルを導いていたのだ。
「ようやく戻せたな」
「ふん、みんな雁首揃えてご苦労なこった。クアルが戻ってくる前に逃げていれば少しは時間を稼げたものを」
カーセル博士はハンター空間に全員がまだ残っていた事を不思議に思っていた。合理的に考えれば勝ち目のない戦いに対する対処は逃げの一手しか考えられない。理解不能なものと言うのは彼の頭を悩ませるのに十分だった。
この件に関してニール博士は独自の推測を口にする。
「彼らにはそう言う習性があるのだろう。愚かな事だが」
「だが、私達にとってそれは都合が良かった。早速始めるぞ」
カーセル博士は早速計画通り、闇神様のエネルギーを強奪するプランを実行しようとする。と、ここで相対する敵陣営に何か変化がある事にニール博士が気付き、友人に忠告する。
「待て、少し様子がおかしい。彼ら、さっきと違って物理的な武器らしきものを手にしているぞ」
「それがどうした?どうせ大したものじゃない。クアルにはどんな攻撃も効かない」
「だと、いいのだがな……」
クアルの完成度に絶対の自信を持つカーセル博士に対し、慎重派のニール博士は神器を手にした使徒達の動向が気になっていた。状況の変化に対して2人の博士の意見は割れたものの、計画は粛々と遂行されていく。
モニター上のクアルは送られてきているデータを見る限り、成長の第1段階目をそろそろ終わらそうとしているようだった。
ハンター空間ではバケモノの再来襲に緊張感が極限まで高まっていた。こうなってしまってはもはや少しも無駄な時間は過ごせない。目の前の敵に対して高まった有己は策も何もなく、まだしっかり準備も出来ていなのにまた馬鹿のひとつ覚えのようにいきなり飛び出していった。
「ぶっつけ本番だ、行くぞ!」
「ちょ、有己!本当に大丈……」
「俺を信じろ!」
彼は私が止める声も聞かず、周りと息も合わせずにひとりで先走る。本当、あの性格はずーっと治らないね。私が頭を抱えていると、同じく呆れた龍炎が飛び出していく有己を目で追いながら私の気持ちを代弁してくれた。
「あーあ、またひとりで突っ走っちゃって」
「皆さん、どうかよろしくお願いします」
神器を手にしたとは言え、流石にひとりであの化物と向き合うのは分が悪過ぎると、すぐに私は目の前の武闘派のメンバーに頭を下げる。その中のひとり、ハンターの鬼島は乱れた服を直しながら柔和な笑顔を見せ、私の思いに応えてくれた。
「ええ、最善を尽くしますよ」
「あいつの尻拭いはゴメンだが……今はそうも言っていられないしな!」
芳樹もまた自前の神器を手にして体勢を整える。うん、今度こそ最強の布陣だね。とは言っても、もうこれ以上強い装備と布陣はないんだけど。もしこれであいつを倒せなかったら確実に打つ手なしだよ。だからどうやってでもしっかり勝って欲しい。いや、きっと勝てるはず!勝って!お願い!
一足先に戦闘に臨んでいた有己は早速渡された神器の力を発動させる。おお、ちゃんと使いこなせてるじゃん。良かった。
「神器開放!闇斬丸!」
彼の手にした神器は発動することで小さなナイフ状の大きさから刃渡り80cmほどの立派な刀剣の姿に変わる。そうして有己はバケモノに向かって力一杯その剣を振り下ろした。
「これで終わりだバケモノオオオ!」
上空で化け物退治が始まった頃、地上でも作業が開始される。上空組がうまくあの化物を切り刻んだら、すぐに封印が出来るようにしなければならない。
龍樹はハンター本部にいるハンター達に指示を出してテキパキと必要な作業を始めた。
「さて、私達も封印の準備に取り掛かりますね」
「お、お願いします!」
リーダーである彼もただ指示するだけでは終わらない。今回封印するのは未知の化物だ。使徒相手なら簡単に封印出来ても、全てが謎に包まれている巨大生物兵器を封印するとなると、どんなトラブルが発生するか予想もつかない。慎重に、しかし無駄に時間もかけられない。強度を出来る限り高めつつ、一同封印したら出られないようにするのも重要だ。
この封印には特別な装置が必要なようで、準備するハンター達は私から見たら奇妙なオブジェのような特殊な加工をされた像を所定の位置に設置していく。
その設置が終わると像は光を放ち始め、不思議な光の魔法陣のパターンが浮かび上がる。龍樹はその中心に立つと、何やら呪文のような謎の言葉を唱えながら踊り始めた。
きっとその儀式が封印には必要なんだろうな。私には何をしているのかちょっと意味が分からなかったけど。
その頃、切り込み隊長を務める有己は、何度も何度も化物に斬りかかっていた。その作法はただ力任せに叩いているだけのような感じでちっとも美しくない。彼はもしかしたら剣術などと言う高等技術を全く身につけていないのかも知れない。
そう言う事もあって、静かな虚空に化物に弾かれる神器の音だけが軽快に響いていた。
「くそっ!斬れねえ!何だこの身体!」
「神器開放!無窮の太刀!」
ひとりで孤軍奮闘する有己の前に二番手として鬼島が現れる。その手にはまたしても刀剣状の神器が。有己のものよりもかなり大ぶりのそれは、まさに太刀と呼ぶに相応しいものだった。心強い援軍の登場に、彼は現在の状況を伝える。
「こいつ、硬いぞ!」
「ならば技を使うまでです!……無空の域!」
ただ無作法に剣を振り回すしか出来なかった有己に対し、鬼島は剣術もしっかり心得ていた。彼の必殺の剣術はバケモノの体に適切な角度で太刀を滑り込ませ、刺身包丁で魚を切り分けるようにその硬い体に深い傷を追わせる。
「ギャグオワアアアア!」
「やった?」
「いや、浅い!」
下で観戦する私と龍炎は攻撃組のみんなを実況しながら応援していた。私の楽観的な見立てに対して、龍炎は飽くまでも冷静に状況を分析している。
まぁ、冷静に見ていないと本当に危険な時に反応が遅れちゃうもんね。
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