ラボ、本格始動

実験

第42話 実験 前編

 その頃、某国の研究施設、通称ラボでは以前の実験体と闇神様との接触で得たデータから数々の実験を繰り返し、所長の求めるデータを得るための完璧なる実験体の完成へと向けた研究が進められていた。そうして夜を徹して何度も繰り返した実験の末、ついに満足出来るものが出来上がろうとしていた。

 巨大な実験室のガラス越しにその成果を眺める所長のカーセル博士。彼はニヤリと笑いながら口を開く。


「いよいよ完成したぞ」


「実験体25号のデータは役に立ったな」


「これで後はシミュレーションでいい結果が出れば……」


 繰り返し実験しては改良を重ね、作られた実験体はついに26体目になっていた。ここに至るまでの実験体はデータを取得後、その数値が理論値に届かなかった為、全て廃棄されている。この26号に辿り着くまでにかかった予算は小国の国家予算にも匹敵している。

 そうしてそこまで時間と予算をかけたこの26号ですらこれから行う最終実験でいい結果が出なければまたしても廃棄となる運命なのだ。


 所長はこの段階で実験はほぼ成功するだろうと見込み、次の段階に移る為の段取りを進めようと副所長のニール博士に確認を取った。


「それよりターゲットの現在位置はどうなった?」


「ああ、ロストはしたが今また大きな反応があった。すぐに場所の特定は出来るはずだ」


 このターゲットと言うのが言うまでもなく闇神を宿した少女野中しおりの事だ。彼女の位置情報はずっとラボで追跡していたものの、ある事件を機にその消息がつかめなくなっていた。

 そう、龍炎が闇の空間に彼女達を匿ったあの時だ。ラボは闇神の放つ闇の波動を観測する事で彼女の位置を特定していた。なのでしばらくは観測不能の状態になり、位置を特定出来ないでいた。それがまた例の待ち伏せハンターとの戦闘によってラボ側でもその存在を確認されてしまったのだ。


 副所長の報告を聞いたカーセル博士は実験の最終段階の為に彼女の具体的な場所を絞り込むように指示を出す。


「こちらの準備が整うまでに正しい位置の特定を頼むぞ」


「それは問題ない。ターゲットがまた亜空間移動をしない限りはな」


「その可能性は?」


 ニール博士は場所の特定に自信を持っていたものの、不確定要素の可能性を追求されて少し動揺してしまう。こればかりは該当するデータが余りにも少なく、全く計算の出来ない領域の話だったからだ。博士はそれを誤魔化さずに正直に告げる。


「ああ、確かに可能性は0ではないが……今のところその動きはない」


「なるほどな、では観測を続けてくれ」


 副所長の報告を受けたカーセル博士はその言葉に納得したように静かにうなずくと、準備が整ったらしい実験室の方に顔を向けて実験の開始を宣言する。


「では、シミュレーションを開始する」


 所長の宣言を受けて実験室の実験体のシミュレーションデータに新たな人型のモデルが出現する。それについてカーセル博士が説明する。


「こいつが仮想敵Aだ。前回のデータを元に戦闘パターンを組み上げた。」


「ほう」


 人型モデルの名前は仮想敵A。前回の戦闘データを元に作られた、ぶっちゃけて言うと近藤有己を想定したものだ。闇神を守る彼はラボにとっては実験の邪魔をする敵でしかない。つまりこの実験は実験体と使徒の戦闘をシミュレーションするものだった。計算上で使徒を倒せてこそ計画は先に進めるのだ。

 その為の戦闘能力を最新の実験体は備えている。これはそれを証明する為の実験だった。


「D濃度は128。この状況では敵の強さは実験体をやや上回る」


「苦しいな」


「ここで新たに組み込んだH因子が発動する。するとだ……」


 シミュレーション上の戦闘の様子を見ながらカーセル博士は説明する。D濃度とはダーク濃度、つまり使徒や闇神が放つ闇の波動を数値化したものだ。

 使徒はこのD濃度の濃さによってその能力が増減する。ラボはもうそこまで突き止めていた。普通に戦う状況ではこのD濃度の上昇により実験体は不利な状況に追い込まれてしまう。そのままだと目的が達成出来ない為、今までの実験体にはない新たな要素がこの実験体には実装されていた。それがH因子。

 この因子が正常に理論値通りにその能力を発揮すると空気中のD濃度を飛躍的に下げる事が出来る。その結果は火を見るよりも明らかだった。


「おお!まるで動きが違う」


 使徒は闇神が生み出した言わば分身であり、闇の濃度が下がれば下がるほど能力は低下してしまう。すると相対的に実験体が有利になる。シミュレーションでは動きの遅くなった仮想敵Aは実験体の動きについていけなくなり、次第に形成は逆転していく。

 この結果を見て副所長は感嘆していたのだが、所長は更にここからが本番だと言わんばかりに意味ありげな言葉を告げた。


「H因子はD濃度を下げるからな。さて、ここからが26号の真価の発揮となる」


 その言葉を受けて副所長が興味深く推移を見守っていると、変化は次の瞬間に訪れた。


「まさか……取り込むだと?」


 何と実験体26号は弱った使徒が隙を見せた次の瞬間、有無を言わせぬ速さで襲いかかり使徒を取り込み同化してしまったのだ。この意外すぎる衝撃的な展開に副所長は言葉を失ってしまう。その様子を見ながら所長は得意気にその行為の説明をする。


「そうだ、計算上は何の問題もない。実験体は敵Aを取り込んでAそのものになる」


 しかし荒唐無稽とも思えるその行動に副所長は実現の可能性を疑問視する。


「成功率は?まだ完全じゃないだろう?」


「そこも許容範囲に収めていく、その為の調整だ」


 副所長の指摘を受けて所長はその問題もクリアにしていくと自信たっぷりに答えた。疑問がつきない副所長はこの後どうするのかも続けて質問する。


「Aを取り込んだ後どうする?そのままターゲットも取り込むのか?」


「それはエーテル構造上まだ無理だ。そもそも取り込むのは解析が第一理由だ。仕組みが分かってこそ応用が出来る」


「成る程、これが最終ではないと」


「当然だ、このプロセスを経て計画は最終段階に入る。だからこそ成功させなければならない」


 所長曰く、今回の実験においては使徒を取り込む事が第一目的であり、それによって闇を生み出す仕組みそのものを解析すると言うもののようだった。

 シミュレーション上では確かにこのプランは成功を収める結果を導き出す事に成功していた。計算上ではもう何も問題はないのだろう。

 この結果に副所長は一定の評価を下すものの、まだ残っている不安材料に懸念を示す。


「しかし、計算で満足の行く結果が出せたとして、その計算通りに生成出来そうなのか?」


「全てはパズルのようにひとつの値が決まればそれを基準に全てが決まっていく。設計までは何の問題もないだろう」


「後は我等の手を離れる、か」


「勿論最終調整はこちらで行わなければならないがな」


 そう、ここのラボでは実験体の生体データ、プログラムからデータの設定、設計までは行うものの、肝心の実験体本体そのものは別のプラントで作られている。

 ラボから送られる詳細なデータを元に作られた実験体本体はそのままラボに送り戻され、最終調整を受ける事になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る