ドラゴン救助
どうしてドラゴンが洞窟の前に佇んでいるのだろうか?
…………いや、ちょっと待った。
あれ、佇んでるんじゃない。
はまってるんじゃないか? 洞窟に。
よくよく見ればドラゴンの身体は上半身しか出ておらず、下半身は洞窟の中に仕舞われている。そしてドラゴンは必死になって前脚を動かし、身体を引き摺り出そうとしている……ようにも見える。
あと、翼が無いから飛ばない種類のドラゴンなんだろうな。
さて、これはどうするべきか?
いや、どうするべきも何も、あのドラゴンが抜け出さない限り、俺とアルレシアは地底湖を見に行けないじゃないか。流石にここまで来てとんぼ返りは勘弁願うので、ここはドラゴンが抜け出せるように心の中でエールを送るか。
ドラゴンには下手に近付かない方がいい。それは箱庭の森でフォーイさんに耳にタコが出来る程言われた事だ。
ドラゴンは基本的に気性が荒く、群れを成さず単独行動を好む。複数でいる場合は繁殖期で一匹の雌を争って雄同士が熾烈な争いを繰り広げている場合が殆ど。あとは子育て中の母ドラゴンと子供ドラゴンが該当する。繁殖期のドラゴンや子育て中の母ドラゴンは尚更手が付けられないので一層近付かない事が鉄則だそうだ。
一応、ドラゴンの中にも気性は荒くなく、群れても特に問題ないと言う思考を持つ個体も存在する。ベルティーさんがその最ある例で、ドラゴン本来の気性の荒さが出て来るのは胸糞悪い悪魔の臭いを嗅ぎつけた時くらいらしい。
「へぇ、あれってランドドラゴンだ。ここらに住んでるとは図鑑には書いてなかったな」
アルレシアは声を潜め、それでいて目を輝かせてそんな事を呟く。彼女にもフォーイさんの教えは埋め込まれており、ドラゴンを刺激しないようにしている。
「らんどどらごん?」
「あぁ。翼が無くて人里離れた山岳や荒野に生息するドラゴンだ。見た目は角の生えた巨大な蜥蜴だな。だがその鱗はドラゴンの中でもかなり固い部類に入っていてな、ミスリルよりランクは落ちるがそれでも防具に使えば一級品のものに仕上がるんだ」
「へぇ」
「ただし、竜鱗の防具の数はそこまで多くはないな。その理由はやはりドラゴンの気性の荒さや素の強さが影響している。飛べないと言ってもドラゴンである事に変わりないからな。ドラゴンは基本的に冒険者のランクがAのやつが漸くいい勝負が出来るって言われている」
「そうなんだ」
「あぁ。まぁ、相手が子供のドラゴン相手ならランクBでも勝てるらしいけどな。因みに、あの洞窟にはまってるドラゴンはまだ子供だな。ランドドラゴンはあれの三倍くらいまで大きくなるし」
「え? そうなの?」
「そう図鑑に記載されてた。あんくらいの大きさだと……生まれて大体二年って感じか?」
そこまで分かるのか。流石はアルレシア。伊達に外への憧れを抱いて知識を深める為に図鑑を見ていた訳じゃないな。
というか、あれで子供なんだ。俺よりも一回りは大きいんだけど。
俺とアルレシアがそんな雑談を交わしている最中も、ランドドラゴンの子供は頑張って外に出ようとする。
しかし、一向に出られる気配は感じられない。
ドラゴンならそのまま力付くで周りの岩壁を破壊して出られそうなんだがな。
「あ、何か五年前に悪魔がそこの洞穴を溜まり場にしてたらしくてな、その際においそれとは壊れないように周りの壁を強化したんじゃないか?」
素朴な疑問を口にすれば、アルレシアが可能性の一つを口にしてくれる。
悪魔による強化(恐らく)を受けた岩壁はランドドラゴンの子供程度の力では壊れる事のない程に強力なものへと変貌してしまったのか。
……あ、ランドドラゴンは足掻くのをやめて天を仰いで泣き始めた。どうやら諦めてしまったみたいだ。
声を殺して泣く様は、見ていて辛いんですけど……。
ドラゴンと言ってもまだ子供。そりゃ、出られなくなったら不安で心が締め付けられてしまうよな。
「……ねぇ、あのこたすけてあげよ」
「奇遇だな。オレもそう思った所だ」
俺とアルレシアは顔を見合わせて頷き、ランドドラゴンの子供の所へと向かって行く。
「ッ……グルルルル……」
ランドドラゴンの子供は近付いて来る俺達の存在に気付き、涙目を隠さずに威嚇の唸り声を上げる。
「ごるるるる」
俺はランドドラゴンに敵意が無い事。そして助けようと思っている事をドラゴンの言葉を用いて相手に伝える。ドラゴンの言葉はフォーイさんとベルティーさんに習ったので、片言だけど話せる。アルレシアは話せないので、俺が通訳する感じになるかな。
「グルル?」
「ぐる」
「ゴル?」
「ごるぐるる」
「……グルルル」
「ごるる……」
「グルル……」
「ごるるぅ……ぐるっ」
「グルゥ……グルゴルゥ……」
言葉を交わすうちに、きちんとこちらに敵意が無い事が伝わった。そして、この子は大人しい気性である事も分かった。というか、この子はまっている云々を除いても今結構可哀想な立場にいるんだけど。
「えっと……結局敵意が無い事は伝えられたのか?」
「うん」
疑問符を浮かべているアルレシアの言葉に俺は頷く。
「じゃあ助け出しても襲い掛かって来る事はねぇか」
「うん。さっそくたすけよ」
「おぅ」
俺とアルレシアはこの子を助ける為に動き出す。
こういう時にアルレシアの遣える転移魔法が役に立つ……んだけど、あれはアルレシア単体の魔力量じゃ彼女一人を転移させるだけしか出来ない。それも、精々一キロメートルくらい先までだそうだ。
長距離で、更に複数人で移動するには莫大な魔力が必要で、普通は魔法陣を用いて周りや地下にある魔力を借りて発動させるらしい。
そんなものを何の制限も無く個人の力だけでほいほいと出来るのは既に亡くなっているらしい稀代の大魔法使いと呼ばれた人と隣国の魔法騎士団メンバーくらいらしい。
因みに、アルレシアと俺を転移してくれた王城の魔法使いは別の術で周りの魔力をかき集めつつ、魔法陣の力を借りて難とか出来ていたとか。
なので、アルレシアは転移魔法を用いて気が向いた時に王城に戻ると言う選択は取れない。まぁ、彼女はそれを百も承知で旅をしているので特に気にしてはいない。
さて、このランドドラゴンの子供を助ける方法だが、結局のところ転移魔法だ。
アルレシア単体では無理でも、ランドドラゴンの魔力を借りればもしかしたら可能かもしれないのだ。アルレシアは【魔力共有】のギフトを持っているので、転移魔法発動の際に手で触れていればランドドラゴンの魔力も扱う事が出来る。
もし、ランドドラゴンの魔力をプラスしても転移が出来なかった時は……地道にランドドラゴンの子供の下の土を掘っていくしかないかな。ランドドラゴンの力で壊せないなら、身体強化した俺でも壊せない可能性もあるし。
そんな訳で、アルレシアは俺から降りてランドドラゴンの子供の首元に触れる。
「っし、転移出来そうだ」
どうやらアルレシアとランドドラゴンの子供の魔力を足すと転移が出来るようだ。それはよかった。
「じゃあ、行くぞ」
アルレシアが転移魔法を発動させると、ランドドラゴンの子供はその場からいなくなり、少し離れた場所へと出現した。
「グルルゥ♪」
抜け出せた喜びを全身で表し、ランドドラゴンの子供は嬉しそうになく。
「いやぁ、抜け出せてよかったよかった」
「そうだね……とも、いえないかも」
「は?」
アルレシアは純粋に喜んでいるが、俺は喜び半分危うさ半分だ。
「ぐるるぅ」
「ッ! グル」
俺が一声かけると、ランドドラゴンの子供は表情を引き締め、俺達の方へとそそくさとやってくる。
「あるれしあ。あのこをつれていったんどこかみをかくせるばしょにいこう」
「いや、急にどうしたんだよ? もしかして、さっきあの子と話してた時に何か訊いたのか?」
「うん」
俺は自ずと苦い表情を作りながら、アルレシアに掻い摘んで告げる。
「このこ、おわれてたんだって」
「追われ? 何にだ?」
「あくまに」
俺の言葉に、アルレシアは息を飲んだ。
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