鍛練風景その2

「そこですっ!」

「にゃっ⁉」

 グリーネクのアオダくんが己の身体を目いっぱい伸ばし、アルレシアへと突進し彼女はそれを猫のような奇声を上げつつ紙一重で避ける。

 今日も今日とて、模擬戦である。

 模擬戦は日ごとに戦う場所の条件が異なっているので、ワンパターン戦法が取れなくなっている。

 守護獣の皆さん曰く「常に自分の見知った場所で戦う訳じゃない。どんな場所でもある程度以上に戦えるようにならなくては自分の身も守れない」との事。

 箱庭にいる限りは大丈夫だろうけど、中には箱庭から出て広大な世界へと旅立つ者もいるそうだ。

 なので、そう言った者向け……とだけではないが、慣れぬ場所で相対する事を想定して模擬戦は行われている。

 因みに、模擬戦の地形もわざわざ変化させている。フォーイさんが魔法によって土を隆起させたり、巨大な水の弾を空に浮かべて水中戦をさせたり、周りを火の海にしたり、霧深い森の中にしたり、とバリエーションは豊富だ。

 その他にも、一対一だけじゃなく二対二とか、多対多とか、一対多とか一度に模擬戦する物の数や勝利条件も日によって異なる。

 因みに、本日のバトルフィールドは雪降る山岳をモチーフにしている。フォーイさんの魔法によって程よく傾斜がつき、岩が適当に置かれ、雪が深々と降り注いでいる。

 そして、今回の条件は一対一で相手を打ち倒す事だそうだ。ただし、勿論相手を殺してはいけない。これはあくまで模擬戦であって殺し合いじゃない。

 まぁ、それでも手心を加えるなんて真似は許されない。本気を出していないとみなされた場合は、守護獣の皆さんからキツイお灸をすえられる事となるので。

 なので、模擬戦では誰もが真剣に、そして手加減なぞせずに本気で戦っているのだ。

「頑張れー!」

「負けるなー!」

「おー、あれを避けたか。足元が雪で動きにくいってのに大したもんだ。それにアオダも身体を伸ばす際に雪で滑ったりしたろうにそこまで速度落とさずによく突進出来たな」

 皆が応援する中、俺の隣りではアルレシアとアオダくんの模擬戦を観戦しているディアが冷静に彼等を評価する。

 確かに、今降っている雪はかなりさらさらで、握っても固まらないパウダースノーだ。スキーをするのにはかなり質のいい雪らしいけど、踏み固める事が出来ないから普通に移動する分には負担にしかならないな。

 それでもアルレシアは滑る事無く動いているし、雪に足を取られているにもかかわらずそこそこ動けている。

 アオダくんもその青大将を三倍くらいの大きさにしたという表現がぴったりな長大な体をくねらせて移動のは思いの外上手く動けている。多分、自ずと雪を掻き分けるようにしているからかな?

 互いに悪条件ながらも、そこまで動きが悪くならずにいられるのは純粋に凄いと思う。これも毎日の鍛錬の積み重ねが為せる技だろう。

 因みに、アルレシアは何時もの恰好の上にフード付きのファーコートを着て防寒対策バッチリだ。

 対するアオダくんは何も着込んでおらず、青く煌めく鱗を露出させている。爬虫類だから、こんな雪の降りしきる中では動きが鈍くなるんじゃないか? と思うのが普通だけど、アオダくんは平気だ。

 アオダくんだけじゃなく、この世界の爬虫類とか両生類は寒くてもへっちゃららしい。その理由は体内で生成される魔力を熱に変換して低気温でも活動出来るような身体の仕組みになっているかららしい。

 なので、この世界の爬虫類と両生類は朝起きて直ぐに太陽光で体を温める必要はなく、起きて直ぐに活動する事が出来る。

 まぁ、魔力の無い俺は毎朝太陽の光で体を温めないといけないんだけどね。

 因みに、今現在の俺はもう寒さでがたがた震えている。一応、周りにはディアを含む温かそうな毛皮で己をガードしている皆が囲んでくれたり背中に乗ったりで生きてる熱源は確保できてるし、目の前にはぱちぱちと音を鳴らす焚火もあるから活動自体は出来る。

 しかし、それでも何時もよりも体の動きは鈍いし、何処となく意識も微妙に遠くに感じる。やっぱり、恐竜は寒さに弱いんだなぁ、と再確認する今日この頃だ。

 体が大きいから大量の熱を貯蔵する事が出来るので、ある程度の寒さなら耐える事が出来る。だが、それも充分に熱を保っている状態の話だ。

 恐竜は身体が大きい分、熱を蓄えるのにかなり時間がかかったとされている。熱を充分に得られないまま寒気にぶち当たりでもしたら、碌に動く事も出来ずにそのまま眠るように静かに息を引き取る羽目になる。

 恐竜の絶滅の原因の一つに、隕石が衝突して空に塵埃が大量に舞って日光を遮った事による寒冷化が上げられるしな。日光によって熱が得られず、気温の低下によって徐々に身体に蓄えていた熱さえも奪って行く……それは正に地獄だろうな。

 俺が生まれた世界が氷に閉ざされた凍土じゃなくてよかったと心底思うよ。

「お返しだ!」

 アオダくんの突進を回避したアルレシアは、手を彼に翳してそこから青白く光るサッカーボール大の球を生み出して発射していく。

 アオダくんはそれに対して口を起きく開けて、そこからアルレシアが放った球と同程度の大きさの水球を生み出して放つ。

 青白い球と水球はぶつかり、相殺される。

 彼等が今し方放ったのは魔法弾と呼ばれる魔法の一種だ。魔法の初歩中の初歩の技らしく、これが出来なければ他の応用も出来ないとか。

 アオダくんが放ったのは、【アクアボール】と呼ばれる水の魔法だ。

 魔法には属性が存在し、基本的に一人(一匹)につき一つの属性の魔法が扱える。と言うよりもその属性の魔法しか扱えないらしい。

 また、扱える属性は遺伝されるそうで、アオダくんは彼の両親が双方共に水属性の魔法が使えたので水の魔法が使え、他の属性の魔法は一切使えない。

 スティさんは光の魔法が使え、ディアは土の魔法を使える。

 当然、例外も存在し、二つ以上の属性の魔法を扱える者も少数ながら存在している。

 この箱庭の森ではフォーイさん他数名が該当する。フォーイさんはまさかの全属性の魔法が扱えるかなり凄い御人……いや、おゴリラさんなのだ。なので、模擬戦のバトルフィールドはフォーイさん一人で作り出す事が出来るのだ。

 また、逆に魔法に属性が付加されない者もいる。ここではアルレシア一人が該当する。

 属性を持たない魔法は無属性の魔法とか、単に魔法とだけ呼ばれる。因みに、属性魔法を扱える者は無属性の魔法を扱う事は出来ない。それは単に魔法を発動する際に自動で属性が付加されてしまうからだそうだ。

 無属性の魔法の特徴は、属性魔法は自然現象として発動するのに対し、己の中に流れる魔力を純粋なエネルギーとして物質化出来る事にある。

 純粋なエネルギー故に属性による優劣を無視出来るし、自然現象を伴わない非科学的な現象を生み出す事も出来る。

 無属性の魔法の中で代表的なのは転移だそうで、アルレシアは転移を使ってここまで来たらしい。因みに、無属性魔法の使い手は複数属性を扱える者よりも数が少なく、かなりの稀少価値があるらしい。

 歴代の王族の中でも数人はいたらしい。現在ではアルレシアただ独りが無属性の魔法を扱えるとか。

「どりゃあ!」

「はぁ!」

 アルレシアとアオダくんは魔法弾で応戦し合いながらも、隙を見て相手へと肉薄して物理的な攻撃を行っていく。

 はてさて、今日はどちらが勝つのやら。

 この次は俺と俺の背中に乗っているセイバーラビットのバリーちゃんとの模擬戦だけど……多分、俺負けるな。この寒さで動き鈍くなってるし、魔法使えないし。気温が高ければ真面に戦えたんだけどな。

 まぁ、こういう場所で敵と遭遇する場合もあるし、いくら動きが鈍くなったとしてもきちんと全力を持って相手をするさ。ちょっと後ろ向きな予感が頭を過ぎったけど、やるからには自分にとって悪条件でも頑張って勝ちをもぎ取ろうという心意気でバリーちゃんの相手をしよう。

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