その子を救うのは
スティは目を瞬かせ、足元にいる未確認生命体を凝視する。
目の上に二本、そして穴の近くに一本のまだ短い角を生やし、首元を守るかのように、まるで盾のようにフリルを展開している。また、鳥のような嘴を携え幼いながらもたくましい四肢を備えている。
それは竜に似ていた。
竜はその身に莫大な魔力を内包し、その口からブレスを解き放つ。背中に大きな翼を携える種も存在するが、大地を掛ける事に特化した種や泳ぐのに特化し手足が退化した種もいる。
なので、もしかしたら今足元にいるそれは竜の亜種か、はたまた変異種なのではないかとスティは考えた。
しかし、それにしても可笑しいとも思う。
この未知なる生物からは魔力が全く感じられない。
生き物であれば、大なり小なり魔力を持っている。
死した者からは魔力が抜け落ちるが、この竜擬きは痙攣して白目をむき、泡を吐いているもののまだ死んでいない。
まぁ、それも時間の問題ではあるが。
スティは竜擬きの体を覆っている植物の蔦を慎重に切り落としていく。
恐らく、この竜擬きはトクシアントベリーを食べてしまったのだろう。
トクシアントベリーはまるで熟していないような緑色の果実を模した葉を生み出す。それは傍から見れば熟していないように見えるだろう。
しかし、その葉から発生する甘い香りと甘酸っぱい味は非常によく似た果実を実らせるエメラルドベリーのものとほぼ同じだ。匂いだけでは区別がつかないので見た目で判断するしかない。
艶があり、煌めく濃い緑色をしたのがエメラルドベリーの果実。逆に少し色褪せた緑色で、艶が無いものがトクシアントベリーの葉だ。
トクシアントベリーはエメラルドベリーと同じ生息域に生えるので、きちんと判断しないで間違ってトクシアンベリーを採取してしまう者もいる。
さて、このトクシアントベリーは何故エメラルドベリーの果実と似た葉を形成させるのか? それは動物を血を吸う為だ。
トクシアントベリーは地中から栄養を吸い上げたり、光合成を行うだけでなく、動物の血を吸って生きている吸血植物だ。
動物の血を吸う為に、それに特化した棘付きの蔦が存在し、普段はそれを茂みの中に隠している。
己の意思で蔦を動かす事は出来るが、その動きは遅く、更に力も弱い為仮に獲物に巻きつける事が出来たとしても簡単に振り解かれてしまう。
そうならないように、トクシアントベリーはまず獲物を毒で行動不能に追い込む。トクシアントベリーの生成する毒は嘔吐や痙攣を引き起こし、更には意識をも奪う毒だ。更に、血液が固まり難い効果もあり、例え毒の効力が強過ぎたり、血液を失い過ぎて死んだとしても獲物の体内に残った血液はあまり凝固しない。
また、毒が効き始めるまでの間に少しでも多く毒物を獲物に摂取させる為に、トクシアントベリーは自身に似た葉を持ち、更に甘い果実を実らせるエメラルドベリーの実を真似た葉を生み出した。
その結果、獲物は面白いように毒葉を次々と口に運び、目の前で昏倒する事になる。その際に蔦を伸ばして棘を差し、そこから血液を摂取していく。
そうやってトクシアントベリーは成長し、株を増やして勢力を拡大していく。
ただし、獲物が近付かずに地中の栄養や光合成だけで過ごしていると徐々にエネルギーが足りずに衰えて行き、終いには勢力拡大前の姿へと戻る。
また、少数ながらもトクシアントベリーの毒に対して抗体を持つ生物も存在し、それらは毒を全く気にせずに捕食していく。
この竜擬きは抗体なぞないのに、しかも大量に食してしまったからここまで酷い状態になっているのだろう。
早い所手当てをしなければ、これは死んでしまうだろう。固まらない血を流し続けたり、単純に毒に威力に身体が負けたりでだ。
スティとしては、この竜擬き――サイズ的に赤子か――を放っておくと言う選択肢はなかった。
今日初めて見た未知なる生物。興味は引かれるが、下手に接触すれば何かしらの面倒に巻き込まれる可能性もある。
野生で生きるには面倒事はなるべく回避した方がいい。それは同時に命の危機を回避する可能性もあるからだ。
実際、スティは面倒事を幾度も回避し、その内のおおよそ半分が命の危険を孕んでいた。
その中にはスティ自身薄情な態度を取り、他者を見捨てる選択を取ったものもある。
他者を生かすのに、自分が死んでは意味がない。
スティは自分が生き残る為に、色々と選択して切り捨てて来た。
なので、この場合も面倒事を抱え込まない為に竜擬きの赤子は放っておき、立ち去るのが一番正しい選択だろう。
しかし、スティはその選択肢を跳ねのけ、竜擬きの赤子を助ける事を選択した。
わざわざ面倒事を抱え込んででもスティがこの竜擬きの赤子を放っておけない最大の理由。それは死別した子供の姿が重なって見えたからだ。
以前、自分が誤った選択をしてしまったが為に犠牲になってしまった愛すべき子供。他者は切り捨てられたスティだが、我が子だけは切り捨てられなかった。
あの時は全員が生き残れる可能性のある方を選び、結果としてスティは重傷を負い、子供は死んでしまった。
もし、あの時。別の選択をしていたならば、少なくとも子供だけでも助かったのではないか? という後悔が今も尚のしかかっている。
ある意味で、スティにとって竜擬きの赤子を助けるのは罪滅ぼしなのかもしれない。
種族は違えども、何処となく自分に似た姿をしている竜擬きの赤子を守り育てる事が、先に逝ってしまった子供達へのせめてもの償いになるのではないか、と。
単なる自己満足かもしれない。
許されたい気でいたいだけなのかもしれない。
それでも、だ。
自己満足でも、許されたい気でいたいだけでも、一つの儚い命が救われる事に変わりはない。
その事実だけは、決して変わる事はない。
スティは泡を吹いて意識を失っている竜擬きの赤子を口でくわえ、自分の棲んでいるねぐらへと連れ帰る。
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