目を覚ませば

 暗い。

 暑い。

 息苦しい。

 あと狭い。

 目を覚まして直ぐ、俺はそんな感想を抱いた。

 ここは一体何処だろう? 思うように体が動かせないくらいに狭い。

 そして、次に思った事。

 兎に角、ここから出たい。

 真っ暗サウナは冗談ではなく精神的な不安を増長させるし、密閉空間らしいので呼吸もしにくい。

 取り敢えず適当に叩いて穴を開けようと頑張る。

 何故か手足が動かしにくく、そして身体に変な違和感を感じるが今は気にしてはいられない。

 早い所脱出しなければ呼吸が出来なくて窒息死の未来が待っている。

 俺は息が上がるのも構わずに壁を叩きつける。頭突きもプラスしたが、その際に目の上に二つと鼻の付近に一つこぶのようなものが出来ている事に気付く。

 何でこぶが出来てるの? と疑問に思っていると、そのこぶの御蔭か、壁に亀裂が入って外の光が漏れ出してくる。

 それによって呼吸を確保出来た俺はスパートをかけて頭突きを繰り広げる。

 そして、壁は壊れて俺の身体は外へと転がり落ちる。

 ……ふぅ、外は涼しいなぁ。

 俺は汗を拭おうとして、腕が微妙にしか動かない事に気付く。

 そして、汗をかいたと思ったが全く汗をかいていない事にも気付く。

 はて? 可笑しいな。あれだけのサウナ状態だったのに汗一つかかないとは。

 不思議に思い、取り敢えず立ち上がろうと体を起こしてみるも、上手く立ち上がれない。

 あれれ?

 変だなと思って手を見ると……なんか爬虫類っぽいものになってた。

 何ぞこれ?

 俺は慌てて反対の方の手にも視線を向ける。

 そちらも爬虫類っぽいものだった。

 形状からして蜥蜴じゃない。かといってイモリとかでもない。形状としては象……や、犀か。それに近い感じがするけど、毛は生えていないし、肌はちょっとごつごつしていて色彩は何か爬虫類を彷彿とさせるものだ。

 あと、視界も何か何時もより広く感じられる。

 更には、お尻の辺りに足とは別に動かせる細長い物体が生えている事にも気付かされる。

 これは、もしかしなくても尻尾だろう。

 こちらも手と同様に爬虫類チックな感じで、思いの外動かしやすい。と言うか、下手すると腕よりも動かしやすいんですけど。

 そして、取り敢えず立ってみました。手の形状からして二足歩行は無理と判断して手足を地面に付いた四足歩行スタイルだけど、思いの外しっくりと来る。ちょいと頭が重くて前のめりになりそうだけど、そこは尻尾でカバー。尻尾の重みできちんと……とまではいかないけど重心は取れている。

 立った姿は蜥蜴のような腹這いスタイルではなく、多くの四足歩行の哺乳類のようにきちんと足を延ばしています。

 それとなく、俺は後ろを振り返る。

 そこには俺の身体と同等くらいの楕円形の卵の殻が鎮座している。卵の殻は内側から破られており、中身は空である。殻だけに。

 と言うか、これはどう見ても俺が中から割ったんだろう。この卵を。

 ふむふむ、成程成程。

 ……さてさて、きちんと立てた所で今の心境を口にしましょう。

「きゅぁう」

 何故か言葉ではなく可愛らしい鳴き声が漏れ出た。

 ワッツハプン?

 一体全体俺の身に何が起きたと言うのでしょうか?

 俺は確か、さっきまでコンビニで漫画を立ち読んでて、それで……それで?

 あ、そうだ。確か急に車がバックで突っ込んで来たんだ。俺はそれに巻き込まれて……死んだんだろうなぁ。

 恐らく、俺は車にぶつかった衝撃で死んで、別の生き物に転生したんだろうな。記憶……前世って言った方がいいかな? 前世の記憶を持っている理由は分からないけど、なんか少しは得した気分になったな。

 けど、その記憶は結構あやふやだ。死ぬ前の事は思い出せるし、ある程度の知識も忘れずに残っている。だが、自分の名前や年齢、それに何処出身だとか分からないものもある。

 出身に関しては大まかに日本とだけは覚えている。しかし、何県の何市に住んでいると言う所までは分からない。

 性別は男だったけど、自分の名前や容姿、それに年齢も思い出せない。頭は……そこまで悪くなかったようなそうでもないような……?

 兎にも角にも、俺は前世の記憶を中途半端に残したまま転生したようだ。

 転生した先は人類でもなく、哺乳類でもなく、爬虫類ときたもんだ。ならば、汗をかかなかったのは当然か。爬虫類に汗腺はない訳だし。

 人間の頃とは身体の構造がかなり違っているから、動かすのに慣らさないといけないな。

 取り敢えず、適当に歩いてみよう。

 俺は手と足を……ではなく前脚と後ろ脚を動かして歩き出す。

 歩きながら辺りを確認する。

 どうやら、何処かの森の中のようだ。背の高い木が生い茂い、草も生えている。ちょっと草が邪魔で視界が悪いな。足元が見えないと転びそうで怖い。

 草を掻き分けて前を進んでいると、ちょっと開けた場所に出た。

 湖……いや、池か? 早速水源を見付ける事が出来たのは僥倖だ。

 大量の水を見た瞬間、俺は喉の渇きを覚えた。あの卵の中はサウナ状態だったからな。汗は出ずとも喉は乾くか。

 俺は少し急ぎ足で池へと向かい、顔を突っ込んで一気に水を飲んでいく。

 毒があるかもしれない? いやいや大丈夫だろう。なにせ、近くには兎っぽい奴や鹿っぽい奴がのんびりと池の水を飲んでいるんだ。毒がある可能性なんて低い低い。

 毒の心配なんかせず、気の済むまで水を飲む。

 ……ふぅ、飲んだ飲んだ。でも、冷たい水を飲んだから体温下がったな。爬虫類は変温動物だから、一度下がった体温を戻すのには日光浴して体温を上げないといけない……筈だよな?

 取り敢えず、ここは日当たりもいいからじっとしていよう。

 と、口を池から離した俺は水面に移る自分の顔が自然の目に映ってきた。

 こ、このフォルムはっ!

 俺は驚愕を顕わにしてくりくりな目をめいっぱい見開く。

 目の上に二つ、そして鼻の近くに一つのこぶがあると思っていたが、これはこぶじゃない。角だ。まだ短いが、それでも立派な角が計三本生えているではないか。

 そして、口の先はまるで嘴のように硬質で尖っている。

 更に、首の付け根には扇状のフリルが存在している。

 これは、トリケラトプスではないか?

 恐竜のいた白亜紀に地球上に存在していた、草食恐竜のうち角竜に分類される、ティラノサウルスに次ぐ知名度をを誇り、子供にも人気のある恐竜だ。

 マジか⁉ 今の俺トリケラトプスになってんのか⁉

 マジか! マジかっ!

 ちょっと以上に興奮し、無意識に駆けまわった俺は、そのまま池ポチャした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る