怪奇短編「瑠璃色の蝶」
ウチの婆さんは霊感というハッキリしたモノこそ無いが、お婆ちゃんによくある妙な勘の鋭さだとか、物事を見抜く力みたいなものは人一倍あった。
豪快で、とにかく気の強いところがあった婆さんだったが、その為か心霊体験っぽいものもちょくちょくしているようだった。
生前、糖尿病の合併症で入退院を繰り返していた時のこと。
病院の廊下を嫌な臭いのする人がずるずると歩いて行って、そいつが止まった部屋の人が亡くなるという事が何度かあったという。
稲川順二さんの話に似た様なのがあったなあと思っていたら、もっと具体的なものを見たこともあるらしい。
それは婆さんいわく
「瑠璃色の蝶」
だったという。この蝶が病室の窓の外を、昼と言わず夜と言わずひらひら舞い上がって虚空に消える。すると、誰かが亡くなるのだという。それも赤の他人ばかりではなく、ウチの曽爺さんが亡くなる寸前にも見たのだと。
ある日、仕事が終わってから婆さんのお見舞いに行った。
広いデールームはがらんとしていて、点けっぱなしのテレビの音だけがやいのやいの騒いでいた。婆さんは点滴をカラカラ鳴らして引いてきて、ソファに腰掛けて窓を見るなり
「あっ、飛んどるやあ!」(三河弁)
と指を差した。振向いた先には、街の灯り。
「また蝶々が飛んでったに。」(三河弁)
というが、私には何も見えなかった。
やがて年月が流れ、婆さんは自宅で脳梗塞を起こして救急搬送。
そのまま死ぬまで退院することは無く、市民病院、近所の町医者を経て郊外の老人ホームに落ち着いた。
認知症と各種色んな病気があるために、中々受け入れ先が見つからなかった。
近所の町医者の江崎さんは長年のよしみで受け入れ先が見つかるまで色々と協力してくれた。
そうして入った老人ホームには、症状が重い人の入る病棟と、比較的落ち着いた人の入るマンションのようなホームがあった。
婆さんは初め病棟に入り、その後マンションに移って暫くは穏やかに暮らしていた。
認知症の為に古い記憶だけが残り、新しい情報は殆ど入らなくなってしまった。
昔の記憶や出来事を混同しており、居るはずのない親戚やとうに亡くなった知人と会う約束をしていると言って聞かないなんてことも多々あった。
そんな中でも、私の名前や顔は忘れずに居てくれたようで、月に1度や2度は必ず見舞いに行っていた。
マンションの方に居る間は、記憶の中で幸せに暮らしているようだった。そんな婆さんが、再び病状が悪化し病棟に戻ったとき。
見舞いに行った私に婆さんは言った。
「ほら、そこに、蝶々!蝶々が飛んどるに!ほい!」
見てみん!と三河弁でまくし立て指差したのは、格子のハマった窓ではなく、自分が寝転んでいる真上の天井だった。
それから3日後の日曜の朝。婆さんは帰らぬ人となった。
あの時、婆さんには見えていたのだ。
死を待つ人を誘う瑠璃色の蝶が。
おしまい。
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