怪奇短編「花束の女」

花束の女。


ある冬の夜に知人が体験したお話。

トラックの運転手をしていたAさんは、高速道路が事故で通行止めになったために手前のインターチェンジを降りて、抜け道を走っていました。土砂降りの真夜中。ほとんど車も通らない新しくて綺麗な田舎道。暖房を効かせて快調に走っていました。 

 

途中で坂道に差し掛かり、信号に捕まったAさん。

そこは市の広い複合施設で、交差点の向かって左手は運動場や公園。

右手は斜面いっぱいの墓地でした。

緩やかで長い坂道の麓とてっぺんに信号機があり、麓の信号機が律儀に赤いランプを灯していました。

Aさんが停車して、やれやれとタバコに火をつけようとした瞬間。

真夜中、雨の中を傘も差さずに目の前の横断歩道を渡る女性に気が付きました。

その女性はトラックのヘッドライトにくっきり照らされながら、公園から墓地に向かって歩いていきます。手には、真っ赤な花束を持っていました。


おいおい、こんな日に何だよ・・・。

Aさんは驚きつつ、信号が変わるとアクセルを踏みこみました。

グオオオオオ、とエンジンが唸り、坂道を登りきると、また信号待ち。

ついてねえーな、とブレーキ。

すると横断歩道の右手から、また女性が。

長い髪を顔まで垂らし、泥で汚れた白い服ごとぐっしょり濡れたその女性は、さっき坂道の下で見かけたのと同じ人だったというのです。

ただし、手に持っていた花束だけが無かったと。


ゾっとしたAさんが無我夢中で営業所に帰り着き、同僚にこの話をしていると、外から車両の点検を終えた主任がやってきて

「Aさんよ、こんな雨ん中窓開けて走ってたのかい?」

と言います。

「いいや、暖房付けてたしそんなわきゃねえよ!」

と笑うAさんに主任が言いました。

「助手席、びしょびしょだぜ!」


その後Aさんが言うところでは、あそこの道路が新しくなったばかりの頃、夜中に暴走族にはねられて亡くなった若い男がいるって聞いたっけな。女の人じゃなかったと思うけど。なんかあったのかもな。

とのこと。今から10年ほど前のお話でした。

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