第58話 ヒーローブーム その2
俺はプリントされた一通りの質問に目を通しながらプレッシャーで気が重くなるのを感じていた。
次の日、考えに考えた俺はそれなりの服装をして取り敢えず事務所に向かう。俺の格好を見た所長が開口一番にそれをいじった。
「うははは!スーツとか!受ける~!」
「な、ちゃんとした格好って言われたらこれ以外には……」
何で真面目な服装をしただけでここまで笑われなければならないのか、理不尽にも程がある。普段ならここでイヤミのひとつも言うところだけど、今回は事情が事情なだけにこの選択は失敗だったのかとそんな事を考えてしまっていた。
「いいやいいや、じゃあ待ち合わせ場所はここだから」
彼女はひとしきり笑うと俺に待ち合わせのホテルの地図を手渡した。その行為に疑問を感じた俺は首を傾げながら口を開く。
「あれ?所長は行かないんですか?」
「私?行く訳ないじゃん。いつ仕事の連絡入るか分からないんだし」
ここに来て重大な事実が判明する。取材を受けるのは俺ひとりで、取材先に向かうのも俺ひとりだった!な、なんだってーっ!てっきり俺は所長と2人で取材を受けるものと思っていたからこの展開には泡を吹いてしまう。
しかしここまで話が動いて今更キャンセルとか延期とか出来る訳がない。どうしよう、武者震いして来たぞ。一体どうしてこうなった……。
「取材中に仕事が来たら俺はどっちを優先……」
「どっちにする?」
俺に質問に所長はまるで彼氏を試す彼女のような質問を返される。ああもうこんな時に!俺は多少イライラしながら本音をぶちまけた。
「そりゃ、仕事ですよ!」
「じゃ、そう言う事だよ」
俺の答えを聞いた彼女は満足げににやりと笑う。どうやらその選択で間違いないようだった。恋愛シュミレーションなら好感度が上がるアレだ。
多少釈然としないものを感じながら俺は事務所を出てひとりホテルへと向かう。どうかこの取材が何のトラブルなく平和に終わりますように、そう願いながら。
「いってらっしゃーい」
「とほほ、どうしてこんな事に……」
待ち合わせのホテルに着いて喫茶店でコーヒーを飲んでいると、程なくして見た目、自分より若そうな眼鏡の女性がやって来た。スーツの似合う頭の良さそうな女性だ。どうやら彼女が今回の取材を担当する記者の方らしい。予想通りと言うか、やっぱり雑誌の取材だった。
俺はテレビの取材じゃなくてほっと胸を撫で下ろす。テレビだったら顔の加工と声の加工までお願いしようかなと思っていたくらいだ。既に顔は知られているとは言え、やはりちゃんとした取材で写真に撮られると言うのは緊張する。
「それでは、行きましょうか」
「は、はい……」
用意されたホテルの部屋で取材が始まる。一体何を話せばいいのか。事前に渡された資料はもう頭の中から綺麗さっぱり蒸発していた。緊張していると記者から明るい顔でアドバイスされる。
「表情が硬いですよ。どうか肩の力を抜いて下さい」
「え、ええ……」
さあ、今からインタビューが始まる。そう思うとやはりまともな精神状態ではいられなかった。数をこなせば慣れるものなのかも知れないけど。
「今頃は取材も始まった頃かな?うまくやってるといいけど……」
事務所では所長がひとり電話番をしている。依頼がなければ退屈な職場は、今日もやっぱり暇を持て余していた。この時間を有効活用しなくてはと、彼女は早速私用の作業を始める。それはいつもと変わらない事務所の日常風景だ。
一方、俺の方はと言うと、何とか記者から繰り出される数々の質問に無難に答え続けていた。
「では、求人情報で向かった先が偶然今の職場だったと?」
「そうなんです」
どこまで話していいものか分からないけれど、特に口止めされていない以上、自分の判断で話を進めていく。きっかけの求人情報エピソードは多分語っても問題ないはずだ。そこで他の人の読めない文字が読めたと言うのは何とか誤魔化した。あ、そう言えばこの仕組について所長に詳しく原理を聞いた事はなかったな。
とは言え、この件はもう今更だから改めて聞く事もないか。
「では、仕事を辞めたくなった事って言うのはないんですか?」
「ありますけど、他人に代わって貰える仕事じゃないですからね」
代わりのいない職場だから辞める訳にもいかない。そう答えたのがまずかったのか、次に記者は少し意地悪な質問をする。
「じゃあ、嫌々ヒーロー業務を?」
「とんでもない!この仕事、今ではとても気に入っていますよ。何しろヒーローになれるんですから!」
「分かりました、では次の質問ですが……」
俺の勤務態度を悪く書かれたらたまらないと、すぐにそこは軌道修正をする。この時、記者の表情は変わらなかったけれど、どこか欲しい答えと違うと言う風なそんな雰囲気を感じ取ってしまった。少し言い方が違うだけでどうにでも編集されてしまうのがインタビューでもあるし、気をつけなくては。
ああ、やっぱりこう言うの、向いてないなぁ。
その頃、事務所ではちょうどお約束のように仕事依頼の電話が鳴り響いていた。受話器を取った所長は早速依頼の内容を確認する。
「え?またそんな大きな事件が?分かりました!」
「あ、すみません、連絡が……」
インタビュー途中の俺に依頼を受けた彼女からの連絡が入る。この連絡に気付いた俺はすぐにインタビューを止めて所長の話に耳を傾けた。
「大変!また巨大施設が奴らに!」
「すみません、仕事が入ったんで取材はここまでで……」
ヒーローの仕事が入ったらそっちを優先すると宣言した通り、俺はそれを有言実行に移す。すぐにこの場を離れようとすると、記者から声がかかった。
「待って下さい!」
「え?」
ここで声をかけられるとは思っていなかっ為、俺は虚を突かれた形で一瞬立ち止まる。記者と目が合って数秒の沈黙が流れ、謎の緊張感が生まれる。
どちらが先に動くのかと言う雰囲気の中、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「そのお仕事、取材させてもらって構いませんか?」
「危険ですよ?」
「迷惑にならない所から見させて頂きます。決して邪魔はいたしません」
「それじゃあ……」
記者の真剣な目を見た俺はその決意に負け、申し出を受け入れる事にした。現場には多分いつもの警部がいる事だろうし、彼に対処を任せればいい、そう言う打算もあった。
そんな訳で俺は彼女を連れて依頼のあった現場に直行する。公共機関を乗り継いでの移動は多少時間がかかってしまったけれど。
こう言う時、自家用車にでも乗っていれば少しは格好がつくんだけどなぁ。ヒーローと言えば格好いい専用移動手段を持っているのが定番だけど、未だにバスや電車移動なのは情けなかった。給料はそれなりに貰えるようになったのだし、今度車を買おうと俺は決意する。
……とは言え、ペーパードライバーだから久々の運転は怖いな。車を買ったら、まずは教習所に通い直さなきゃ……。
色んな考えが頭の中でうずまきながらようやく俺は現場に到着する。そこは郊外の大型総合運動施設だった。相変わらす所長は詳しい事は現場任せなので現場責任者の警部に事件の詳細を聞かなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます