第16話 求められるヒーロー その3

「ぐあっ!」


 手裏剣が俺の肩を抉った事でスーツが引き裂かれる。有り得ない事が起こったと俺は思った。鈍い痛みが肩に広がっていく。


「そんな……、スーツは無敵のはずっ!」


「落ち着いて、それは物理的ダメージじゃない!」


「えっ?」


 この時、動揺する俺に所長からのメッセージが届いた。この戦い、所長も見ているのか。一体このスーツのどこにそんな機能が……。

 いや、今はそれどころじゃなかった。この痛みは物理的なものじゃない?それじゃあ本当はスーツはダメージを受けていないと?

 困惑する俺の反応を知って、所長はすぐにさっきの自分の言葉の説明の言葉を続けた。


「恐らく……それは精神に直接作用している幻覚的なものよ。残念ながら今のスーツにそれ系の耐性はないわ」


 この所長の説を聞いて俺は正気を取り戻した。それが正しいかどうかは今は余り大事な事じゃない。


「つまり、本当はダメージを受けてないと。それが分かれば十分!」


「ばっ、軽はずみに動いたら敵の思うがままっ!」


「俺はこの所長のスーツの力を信じてますからっ!」


 焦って動く事を所長は危惧して俺を止めようとしているみたいだけど、こう言う時は相手に行動を読まれないようにする方がいい。幸い、今は煙が部屋中に充満していてお互いに相手の姿は見えていないはず。

 よしんば見えていても予想外の動きをするならば勝機はある。敵の位置は相手が動いていなければ大体の場所は覚えている。多分パウルは自分が有利だと見てその場を動いていないはずだ。攻撃するには今しかない!

 俺は拳に力を込める。前の戦いの感覚は体が覚えている。奴に目にもの見せてくれるぜ!


「ヒーロー熱血スマーッシュ!」


 この攻撃で俺の拳がパウルの姿を捉え……なかった。

 嘘だろ?俺は何もない空間を殴りつけていたんだ。感覚が狂った?いや、そんなはずは……。

 俺は奴がいたはずの場所に立って少しうろたえながら辺りを必死に見渡した。煙で充満した室内は見渡す限り真っ白で視覚が何の意味もなさない事を証明している。


「どこを狙っている?」


「くっ?幻か!」


 白に満たされた視界の中でパウルの言葉だけが不気味に響く。この視界を奪った煙に方向感覚までやられてしまったのか。耳には空中を不気味に浮遊する手裏剣の音だけが響いて聴覚すら奪っていた。さっき俺が動いた事で手裏剣の攻撃はなぜか止まっている。

 だが、またいつ手裏剣の攻撃が再開するか分からない。何せあの手裏剣は奴の好きに動かす事が出来るのだ。くそっ、どうすればいい。

 俺が好きに動けないのをいい事にパウルの挑発の言葉が俺に向かって響いてくる。どこからだ?どこから聞こえて来ているんだ?


「何度も何度も狙うがいい。お前が無意味に消耗するだけだ」


 くそっ、何から何まで奴の思い通りだと?こんな馬鹿な事があってたまるか!ヒーローがこんな事で負ける訳にはいかない!

 しかし何だ?視覚も聴覚も奪われているからか?何か他の感覚もおかしくなってきている気がする……変だ、段々頭がくらくらして来た。


「う、うわあああ~!」


 急に襲ってきた頭痛に耐え切れなくなった俺はまともに立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。これも煙の毒の効果なのか?

 確かスーツにはこの手の攻撃の耐性がないとか所長が言っていたんだっけ……。

 まさか敵側はその事まで研究済みだとでも?だとしたら敵の調査能力は恐ろしい程の精度を秘めている……。俺達の側にスパイが潜り込んでいるのかも知れない。そうじゃなければとてもこんな――。


「ふ、そろそろ頃合いか……」


 パウルは意味ありげな言葉をつぶやいた。この言葉からしてヤツ的に仕込みは十分行き渡ったと言う事なのだろう。この俺の想像の正しさを証明するように徐々にこの部屋を覆っていた煙が晴れ始めた。パウル自身、苦しむ俺の姿を目にしたいのだろう。悪趣味な奴だぜ……。

 俺は念の為に手裏剣がかすったはずの右肩の傷の有無を確かめる。すると所長の言葉通りにそこには傷ひとつついてはいなかった。


「ひとつ聞かせてくれ……お前らは俺を研究しているんだろう?じゃあどうやって俺を倒すと?このスーツは無敵だぜ?」


 霧が晴れ始め、パウルの姿を視認出来るようになったところで俺は奴に質問する。するとパウルはさも当然と言わんばかりに平然とした顔で俺に語りかける。


「何も物理的手段に任せる事はないさ……ゴルグもそうしただろう?」


「くっ……」


 パウルはしゃがみ込む俺を見下しながら上から目線で俺に喋りかけてくる。くそっ、霧が晴れたと言うのに体の自由がきかないなんて……。

 屈辱の中で俺はそれ以上の体の異変を感じ始めていた。ここに来て今度は一体何が起こったって言うんだ……。


「何だ……スーツが……暑い」


 そう、それはスーツ内の温度の上昇。何がどうなってそうなったのかさっぱり分からないが、スーツ内がどんどん暑くなってきた。このスーツは温度調整機能がついていて、今まではどんな気温状況下でも快適に過ごせていた。

 もしかしてその調整機能が破壊された?パウルの攻撃にスーツが影響されてしまった?

 このまま暑くなり過ぎたら俺は蒸し焼きになってしまう。こんな攻撃を受けてしまうなんて……。


「どうした?暑いのか?ならスーツを脱げばいい、楽になるぞ」


 俺が苦しんでいるのを見てパウルはそう言って嘲笑する。奴の目的は……そうか、このスーツを脱がせる事か。スーツがなければ俺はただの素人だ。奴の通常攻撃で簡単に殺せるだろう。

 だとしたらどんなに苦しくても絶対このスーツを脱ぐ訳にはいかない!負けるものか!俺は暑さに苦しみながらもパウルに弱みを見せないように精一杯の強がりを言った。


「こ、これがお前の戦略か……大した事は……ないな」


「強がりを言うなよ。早く脱がないと身体機能が麻痺してしまうぞ」


 やっぱり奴は俺の体に何が起こっているのかしっかり把握している……。仮面で顔は見えないけど、きっと俺を上から目線でいやらしく見下しているのだろう。

 ここでパウルの思い通りになんてさせてなるもんか!気合だ!気合で乗り切ってやる!


 うう……そうは言っても暑い……気が遠くなってくる……。


 俺が暑さで正常な判断が出来なくなりかけたその時、所長の声が聞こえて来た。何かいい対策でも教えてくれるのか?


「落ち着いて、実際は何も起こってない、起こってないの!」


「分かってますよ、これが幻覚だって言うのは……分かっていても感覚が訴えてくる……」


 そうか、やっぱりこれは幻覚、実際にスーツ内の温度が上がっている訳じゃないんだ。

 だが、頭では理解出来ても感覚がその現実を否定している。

 敵が攻撃に使うほどだ、並大抵の効果じゃない。この攻撃に俺は一体どう対処すればいいんだ……。


「今、スーツからこの幻覚成分の情報を収集しているから。集まったらすぐに分析して対策を考えるから、今は耐えて!」


「ううう……」


 何てこった!今すぐに対策は無理なのかよ!スーツにこの幻覚の成分を収集する機能がついていたのは助かったけど、今から分析して対策を立てる?

 その対策が完成するまでどのくらいの時間がかかるって言うんだ?それまでじっとこの地獄に耐えなきゃいけないのか……。

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