第9話 はじめまして(2)


 激しい勢いで僕の身体が再起動しだす。

 痛みだとか苦しさだとか、そんなことはすべて一瞬にして頭の中から消え去っていた。


 まずは上半身を起こすべく、床に手をつき力を入れる。

 一瞬ひじから力が抜け、ぐらりと視界が揺らいだ。


「――――っ」


 ゆっくりと息を吐き、落ち着いたところで再び身を起こしていく。

 ちょっとした動作のはずが思った以上に体力を消耗する。


 男は僕のその様子を訝しげに見ているようだった。

 何も手を出してこないことからして、どうやら哀れな僕のこの行動を観察するつもりらしい。

 僕はそれに対して好都合だと男には目もくれないことにして、続いて立つことに専念する。


「――ふ、」


 下半身に力を入れたことで、肺の底に淀んでいた空気がいっぺんに押し出される。


 この有様。

 自分で言うのもなんだが、生まれたての仔鹿が懸命に立とうとしているみたいだ。

 つまり、ものすごく不格好だということ。


 気を抜けば膝から崩れてしまいそうな中、両足を地につけた僕はゆっくりと足を前へ動かしていく。


 のろのろと、広くはない部屋の中央へ。

 大きなカタマリに近づいていく。


 荒くなる息。

 体力が消耗していることはもちろんだが、それ以上に今の僕を支配するのは興奮だった。


 今までに感じたことがないほどの、激しい感情。

 その原因が、もう目前まで迫っている。


 僕はその場にゆっくりと腰を下ろした。


「――驚かないのか」


 背後から静かな問いが投げかけられる。

 つられるように振り向くと、そこにはいつの間にかあの男が突っ立っていた。

 先程までの怒りのオーラは鳴りを潜め、ただ僕を見下ろしている。


 ライトの淡い光が男の意外と整った顔立ちを照らしていた。

 若い男だ。長めの髪が襟もとで跳ねている。


「驚いているさ」


 僕は直接触れないよう、目の前のものにそっと顔を近づけた。

 背後で男が一瞬たじろぐのを気配から感じ取る。


「なら――」

「それよりも、喜びの方が大きいからね」


 演技でもなんでもなく。

 自然と口角が上がっていく。


「ずっと、探していた。やっと見つけたよ」



 視線の、先には。



 完成されたが、粛々と横たわっていた。


 

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