第6話 死体探し(2)


――二階。


 階段を上り終えてライトを左右に動かすと、目の前には横一直線の狭い廊下と壁、その両端にはそれぞれ一つずつ部屋への出入り口があった。


 しかし部屋の扉は当に破壊されており、一方はなぎ倒されて床へ、もう一方は辛うじて蝶番一つで床に立っているという状態。

 残念ながらこれでは扉の役割を何一つ果たしておらず、職務怠慢も甚だしいことこの上ない。


 そしてさらに問題なのは、階段を上がってすぐ目に入る壁。

 廊下と部屋とを分断するはずのそれは、大穴が一つこさえられているせいで部屋の中の荒れた様子が暗いながらも見て取れる。


 もちろん廊下――僕が今立っている辺りにも物が散乱し、荒れに荒れているのは言わずもがなだ。


 僕は部屋への出入り口である2か所を一度ずつ視界に入れ、左側――ぽっかりと出入り口を晒している扉のない方へと歩みを進めた。


 一歩一歩、身体を揺らすたびにそのリズムに合わせて上下するライトの光。

 コツコツと、妙に響く一人分の足音。


 ぴた、と。


 一度立ち止まって、神経を尖らせる。

 目をつむってライトの光も消すと、まぶたの裏には何の光も届かない。


 例えば今この瞬間に、実は部屋に刃物を持った男が潜んでいて、そいつが隙を狙って襲いかかってきたら見物だなあと薄ら笑いながら、何か物音はしないかと周囲を探る。


 しん、と。


 たまにどこからか迷い込んできた風の鳴く音がするだけで、このビルは驚くくらいの静寂に支配されていた。


 それを確認した僕はゆっくりとまぶたを上げ、再び視覚情報を取り入れ始める。

 ライトを点ける、ただそれだけの音がやけに大きく聞こえた。


 僕はそのまま部屋の中へと足を踏み入れていった。





 プライバシーのへったくれもないその部屋の中には、結果としては


 もちろん、例えば業務用の机や椅子、ロッカー、割れた窓ガラスの破片などそこに以前人がいた形跡はいくらでもあった。

 しかしそのどれもがもはや使い物にならないというのは明白で。


 ほとんどの窓ガラスは割れ、部屋はビルを覆う蔦に雨ざらしから守られているといった状態だ。

 そのため窓から室内に侵入できる光は些細なもので、外の様子を眺めようにも枯れた茎や、一方でまだ緑の葉が邪魔をしていてその願いは叶わない。

 どうやったらこんなにも植物に侵食されることができるのか不思議なくらいだ。


 造りについては、廊下から見た時には扉は二つあったわけだが、蓋を開けてみれば一つの部屋に出入り口が二つあるだけ。

 ワンフロアまるまる使った一部屋であってもずいぶん狭い空間だ。


 僕はその部屋の中央辺りで立ち止まり、軽く息を吐いた。


――何もない。


 心のどこかではそりゃそうだと半ば諦めつつも、いやしかしまだ上の階があるじゃあないかと期待を煽る自分もいる。


 面倒だ、と少し思う。

 自分の中の感情の起伏を。


 ふと妹の顔が脳裏に浮かぶ。

 喜怒哀楽を――感情の起伏を惜しげもなく見せる妹の顔が。


 僕はああはなれないし、なりたいとも思わない。

 ただ、そういう様々な感情を抱いて表現して、疲労を感じないのだろうかと疑問に思う。

 そういう自分のことを、妹はどのように考えているのだろうか――それとも、何も考えてはいないのか、と。


 再び、軽く息を吐く。

 何を考えているんだかと自嘲気味に口の中だけで呟いて、僕は部屋を出た。

 そして階段の方へ進み、上へあがろうと一段目に足をかけたとき。


「あっ」


――カン! カン……。


 手元からペンライトが滑り落ち、一段目、そして先程までいた二階フロアへと転がり落ちる。

 落ちた衝撃でライトは二、三度点滅した後、光を震わせて消えた。


 意外と大きい音が鳴ったなと落下音の余韻を感じながら。

 ライトを回収するために右足を二階へ下ろした――ちょうどその時。




――




 廃墟に凄まじい打撃音が鳴り響いた。

 

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