人ごみサバイバル

人ごみサバイバル


 人ごみの中でおしくらまんじゅうをしているうちに、しっぽが出てしまった。まずい、猫又修行の第一歩、猫又会館まで人間に化けたまま到着するという課題が、不可になる。

 試験事態は半年に一回あるので、家族もそこまで怒らないだろう。けれど、来月には自分で家を借りて一人暮らしするつもりだった。人間の作る音楽とかいろんなものを、見に行きたくて。ネットだけでは足りなくなって。

 怯えながら電車で俯いていると、とんとん、と肩を叩かれた。

 アイメイクが印象的なひとで、「気分よくない? 次で一緒におりよ?」と言ってくれる。

 しっぽがしまえない羞恥心で、うまく言葉が返せない。

 相手はにこっと笑って、

「大丈夫、私の妹も、よく乗り物酔いするから、休憩にぴったりの場所を知ってるの」

 ちょうど電車が減速した。

 電車から、芋虫の息みたいに吐き出されて、その人についていく。

「こっちこっち」

 手なれた様子で、近くの店で飲料を買って、そのひとは駅ビルの、上階の小さな公園に連れて行ってくれた。

「あの、ありがとうございます」

 落ち着いてはきたけれど、相変わらずしっぽがしまえない。カバンで隠していたけれど、たぶん、相手には見えてしまっているだろう。

「分かってる。私の妹も来年受けるんだ」

 ふふっと、相手は余裕の笑みだ。ちらりと見せてくれたしっぽが、長毛でふかふかだった。

「期限は正午でしょう? まだ時間あるから。十分休んだら電車に乗り直すか、ここからだったら徒歩ルートでも行けると思うよ」

 先輩からのアドバイス、と、いたずらめかして、相手は、驚いてしっぽが出やすい場所をいくつか言い、気をつけてね、と言ってくれた。

「私も、仕事の途中だから。じゃあ、またね」

 連絡先も交換しないまま、お礼の声ばかり笑って受け取って、相手は行ってしまった。


 猫又会館には無事、正午の五分前に着いた。試験監督のひとが一部始終を見ていたらしいけれど、落第よりひとつ手前の点数を取れた。


 それからは、電車の人ごみの中で、たまにあのひとに出会う。

 今度、一緒にライブハウスに出かける予定だ。

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