身勝手なよくぼう

身勝手なよくぼう


 佐藤はいつも勝手だ。

 私の登下校のとき、学校の近くまで車で送ってくれるけれど、その後は私が呼ぶまで絶対に来ない。というか、呼んでも来ない。

「私、お弁当忘れた」

 携帯端末から連絡しても、そうですかの一言すら返ってこない。既読にはなるんだけれど。

 仕方ないので購買で、やや押しつぶされたパンを買う。

 日が暮れる頃、学校の近くの塾へ行く。深夜を回ってから、佐藤が迎えにやってくる。

 佐藤は朝よりも少し疲れている。毎日残業していて大変そうだ。

「佐藤、私今日お弁当忘れたんだけど」

「そうみたいですね。でもわざとでしょう? 今朝見かけたお弁当の中身、お嬢さんの嫌いなピーマンサラダだったから」

「そんなことはどうでもいいの。どうして、連絡したときにすぐに返事してくれないの」

「だってお嬢さん、俺が話すの嫌いでしょ?」

 昔、数年前、私が佐藤と初対面のときに、そんなぺらぺら話す軽薄なひとは嫌です、と言ったのを、佐藤は気にしているらしい。

 だってあのときは、ママが連れてきた見知らぬ若い男のことなんて、不審でしかなかったから。

 私が口ごもっているうちに、車は車庫に入ってしまう。

 この家は、佐藤、と玄関先に表札が出ている。

 数年前までは、別の名前だった。ママが再婚するまでは。

「お帰りなさい」

 ママが佐藤の頬にキスをする。

 私は、佐藤、に書き直された私のカバンを放り出した。

 私だって佐藤になるときは嫌だった。どうせ佐藤になるのなら、もっと上手に、距離を埋めたかったのに。

 私の身勝手な欲望は、子どもらしくちっぽけだ。

 今更、どうやったら仲良くなれるだろう。

「お嬢さん、何難しい顔をしてるの。俺が昼間返事しなかったのがそんなに嫌? 無駄口は叩かないようにするけど、何か危ないことでもあれば、助けには行きますからね、連絡は、いつでもしていいんですよ」

 その、他人行儀で雑な対応が、私の心を見事に逆撫でする。

「あと、ピーマンサラダ、味は変だけどまあまあ食べられましたよ。次は食べてあげてくださいね」

「貴方に言われなくたって分かってるの! そんなことは!」

 私は足音高く自室に引っ込む。

 ママと佐藤が、反抗期かしら、可愛いですねえ、と和んでいる声が聞こえてきた。私は薄い壁を睨みつける。

 二人とも、何にも分かってないんだから。


#ヘキライ 第66回お題「佐藤」

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