第97話 プチ旅行 その3
その頃、セリナの自宅では彼女がひとり自室で悩みに悩んでいました。
「うーんうーん」
最終的にはみんなで話し合って決めるものの、草案は彼女が全て考えなければいけません。行き帰りの交通機関やら、入る温泉やら、時間配分やら、必要な予算やら……決めるべき事はたくさんあります。セリナは頬杖をつきながら、取り敢えず思いつく言葉を検索枠にぶち込んで検討を続けました。
「交通機関は電車として、日帰りで遅くなる前に帰るとしたら、行けるのはこの辺りまでだから……後は時間の余裕も考えて……」
色々シミュレーションを続ける中で気になる事が出てきた彼女は、数パターンのプランを考えて、そこから先は保留にしました。続きは明日の話し合いで決める事にして眠りにつきます。
次の日の早朝、奇跡的にも全員がまた集まれたので、そのまま話し合いは再開されました。まずは前日にずっと計画を練っていたセリナが、昨日詰まってしまった部分について問いかけます。
「ねぇ、温泉以外に何かする?それとも温泉に入るだけでいい?」
この質問にみんなはそれぞれの意見を口にしました。
「温泉だけでいいっスよ」
「出来るなら観光とかもしてはみたいけど……」
「私も温泉を楽しめたらならソレデ……」
ルル、ゆみ、アリスは温泉が楽しめればそれでいいと言う意見で概ね一致、ゆみは少し温泉以外も楽しみたい気配を残した意見でした。
そうして残りのひとりがいつもの気の抜けた声で爆弾発言を落とします。
「猫カフェ~」
「いや、温泉地に猫カフェはないから」
鈴香のある意味お約束のこの発言を、ゆみが冷めた目で見つめながらなだめます。自分の希望が叶わない事が分かると、彼女は急に興味をなくしたように目の色から輝きをなくしました。
「カフェないなら別にどうでもいいかも~」
「鈴香……」
この態度に幼馴染のゆみが呆れます。鈴香がやる気をなくしたので彼女の意見はノーカウントとして、それ以外の意見を参考にセリナはもう一度しっかり旅行の計画を練り込む事にします。
「分かった。予算と時間に限りがあるから温泉メインで考えるね」
「うん、頼むね」
ゆみに背中を押されたセリナは、俄然やる気を出しました。この日の話はここで終わり、後は彼女のプラン待ちと言う事で放課後の話し合いもナシと言う事になります。
その日の放課後、家に帰ったセリナは自由時間を全てこの旅行のスケジュール作成につぎ込み、納得の行くものを作り上げました。早速次の日の早朝、出来上がったものを集まったみんなに披露します。
「えーっと、色々考えてみたんだけど……」
セリナはノートに書いたそのプランを机の上に広げました。それを見たゆみは顎に手を当ててうんうんとうなずきます。
「へぇ、いいんじゃない?」
「あそこの温泉は私もまだ行った事ないッス」
ルルは目的地の温泉について興味を持ったようです。アリスも似た感想を抱いてセリナの顔を覗き込みました。
「ここの温泉は有名なんデスカ?」
「そこまで有名じゃないけど、いい温泉だよ」
「そうなんデスネ。楽しみデス」
自信たっぷりに語る彼女の言葉を聞いたアリスは、その言葉を信じてニッコリと笑います。こうして旅行のプランはみんなに承認され、これで決定と言う事になりました。この朝の話し合いの中に鈴香はいなかったのですが、前日にすっかり興味を失っていたので事後承諾を得ると言う事で話は進みます。
話し合いの終わった数分後に泰葉が教室に入ってきたので、早速セリナは報告に向かいました。
「泰葉、決まったよ!」
「おお、ついに!」
自分のために練られた旅行の計画をやっと知る事が出来て、泰葉は興奮します。セリナは早速旅行のプランを書いているノートのページを見せました。
「こんな感じなんだけど、どう?」
泰葉はそのスケジュールをじっくり眺めます。前回の遊びの計画では全く余裕のないスケジュールを立ててしまった彼女の事です。泰葉も少し警戒しながら目を通したのですが、今回はその反省を活かしてちゃんと時間に余裕を持たせた計画に仕上げられていました。
そんな訳で、この笑顔のプレゼンターに対して何ひとつ文句は出ないのでした。
「うん、いいね」
その日の就寝前、泰葉はナリスにもこの事をしっかり報告します。話を聞いた西洋人形は彼女に軽くアドバイスをしました。
(旅行、遅れないようにね)
「寝坊しそうだったら起こしてよ」
(ふふ、任しといて)
次の日の朝、泰葉が教室に入ると、セリナがつかつかと彼女の前まで歩いてきました。どうやらまだ何か決めるべき事が残っていたようです。
「あのさ、日程はみんなの都合が合う時でいいかな」
「それでいいよ」
「じゃあ来週の週末で」
セリナはそう言うと満面の笑みを浮かべます。どうやらこれで全ての予定は決まったらしく、もう何でも聞いていいような雰囲気になりました。なので、早速泰葉は旅行のメインである温泉について質問します。
「で、この温泉はどんな感じなの?」
「うん、何でもいい感じの温泉っぽいよ。私も行った事ないからネットの評判が正しければって話だけど」
実は温泉を決めたセリナも他人の評判だけでそこに決めてしまったらしいのです。まだ学生ですからね、仕方ありません。今回自分がノータッチだった事もあって、泰葉は時代劇コントで感謝を表現します。
「何もかも決めてもらって悪いねぇ、セリナさんや」
「もう、それは言わない約束でしょ」
彼女のおふざけにセリナもしっかり反応しました。息が合った芝居を見せ合って、おかしくなった2人はそこでクスクスと笑い始めます。そこに偶然ゆみがやってくるものの、事前のやり取りを知らない彼女は何故2人が笑っているのか分からなかったために首を傾げました。
「何やってるの?」
「え、えへへ……」
ふざけ合っていたところに冷静なツッコミを受けた事もあって、何となく気まずくなった2人は苦笑いをしてその場を誤魔化すのでした。
計画が決まった後、時間はすぐに流れに流れ、あっと言う間に旅行の前日になります。このイベントを強く意識していたセリナは、みんなが集まった昼休みに力強く宣言しました。
「ついに明日だよ!」
「鈴香、ちょっと朝が早いかもだけど大丈夫?」
泰葉はりんご仲間の中でも一番朝が苦手そうな鈴香に確認を取りました。彼女は昼食後の眠そうな目をこすりながら生返事を返します。
「何があ~?」
「大丈夫、私が叩き起こすからさ」
何を聞かれているのかイマイチ把握していなさそうな鈴香の隣には、しっかり者のゆみがいます。彼女のサポートがあるなら問題ないなと泰葉はほっと胸をなでおろしました。
「ま、ゆみに任せておけばいいか。頼んだ」
「おう、頼まれた」
熱い信任を得たゆみはドンと軽く胸を叩きます。楽しいイベントの前日と言う事もあって、テンションが上がってきたルルがその気持ちを素直につぶやきます。
「楽しみっスね」
「あの、着物とか……いるんでショウカ?」
ここでアリスが温泉のお約束の事を心配して、みんなに上目遣いで恥ずかしそうに問いかけます。この質問にセリナが慌てながら説明しました。
「え?いらないよ!お風呂に入るだけなんだから」
「そうですか、安心しマシタ。温泉に入ったらみんな和服になるものカト……」
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