第60話 プロのお仕事 その5

 マールの言葉にある程度気持ちを持ち直したファルアが指差したその場所に、全体が赤と白のストライプで塗られた少し独創的な家があった。

 芸術家本人に見覚えはあっても、家までは知らなかったマールがその芸術作品を目にして感動する。


「おお、まさに芸術家の家っぽい」


「なんじゃ、近所の娘っ子か」


「ペゼルじいさん、久しぶり」


 ファルアが家の主に挨拶する。芸術家のじいさんの名前はペゼルと言うみたいだ。ペゼルじいさんは少し気難しそうな顔をしているけれど、決して近寄り難い怖い人物ではなくて、笑うととてもかわいいちょっと癖が強いおじいさんと言った風情だった。


「ファルアにゆん、友達を連れて来たのか?」


「ゆんも知り合いだったんだ」


「そうだよ。まさかファルアもじいさんを紹介しようとしてるとは思わなかったけど」


 どうやらファルアだけじゃなく、ゆんもこのペゼルじいさんを紹介しようと思っていたらしい。じいさんは立ち話も何だからと4人を手招きし、その個性的な家の中へと案内する。


「折角来たんじゃ、ゆっくり儂の作品を見ていくがいい」


「お、お邪魔しまぁ~す……」


 マール達が恐る恐る家の中に入ると、そこにはじいさんが作った様々な芸術作品が所狭しと並べられていた。すぐにひと目で理解出来る彫刻から、はっきり言って何ひとつ理解出来ない抽象画まで、その芸術作品は多様性に富んでいる。そのひとつひとつを興味深く眺めながらマールは感想を口にする。


「こ、これは……すごいね。すごいとしか言い様がないね」


「この大作はな、儂の細かい魔法技術とセンスがあってこそ生まれたんじゃ」


 自作に感動している少女達を見て気に入ったのか、ペゼルじいさん普段はしないと言う作品の解説をし始める。じいさんの一番の自信作は家の中央付近にデンと構えている巨大な全長3mの彫刻作品だ。

 そのとても精密な加工技術の末に作られた彫刻は、芸術作品らしくパッと見で何を表現しているのか全く分からない難解さはあったけれど、とにかく伝わってくる情熱には目を奪われる素晴らしさがあった。


 その魅力に惹かれ、じいっと作品から動けないマールに、ファルアがペゼルじいさんの作品についての豆知識を披露する。


「じいさんは道具を一切使わずに魔法だけで作品を作ってるんだよ」


「ほええ~」


 この芸術作品が全て魔法を使ったものだと知ったマールは、その事実だけで感動する。彼女がじいさんの作品に夢中になってしまっている隣で、ゆんがこの魔法芸術家に軽く無茶振りをした。


「ねぇ、じいさん、ちょっと実演してくれない?私作ってるところ、見たい」


「馬鹿もん!芸術を見世物のように言うな!」


 その余りに軽いリクエストにペゼル爺さんは激怒した。ゆんも負けじと言葉を返す。


「見せてくれないの?ケチぃ!」


「見せるも見せないも、気が乗らんと儂は作らんのじゃ!」


 その芸術家らしい理由、以上何を言っても無駄だと流石のゆんも閉口する。そんな口喧嘩をしている隣で、マールは棚に飾ってあった小さな置物に好奇心の視線を向けていた。


「あ、これ!小学校で見せてくれたヤツですよね」


 この彼女の嬉しそうな言葉を聞いたじいさんは、すぐにマールにサプライズの言葉を投げかける。


「気に入ったか?欲しいならやるぞ」


「本当ですか!やった!」


 その言葉をありがたく受け取った彼女は早速その言葉に甘える事にした。置物は手のひらに乗る可愛らしいふくろうをモチーフにした幻想生物で、所々に芸術家らしい不思議なアレンジがされている。

 喜んでいるマールをニコニコと笑顔で見つめながら、ペゼルじいさんは優しく彼女に声をかけた。


「作品はみんな儂の分身じゃ、大切にしてくれよ」


「はい!」


 マールがもらった置物を服のポケットに入れていると、ゆんが呆れた顔をして声をかけて来た。


「マールのセンス、よく分からないわ」


「そう?私こう言うの好きなんだ」


 こうして嬉しいおみやげを貰って、マール達はペゼルじいさんの家を後にした。これでファルアからのプロの仕事の紹介は終わり、主導権はゆんに移る。

 やっと自分の番が来たと彼女は張り切ってみんなを先導し始めた。


「次は私の番ね!ついて来て!」


「ゆんも張り切ってるなあ……」


 元気よく前を歩くゆんを見てマールはポツリとつぶやく。こうして一行はゆん主導のもと、また街の方へと歩き始めた。

 バスを利用して15分ほど揺られると目的地が近付いて来る。バスを降りて信号をひとつ越えた所で、ゆんがある建物を前に説明を始めた。


「まずはここ!魔法料理の先生の家だよ」


「どうやって知り合ったの……?」


 ゆんと料理の関係に接点を見出だせなかったマールは説明を求める。すると彼女は胸を張ってドヤ顔になりながら、この先生と知り合った経緯を喋り始めた。


「ふふん、実は私の芸能レッスンの講師の人なんだ。今時のアイドルは料理も作れないとね」


「それは大変だねえ」


 自慢っぽく喋るゆんにマールは棒読み気味に感想を返す。気分が高揚しているからか、その反応もあまり気にせずに彼女は家のインターホンを押した。


「先生、ゆんです!来ました!」


「あらあら、本当に来たのねえ。いらっしゃい、準備は出来ているわ」


 次の瞬間、鍵の開く音がして4人はこの先生の家にぞろぞろと入っていく。マールが挨拶をして入って行くと、先生が玄関で出迎えてくれていた。


「お邪魔しまぁーす」


「仕事っぷりを見せればいいんだったわよね。じゃあみんな来て」


 先生に導かれて4人はそのまま調理室へと案内される。魔法料理の先生と言う事で、一番の仕事場がこの調理室と言う事になるのだろう。仕事場に着いた所で早速マールからの質問が始まる。


「先生は魔法料理を始めてどのくらいになるんですか?」


「私があなた達くらいの年にはもう始めてたけど、これを仕事にしようと思ったのは学校を卒業する直前くらいだったかな」


 先生の経歴を聞いた後は魔法料理そのものについての質問をする。


「普通の料理とは違うんですよね」


「普通の料理に魔法と言うスパイスを追加する感じかな、まぁ見てて」


 この質問に先生は言葉より実践と早速魔法料理を作り始めた。事前にゆんから話を聞いていたのだろう、その料理テクニックはまるで完成された儀式のようでテキパキとした動きには一切のムダがなかった。普通の料理の手順に加えて、所々で素材に魔法をふりかけたり、下ごしらえに魔法処理を施していく。

 その様子を目にしたマールは初めて見るプロの魔法料理のテクニックに純粋に感動していた。


「すごい、まるで何かのショーを見ているみたい」


「でしょ、料理をエンターティメントに出来るのが魔法料理なのよ」


 普通の料理に魔法をプラスしたこの魔法料理は、手間のかかる部分も魔法を使う事で一気に時短を成功させていた。そうして10分程で美味しそうなスープが完成し、人数分のお皿にスープが次々と盛られていく。

 完成した料理を前に先生はニッコリ笑うと、マール達に試食を勧めた。


「さあ出来た。食べてみて」


 お言葉に甘えてと、4人は完成スたスープを口に運ぶ。一口口に含んだだけで、食べ慣れたいつものスープとの違いにマールは驚いた。

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