いざ、天狗の里へ

呼ぶ声

第109話 呼ぶ声 その1

 印籠を手に入れてから数日後、私は天狗のお宝が揃った事が嬉しくて部室でニマニマとしていた。その印籠はと言うと、他のお宝と一緒に部室の金庫に大事に保管されている。ま、盗むような人もいないだろうけどね。


「いやぁ、ついに全部集まったよぉ」


「これで人間に戻れるんですね」


 私がにやけ顔をしていると鈴ちゃんが話しかけてきた。お宝が揃ったって事は私達はもうすぐ人間に戻れる訳だけど、そこでふと思い出したんだ。

 鈴ちゃん、ずっとひとりぼっちだったから私達が人間に戻ったらまた元に戻っちゃうんじゃないかと……。そう考えたら私はついそれを口に出していた。


「鈴ちゃんとしてはどう?やっぱり淋しい?」


「い、いえ、その……」


 突然話を振られた彼女はこの突然の質問に困ってしまってうまく答えられない。うん、そりゃあそうだよね。

 でもその困り眉からみても、鈴ちゃんだって100%手放しで喜んでいる訳でもなさそうな雰囲気は感じ取れた。うん、ここはちゃんとフォローしなくちゃ。

 私はすぐに身振り手振りを加えて話を続ける。


「私、人間に戻っても鈴ちゃんは見えるままのような気がするよ」


「そ、そうですか?」


「多分霊感?みたいなのは残ると思うんだよね。ほら、もう体に染み付いちゃったし」


 私が必死にフォローしていると、私の体をこんな風にした元凶が真面目な顔でツッコミを入れる。


「こら、適当な事言って期待を持たせるな」


「で、でも……」


 全く、ここで空気を読まないとは、流石キリトさんだよ。私がなんて返事を返せばいいか言葉を探っていると、彼は天狗文書から目を離してこっちに振り返ると、更に言葉を続ける。


「人間に戻れるかどうかはまだはっきりとは分からないけど、戻ったら確実に見えなくなるだろ」


「そんな!鈴ちゃんの前で!」


「気休め言っても仕方ないだろ。じゃあお前は妖怪化する前から見えてたのか?違うだろ」


「だからって!」


 その言い方が気に食わなかった私は声を荒げた。また喧嘩が始まりそうな雰囲気になったのを察して、鈴ちゃんはそれを止めようとする。


「あの!やめてください!」


「鈴ちゃん……」


 その彼女の叫びに私の心もクールダウンした。確かにここで言い争って何かが変わる訳じゃなかったよね。反省。鈴ちゃんはうつむきながら私達に向かってぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。


「私も……覚悟はしてるんです。短い間でしたけど、私、楽しかったです……」


「待って!まだそうと決まった訳じゃ……」


 私は彼女の言葉にうまく言葉を返せずに、あたふたと言葉を濁してしまう。鈴ちゃんは溢れる思いを止められなかったのか、そのまま部室を出ていってしまった。彼女のこの突然の行動に私は何も出来ずにいた。

 部室に2人きりになってしまって、自分の中で事態がうまく処理しきれなかった私は、思わずもう1人の部員に話しかける。


「どうしよう?」


「今は何もしない方がいいだろ……確実な事はまだ何も分かってないんだから」


 キリトは鈴ちゃんが出ていってしまったにも関わらず、相変わらずクールだ。全く、どんな時でも冷静って言うのは、何を考えているのか分からなくて対応に困るよ。私は彼の興味を引くような方向から話を聞き出そうと質問を繰り出した。


「そ、そうだ、天狗文書には何て書いてあるの?解読は進んだんでしょ?」


「解読結果は変わらないよ。変わるとしたら解釈かな」


「理屈はどうでもいいよ。で、どうなの?」


 相変わらず回りくどいその言動に少し苛つきながら私は催促を続けた。これからの事がもう少し詳しく分かれば、鈴ちゃんをちゃんと慰められるかも知れない。

 じいっと回答を待っていると、キリトは文書に書かれている事をもう一度説明し始めた。


「天狗のお宝を集めたら天狗の使いが天狗の里に誘いに来る。天狗の里には大将の大天狗がいる。この大将に頼んで天狗化を止めてもらう」


「その大将に頼めば人間に戻れるんだよね?」


 私が要点をまとめて再確認すると、彼は困惑したような表情になった。


「分からない」


「は?」


「可能性があるって言うだけなんだ。大天狗ならそのくらいの力があるかも知れないだろ」


 そう、人間に戻れるかどうかなんて本当は分からない。少なくとも文書にはその方法は書かれてはいない。改めて気付かされたこの事実を前に、ずっと脳天気にお宝を集めていた私は愕然としてしまった。


「もしかして私達って、そんな僅かな可能性にかけて今まで苦労してきたの?」


「そうだよ」


「うそーん」


 キリトはあっさりと私の言葉を肯定する。そんな対応をされてしまった私は突然やる気を失って思わず後ろに倒れ込んでしまった。

 その様子を見た彼は呆れながらポツリとつぶやく。


「最初に話したと思うんだけどなぁ」


「じゃ、じゃあ、私達もしかしたらこのまま天狗になっちゃうかも知れないって事?」


「かもな」


 私は目の前が真っ白になった。この事実をキリトは冷静に受け止めているようだ。そりゃあ毎日文書を読んでいるんだもの、事実を受け止める時間もしっかりあっただろうね。

 でも私はしばらく受け止めきれないよ……。今の今までお宝さえ集めれば確実に人間に戻れると思い込んでいたよ……。


「うう……今までの苦労って一体……」


「でも人間に戻れるかも知れないだろ」


「そうかもだけどー」


 彼の慰めの言葉はいまいち慰めになっていなかった。せめて人間に戻れる確率さえ分かったならもう少し前向きにもなれるかもだけど、全く何も分からない出たとこ勝負だなんて……。

 都合よく考えたって、最大でも人間に戻れる確率は50%くらいだよね。ああ、もう不安しかない……。


「とにかく、俺達が出来る事はもうみんなやったんだよ。後はもう運を天に任せるしかない」


「だよね。どうかうまく行くように願うばかりだよ」


 最後は珍しくキリトに慰められてこの会話は終わった。結局鈴ちゃんは部室に戻ってこなかったし、これからの事は何も分からない事ばかりで、途方に暮れたままこの日の部活は終わりを告げる。

 2人で揃っての下校となって、ずっと黙って帰りながら、その道中で間の持たなかった私は思わず彼に話しかけた。


「鈴ちゃん、結局今日は部室に戻ってこなかったね」


「きっとその内戻ってくるだろ。学校の外には出られないんだし」


 冷静な彼はこんな時になっても冷静なまま。ま、その方が逆に安心出来るんだけどね。きっと鈴ちゃんは屋上かどこかで自分の考えをまとめたりしているんだろう。

 私はその内部室に戻ってくるかと思っていたから待っていたんだけど、やっぱり探しに行った方が良かったのかも知れない。探して見つかったとして、どう言葉をかけていいかは全く思いつかなかった気もするけど。


 ネガティブな事ばかり考えても仕方がないし、私は顔を上げて前向きに思考を前向きに回転させる。そうだ、大切なのはこれからの事だ。確かお宝を集めれば、使いが来るんだったっけ?その使いについて知る方がまずは先決だよね。

 と、言う流れで、私はその事についてキリトに質問する。


「ねぇ、天狗の使いっていつ来るの?」


「分からない。もう待つしかないだろ」


 どうやら運命は向こうからやってくるのを持つしかないらしい。うう、棚からぼたもちかぁ。

 別に嫌いな言葉じゃないけど、いつその時が来るのか分からないってずーっと緊張していなくちゃいけないからちょっと辛いなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る