第103話 小人の依頼 その4
「ま、待て!いいのかそなたら。もしかしたらまた同じ事が起きるやも知れぬのだぞ?」
「今度は大丈夫。前におかしな事になったのはそれが罠だったから。不正だと認識されて変な所に飛ばされただけだ」
キリトは豆彦を安心させようと文書から判明した事の説明をする。これについては私も初耳だったため、思わず素で聞き返した。
「どう言う事?」
「あの遺跡はそもそも豆彦のために作られたものらしい。だからもう悪いようにはならないはずなんだ」
「やっぱり文書にこの遺跡の説明があったの?」
ここで明かされた新たな情報に私は困惑する。天狗文書にそこまで詳しく記載されていただなんて。何で当時のキリトはしっかり読み込めていなかったんだろう?
とは言え、その事実が分かっていたとしても行かなきゃいけなかったんだけど……。ここまで考えを巡らせたところで、私はある考えに辿り着く。
「あ、じゃあ豆彦さんの本当の名前も文書に……」
「いや、それが文書にも小さき神としか書かれてない……」
「えぇ……残念」
私の浅はかな考えは食い気味に否定された。そりゃもし彼がその名前に気付いたなら、その場ですぐに口に出してるって話だよね。そうしないって事から察すれば、する必要のない質問だったよ。と、ここまで頭を働かせたところでキリトが今行っている行動についても疑問がふわっと浮かび上がる。
「でも私達が遺跡に一緒に入る事には何か意味があるの?」
「豆彦が入って何も変わらなかったんだ。俺達が入ったってそうじゃないか?」
「ああ、逆にって事ね」
彼によれば、遺跡が発動しないなら私達が入っても大丈夫だと、そう言う考えらしい。確かに遺跡を警戒して距離を離したままで会話するのって、その危険性がないのなら滑稽な光景でしかないもんね。
私達は豆彦の側まで近寄ると、話を聞くためにしゃがみこんだ。
「何か思い出せました?」
「あ、ああ……。じゃが、今のところは全くじゃ。それで、そなたらが入っても特に何も変わらないのじゃな?」
「あ、そうみたいですね、不思議」
彼は遺跡に入った私達を心配している。私は大丈夫な事をアピールしようと、立ち上がってその場でくるりと一回転した。一見無意味な行動だけど、こうする事で何も問題はないと言う事だけは伝わるよね。豆彦を安心させたところで、私は一緒に遺跡に入った彼に問いかける。
「ねぇキリト。文書には他に何て?」
「この遺跡は小さき神が天から天降った場所らしい。それを記念して建てられたものだとか……」
キリトが文書の内容を披露したところで、以前のように遺跡が僅かに揺れ始めた。とは言え、その揺れは以前とは比べ物にならない程に小さく微妙な揺れで、体感的に言えば震度2くらいだ。
このある意味繊細な揺れに対して、実際に揺れているのか自信が持てなかった私は独り言のようにこっそりとつぶやく。
「えっ何っ?」
「遺跡が動いた?」
どうやらその揺れをキリトもしっかりと感知していたようだ。自分の感覚がおかしい訳じゃなかった事に私はほっと胸をなでおろす。
私達がその小さな揺れにわずかばかりの動揺しているその時、地面に手をついてずっと昔の記憶を思い出そうとしていた豆彦が急にうなりだした。
「むうう……何か、何か思い出せそうじゃ……」
「頑張って!超頑張って!」
私は踏ん張る彼を必死に応援する。こう言う場合、あんまり頑張れって言わない方がいいんだっけ?
でも一生懸命に頑張る彼の姿を見ていたら、もう頑張れって言葉しか私の口からは出てこなかった。
この時の豆彦は目をギュッとつぶって、口をしっかり閉じて、拳もギュッと握りしめて、まるで気合を入れているようにも見える。その気合が臨界点に達した時、遺跡が突然強烈な光を放った。
私はこの不意に襲ってきたトラブルに、思わす腕をクロスさせてまぶたを閉じる。
「うわっまぶしっ!」
「な、何だ?」
キリトもまたこの光に驚いている。文書にこの事は書かれてなかったのかな。強烈な光に包まれた私達は、しばらくそこから一歩も動けなかった。
やがて光は収まり、次第に視界は開けてくる。今までのパターンから言って、多分これどこか別の世界に転移したってやつじゃないかと思う。段々周りの景色が確認出来るようになると、その予想通り私達は見知らぬ場所に転移していた。
この知らない景色を見た豆彦は、何やら見覚えがあったらしくポツリとつぶやく。
「どうやらここは桃源郷のようじゃのう」
「えっと、それは天国みたいな?」
豆彦の発した言葉に多少の聞き覚えがあった私は、そのイメージを口にする。この言葉に続いて、キリトもまた桃源郷と言う言葉に動揺していた。
「もしかして生きて入っちゃいけない場所って言うんじゃ?」
「大丈夫じゃ、私がいるからな」
私達2人の狼狽ぶりを豆彦はたった一言で安心させる。彼が大丈夫と言うからには大丈夫なのだろうと、場の混乱はすぐに治まった。こうして落ち着いたところで、私は改めて豆彦に質問する。
「あ、そうだ名前!思い出せました?」
「それが……かなり思い出せそうなんじゃが。後もう少し、喉まで出かかっておるのは確かなのじゃが……」
遺跡が発動してこんな不思議魔場所に導かれてなお、彼は過去の記憶を思い出せずにいた。その様子を見て何とかしたいと考えた私は、ここである方法を思いつく。
「ここが豆彦さんに縁のある場所なら誰か本当の名前を知ってる人がどこかにいるかも。聞いて廻ろうよ!」
「そ、そうだな。ナイスアイディア」
「ふふん。でしょ?」
キリトも私のこの案に賛同した。私は彼が素直に反応したのが嬉しくてニッコリと笑顔になる。反対意見も出なかったと言う事で、早速私はしゃがみ込むと目の前の小さな妖怪に優しく手を差し出した。
「豆彦さん、乗ってください」
彼は私の呼びかけにこくんとうなずくと器用に手を伝って肩の上に辿り着いてちょこんと座る。こうして準備も整ったと言う事で私達は歩き始めた。
この桃源郷は、昔からの言い伝えにあるように春の陽気に包まれたとても過ごしやすい場所で、どこからか桃の香りが風によって運ばれてきていた。穏やかな気候に穏やかな景色、山は丸く緑に包まれ、おめでたそうな鳥が空を舞い、見渡せば美味しそうな果実の実る木があちこちに自然になっている。
それは牧歌的でのどかな光景ではあったものの、何かが足りなかった。ただひたすら目の前の道を歩き続けた私はポツリとこぼす。
「……人、いないね」
「ああ」
「街とかないのかな?こんなに過ごしやすそうなのに」
キリトとの会話もどんどんネタがなくなって単調なものになっていく。随分と歩いたはずなのに全く人と会わないのだ。これには私も困ってしまった。
一体どうしたらいいのか歩きながら考えていると、同行していた彼が突然私に話しかける。
「飛んでいくか」
「おお、その手があったね」
ここは現実世界じゃないし、空を飛んでも実生活に何の影響もないだろう。私はキリトの言葉に賛同し、空から人の集落を探す事にする。羽を出して一気に上空に躍り出ると、吹き抜ける風の心地よさに私は目を細めた。上空から下界を見下ろしながら肩に乗った豆彦に話しかける。
「ここの事は覚えてるんですか?」
「ああ、確かに昔私はここにいた。そんな気がする」
「じゃあ、街がどこら辺にあるか分かります?」
この場所の記憶があるならその指示に従った方が手っ取り早いと、私は彼に問いかけた。
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