第110話 エセ健康食品工場をねらえ! その7

 ユーイチ達が駆けつけたこの数秒の間に、工場で作業中だった自分達の仲間も事務所に駆けつけていたのだ。

 集まった構成員は副リーダーの号令にすばやく戦闘態勢を取った。


「おおっ!」


「くっ」


 戦況がまたしても変わった事でユウキは声を漏らす。追加された構成員は2人。クラサクは誰も先に進ませないように侵入者それぞれに相手を付けた。


「これで3対3だよなぁ」


 眼鏡越しの冷たい視線が彼女に突き刺さる。正直、サクラ組の上位の構成員とはユーイチ達も本気で戦った経験はない。

 しかし、この状況でそんな本音は命取りにもなりかねない。それもあって、ユウキもまた戦闘の構えを取りながら目一杯の強がりを口にしていた。


「数の上ではね。でも実力はどうかな?」


「だから、舐めんなって言ってるだろ!やれっ!」


 クラサクの号令と共に他の構成員も動き出す。戦闘慣れしているユーイチはともかく、こう言う雰囲気に不慣れなミヤコは襲われそうになった瞬間に速攻でパニックを起こしてしまう。


「キャー!」


「ミヤコ、落ち着け!」


 大声を上げた彼女をユーイチがなだめる。その様子を目にしたサクラ組の構成員――資料によるとビシハ・ミツオミ、融合元人間名、木村けん36歳――はにやりと邪悪な笑みを浮かべた。


「おやあ?素人さんが混じっていたかぁ?」


 一方、インテリヤクザと対峙していたユウキは別の面で窮地に立たされていた。クラサクがここで当然のように懐から武器を取り出したからだ。


「ま、俺達の争いじゃあこう言うのが普通に使われる訳だが?」


 異性界生物融合体に普通の銃は通用しない。それは目に前にいるヤクザの幹部だって十分承知しているはずだ。それでも見せびらかしたと言う事は、つまりそれなりの威力の銃を目の前にかざしている、これはハッタリではないのだろう。それでも言葉で負ける訳にはいかないと彼女は強がった。


「は?銃?私達にそう言うのが……」


「じゃあ試してみるぜ?」


 その挑発にクラサクは乗る。銃の引き金は引かれ、銃弾が真っ直ぐに少女の体を貫こうと迫ってきた。ユウキはすばやくこの動きを見極めて、その軌道から外れようと体をひねる。どんな攻撃も当たらなければどうと言う事はない。融合体の超速スピードがあれば銃弾は避けられるはずだった。


「うぐっ?」


 彼女の動きが遅かったのか、銃弾の速さが予想を上回ったのか。クラサクのはなった銃弾はユウキの右腕上部をかすっていた。普通の銃弾ならばこの程度はかすり傷にもならないはずなのに、このダメージで彼女は痛みを訴える。この事からもインテリヤクザが手にしているのは特殊な銃だった事が伺われた。

 この状況を目にしたユーイチは思わず彼女の名前を叫ぶ。


「ユウキ!」


 しかしこの行為が隙を作ったのも確かで、彼と対峙していた構成員の――資料によればクロボ・ハギワラ、融合人間名羽藤隆弘40歳――は今がチャンスだとばかりに攻勢に躍り出た。


「オラァ!よそ見している暇が……」


「そうだなっ」


 不意をついて殴りかかってきたハギワラをユーイチは流れるような動作で呆気なく組み伏せる。そうして有無を言わさぬスピードで強烈な掌底を撃ち込んだ。敵の力を見誤った間抜けな構成員は攻撃を受けて叫び声を上げる。


「ぐほおっ!」


 この攻撃の衝撃によって異世界生物は融合を強制分離させられた。そのショックでハギワラは気絶する。仲間がやられた事でミヤコの相手をしていたミツオミは動揺した。


「なっ、こいつ……」


 この状況に衝撃を受けたのは相手の指示をした幹部のクラサクも同じだった。部下を一撃で倒したユーイチの実力を考えれば、まともに戦うリスクの大きさも馬鹿に出来ない。そこでこの状況を脱するためにインテリヤクザは思案を巡らせた。


「くそっ、相手を間違えたか」


 数秒の遅れが致命傷に繋がる。状況を冷静に分先したクラサクはすぐに行動を開始する。


「おいお前っ!こいつが……」


 じろりと睨むユーイチに対してインテリヤクザは銃をユウキに向けて脅しをかけた。人質を取ろうと言うのだ。非合法組織の幹部らしい実に卑怯でテンプレな作戦と言える。銃口を向けられた手負いの彼女はそれでも負けじと強がりを口にした。


「私がどうかしたって?」


「撃つぞ?」


 クラサクは冷徹な声で引き金に手をかける。さっきのユウキが受けた傷は実際にはほとんど大してダメージは受けていない。

 けれど、当たれば確実に命を奪われると言うその恐怖は彼女の動きをぎこちないものにしていた。そんな状態では今度狙われても確実に避けられるとは限らない。こうして現場の緊張感は一気に高まった。


 そんな中、ミヤコと彼女の相手をしているミツオミは緊張感の欠片もない追いかけっこに興じていた。パニックになったミヤコが逃げ回っていたからだ。

 超高速で逃げ回る彼女を下っ端構成員は中々捕まえられずにいた。


「このっ!ちょこまかと……」


「イヤァーッ!」


 パニックが極まったミヤコはここで属性の力を発動させる。彼女の体から発生した無数の雷球は辺り一帯を強力な電撃で黒焦げにした。


「うわあああっ!」


 この攻撃、当然のように無差別攻撃だ。彼女以外の全てにダメージを与え、サクラ組にもユーイチ達にも深刻なダメージを与えた。

 ミヤコひとりがが呆然とする中、ゆらりとクラサクが立ち上がりこの事態を作り出した元凶に銃口を向け、引き金を引く。

 しかし、さっきの電撃は銃の機能を破壊したらしく、引き金を引いたところで弾丸が発射される事はなかった。切り札である自慢の武器が使えない事に気付いたヤツは、ぶっきらぼうにそいつを投げ捨てる。


「クソ、覚えてやがれッ!」


 クラサクは銃が使い物にならなくなった時点でこのまま戦いを続けるのは不利だと判断し、倒れた仲間を担いで事務所から逃げ出した。シュウトが倒したハギワラは彼が覆いかぶさって確保していたため、この異世界生物を敵に奪い返されるのだけは何とか防ぐ事に成功する。

 自分を襲った恐怖の対象がなくなってミヤコはようやくここで我に返った。


「ああっ」


 自分がやらかした現状を改めて認識した彼女は自己嫌悪に陥る。自分の顔に両手を添えて大きく口を開けてミヤコが嘆いていると、電撃ダメージから回復したシュウトがゆっくりと立ち上がった。


「ミヤコ……もう少し精度を上げてくれ」


「す、すみません」


 元リーダーの要請に彼女は大げさに頭を下げて謝罪する。その後にユウキもヨロヨロと立ち上がった。彼女はミヤコの攻撃を受けた後に一番最初に回復したクラサクについて冷静に状況を分析する。


「あいつ、属性攻撃に耐性があった。何か服に仕掛けがあったのかも」


「あの銃もそうだ、あれは普通じゃなかった」


 ユーイチはヤツが持っていた銃に対しても疑念を抱く。

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