第88話 カシオ奪還作戦 その2

 しっかり説得されてマリンもユウキの判断を受け入れる。こうして役割分担が終わったところで目的のビルが近付いてきた。メンバーは全員一旦死角になる物陰に身を潜めると、改めて場所の確認をする。周囲の状況を伺いながらユウキが口を開いた。


「このビル?」


「そう、ここ」


 そのビルはパッと見普通のビルに見えた。高さは30階建てくらいだろうか。進出するから新しくビルを建てたのか、元からあるビルを買い取ったのか。その真相は分からない。


 ただし、建物は普通に見えても中にいる従業員はまともではないようで、ビルの前には屈強な大男が4人無意味に立ちはだかっている。あの4人は多分融合者なのだろう。入り口がそんなだから中も相当カスタマイズされているに違いない。ユーイチは待ち構えている困難を想像してゴクリとつばを飲み込んだ。


「罠とかあるんだろうか?」


「そこは~、強行突破でえ~」


「おいおい……」


 ラブリがいきなり物騒な事を口走る。確かに融合体の本気スピードで行けば強行突破も出来るかも知れない。

 しかしそれは対応するのが普通の人間であれば、だ。多分勢いに任せて入ろうとすれば、融合体の警備員がぞろぞろと現れて行く手を阻むだろう。簡単に事が進むとは思えない。相手は異世界の組織で一番闇の深い組織なのだから。


「それじゃあ私達が掻き乱すから、後のタイミングは任せた!」


 ユーイチが現場の雰囲気を読んでいる間に、ユウキはそう言って一気に飛び出していった。突然合図もなく飛び出したものだから、同じく陽動組のミヤコもワンテンポ遅れて後をついていく。こうして作戦はなし崩し的に開始された。この唐突に始まった状況を前にユーイチは軽くため息を吐き出す。


「しかし、全部勝手に仕切られちゃったな」


 この自虐とも言えるつぶやきにマリンは即ツッコミを入れる。


「リーダーは前からそうだったじゃないですか」


「えぇ……?」


「凹まない凹まない~」


 ラブリに慰められたユーイチは深呼吸を数回繰り返して、感情をリセットするのだった。


 一方、陽動組の2人はブンブンと腕を振り回して堂々とビルに近付いていく。


「さて、いっちょ暴れますかあ!」


 その不信な動きに気付いたビル前の屈強な男達が彼女達を排除しようと動き出す。最初から能力全開の彼女が、そんな手強そうな警備員を軽く空に吹き飛ばしていく。この動きはすぐにビルの最上階にいるガルバルド幹部に伝わった。


「会長、不審な人物が!」


「ほう、我が組織をガルバルドと知っての狼藉か?すぐに調べて対処しろ」


 会長の指示を受け、被害状況を確認した警備部はすぐに増援を伝達する。すぐに数十人の男達が玄関先の暴動を抑えようと動き出した。


「風爆弾!」


「うわああ~!」


 玄関から男達が飛び出してくる度にユウキは自慢の属性技で男達を吹き飛ばしていく。戦う準備も出来ないままに男たちは為す術もなくこの攻撃にいいように扱われていた。ここまで派手にやらかせば陽動として申し分ない。

 けれど面白いようにぽんぽんと宙を飛んでいく警備員達を見てユーイチは彼らに同情していた。


「いきなり派手だな……被害者とか出なければいいけど」


「あの建物にいる人物はみんな私達と同じだからふっとばされた程度なら何も問題はないはずです」


「な、みんな融合体だと?嘘だろ?」


 ビルの従業員全員が融合体だと言うマリンのその言葉にユーイチは目を丸くした。強制融合なら人を選ばないとは言え、融合すると言う事は融合された人物の人生を根こそぎ奪う事にもなる。そうなれば多少なりとも社会問題として話題にならないはずがない――はずなのに全くそんなニュースは伝わっていない。組織が全てもみ消しているとでも言うのだろうか……。

 同じ風景を目にしながら、ラブリは全く別の感想を抱いている。


「強いのもいるかなぁ~」


「確かにビル内に手練はいますけど、流石に陽動には引っかからないんじゃないかと」


 ビルの中にいるのが簡単に対処出来るあの警備員みたいなのばかりじゃない事は容易に想像出来る。今後の事を考えてユーイチはすぐにマリンに尋ねた。


「幹部クラスもこっちの世界に?」


「それは……」


「大事な世界進出の砦だからいないはずはないよな」


 やはりいくら彼女と言えど、ビル内の人員についてそこまで詳しい事は分からないだろうと察したユーイチは、過去の組織との戦いとビルの規模から考えられる人員構成を想像する。

 彼の頭の中である程度の予想がついたところで、マリンがポツリとつぶやいた。


「……確認出来ているのでは、アーフやイヴフォがいます……」


「アーフだって?!」


 その聞き慣れた名前にユーイチは戦慄を覚えた。アーフとはこれまでに何度も戦ってきたユーイチのライバル的存在なのだ。そいつがあのビルに在籍している。つまり、今から行うカシオ救出作戦において一番の障害となるべき存在であり、ビルに突入すれば間違いなく彼との戦いになる事は免れないだろう。

 アーフがユーイチのライバル的存在だと言うのはランランメンバーの誰もが知っている。なのでラブリもまたマリンの言葉にうなずいていた。


「あいつがこっちに来てんのか~。これは手強いね~」


「アーフがいると言う事は会長もいるのかも知れない……なるほど、カシオを欲しがる訳だ」


 有能なカシオはガルバルドにおいても一目を置かれていた。彼を捕まえたのは何とかしてガルバルドに引き入れようと、そんな目的もあるのかも知れない。


「これは難易度の高いミッションだねぇ~」


「でも行くしかない。きっと大丈夫だ。私達なら!」


「そうだね~、行こお~!」


 このラブリの掛け声とともにユーイチはカシオ奪還計画を本格的に開始する。ビルの玄関前はうまい具合に混乱しているので、この機に乗じて融合体最速スピードで有無を言わさずに特攻を仕掛けた。


「サンダースパークゥ~!」


「うぎゃあああああ!」


 ミヤコもまた属性攻撃で自分の役割を果たしている。彼女の雷属性の技はとんでもない威力で、問題があるとしたらその精度だけ。それもあって余り遠距離攻撃は行わず、直接触れる事で電流を流すと言う攻撃スタイルで次々に現れる黒服達を倒していた。


 ここまで派手な動きをしているのに、玄関前には思ったように人が集まらない事にユウキは不満を覚えている。予想ではここで大騒ぎになってビルの人員の3分の1は集まると想定していた。

 けれど蹴散らしたのは今のところせいぜい30人程度、ビルの規模からすればあまりにも少ない。全員が戦闘員でなくても100人はここで足止め出来ると彼女は踏んでいたのだ。


「あんまり人が集まらないなぁ」


「陽動だってバレてるのでしょうか?」


「そりゃバレてるでしょ。でもそれをどうにかしちゃうのが楽しいんじゃん!」


 ここでユウキが思いついた次の行動は現れる警備員を倒すだけではなく、ビルそのものの破壊だった。自身の城が破壊されたら、それを止めようともっと多くの人数がこの場所に現れるに違いないと、そう考えたのだ。その属性攻撃の構えを見たミヤコはその恐れを知らぬ大胆さにちょっと引いていた。


「ひえ~、過激ぃ~!」


「どんどん行くよ!激烈嵐ィ!」


 彼女の指先から発生した突風がビルに壁面を削り取る。

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