第76話 こちら側の権力者 その3
けれど当の由香本人はそんな気はサラサラないみたいで、脳天気にニコニコと笑っている。
「何か単に丸投げされているような……」
「じゃ、いっくよー!」
彼の愚痴は軽くスルーされ、やがて彼女発案のローラー作戦は開始される。休み時間毎に1年生の教室から順にシュウトは教室にいる生徒を選別し始める。
パッと見で違和感を感じなければそれで済むものの、生徒は普通動き回るものであって1クラス全員の目を見るというのは結構骨が折れる作業だった。
結局1クラスあたり平均1分の時間をかけて該当する生徒を探す。クラス間の移動もあるし次の授業が移動教室や体育だとチェック出来ないので効率良く回るのも難しい。
それでも3日かけて大体の生徒の選別は終了する。全てのクラスを回りきったシュウトは疲れ切ってその場に倒れ込んでしまった。
「はぁはぁ……疲れた……」
「嘘?こんな事って……」
この作戦の結果に由香は呆然としている。何故彼女がそんな態度を取っているかと言えば、答えは簡単、該当する生徒が見つからなかったからだ。その理由について、しばらく休んである程度調子を取り戻したシュウトがハンカチで汗を吹きながら推測する。
「まぁ、休み時間毎に回ってるんだから、その時に教室を出た生徒もいるだろうし、学校を病欠している生徒だっていただろうし……」
「この作戦にも穴があったかぁ……」
由香は最初から完璧と言えなかったこの作戦の問題点が浮き彫りになった事で、自らの浅はかさを痛感していた。作戦が失敗に終わり、これで振り出しに戻ったと言う事で、次にどう行動したらいいか、2人はまた頭を抱え始めた。
「あんた達、馬鹿ぁ?」
「うわっ、風?」
そこに突然現れたのは風だった。彼女は困りきっているシュウト達を見かねて現れた――のだろうか?彼女は両手を腰に当ててシュウトに質問する。
「私があなたにバレなかったの忘れたっけ?」
「流石だね。俺達の受けた依頼、知ってるんだ」
「当然」
彼女はシュウト達が受けた依頼の内容を知った上で姿を表している。それからさっきの風の言葉を彼は考え始めた。確かに彼女と初めて話した時、シュウトは風が異世界生物融合体だとは気付けなかった。きっとそれが今回の問題に対しての突破口になるのだろう。
彼が腕を組んでその謎に取り組む中、由香はもっと手っ取り早い方法で問題を解決しようと試みる。
「じゃあさ、風なら知ってる?」
「ズルするつもりね」
「いや、そんなつもりは……」
あっさり目論見を看破されて彼女はしどろもどろになった。その様子を風本人は憐れみの目で見ている。このままだとただバカにされただけだ。
由香はなりふりかまっていられないと、必死で何かを知っていそうな彼女に懇願する。
「お願い、せめてヒントだけでも!まさか嫌味言う為だけに来た訳じゃないんでしょ」
「あなた達が間抜けだったから来ただけよ」
彼女の必死の嘆願も風の心動かす事は出来なかった。そんな中、考えに考えて、それでも結論を導き出せなかったシュウトはポツリとつぶやく。
「それにしてもどうして俺は風を見抜けなかったんだろう?」
「……全く、仕方ないわね。答えは簡単よ。瞳は偽装出来るの」
やっぱり彼女はヒントを出す為に2人の前に現れたようだ。風は呆れながら今回の依頼を完遂させるヒントを提供する。ただ、彼女の語ったそのヒントを一回聞いただけでパッと理解出来る程、シュウト達は勘が良くなかった。
「え?」
「例えばメタボの人は見たら分かるでしょう?でもその人が意識してお腹を引っ込めていれば分からない。そう言う事」
「つまり俺達が今必死に探している生徒は頑張ってボロを出さないようにしているって事か。それは君も?」
「当然。でないと諜報活動なんて出来ないわ」
風の話を総合すると、シュウトたちが探している相手は自分が融合体だと自覚していて、なおかつ周りにそれが気付かれる事を恐れている。そうして追手が探しに来てもすぐにはバレない手段を身に付けている。つまり依頼自体が最初から簡単なものではなかったと言う事だ。
で、その事に気付いた由香が思わず大声を上げる。
「でも待って、それじゃあ振り出しに戻っちゃう。陣内君の能力が当てにならないだなんて……」
「うう……」
無能扱いされたシュウトはその言い方に地味にショックを受ける。真実を前にして2人の周りをズーンと重い空気が包んでいく。この状況を見かねた風は大きくため息を吐き出した。
「じゃあもうひとつヒントをあげるわ。そう言う生徒は警戒してすぐに人気のない所に行きがち。安心する為にね」
「なるほど!大体分かった!」
この一言で由香はピンときたようで手をポンと叩くとスッキリした表情になった。対するシュウトは問題の生徒がそこまで怯えていると言う事に着目する。
「でも待てよ?普段から追手を意識するって、何かに追われているって事じゃ……」
「さあ?詳しい事は見つけて本人に聞いてみるのね」
彼の質問は風に軽くスルーされる。どうやらそこまでサービスはしてくれないようだ。この流れでシュウトは更に彼女に助言を求める。
「後、良かったらもうひとつ教えて欲しいんだけど。偽装していても見抜く方法とかがあったら……」
「ったく、仕様がないわね。じゃあこれはサービス。軽く質問してみればいいのよ。私は訓練しているからボロは出さないけど、普通は確信めいた事を聞かれたら動揺する。偽装はポーカーフェイスみたいなものだから心を揺さぶれがボロが出る。はぁ……これ、本当は自力で気付いて欲しかったんだけど」
今回の彼女は明らかにサービス過剰だった。ダメ元で聞いたのにちゃんと答えてくれるなんて。その言動の意図する事は分からないものの、これでこの依頼はもはや達成したも同然だ。迷路の出口の場所を教えてもらったシュウトは風に感謝の言葉をかける。
「なるほど、助かった。有難う、ふ……」
言葉を全て言い終わる前に彼女はシュウト達の前から姿を消していた。まるで2人の記憶から風がさっきまでいた部分だけを消しゴムで消すみたいに。
この不可思議な現象を前に、彼は周囲をキョロキョロと見渡しながら困惑する。
「あれ?……さっきまで確かにいたのに……」
「やっぱあの子、忍者の末裔ね」
彼女から貰った大切なヒントを元に2人は作戦を練り直した。きっかけがあるとそこは流石頭脳派の由香、効率的な作戦を一瞬で編み出し、シュウトもそれに従う。
彼女が導き出した結論、それは昼休み時待ち伏せ作戦と言うものだ。常に何かに対して警戒している人物なら、自由に行動出来る昼休みの時間にきっとひとりになるだろう。そこを狙うと言う作戦だった。
2人は作戦開始にあたって少し早めに教室を出る。勿論昼食は抜き。そうしてその人物が現れるであろう場所の近くで物陰に隠れ、様子をうかがい始めた。
「ここで張り込み?」
「きっとその生徒は昼休みここにくるよ」
その場所とはよく不良が放課後に集まりそうな場所、そう、体育館裏だ。由香の推理によれば、ターゲットは必ずここで昼休みを過ごすらしい。
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