牛丼屋は朝焼けの前に
第43話 牛丼屋は朝焼けの前に その1
融合者の偽ブランド品摘発?の件が終わって以降、シュウト達に新たな依頼の連絡は来なかった。そんな訳で暇を持て余した2人は図書室で反省会と今後の事について話し合っていた。
相変わらず図書室には2人以外の生徒は現れない。この学校に読書好きはいないのだろうか?ラノベブームで読みたい本はみんな持参して教室で読んでいるとかしているからだろうか。
「やっぱ難易度の高い事件はキツいね」
「だからさ、別に依頼を催促なんてしなくても……」
「でもどんな依頼が来るか分からないし」
シュウトのこの言葉は前回の案件は由香が急かしたせいと遠回しに言っているようなものだったけれど、彼女にはそのように伝わってはいなかった。
仕事は依頼があった時に動くべきものだと考える彼はそれを由香にそれとなく伝える。
「ちひろさんは俺達に出来そうな仕事を選んでくれてるから……」
「あれ?確か前の仕事だってそう言う基準じゃなかったっけ?」
シュウトの言葉を受けて前回の話の成り行きを思い起こした彼女は素直にそれを口にする。藪蛇をつついた格好になってシュウトは顔を真赤にして無理矢理に言葉を返した。
「それは……やっぱりあの時俺達がもっとうまくやっていれば……」
「だー!、もう湿っぽい話はなし!切り替えよっ!」
「あ、うん……」
話がまた振り出しに戻りそうだったので由香は強引にこの話を切り上げる。その勢いに彼もまた押し切られてしまう。そこから訪れる突然の静寂。この数秒程度の沈黙がやたらと2人には長く感じられるのだった。
で、その沈黙に耐えきれず、また由香から話が始まる。
「ね、今度はすごい単純なやつだといいね!」
「単純って……?」
この彼女の言葉にシュウトは思わず聞き返す。この質問に由香は身振り手振りを駆使して自分の願望を口にする。
「ほら、すっごい分かりやすいやつ。前に食い逃げとかあったじゃん、ああ言うの」
「ああ、確かに目の前に悪事を働いている奴がいて、それを捕まえるだけなら楽だよね」
「だしょ」
変な捜査とか調査とかなしに悪人を現行犯で捕まえる。やっぱりそれが分かりやすいし、達成感も大きい。ヒーローモノの物語でも定番だ。ここまで会話をしていてふと昔を思い出したシュウトは何気なくそれを話題に上げる。
「最初はそう言うのばかりだったんだよ」
「へぇ~」
「あいつらも賢くなって来てるのかな?」
「そうなのかも」
時間が流れれば徐々に犯罪の手口も巧妙になるのはある意味当然の話でもあった。だからと言って単純な犯罪がなくなる訳じゃない。巧妙で高度な犯罪が新たに発生する中で、昔からの単純で荒い犯罪も平行して起こり続ける事だろう。
話が一段落したところで、由香がニコニコと笑いながら図書室に置いてある一般向けの新聞を持って戻って来た。
「と、言う訳でこれが今朝の新聞なんだけど」
彼女によって机の上のバサッと広げられる新聞記事。その記事は一見いつもと変わらない見慣れた普通の新聞記事のように見えた。政治問題や国際問題、政治家の汚職事件やら企業の不正やらの違法犯罪の記事が紙面所狭しと並んでいる。
シュウトの隣で新聞記事を眺めていた由香がここでぼそっとつぶやいた。
「敵が賢くなって来てるならさ、こう言う汚職とかにも奴らが関わってたりしてるのかもね」
「……そう言う依頼が来たら困るなあ」
「いやそう言うのは流石に大人の人の担当でしょ。大人の融合者がどれだけいるか知らないけど」
そう、いくら自分達が融合者でもシュウト達は見た目は年端もいかない中学生でしかない。こんなただの子供が大人の複雑な問題に関われる訳がないのだ。無理に関わろうとしたって見た目で怪しまれて弾かれる。門前払いってヤツだ。
やはりこう言う問題に対処出来るのは分別をわきまえたそれなりの知識と経験を持つ立派な大人でなければならない。前にちひろさんから聞いた話だとそう言う融合者も政府に協力しているって話だったから、こう言う事件を調査して対処に当たるのはそう言う大人達の役割に違いない。
シュウトがひとり頭の中で納得していると由香が何かに気付いたのか雑多な新聞記事の中からひとつの記事を指差した。
「あ、ほら、ここに強盗の記事がある」
「ああ、こう言うんだったら難易度が低くていいかも」
強盗の現行犯を倒すなら単純で簡単だ。シュウトは由香の言いたい事を理解して同意する。それから彼女は探偵のように手を顎に当てて口を開く。
「今起こってる事件で融合者がやってるのってどれくらいなんだろうね」
「うーん、みんなが目立つ悪事をしている訳でもないだろうし……」
考えてみればそうだった。今こうしている間にも悪事を働く融合者はどんどん数を増やしているのかも知れない。それを知る術がない現状では見えない不安が日々増大するばかりでしかなかった。
もしかしたら政府はこの件について何か知っているのかも知れないけれど、窓口であるちひろからもその事に今まで一度も言及した事はない。由香のその素朴な質問にシュウトは頭を悩ますばかりだった。
彼が次の言葉を出せないでいると、その様子を見た彼女はポンと手を叩いてシュウトに質問する。
「陣内君は普通に暮らしていて道行く人の中で融合者を見かける事ってある?」
「うーん、そう言う目線で見た事ないからなぁ……」
彼女のこの突然の質問にシュウトは答えに困窮してしまう。困った彼の顔を見て彼女は更に言葉を続ける。
「って言うか、ないんでしょ?」
「ああ、うん」
由香に真顔でそう言われながらじいっと目を見つめられてシュウトは正直に白状する。この言葉を聞いて何か確信を得たのか彼女は冷静に指摘する。
「陣内君が見分けられるのって融合者が完全に乗っ取った場合だけじゃない?」
「そうだけど……」
まだ彼女の真意が分からないシュウトはこの言葉にただうなずくばかりだった。
「じゃあ、私達みたいに人間側とうまくやってる融合者が納得済みで悪事やってたら気付けないよね」
「まぁね。そんな時はお手上げだよ」
やっと彼女の言いたい事が分かったシュウトは自分の限界をあっさり吐露するのだった。由香は頬杖をついてその事についての自分の考えを口にする。
「もしかしてそう言うパターンもあったりするのかなぁ?」
「融合したのが悪い奴だったらあるのかも」
「やっぱそうかあ……」
溜息をつきながら淋しそうに相槌を打った彼女の様子が気になったシュウトはその理由を聞こうと声をかける。
「どうしたの?」
「いや、全ての融合者が感知出来るのならさ、見つけ次第捕まえて分離させれば楽かなって」
「あ、あはは……」
彼女の口から語られたその過激な思想にシュウトはただ苦笑いをするばかりだった。
数日後、シュウト達に次の仕事の依頼が舞い込んだ。放課後になって2人が例の喫茶店で待っていると相変わらず待ち合わせ時間ギリギリにアタフタとしながらちひろがやって来る。
すぐに2人の姿を確認した彼女は向かい側の席に座って前置きもなしにいきなり本題を話し始めた。
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