第39話 インチキブランド その2

「そ、そうなんだ……」


(やはり彼女は有能だな……)


 結局、話はトントン拍子に進んだと言う事になる。電話であっさり次の仕事を決めた由香はニコニコ顔になっていた。その様子を呆然とした顔で見ていたシュウトは開いた口が塞がらないまま――。そうしてその日は何事もなく過ぎていった。


 次の日の放課後、2人が例の喫茶店で待っていると落ち合わせ時間から3分ほど遅れてちひろがやって来た。開口一番、お馴染みのマシンガントークが2人に向けて炸裂した。


「いやもう参っちゃったよ。ちょうどね、何件か候補が上がって来たところだったんだ。それでどれにするか迷ってたんだけど、いい具合にゆかりんから電話がかかって来たからさ。え~い、これに決めちゃえって感じで踏ん切りがついたんだよね」


「そんな簡単でいいんですか?」


 そのちひろの仕事の選択方法にシュウトが口を挟む。注文したコーヒーを一口飲んだ後、彼女は得意気に口を開いた。


「いいのいいの。裁量は私に全部任されてるんだから文句は言わせないわよん。大体、どの件も似たような感じだったんだよね。もしこれが難易度や危険度に差があるならそこまで悩まないって、逆に」


「……まぁ、そうですよね」


 シュウトはちひろの話に納得して相槌を打つ。そのやり取りを横目で見ていた由香はタイミングを見計らって口を開いた。


「あの、それで、今回はどんな事件を……」


「おっと、そうだった。はい、これが次の事件の資料。よおーっく読んでね」


 由香に急かされてちひろは早速2人に急ごしらえで作った資料を渡す。ペラペラとそれをめくったシュウトは犯罪融合者が行っている罪状を口にする。


「えぇと……偽ブランド品の販売……ですか」


「そう、製造まで関わってるかまでは分からないんだけど、間違いなく販売には関わってるんだよね」


 彼の言葉にちひろが補足説明をする。ふんふんと聞いていると由香がそれについての感想を口にした。


「社会の悪ですね」


「そうなのよー。しかもブランド品のバックとか化粧品とかぬいぐるみとか手がける偽ブランドの幅が結構広いの。って言うか女性が喜ぶ製品の割合が多いかな?」


 ちひろは困った顔をしながら偽ブランドの対象物の話を話していた。この時、黙って資料を読んでいたシュウトが何かに気付いて声を上げる。


「これ、関わってるのユードルじゃないですか!」


「そ、例のバスジャックのね」


「今度はこんな悪事に手を染めたんですか」


 そう、以前シュウトが関わったバスジャックを仕掛けた秘密結社ユードルこそがこの偽ブランド品販売を企てた組織だったのだ。バスジャックが失敗した後も色んな悪の事業に手を染めて、後々に行き着いたのがこの偽ブランド品販売と言う犯罪だった。その事についてちひろが私見を述べる。


「そうよー。とんでもないよね」


「ユードル?バスジャック?」


 2人の話が盛り上がる中で訳が分からないのが新しく仲間に入った由香だった。今ここでその経緯を説明するのが恥ずかしかったシュウトは彼女にこっそりと耳打ちする。


「後で説明するよ……」


「シュウ君が最初にミスった案件の組織なのよー。手強いわよお」


 折角彼が後で上手く誤魔化そうと思ったのに、ちひろはあっさりと過去のシュウトの失態を暴露してしまう。この暴挙に彼は焦って声を荒げるのだった。


「ちょ、ちひろさん!」


「へぇぇ~。陣内君がミスった相手かあ。これは腕が鳴ります!」


 ちひろの話を聞いた由香はニンマリと笑って皮肉たっぷりに返事をする。この返事を聞いたちひろも笑って対応するのだった。


「そうそう、その調子!じゃあお願いするわね。私はまた戻らなくちゃだから」


「あ、お疲れ様です」


 話す事を話し終えたちひろはまた自分の仕事に戻って行く。その去り際の見事さにシュウトも定番の挨拶しか出来なかった。

 注文したコーヒーを飲みながら、取り敢えず資料の全てにざっと目を通した2人もやがて喫茶店を後にする。ちひろが去った後、店内では大人しかった由香も帰りの道中でついにシュウトに禁断の質問を投げかけた。


「で、どんな失敗を?」


「バスジャック犯をユーイチが取り押さえたんだけど、実はドライバーもグルだったんだよ」


 もうすっかり話がバレてしまったので開き直ったシュウトは自分の事を棚に上げて話を始める。この説明に何かを思い出したのか由香は急に声を上げた。


「あー!それなんか前にニュースでやってたヤツだ!ああ、アレ、陣内君だったんだね」


「みんなには言わないでよ」


 一応失態の話なので、誰かに話されるのが恥ずかしくて意味もなくシュウトは彼女に口止めのお願いをする。


「言わないよ。言う訳ないじゃん。へぇぇ、そうだったんだあ」


 この可愛らしいお願いを由香はくすっと笑いながら聞き入れていた。考えてみればこんな話は同じ境遇の相手にしかまともに取り扱ってくれないだろうから、わざわざ口止めをする必要すらない訳で――それを知った上での由香のその態度だった。

 話がうまくまとまったところでシュウトは彼女に声をかける。


「で、まずはどうしようか?」


「資料を見る限りだと、実際にお店おを出しているみたいじゃない?行ってみようよ」


「やっぱそうなるよね」


 由香に先導されて2人は資料に記載された情報を頼りにその偽ブランド販売ショップへとやって来た。そこは一見何もないようなマンションの一室。

 看板も何もなくて知らない人は全く気付かない、そんな場所だった。シュウトは現場に着いた後、ここで間違いないか改めて資料の住所を確認する。


「えーと、ここ……かな?」


 現場に着くまで普通のお店の形態を想像したシュウトはこの意外な展開を前に由香に話しかける。


「見たところ特に怪しげな雰囲気はないね」


 外見上はどこにも怪しい要素はない。それどころかこのドアの向こうが偽ブランドの店舗と言うのすら信じられなかった。資料を何度も確認するシュウトに由香はこの場所でそう言う商売をしている理由を推測する。


「売るものが怪しいんだから、雰囲気まで怪しかったら売れないでしょ」


「なるほど……」


 彼女の言葉に納得したシュウトは意を決して入店する。周りを警戒しながらそのドアを開けると、そこは想像していたものとは違って一見健全な雰囲気の雑貨屋さんのような雰囲気のお店の光景が広がっていた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「いえ……」


 マンションのドアを開けた途端、その気配を察して店員らしい女性が2人の前にやってくる。飽くまでも営業スマイルの彼女は表情を全く変えずに2人の前から動こうとしない。初めて目にする客である2人を警戒してるのだろうか?

 この怪しい雰囲気を受けて由香が耳打ちをする。


「店員さんに見覚えある?」


「いや、流石にアレはバイトの人でしょ……融合者ではなかったよ」


 一度接触している利点を活かして店員を確認したシュウトだったものの、彼女の目は普通の人間のそれだった。店内には彼女以外の従業員の姿は見受けられない。

 店員が融合者じゃないと分かって由香は興味深そうに店内を物色し始めた。

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