第21話 ヤのつく人達かな? 後編

 ユーイチの迫力に一瞬飲まれた男だったが、すぐに平常心を取り戻して彼を睨みつけるとにやりと笑って話し始めた。


「ふん、こっちだってこう言う状況を全く読めなかった訳じゃない……おい!」


 男の方もこうなった時のための対処法を用意していたようだ。どうやら男の呼びかけに彼の仲間出てくる仕組みらしい。

 けれど男の呼びかけに対して、現れるはずのその仲間は中々姿を表さない。思い通りにならなくて男は声を荒げた。


「おいっ!つったらすぐに来るんだよ馬鹿ジモリ!」


「何スかコンゴオ先輩……ついてくるだけでいいって言ったの先輩じゃないスか」


「馬鹿かお前!こんな時のためにお前がいるんだろうが!」


 怒鳴られたからだろうか?男にジモリと呼ばれたその仲間がもそもそと姿を表した。そいつはさらに胡散臭いチンピラっぽい服装をしている。

 茶髪に髪を染めてチャラいひらひらの服を着て――そしてこいつもやはり融合者だった。彼の反応で最初にこの部屋にやってきた男の名前がコンゴオだと言う事も判明する。先輩と呼ばれているコンゴウはユーイチの目の前でジモリを叱りつけた。

 当のジモリは叱られ慣れているのか、平気な顔をして目の前にいるユーイチを睨みつける。


「誰スかこいつ……」


「そいつの相手、お前がやれ!」


 コンゴウはジモリにそう命令する。その命令に対しジモリは明らかに不服そうな顔をした。


「は?何でですか?やるなら一緒にやりましょうよ」


「そいつをよく見てみろ、お前だけで大丈夫だろうが!」


「先輩はどーするんスかぁ……まさか俺だけ働かせるつもりっスか?」


「馬鹿かお前!俺には他にする事があるんだよ!じゃ、任せたからな!」


 チンピラ同士のひどい言い合いはそこで終わり、コンゴウはこの場をジモリに任せ自分はどこかに逃げていった。その逃げ足は敵ながら見事と言わざるを得ない程で、ユーイチは逃げるコンゴオに一瞬気付かなかったくらいだ。

 ひとり取り残されたジモリはそれがいつもの事なのか余り精神的なダメージは受けていなかったものの、早速愚痴を吐いていた。


「ああっ!相変わらず逃げ足だけは早いなコンゴオ先輩……」


「……もういいか?えーと、ジモリ……?」


 仕方ないのでユーイチはジモリに話しかける。当事者のコンゴウが逃げてしまった以上、目の前の奴に事情を聞くしかない。

 話しかけられたジモリはと言えば、ユーイチの言葉を受けて分り易いくらいムカついた顔をしていた。


「あーもう、俺はね、知らない奴に名前を呼ばれるのが一番ムカつくんスよ……」


「お前達は何を企んでいる?」


「俺は下っ端なんで詳しい事はよく分からないっス。けど言われた事は守るって決めてるんで……覚悟……いいっスか?」


「やれるものならな」


 ジモリは流石下っ端だけあって肉体労働専門のようだった。こいつに何を聞いてもまともな答えは返って来ないだろうとユーイチは判断する。

 自信満々にポキリポキリと指を折る奴に対して、ユーイチもしっかり臨戦態勢を取った。


「俺こう見えて結構強いんで……。一発で決めるっスよ!」


 そう言ったジモリはユーイチに対してまっすぐに襲いかかる。その余りに単純で分かりやすい迷いのない拳は簡単に軌道が読める。

 ユーイチはその腕を流れに沿ってするりと受け流し、そのまま一本背負いの要領でジモリを床に叩きつけた。


「う、嘘っスよね……」


 ユーイチの攻撃を受けた衝撃で体がしばらく動けなくなったジモリは、その後の彼の追撃を受けて人間と異世界生物に分離する。

 分離した異世界生物はやはり猫の姿をしていた。気を失っているその姿はどこかサバトラ猫に似ている。


「私も流石にチンピラの下っ端相手に苦戦する訳には行かないんでね」


 伸びた異世界生物のジモリをひょいと肩に乗せて、ユーイチはシンクロを解いてシュウトに戻る。これで今回の仕事が終わったと思った彼は、その状態で異世界生物を届けるためにそのまま政府機関の事務所に戻る事にした。

 一旦逃げたと思わせておいて、息を潜めて物陰からその様子を観察していたコンゴオは、この結果に対してゴクリとつばを飲み込んでいた。


「やべぇ……やべぇヤツに目をつけられた……あいつの身辺を調べて対策を練らねば……」


 実はコンゴオに戦いを観察されていたとは露とも知らないシュウトは、その後、上機嫌で事務所に辿り着いていた。

 ジモリを担当の人に引き渡した後にちひろに今日の件を報告しに行くと、また彼女の方から積極的に話しかけて来た。


「お疲れさーん。どう、話は自動的に進んだでしょ?君は演技なんて出来ないと思って詳しい情報は敢えて言わなかったの。大正解だったね」


「ちひろさん、これってどう言う事なんですか?」


「え?もしかしてまだ分かってないの?」


「いや、大体分かりますけど……」


 相変わらずの彼女のマシンガントークに少し呆れていると、謎かけのように質問を質問で返されたのでシュウトはそれに渋々と答えかけた。

 その答えを最後まで話しきる前にちひろが言葉をかぶせ気味に話してくる。今日の彼女もまたいつも通りにテンションが高かった。


「そうよ、地上げ!向こうの非合法組織がそのまま進出して来たのよね~。で、すぐにこちらの同じ組織と手を組んじゃって大変なのよ」


「つまりあいつらは向こうのヤクザ?」


「簡単に言っちゃうとね。でも大丈夫よ、君の身の安全は保証するから!ヤクザって言ってもすごい小規模よ、全員でもたった7人なんだから。それに倒した相手、弱かったでしょ?それが一番下っ端とは言え、これは組織がそこまで手強くないって事よ」


 本当にこう言う情報はどこから仕入れてくるのだろうとシュウトは怪しんだ。彼女から与えられる情報はいつも正確で詳しい。

 それにしても向こうのヤクザまでこっちの世界に来ているだなんて……シュウトはこっちの世界のヤクザのイメージを思い浮かべながらちひろに今後の事について念を押した。


「もうそこまで調べは付いてるんですか……。じゃあしっかり警備お願いしますね。俺、闇討ちとかされたくないんで」


「まーかして!」


 シュウトのお願いを軽くひとつ返事でちひろは受け入れる。その軽いノリに不安を覚えなくもなかったものの、仮にも政府の人の言う事だからきっと悪い風にはならないだろうとシュウトはその言葉を信用する事にした。

 ヤクザって言うのはそんなに簡単に関係した人物を諦めたりはしないはずなのだが、政府の機関が見張っているからなのか、それからも彼の周りに不穏な気配を感じるような事は起こらなかった。

 しかしその静けさはある種の不気味さのようにも感じられ、当分の間シュウトは気の休まらない日々を過ごす事になったのだった。

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