第10話 トケアウ
「大量大量っと」
警察署から歩いて10分のところにある喫茶店。
その店の中で、さっき叔父さんの部下の人から貰ったコピーを広げながら有加はニヤニヤしていた。
それにしても、簡単に遺留品のコピーが手に入ることに僕は未だに信じ難い気持ちだった。
「有加は、あの刑事さんと知り合いだったの?」
「いや。昨日が初対面だけど、どうしたの?」
貰ったコピーから一切僕の方に目を向けることなく、有加が答える。
では、なんで重要な証拠品のものをコピーとは言えど、易々と貰えたのだろうか?
「ちょっと、梨緒。折角資料を貰ったんだから、この半分を読むの手伝ってよ」
そう言って有加は、僕に向かってコピーの束を寄越してきた。
今は、先輩の事件のことが最優先なのだけれど、僕は先ほどの警察署の出来事ばかりが気になって仕方ない。
「あの部下の人、僕達にコピーなんか渡して、叔父さんに怒られないだろうか?」
僕達のせいであの人の今後の仕事に影響してしまっては、本末転倒だ。
「大丈夫だと思うわよ。報告する前にきっと忘れちゃうだろうし」
「え?」
呑気にアイスティーを飲みながら答える有加。忘れるってどういうことなのだろう?
「細かいことはどうでもいいのよ。全部丸く収まればそれで。さ、梨緒もノルマをこなして」
ずずいっと、コピーの束を僕に押し付けられる。
「いいけど、今日、大学の講義あったよね? 確か、日本史と考古学が。そろそろ大学に向かわないと遅刻しちゃうよ?」
僕は腕時計で時刻を確認する。時刻は11時すぎ。二つとも午後から講義だけど、そろそろ大学へ向かわないと間に合わなくなる時間になっていた。
「今さっき、大学からお知らせメールで臨時休講になったらしいから今日は講義無いわよ」
有加は重大なことをさらっと言い放つ。
僕も携帯でメールフォルダを確認する。有加の言うとおり、臨時休講のお知らせが入っていた。
「恐らく、報道陣が大学にでも押し寄せたんじゃない? だから、こうやって時間を気にすることなく、考察が出来るってわけよ」
有加はカバンからペンケースを取り出し、気になっている言葉に黄色の蛍光マーカーペンで線を引き始める。僕も仕方なくコピーの束に目を通して、有加と同じ様にマーカーで線を引いていく。この一連の作業に何故か懐かしささえ覚えてくる。
「なんか、受験生が一生懸命暗記用のノートを作っているみたい。僕達もそんな頃があったね」
「そんなこともあったわねぇ。梨緒が偏差値の高い大学に進学するって言ったから、私が必死になって勉強したわね」
眉間にシワを寄せながら、有加は作業をしながら話す。
「無理だったら、別の学校でも良かったのに」
「バラバラだったら、梨緒がもし悪女の毒牙にでも襲われたときに助けにいけないでしょ? それに、梨緒は危なっかしいところが多いから目が離せないのよ」
有加の言葉に、僕は苦笑しか出ない。確かに、僕一人だと右も左も分からず、危ない道を渡ってしまうかもしれない。今まで、有加の存在がとても大きいものであった。
「そろそろ、そんな状況からも卒業したいんだけどねー」
「ま、一生無理ね。……あ、コレ見て」
有加は1枚の紙を僕に見せる。
「一生無理って酷くない? ん、コレ何?」
僕は、紙にマーカーで線を引かれている箇所に注目する。そこには、先輩が書いたと思しき字で15箇所ほどの電話番号が記されていた。
「全部、芸能事務所の電話番号ね。有名どころや私の所属している事務所の電話番号も書かれているし、間違いないわね。あと、こっちには、スポーツ関連雑誌の編集部の電話番号も」
有加はもう一枚の紙も僕に渡してきた。その紙の方には、雑誌名と電話番号が記載されていた。
「……先輩はスポーツ業界でも進出しようとしていた訳じゃないよね?」
僕の質問に、冷ややかな目で有加が見つめる。
「梨緒、それ本気で言ってる? 本気だったら病院へ行ったほうがいいわよ?」
「いえ、冗談で言いました!」
僕が慌てて答えると、有加はアイスティーを飲みきって、
「きっとこれは、先輩の彼氏の栗林に仕事を斡旋してあげるつもりだったのよ。総合格闘技の選手だったみたいだから、バラエティとかでも使えるし、例え精神的苦痛とかでテレビ出演は無理でも、スポーツ関連の雑誌とかのライターだったら在宅で出来るから、負担も軽くなる」
「仕事を斡旋? なんで?」
「そりゃ、ヒモだったからでしょ。先輩は栗林に依存を治して欲しかったんじゃないかしら。少しでも自分の力で働けることが出来るように」
アイスティーを飲み干した有加は、今度は置かれていてぬるくなったお冷を口に含む。
「へー。で、僕らに相談したことはその斡旋の件なのかなぁ?」
「それはまだ探してるから、梨緒もモタモタしないでさっさと探しなさい」
はい、と僕は視線を急いでコピーの方に向けて作業を続行する。
それにしても、他人の日記帳や手帳を読むのはその人の心の中を読み取っているようで、悪い事をしている気がする。
読み込んでいる内に、段々とその人になっていく気さえする。
「ううっ……」
先輩の心に近くなる。
書かれている言葉の一つ一つが僕の頭の中で溶け合い、僕の中に先輩が形成されていくような気がした。
とても、苦しい。切ない。
「あー……、またか」
有加がとてもまずそうな顔をするのが見えた。どうして、僕を見て君はそんな顔をするの?
僕 が 何 か 悪 い 事 で も し た ?
「ゆかぁ……。苦しいよぉ……」
ボロボロと涙を流す僕。幸い、喫茶店には僕達しか居なくて、僕のこんな姿を見ている人は他には居なかった。
「はいはい、梨緒に読ませたのが悪かったわね。よしよし、苦しいだろうけど、何か分かったことがあったなら教えて?」
「何かコレを読んでたら……、好きなのに、突き放さないといけないっていう気持ちが湧いてきて……それで……」
「それだけで十分よ。はい、コレで泣くのはオシマイ」
有加が僕に言葉をかけると、不思議とさっきまで止め処なく流れていた涙がスッと止まった。
「あれ。止まった」
「気の持ちようの問題よ。さて、先輩の意思も汲み取ったことだし、家へ帰って父さんに手伝ってもらうわよ?」
有加はそう言って、テーブルに広げていたコピー達を急いで片付ける。
「静さんに何を手伝ってもらうの?」
僕の質問に有加はニヤリと笑い、
「ミステリーを1作仕上げてもらうのよ。梨緒が読める記念すべき第一作目の作品をね」
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