第3話 遺書
約束していた15時。三上先輩が住んでいるワンルームマンションにたどり着いた私達は、総合玄関の前に備え付けてあるインターホンで先輩の部屋番号を入力して、ボタンを押した。
しかし、先輩からの応答は一切ない。
「おかしいわねぇ。ちゃんと15時って約束したのに」
一応確認として、スマホで現在時刻を確認する。15時3分、確かに約束した時間だ。
もう1回インターホンを鳴らしても先輩は出る様子はなかった。
私が少しイライラしていると、梨緒が私の服の裾を引っ張る。
「ん? どうしたの、梨緒」
「何かあったんじゃないかなぁ? 三上先輩って結構きっちりしている性格だから、約束をすっぽかすってことは無いと思うんだけど」
少し不安げに答える梨緒。たしかに、自分から相談を持ちかけてきたのにその約束をすっぽかすのは、あの先輩らしくない。
「と言っても、どうやって入るべきか」
このマンションは入り口で暗証番号を入力しない限り、エントランスの自動ドアが開かない仕組みになっている。
「こうなったら、父さん直伝の七つ道具で開けるしか」
私がワンショルダーバックのチャックを開けようとした時に、梨緒が必死に私を引き止める。
「ダメだって、有加。それ犯罪だから! 正直に事情を管理人さんに話して、開けて貰おうよー」
「……確かに、それもそうよね」
危ない危ない、危うく不名誉な称号を勝ち取りそうだったわ。私は、カバンのチャックを閉じ、管理人室へと歩みを進める。
「すみません。607号室の三上さんのお宅へ訪問する予定をしていた者なんですけど、インターホンを鳴らしても出てこなくて。ちょっと心配なので、エントランスの扉を開けて貰ってもいいですか?」
一応大学の学生証を提示して管理人に頼み込むと、
「どうぞ」
すんなりと、扉を開けてもらえた。
「ありがとうございます」
私と梨緒は管理人に会釈をして、エントランスとくぐる。
エレベーターで6階に行き、先輩の部屋である607号室へ向かう。
扉の前で一度ノックをして、先輩の名前を呼んでみるが、やはり反応はない。
「仕方ない、強行突破かしらね」
私はカバンから白い手袋を取り出し、ソレを手にはめる。
「ねぇ、有加。そんなもの、なんで持っているの?」
「万が一のときの為って、父さんが持たせたのよ。梨緒のカバンの何処かにも入っているはずよ、確か」
私がそういうと、梨緒がガザゴソと自らの水色の2WAYカバンを漁る。すると、奥のほうから白い手袋が出てきた。
「あ、本当だ。何時の間に……」
梨緒が手袋を持って驚くのを余所に、私はレバー状のドアノブに手をかけ、ゆっくりとレバーを下に下ろして引いた。
「……開いてる」
ドアが開いた。隙間から先輩の部屋を覗き込むと、奥の方にだけ電気が付いていて、他は静寂そのものだった。
さて、部屋を覗き込んでいる私達を他の部屋の住民が見たら絶対に通報されそうなので、さっさと入ってしまおう。
「お邪魔しまーす」
「えっ、中に入っちゃうの?」
少し入ることに抵抗をする梨緒の手を引っ張って、私は先輩の部屋に入った。
薄暗い玄関で靴を脱いで、ゆっくり静かに歩みを進める。
電気が唯一付いているところが近くなると、誰かの足が覗いているのが見えた。
その足を見て、梨緒が歩みを速め、その足の方へ近づく。
「三上先輩、インターホン鳴らしても出ないって……っ!!」
梨緒は何か驚いた様子で、しりもちをついた。
「梨緒、どうしたの?」
私はしりもちを付いた梨緒のもとへと駆け寄ると、そこには、
ベッドの柱に布を括りつけ、その布を首に巻きつかせ、床に倒れる先輩の姿があった。
「どうりで」
冷静に倒れている先輩を見ている横で、梨緒は尋常ではないほどの冷や汗をかいて、呼吸が次第に荒くなっていく。
「梨緒、大丈夫?」
梨緒の背中をさすって落ち着かせようとするが、呼吸は荒いまま。目の焦点も次第に合わなくなってきた。
この状況では流石にヤバイか。
私は梨緒に優しく抱きつき、背中をさすりながら耳元で優しく囁く。
「梨緒、ゆっくり目を閉じて、大きく息を吸いなさい。そうすれば、何も見えなくなるから」
梨緒は私の言うとおりに、ゆっくりと目を閉じて大きく息を吸った。すると、梨緒の意識がなくなり私の方に体重を預けてくる。
「全く、梨緒は私が居ないと本当にダメなんだから」
梨緒を近くの壁にもたれさせ、私はスマホを取り出し、電話帳から『叔父さん』を選び、電話を掛けた。
「あ、おじさん?」
『有加か、いきなり電話なんて掛けてきてどうした? 仕事中だから送迎なんて出来ないぞ?』
電話先の声は面倒くさそうに低い声で応対をする。
「刑事の叔父さんにうってつけのお仕事があるんだけど?」
『……どういうことだ?』
「死体を見つけちゃった」
私が無邪気に答えると、電話先から耳が劈くような声で、
『はぁぁぁぁああああああ???』
と叔父さんの叫び声が聞こえた。
「ということだから、急いで来てねー。あ、場所は警察に通報しておくから、じゃあねー」
まだ電話先の叔父さんは話している途中で、私は電話を強制的に切る。
「さて、警察に通報……ん?」
私は、倒れている先輩の横にノートパソコンが開いた状態で置かれているのが気になって、ゆっくりと近づき手袋をしている方の手で電源ボタンを押す。
すると、メモ帳画面が表示され、
『私はもう疲れました。 楽になろうと思います。 ごめんなさい。』
という文章が表示されていた。所謂、遺書というやつだろう。
「……こんなチープな嘘で私の目が誤魔化せると思ったのかしら?」
ある確信を持った私は、その文章を見てニヤリと笑った。
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