第26話 追憶Ⅳ~対峙~
見渡す限り真っ赤な瞳がこちらを覗いていた。その視線は居心地が悪いを通り越し嫌悪感すら感じる。その視線に込められた悪意と恐怖に当てられてテリヤは声すらあげられない。暗闇から覗いている魔物の正体は未だ分からず、ヘレンの灯す炎の灯りもその手前で闇に吸い込まれている。
こうしている間にも周囲からボコボコと、その何かが這い出す音が鳴り止まない。
相手が動くのを待っていると相手の数は増える一方だ。それに相手のタイミングで攻撃されたら数にごり押しされて状況は悪くなるばっかりだ。なら……
ヘレンはテリヤの襟を噛むと首の力を使って背中に放り投げて、うまく受け止めると村の中央の方向にいる魔物に向かって突撃する。
魔物も一瞬怯みつつ飛び出して来ようとする。その時魔物の姿を一瞬捉えた。長く尖った鼻と小さい割にゴツゴツとした鼻。白い皮膚……白いゴブリン?その姿形は限りなくゴブリンに近いものだった。しかし、確かめようとしたヘレンの身体にぶつかると同時にまるで雪玉がぶつかったような感触とともにその魔物は飛び散った。周囲に白い粉が飛散する。次の魔物に向かって突撃していく。ヘレンが一歩駆けるとともに魔物が次々に飛び散り白い粉巻き上げていく。
『何だ……これ?雪なのか?とにかくしっかり掴まってろよ、テリヤ』
「………くっ_____」
テリヤのうめき声がかすかに聞こえる。だいぶ無理をさせてしまっているのがわかってはいても緩める訳にはいかない。
ボコボコという奇怪な音にヘレンの力強い足音と発生する粉砕音が混ざり合う。冷たくない雪が少しずつ体に纏わりつきヘレンの四肢の動きを鈍らせていく。それでもヘレンは弾丸のように走り続ける。飛散した雪のようなもので視界が真っ白に染まり、突如として現れる木々をすんでのところで避ける。100mを駆けるのに8秒弱そのうちに270体程をを蹴散らして進んだ。やがて先程まで続いていた雪玉が体にぶつかり弾けるような感覚がなくなり一気に視界がひらけた。それと同時に
「うわぁぁぁああ……ヘレンこいつわ!!」
背中から悲鳴が上がり思わず首を向ける。ヘレンの視界に入ったのはヘレンの背中からさっきほど一瞬姿を捉えた魔物の胴体が映えていた。
『______!??!?』
思わずヘレンはロデをばりに激しく体を振り回した。しかし、魔物は動じた様子がなく。真っ直ぐに眠り続けるアイリに腕を伸ばしていた。テリヤも何とか振り落とされずにヘレンの背中にへばり付いていた。振り落とすのを諦めて走り始めるとテリヤが杖を使ってゴブリンを殴りつけて振り落としにかかるが一瞬怯む程度でほとんど効果がない焦ったヘレンは最後の手段として口から火の玉を吐き出した。
吐き出された火に触れるとともに着火したゴブリンは、熱でドロドロに溶け断末魔を上げながら消え去った。ゴブリンが溶け切ると同時に火はヘレンの毛に吸収された。
それを確認して思わずヘレンは歩みを止めた。
『何だったんだ今の?』
焦りからか嫌に心拍数が高くなっていた。
「今のは……スノー……ゴブリンってやつだな……二番目の作った創作魔獣だな……」
『なんだそいつ……二番目って、誰のことだ?』
「おまえ……勉強不足だぞ!!お前も……7つの冠は知ってるだろ!?ゴホッゴホ……」
『おい!?大丈夫か、すまん無理させすぎたな……』
それは知っていた。7つの冠、二番目の子メラク・ディベリーは、自称芸術家で氷の魔獣をこれまでに150種生み出し世界に解き放った。そいつの作品がここにいることを考えると、事件の黒幕は……
ボコッ……ボコボコボコボコボコボコボコボコッ
またしても周囲を取り囲むように何かが雪の中から這い出す音が響き渡り、ヘレンの思考は中断させられた。足を止めたのがまずかったか。そんなことは奴らに関係ない。雪さえあればどこにでも現れるのだから。思わず身構えるように四肢を低くする。一瞬視界の端がキラリと光ったと思った直後。先ほどまでヘレンの頭があったところを棒状のものが耳の毛をかすめながら飛び去り。飛来したそれが進行方向にいたゴブリンを刺し貫き、同時に氷のオブジェを作り上げていた。驚愕しその方向に目を向ける。ゴブリンの壁の後ろ薄暗い森の奥にわずかに顔を出す。ヘレンの夜目で辛うじて見えた。190㎝程の人影。それも一つじゃない。
『ドールか……!?』
下手な人間よりも戦闘能力が高い。人形兵器と呼ばれるが、実際は魔物で、人間の形をしているが感情がない。使用者の命令に忠実に従うという話だ。
見回してみてわかったことは一つだけ。ぐるりと囲んでいるにも関わらず一箇所だけ抜け道を残すようにドールのいない方角があった。
さっき俺たちが来た方向だけドールがいない……俺たちを誘導する気だろうけど……それ以外にこの状況を打開する手段はなさそうだ……
ゴブリンを抜けてドールのところに突っ込んだとしても、最低ランクでフルプレートの重戦士と同等の硬度を持つドールには防がれる……1体と戦闘になればすぐに周りの数体に接近されて袋叩きに合うことを直感したヘレンは抜け道の残っている方向。進行方向とは真逆に向きを変えると矢のようにまっすぐとゴブリンを蹴散らしながら突き進んだ。それに気がついたドールは、それを追いかけるように走り始めた。
ザッザッザッザッ_______
雪を踏み散らしながら向かってくる大量の足音が、徐々にヘレンの耳にはっきりと聞こえ始める。時折飛んでくる氷の矢を避けるために蛇行を余儀なくされているためか、後続との距離は残り僅かになっている。ヘレンは獣化による体の変化に未だ馴染めていないのか長時間走るには体の動きに無駄が多い。数回足が空回りをするようになり、明らかに分が悪い鬼ごっこになっていた。
このままじゃ……追いつかれる……ぜん、めつ……する……
そんな考えが頭をよぎった瞬間その思考を遮るように背中から声が響いた。
「お前は……少しは他人を……頼ることを覚えろ!!」
その直後、ヘレンの足元から地響きが感じられ。ヘレンがそこを走り抜けた直後、地面が畳返しをされたかのように反り上がり、ヘレンと追走するドールとの間に巨大な壁が出現した。それは徐々に反り返り追って来ていたドールを飲み込む。咄嗟に反応したドールが1体外に飛び出そうとして上半身が出たところで反り壁のドーム形成に巻き込まれように挟まり外装がグシャリとひしゃげた。それと同時に土と雪の混じり合ったドームが完成した。
あれは……ワープウォール……反り壁……なんで?
「ヘレン……お前さんの思考。さっきから、ダダ漏れ……だっつ―の余裕……なくしてんじゃねーよ。」
『テリヤ!?お前あんなの出して大丈夫なのか!?』
「なんとか……な。お前の背中で、サボらせてもらってる、間に……足りなくなってた……血を体内で生成する、魔法使ってた。おかげで……血は問題ない。けど、疲労で……息切れが、すげーわ」
『じゃ、なおさら……』
「んなこと……言ってらんないだろ……確かにキツイが……任せろ……30秒は……持たせる……」
そう言って、テリヤは黙り込んだ。おそらく壁の維持に集中し始めたのだろう。僅かに魔力の波動がヘレンに伝わっていた。
しかしそれだけでなく反り壁の内側からの振動が微かに地面を揺さぶる。
背後から聞こえる破裂音とそれにともなってバラバラと崩れるような音がする。10秒……かなり防御力を誇る雷系統の障壁魔法にも関わらずこんなにあっさりと破られるのか。本当に足止めにしかならないのか。そう感じた瞬間背後で閃光が漏れ出した。直後______鼓膜を震わせることもなく骨に響くような振動が背後からヘレンたちを襲った。その勢いのままに身体がふわりと浮き上がる感覚に襲われ、フッと視界が途切れた。
目にした閃光は、間違いなく雪崩の直前に起きたものと同じものだった_____
気を失っていたのか?なぜ?
何故自分が吹き飛んだのか全く理解できなかった。背中にかかる重みも暖かさもなくなっていることに気がついてヘレンは、ハッとした顔をしてあたりを見回した。定かではない視界の中で周囲にはなぎ倒された木々と氷柱の生えた白い山ばかりがある。しかし、アイリとテリヤの姿を見つけることができなかった。
ギシッ______そんな音が耳に届いて咄嗟に顔を上げた。先程までそこには雪に覆われたように白い山しかなかったはずなのに、今そこには重厚感のある足があった。
嫌な予感しかしない。足から考えてこの生物の大きさは相当なものだろう。ヘレンも相当身体は大きい部類に入るはずだが、これはその比にならない。
ヘレンはその雪の様に白い毛並みの足から恐る恐る視線を上に持っていく。フサフサとした毛並みに隠れてなお見て取れる隆起した脚。意外と丸みを帯びた尻に丸い尻尾。少し猫背気味な背中には何本もの巨大な氷柱の生えている。半身のせいかわずかにしか見えない腹はゴツゴツとした筋肉が付いているのだろう。はっきりと隆起しているのがわかる。
そしてヘレンの視線は自然とその異形な腕に辿りついた。肩から上腕に掛けても中々の物だったが、その先に在るべき手と爪は氷によって形作られている。ヘレンの目を釘付けにしたのはそこから滴り落ちる。ドロリと濃密な血とそれに混じって地面に落ちる肉片だった。
『_____っ!?』
言葉を失い……思わず息を呑んだ。その微かな吐息を目の前の巨大な生物は聞き逃さなかった……
ゆっくりとその全貌が明らかになる。巨体が地響きを起こし振り返った化け物。見えていなかったもう一方の腕も血と肉がベットリと付着していた。目線を上に持っていくと雪の様に真っ白な全身の毛並みの中で唯一色の違う部分があった。夥しい数の肉を喰らったのだろうその口の周りも牙も赤黒く染まっていた。この上には目がある。そう分かっていても視線はさらに上へと吸い込まれた。そして、紅い双眸とピタリと目があった____
思わず悲鳴を上げそうになったしかし、それは、目の前の化け物による咆哮によって邪魔された。
目があった瞬間、ヘレンが悲鳴を上げ後退る前に化け物から大音響が発声した。空気を揺さぶる音波がダイレクトに鼓膜を震わせる。それと共に限界を迎えた様に鼓膜を震わせる音が微かな雑音を残して掻き消える。体と同様に巨大な口が牙を剥き出しにしてヘレンの前に迫っていた。
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