カクヨムであった怖い話
台上ありん
第一話 カクヨムであった怖い話
僕は今これを、ネットカフェで書いている。誰か読んでくれる人がいたら、僕を助けてください。
*********
僕は2か月ほど前から、『カクヨム』という小説投稿サイトで、自作の小説を連載していた。
連載は毎日更新していた。だいたいいつも、夕方から学校から帰って、6時から夕食までの約1時間あまりを執筆に費やしていた。遅筆な僕が1時間で書ける分量はだいたい2000字程度で、母親に夕食に呼ばれるとそこでいったん中断し、夕食が終わった後にキリがいいところまで書いて公開するというのが日課になっていた。
書いていたものの内容は、ニートだった主人公が事故で死んで異世界転生したらハーレムだったという、近年のラノベのテンプレのようなものだった。自分で言うのも何だが、取るに足らない、つまらないものだ。実際に、アクセス数はせいぜい一日に5もあればいいほどで、ゼロの日も少なくなかった。そもそも書くことだけが目的で、僕が楽しめればそれでいい、そう思って始めたのだが、実際にやってみるとアクセス数が気になり出して、ゼロの日は少なからずヘコんだ。
異変に気付いたのは、数日前のことだ。
いつものように、家に帰って机の上に置いてあるノートパソコンの電源を入れてカクヨムにアクセスした。画面右上の「小説管理」というのをクリックする。管理のページが開いて、
連載中 31話 異世界ハーレムがヤバすぎた。
といういつもの画面が表れる。フォロワーも★の数も昨日からまったく増えていない。
いちおう「アクセス数」を開くと、昨日書いたぶんには2だけアクセスがあった。いつものことだ。さすがにここまで読んでくれる人が少ないと、いったい自分は何のために書いているのだろうと徒労感にとらわれる。しかし、ここまで書いてしまったんだから最後まで書かないと、何だか気持ち悪い。自分に対する義務感のみで続けているようなものだ。
僕はため息をつきながら、「次のエピソードを執筆」をクリックしようとした時に、異変に気付いた。
下書き 第32話 2016年7月12日 2:42 最終更新 編集
というのが目に入った。
おかしい。僕はいつも、その日のうちに書いたものはその日に公開してしまうので、下書きのままで保存しておくことは、ほとんどない。しかも、その下書きを最終更新したのは、昨日いや正確には日付が変わって今日の夜中の2時42分になっている。言うまでもないことだが、僕はその時間は眠っている。
自室でひとり首をかしげながらその下書きを開いてみる。
「がっはっは。オレの勝ちぃ~。ほら、脱げ脱げ」
オレは野球拳だけは無敵なのだ。異世界に来ても、唯一この能力だけは受け継がれているらしい。しかも男が相手じゃない。女だ。とびきりナイスバディの。
そんなことが書いてあった。それはたしかに、昨日公開したものの続きに当たるもので、昼間に僕が今日の更新ぶんとして頭のなかで構想していたものだった。プレビューしてみると、2192字。ほぼ、僕が一日に書く分量と同じだ。
いつの間に、こんなものを書いたのだろう。もしかして、寝ぼけていたんだろうか。夢遊病にでもなってしまったのだろうか。いや、そもそもこれを書いたのは僕なのか? 疑問は尽きなかった。しかし、僕が書いた以外には有り得ない。まだ書かれていない物語の続きを知っているのは、僕だけなのだから。
僕はもう一度、その文章を読んでみた。文体は僕のものとそっくりだが、僕が書くよりもいくぶんおもしろい。消してしまおうかと思ったが、たとえ僕が夜中に寝惚けて書いたにしろ、せっかくの労力を無駄にするようで、もったいない気がした。
僕は多少うしろめたい気持ちはあったが、画面右上の「公開」をクリックした。いつもより2時間ほど早い更新となった。
翌日、帰宅してパソコンを開き、カクヨクにアクセスすると、
下書き 第33話 2016年7月13日 2:42 最終更新 編集
と表示されていた。気味が悪い。
さすがに2日も続けて同じことがあると、単に寝惚けていただけとは言えなくなってくる。いったい、夜中の僕は何をしているのだろう。寝ているあいだに身体が勝手に動き出して、パソコンをさわっているのだろうか。部屋はとくに荒らされているような様子はない。昼間に母親が部屋に入ってきて勝手に僕のパソコンで何かをしているということは有り得ない。僕の母はひどい機械オンチで、きっとパソコンの電源の入れ方すら知らない。
僕は、ブラウザのブックマークから、ニコニコ動画にアクセスした。ひょっとしたら寝惚けた僕は夜中にニコ動を見たりしていないだろうかと思って、視聴履歴を確認してみた。しかし最新のアクセスは、昨日の午後9時に某ユーチューバーの動画を誰かがニコ動に転載したもので、それはたしかに僕が昨日見たものだった。
ほかにも、ウェブメールの送受信や昔書いていて今は放置状態になっているブログのログイン履歴を確かめてみたが、おかしなところはない。
ひょっとして、ハッキングされてパスワードを抜かれたのだろうか。誰が何のために。僕なんかの誰も読まない小説を僕の代わりに書いてくれるなんて、そんなことをしても誰も得をしない。しかし、気持ちの悪さだけは残る。
「あ、そうだ!」と僕は独り言を言った。
動画の視聴履歴ではなく、ブラウザの履歴を見ればいいんだ。普段はブラウザ履歴など見ないので、めったに使ったことのない機能だった。ブラウザのサイドバーを、ブックマークから履歴に変える。
下書きの最終更新は午前2時なので、「昨日」ではなく「今日」のところをオープンしてみた。すると、ニコ動とブログとカクヨムのアクセスがあった。当たり前だ。だって、僕がさっきそれらにアクセスしたのだから。履歴には、アクセスした時間は残らない仕様になっている。
自分の気の利かなさに呆れながらも、もし明日も同じようなことがあれば、ブラウザを開いたらすぐに履歴を確認して、カクヨムへのアクセスがあるどうかを真っ先に調べなければならない。
僕は「アクセス数」を見た。昨日の更新分は、12のアクセスがあった。僕にはしては上出来だったが、多少複雑な気持ちになった。
下書き33話を見てみると、やはり昨日の続きが書いてあった。それを読むと、僕以外の人間がこれを書いたというのは、ちょっと信じられない。まあ、いずれにしても明日わかるだろうと僕は思った。
翌日、急いで家に帰ってパソコンの電源を入れた。ブラウザを起ち上げ、履歴の「今日」のところをまっさきに確認した。履歴には、ブラウザのホームに設定してあるヤフージャパンだけが表示されている。
そのまま僕はカクヨムにアクセスして、小説管理に入った。
下書き 第34話 2016年7月14日 2:42 最終更新 編集
やはり、あった。
僕のパソコンのブラウザにカクヨムの履歴がないのに、下書きが更新されているということは、僕のパソコンからそれが操作されたものではないことを意味する。つまり、誰かが別のパソコンで僕のアカウントに勝手に侵入して、小説の続きを書いているのだ。
僕はすぐに画面のいちばん右にある「アカウント設定」をクリックして、パスワードを複雑なものに変更した。
そしてその後、ふたたび「小説管理」に入った。アクセス数を見ると、昨日更新ぶんは39のアクセスがある。それにともなって、それまで書いていたぶんのアクセスも著しく増えている。始めて★が3つも付いて、フォロワーも2人だけだが付いた。
もちろんこれは、僕ではない誰かの手柄だ。僕が構想して世界観を設定したものに乗っかって、横やりを入れてきたのに、それでアクセス数を稼ぐなど、不埒な輩だと思ったが、こういう場合も盗作というのかどうかはわかりかねる。
ハッカーはきっと、僕が一言一句変えずに公開して、そっちのほうがアクセスが多いのを見て僕を嘲笑しているだろうと思うと、無性に腹が立ってきた。
下書き34話を僕はすぐに全部削除して、自分で書き直し、夕食後に公開した。
その翌日、家に帰ってパソコンの電源を入れた。ささやかな事件だったが、ようやく日常に戻れる安堵感に僕は満ちていた。ひさしぶりに、人の手垢のついてない状態から自分の連載が書けることにささやかな喜びを感じながらカクヨムにアクセスすると、
下書き 第35話 2016年7月15日 2:42 最終更新 編集
というのが目に入った。僕はとたんに嫌な気持ちになる。ハッカーの目的がいったい何なのか理解できないが、ずいぶんと性格の悪いやつに違いない。
しかし1日でパスワードを解析できるものなのだろうか。僕はとりあえずブラウザを落とすと、ウイルスソフトを最新バージョンに更新してウイルスフルスキャンを開始した。
ちかちかと点滅するように、次々をファイルをスキャンするウイルスソフトの挙動を眺め、約1時間後にようやくそれは終わったが、「取り除かれた脅威、ゼロ件です」と出た。
「ごはんよ~早くいらっしゃい」と母が階下から大きな声で私に呼びかけた。
僕は全身疲労感にとらわれて、何にもしてないのに背中から腰にひどいだるさと鈍い痛みを感じた。
夕食後、僕は電源を点けっぱなしにしていたパソコンに向かい、カクヨムの「作品情報を編集」をクリックした。そして、作品の紹介文を一度全部削除して、
「諸事情によりしばらく連載は中断します。再開時期は未定。すみません。」
と書いて更新した。
ここ数日のものは僕が書いたわけではないとはいえ、僕が管理している小説であることには違いない。前々日のアクセス数が伸びていただけに、申し訳なさも倍増した。
僕はもう一度カクヨムのパスワードを変更して、その日はまだ時間が早かったが、風呂に入って寝ることにした。
翌日は土曜日で学校は休みだった。午前10時くらいに目が覚めた僕は、遅い朝食を食べて顔を洗った。弱い雨の降っている日だったが、気温は高く蒸し暑かった。
予定は特に何もなかったので、11時くらいからパソコンで動画サイトでも見ようかと思い、ブラウザを起ち上げた。すると、画面に出たのは、ブラウザのホームに設定してあるヤフージャパンではなく、カクヨムだった。
僕は薄気味悪さを感じた。
恐る恐る「小説管理」を押す。
下書き 第36話 2016年7月16日 2:42 最終更新 編集
僕はそれを見て、「うわっ!」と小さな悲鳴を上げた。昨日、公開しなかった35話はいつのまにか公開されていて、昨日削除したはずの紹介文はもとに戻っていた。
僕は転がるように階段を降りて、台所にいる母親に、
「ねえ、僕の部屋のパソコン、勝手に触ってないよね?」と尋ねた。
母は2秒ほどきょとんとした顔をしていたが、
「パソコン? 知らないわよ。勝手に触ったらあなた怒るでしょ? そもそもおかあさん、パソコンっていうのが何かもよくわからないんだから」と言った。
僕は部屋に戻って、「次のエピソードを執筆」をクリックした。下書き37話のページになる。そして、
あなたはいったい誰ですか?
なんでこんな嫌がらせをするんですか?
ハッキングは犯罪です。
今度やったら、警察に通報します。
と書いて保存した。念のために、アクセス数を確認してみる。なんと、昨日一日で200を超えるアクセスがあった。カクヨムのランキングを見ると、僕の小説(と言えるかどうかはわからないが)が20位になっていた。
僕はパスワードをより複雑なものに変更して、パソコンを電源を落とした。
ぱすわーど 今度変えたらコロス
翌日の日曜日、僕が保存した下書き37話は、僕の書いた文字は全部削除されていて、そんな文字が表示された。
まるでバットで殴られたかのような衝撃を頭を襲う。全身の筋肉が硬直して、吐き気がした。
十数分経過してようやく呼吸が落ち着くと、僕はそれまで自分が書いたものをワープロソフトにコピーして保存し、「アカウント設定」に入り、アカウントごと削除した。愛着のあるアカウントだったから惜しい気持ちはあったが、もはや問題はそういうレベルを超えている。
まだ午前8時くらいだったが、僕はすぐに着替えて家を出た。母には、「今日要るものを学校に忘れたから取りに行く」とウソをついた。
警察署の個室に導かれるままに入ると、西さんという二十代半ばくらいの制服を着た警官が出てきた。
「どうしました?」
「あの、殺害予告です。インターネットで」
「ふうん、脅迫ですか」と西さんはあまり興味なさそうに返事した。「最近、多いからねえ。よく考えずに威勢のいいことを書く人が」
僕はそれまであったことを簡単に説明した。西さんはひどく退屈そうに聞いていた。
「で、何か証拠あるの?」
そう聞かれて僕はハッとした。殺害予告のあったあのアカウントはすでに削除してしまっている。せめて、あの文章をせめてプリントアウトしておけばよかったと後悔した。
証拠がないとわかると、西さんは僕をまるで犯罪者であるかのような目で見た。いたずらか面白半分で、ウソの通報をしに来たんじゃないかと思われたのだろう。
「まあ、ようするに、そのカクヨムっていう掲示板で、コロスって書かれたんだね?」
「いえ、その掲示板ではなくて、下書きっていう機能があるんですけど……」
「下書き?」
「はい」
「誰でも見れるとこに、殺害予告書かれたんじゃないの?」
「いえ、下書きの段階ですから、見れるのは僕だけなんです」
西さんは僕を威嚇するように、はぁ~と大きなため息をついた。
「それって、要するに、アンタしか見れないところで書かれたってこと? それがどうしたの?」
「いえ、だから不正アクセスされてるんです、きっと。ハッキングされてるんです」
「ふうん」
西さんは手もとに持った紙に何やら書き込みをしていたが、僕からは何と書いてあるかは見えなかった。僕はそこでようやく、警察は、少なくともこの西という警官は僕のために何かしてくれそうな人ではないと悟った。
「でも、もうそのアカウントは削除しちゃったんでしょ? それじゃ、もう不正アクセスされる心配なんかないじゃん」
その通りだ。僕は悔しくてならなかった。
「まあ、被害届け出すなら、そこの紙に書いてってよ。また何かおかしなことがあったら、そのとき言ってきて」
結局、僕は被害届けは出さなかった。
翌、月曜日。僕は体調が悪いと母親に言って学校を休んだ。ずる休みというわけではなく、本当に身体中が重くて頭痛がした。風邪の症状に似ているが、喉の痛みや咳などはない。ひどく体力を消耗したのだろう。
警察の対応は不本意だったが、とりあえずアカウントは削除したので、もうあのたちの悪いハッカーに悩まされることはなくなった。
何者かが、階段を登ってくる音が聞こえる。僕はベッドの上で上半身を起こした。足音は僕の部屋の前で止まった。
ゆっくりとドアノブがまわされ、ドアが開いた。10センチほど開いた隙間から、顔をのぞかせて声が聞こえる。
「ねえ、おかあさんちょっとお買い物行ってくるから」と母が言った。
「うん」と僕は生返事をする。
「体調、少しはよくなった?」
「うん」
母は階段を下りて、間もなく玄関から出て徒歩でどこかに行った。おそらく近所のスーパーだろう。
僕はベッドから抜け出して、パソコンの電源を入れた。とりあえず、簡単にニュースだけでもチェックしておこうと思ったのだ。
ブラウザを起ち上げると、カクヨムのページになる。ハッカーが勝手に書き換えたホームページの設定をもとに戻していなかった。ブラウザのメニューバーから「ツール」から「オプション」に移動しようとしたとき、僕は異変に気が付いた。
「小説管理」の横に、消したはずのアカウントが「@」に続いて表示されている。
なぜだ。
僕はマウスを持つ手がふるえた。「小説管理」に入ると、消したはずのアカウントどころか、それまで更新したぶんの連載も、まるで何事もなかったかのように復活している。
下書き 第38話 2016年7月17日 2:42 最終更新 編集
それが最新のものだった。僕は覚悟を決めてそれをクリックした。
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス
コロスコロス警察、無駄足だったねコロスコロスコロスコロスコロス
コロスコロスお前を殺しにきたコロスコロスコロスコロスコロスコロス
コロスコロス今日、お前はシヌコロスコロスコロスコロスコロスコロス
コロスコロスどういう死に方をするかは、30分後に更新するコロス
コロスコロス逃げられると思うなコロスコロスコロスコロスコロスコロス
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス
「ぎゃあああああ」と僕は悲鳴を上げた。そして気付けば、ノートパソコンを床に叩きつけて破壊していた。
背中に汗をびっしょりとかいて、パジャマが皮膚に張り付いた。
台所に行き、コップに水を入れて一気に飲んだ。もう、いたずらなどというかわいいものじゃない。しかし、警察も当てにならない。僕はいったい、どうすればいい。
あのメッセージによれば、僕は殺されてしまうらしい。30分後に殺され方も指定される。時計を見ると、午前11時半を少し過ぎたころだった。
衝動にまかせてパソコンを壊してしまったが、僕は30分後に更新されるというメッセージが気になり始めた。それを知れば、あるいは殺されるのを回避することも可能かもしれない。しかし、うちにはパソコンは一台しかない。僕の携帯も、古いガラケーなのでカクヨムを表示できない。
僕はすぐに着替えて、駅前のネットカフェに行くことにした。とにかく家にいてはまずい気がした。人目の多いところにいかなければ安心できない。何者がどういう理由で僕の命を狙っているのか知らないが、とりあえず身を守る武器を持っておかなければならないと僕は思い、台所に置いてあった果物ナイフを手に取って、服の下に隠した。もし職質されたらアウトだろうが、そうも言ってられない。
玄関を出たところに、郵便局の赤い原付が走ってきて、家の門扉の前に止まった。配達員は僕の姿を見つけて、
「あ、どうも。こんにちは、郵便です」と朗らかな笑顔で言い、郵便物を僕に直接手渡した。
「あ、はい。ありがとうございます」
手渡された茶色の封筒は、僕宛てのものだった。差出人は書いていない。一刻も早くネットカフェに行きたかったが、僕はその郵便物が気になって、開封してみた。すると、A4の紙に、
パソコン壊しても無駄だよコロス
と赤い大きな文字で書いてあった。僕はまた悲鳴を上げそうになったが、ご近所の手前なんとかそれを抑えた。僕はその手紙を粉々にちぎった。
ネットカフェに到着すると、会員証を提示して、畳一畳分もないくらいの狭い個室に案内された。個室は天井の近くまである背の高いパーティションと簡易なドアで仕切られた圧迫感のある空間だ。よく冷房が効いていて、寒いくらいだ。
パソコンは最新型のもので、ノートパソコンよりははるかに早い時間でデスクトップ画面に切り替わった。
僕はブラウザをダブルクリックした。このネットカフェのホームページが表示される。そこには検索エンジンもあったので、そこに「カクヨム」と入力した。
時間は、家を出てからちょうど30分ほど経過したところだ。
画面右上の「ログイン」をクリックして、メールアドレスとパスワードを入力し、すでに削除したはずのアカウントにログインする。
僕は祈るのような気持ちで、「メールアドレスがまちがっています」や「パスワードがちがいます」と表示されることを願った。しかし、その願いは無駄に終わって、何事もなかったかのようにログインが完了して僕のアカウントが表示された。
あまりのストレスに僕は頭がおかしくなったのか、なぜか少しだけ笑ってしまった。
何かの冗談だ。僕はきっと悪い夢でも見てるに違いない。夢だから、何にも怖がることなんかないんだ。そう思いながら、下書きを確認する。
下書き 最終話 2016年7月17日 12:08 最終更新 編集
お前は今日、駅前のネットカフェ、自分の頸動脈を切って死ぬ。
それを見てようやく、腹に何か違和感があるのを感じた。触ってみると、僕が護身用に持ってきてベルトの下に差し込んでおいた果物ナイフだった。
全身鳥肌が立って、一気に現実に引き戻された。
僕は椅子から立ち上がって個室から出ようとしたが、さっきあんなに簡単に開いたはずの個室のドアが固くて開かない。押しても引いても、横に引っ張っても開かない。
「お願い。誰か助けて!」
僕は力の限り、パーティションを叩いた。しかし、その薄い木製のパーティションは、まるで鋼のように固くてびくともしない。
「助けてください。誰か、助けて」
周りにはほかの客も店員もいるはずだが、誰も僕の声に応えてくれる人はいなかった。僕は両のこぶしから血が出るまで壁を叩き続けたが、無駄だった。
僕はいったい、どこに迷い込んだのだろう。
僕を殺そうとする、この謎のハッカーはいったい何者なのだろう。
僕はこれからどうなるのだろう。
僕は、流れるように血の出る両手で、ネットカフェの大きなキーボードに向かって、これを書き始めた。キーを叩くたびに小さい血しぶきが舞って、光る画面に付着する。
お願い。誰かたすけてください。
(了)
(筆者注:念のために言っておきますが、フィクションですよ。助けに来ないでくださいねw)
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