011
ディズニーランドに着いたのは、夕方になった頃の話だった。
人がいないんだから待ち時間なんかもありやしない。
こんな時間からでも楽しめるとは思っちゃいたんだけど、ここ数日ずっと動きっぱなしだったもんだからなんだか一度ゆっくりしたくなってさ。
ぼくはアカリに「どうせだし、ディズニーホテルってやつに泊まってみないか?」って言ってみたんだ。
アカリはけらけらと笑いながら「いかがわしいことをするつもりでしょう?」なんて言うから、「だったら別部屋でも構いやしないけど」って言ってやったら、アカリのやつはさらに笑うんだな。
笑うってよりはにやつく、といった表現の方が似合うような笑顔だったかもしれない。
「冗談ですよ」
その言葉が聞こえてきたのは、車を降りてからだった。
どうせ誰もいやしないんだからと、ぼくらはディズニーホテルの中でもとびきりに高い、最上級スイートって部屋を検索して飛び込んでみたんだけど、いや、これがなかなかおかしなもんでさ。
落ち着くために入ったはずのホテルなのに、インテリアから、広さから何から、落ち着く要素の全くない部屋だったな。
人間には適度な贅沢ってのがあるんだなと思ったよ。
すぎた贅沢も、これまた馴染めやしなくてよくないわけなんだな。
あそこまでの贅沢をする人間ってのは。あそこまでの贅沢に馴染める人間ってのは、金持ちか、よっぽどのばかか、雰囲気に酔える類いの人間だ。
少なくとも、ぼくのような類いの人間には合わないらしい。
でも、そう。たったひとつ、窓からの景色はとても綺麗だったな。
そこの窓からはディズニーランドが一望できるんだけど、もう空が暗くなってるぶんあちらこちらがきらきらと瞬いていてさ。星空や街明かりとはまた違った感動みたいなものがあったんだな。
アカリもこれには感動していたようだった。
景色を抜きにしても、アカリはぼくより幾分かリラックスできていたようだったけどさ。
なんにせよ。
ぼくはあの景色はもう、忘れられそうにないな。
もう一度観ることも、二度とないだろうけどね。
ぼくもアカリも風呂に入って、ショッピングモールから持ってきた着替えに身を包んだくらいのことだった。
「えへへ、どうですか?」
アカリがアルコールの缶を僕に差し出した。
いわゆる、ジュースみたいなアルコールってやつだ。
「アカリは未成年だろう」
「
「ぼくがいる」
「"咎める人なんて"、といいました」
「きみはぼくが咎めないと思っているのか」
「咎めないといいますか、咎められやしないでしょう?」
確かに、ぼくにはアカリを咎めるような気なんてさらさらなかった。
人間ってのは大抵、頭のネジが外れてると同時に、五十歩百歩で所謂人生のレールってやつから少なからず踏み外している。
ぼくだって、きっと、例に漏れやしない。根本的に、僕らは誰だって他人を咎めるだけの資格も余裕も持っちゃいないと思うんだよ。
ぼくが黙っていると、アカリは缶を開けながら「あなたはそういう人です」と言って笑った。
「ちなみに、これはどうしたんだ?」
「ショッピングモールから拝借しました」
「なるほどね」
◆
どうやらアカリはある程度、酒に強いようだった。
むしろぼくの方が弱いかもしれない。
アカリが持ってきた酒は自分が飲んだぶんと、ぼくに差し出したぶんの二缶だけだったから、どっちも酔いやしなくてどっちが強いか、なんて確かめられやしないんだけどさ。
それから、ぼくらは寝るために同じベッドに入ったわけなんだけど、びっくりするくらい意識することはなかったな。
ドラマや漫画のセオリーをなぞるなら男の側が、つまりぼくがソファーで寝たりするものなんだろうけど、そんな必要がなかったのは幸いだった。
酔った勢いだとか、そんなんじゃないよ。
なんせ、ベッドが大きいからさ。お互いに隅に寄ればさして意識するようなもんでもなかったんだよ。
そもそも、ぼくにとってはこれが、数日ぶりのまともに寝具と呼べるもので寝た時間だったからかあっさりと睡眠に落ちることができたのも大きかったな。
実際、寝てみれば分かるけど、ニトリのベッドってのはそれはそれで、思ったより安らかに寝られるものでもなかったんだな。
寝具の問題じゃなくて、気持ちの所在の問題だし、単純にベッドのクオリティの差なのかもしれないけどさ。
「良い人生に最も必要なものは良い寝具だよ」なんて妹が言っていたことがあったけど、あながち間違いじゃないのかもしれない。
きみも、人生が上手くいかなくなったときには、とりあえず寝具にお金をかけてみるといいんじゃないかな。
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