第4話  共感



「係長が直行直帰になったからこれやっといて。じゃあ」

「えっ?」

「だから、係長ここに戻ってこないから。今日中に終わらせてから帰って」

「……はい」


(くっそぉ!? もう帰れるかと思ったのにクソ押しつけ残業かよっ!?)

(「……」)

(なぁ!? お前もヒドいと思わねぇ…… アイタぁ!?)

(「……痛いです」)


 脳に直接攻撃したような頭痛。ズキズキと頭の中を駆け巡るように痛みが増していく。


(おい…… こんな状況でさらに頭痛かよ……)

(「私だって痛いんです…… はぁ…… 痛いよぉ~ 痛ぃ~」)

(痛ぃ~ じゃねぇんだよっ!? あっ!? オラぁ!? アイタぁ!?)

(「大きな声で叫ばないで下さい…… 本当に痛いんです……」)

(どうやったらこの状況で、このクソ残業を片付けられるんだよ? これやらないと、お前だって休めないんだぞ?)

(「そんな事を言われても…… 私だって好きで頭痛を誘発させた訳じゃありません…… 体調が悪い日だってあるんです…… 」)

(……)


 もっと文句を言ってやりたい所だが、言った所でどうなる事もない。まずはこのクソ残業をとっとと終わらせて帰るのみだ。


(やるか…… はぁ……)

(「痛ぃ~ 痛いよぉ~ 」)

(……)

(「痛ぃ~ 痛いよぉ~ 」)


(「痛ぃ~ 痛いよぉ~ 」じゃね~んだよ!? オラぁ!? クソの役にも立たねぇなら黙ってろ!? あっ!?)

(「……」)


 大人しくなった俺の脳。だが勿論の事、頭痛は消えていない。そして俺の残業も消えてない。脳が完全に痛みに耐えるモードに移行したのか、頭が全く働かない。そのせいでPC入力を間違えること多数。


(くっそぉ…… 痛みが邪魔して入力すらおぼつかねぇ…… だがやるしかねぇ……)

(「……」)

(はぁ……)

(「……その」)

(……なんだよ。まだ帰れないぞ)

(「……ごめんなさい」)

(……)

(「……肝心な時に」)

(……いいよ。俺も悪かった。いきなり残業を押しつけられてイラついてたよ)

(「……すいません」)

(いいって。話すのも辛いんだろ? こっちに痛みを分けれるなら受け取ってやるから、よこせ)

(「……でも」)

(お前より頭痛には強いんだ。俺は脳そのものじゃないからな)

(「……」)


 すると多少ではあるが痛みが増す。遠慮しているようで、それ以上は痛みが増す事は無かった。一声かけてやろうかと思ったが、作業効率が落ちても互いの為にならないので、気合いを入れて一気にこなす。


(大丈夫か? 終わったから帰るぞ?)

(「……はぃ」)


 いつものような、やり取りが出来ず多少ではあるが困惑した。帰り際にスーパーに寄って食材の買い出しをしたかったが、俺の脳である彼女の事を考えて、夕食は自宅にある食材で作る事にした。


(パスタがあるな…… ペペロンチーノでいいか……)

(「ペペロンチーノっ!?」)

(うわっ!? いきなりテンション高っ!?)

(「早く作りましょう!」)

(……そういえば頭痛直ってるな)

(「そんな事はどうでもいいですからっ! 早く作りましょう!」)

(そんな事って…… まぁいいや。すぐ出来るぞ)

(「はいっ!」)


 これで鷹の爪が無かったり、オリーブオイルが無かったりして、俺の脳を落胆させる事もなく料理は無事終了する。ニンニクは多めに入れたかったのだが、明日も仕事なのでかなり控えめにした。


(じゃあ食べるか…… ビールあったけなぁ……)

(「お願いです…… コーラにして下さい…… お願いします……」)

(糖分が欲しいのか?)

(はいっ! 出来ればラムネ食べながらコーラ飲んで下さいっ!)

(ブドウ糖のオンパレードかよ……)


 ペペロンチーノを食べる前に、ラムネを食べながらコーラを飲む。まるで子供みたいな組み合わせに苦笑するも、彼女にとって大事な栄養分だと言い聞かせる。


(「ほんわぁ~ あんまぁ~ うんまぁ~」)

(お前、ラムネとコーラ好きだよなぁ)

(「あぁ~ これから私のところへやって来る糖分たち…… 約束された幸福…… 後に訪れるだろう多幸感…… あぁ……」)

(ちょっと多幸感とか止めてもらえますか?)

(「あっ!? オリーブオイルは増し増しでっ!」)

(お前、油好きだよなぁ)

(「油は記憶に残りますからね~! それと粉チーズはかけて食べる時と、かけないで食べる時と分けて食べて下さいっ!」)

(あっ…… あぁ……)

(「いただきましょう!」)

(あ…… はい…… いただきます……)


 そうしてようやくメインディッシュであるペペロンチーノに辿り着く。前菜はラムネだ。


(自分で言うのもなんだが、美味いな)

(「おいしいです! おいしいんですよ! おいしかったんですよ!」)

(まぁ、誰が作っても美味くなるだろうけどな)

(「油キター! 粉チーズきたー! 交互ですよ!? 交互っ!」)

(はいはい)


 食事だけは俺の脳である彼女と意気投合する事が多い。食事前にラムネとコーラの合わせ技はどうかと思うが、基本的には同調できる事が多い。俺は進んで甘い物を食べる訳でも無いが、甘い物が嫌いな訳でも無かった。


(食べたなぁ……)

(「食べましたねぇ……」)


 互いに満足し、後片付けから就寝までのプロセスを滞りなく終了させる。糖分補給や食事に満足したのか彼女はご満悦だった。


(明日の大会議さえ終われば、今週の仕事は終わりだ)

(「はい。頑張りましょう」)

(よし。じゃあ寝るか)

(「はい。お休みなさい」)

(おやすみ~)


(「……」)

(……)


(「……」)

(……)


(「……」)

(……)


(「……」)

(……)


(「……糖分が補給されて脳が活性化してきました」)

(えっ!?)


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る