第2話 因果
「で~ あるからして~ このコンプライアンスは~ ご覧の資料にある通り~ ルールを守って~」
時は夕方を遙かに超えて夜。伝説の会議が課長のもと行われている。案の定、課長の会議は恐ろしく長く、今回の会議では第一章から第十章まであるとのお達しだ。
(章分けに手書きの資料…… 課長は小説家を目指した方がいいな…… この会社の為にも……)
(「本当です」)
(だろ? ふぁ~ぁ…… 眠ぃ……)
(「眠いです」)
(……お前さ)
(「眠いので話しかけないで下さい」)
(オラぁ!? だから昨日言っただろっ!? 早く寝ようってさ!?)
(「……」)
「この~ コンプライアンスは~ コンプライアンスという~ コンプライアンスが為に~」
(課長の野郎…… コンプライアンスって言いたいだけだろ…… はぁ……)
(「……」)
もう限界なのか大人しくなった俺の脳である彼女。それに引き込まれるように、強烈な睡魔が俺の意識を奪ってゆく。いかんせん睡眠という三大欲求の一つは、完全に彼女が握っている。
(おい…… おまえ…… おいっ!? 起きろってっ!?)
(「むりです」)
(ちょっ!? マズいって! まだまだ会議あるんだぞ!? こんな所で寝落ちしたら、課長に何を言われるか分からん!)
(「ねむたい」)
旗色はかなり悪い状態へと移行する。だが反応はしてくれているのが幸いだ。これからかなりキツイ戦いにはなるが、会議終了までこいつとコミュニケーションを取る事を決意。
(昨日…… 遅くまで会話に付き合ってやっただろ? 今はお前も俺に付き合えよ)
(「彼女じゃありませんので、付き合えません」)
(……)
(「……」)
(……なぁ)
(「……なんでしょう」)
(目を覚まさないと…… 今夜…… 穢すぞ……)
(「なっ!?」)
(分かったか? 分かったな? よし。じゃあ生きるぞ)
(「もう一生飲まないって、昨日一緒の布団で互いを重ね、誓い合った仲じゃないですかっ!? あれは嘘だったんですかっ!?」)
(嘘も何もそんな誓いはしていない)
(「うぅ…… 身体だけが目的の淫獣に…… 騙され穢されただけ……」)
(淫獣はやめて下さい)
なんとも理不尽な二つ名が付いた俺ではあったが、内心ほくそ笑んでいた。何故なら、感情的になった彼女のおかげで、眠気が多少なりとも覚めてきたからだった。
(……)
(「うぅ…… うっ……」)
今夜行われるであろう、彼女に対しての仕打ちを想像しているのだろうか。先ほどから脳内で泣き続ける彼女。正直、鬱陶しい事この上なかったが、彼女が泣き続けている間は、俺の意識が落ちる事はないだろう。
そうして進む長い長い会議。進んでいるのか分からない程の進み具合とも言える。例えば徒歩では辛い距離を旅していたとしても、歩き続ければ目的の場所へ辿りつけるように、課長の会議もまた終着へ向かって歩き始めていた。
だが、それを邪魔するどころか回れ右させる悪魔のような存在が現れる。
「すいませ~ん。戻りました~」
「で~ あるからして~ ん? ……君は新人君。いま戻りかね?」
「はい!」
(お前が会議をバックレて、漫喫で時間を潰しているのは知ってるからな)
「まぁいい、座りたまえ大事な会議中だ…… え~ どこまでいったか、確か…… コンプライアンスの……」
「第九章の終わりにある、コンプライアンスの歴史についてです。課長」
「ん? そうか。え~ であるからして~ コンプライアンスの~ 歴史とは~」
(ナイス! 係長! 一気に第五章から第九章の終わりとワープ! 係長…… 俺はあなたに付いていきますよ……)
「コンプライアンスってなんすか?」
「ん? そうか。新人君は今来たばかりだからな…… どれ、大事な内容だから…… え~ 第四章のコンプライアンスの…… いや、結局は第四章のコンプライアンスは第一章のコンプライアンスに繋がってくるからなぁ…… よし、おさらいをしていく。それでは資料の第一章から。え~」
(くっそぉ!? せっかく第五章から第九章の終わりとワープしたのに、九章から一章へリターン!?)
そうして始まる長い長い旅路。俺はいつの間にか、コミュニケーションを取ってこない彼女の存在を失念していた。そしてそれこそが今回の敗因に繋がってゆく。
「で~ あるからして~ コンプライアンスは~」
(……)
(「……」)
「……君」
(……)
(「……」)
「聞いているのかねっ!?」
(ビクぅ!? あっ! やべぇ!? 寝落ちしてたぁ!?)
「すっ すいません!」
「全く…… 君は新人君を見習ったらどうかね?」
「ぷぷぷ」
(くっそぉ!? 新人の野郎!? ここぞって時に秘密をバラしてやっからなぁ!?)
「とても大事なコンプライアンスの話をしていたのだ…… え~ そうだな…… ここも途中になるといけないから…… 仕方がない、不出来な部下の為だからな。それではもう一度、第一章から説明する。え~」
(ギロっ!)
(うわぁ…… 係長めっちゃ睨んでるよ…… 本当にすいません……)
(「アホですね。寝落ちなんて、ふふっ」)
(んがぁ!?)
アホにアホ呼ばわりされて傷ついた俺は、絶対にこのクソ脳を穢してやろうと心に誓った日になったのであった。
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