第155話宰将の会議 其の三

 しばし各々の武器に見惚れていた五人だったが、アンネリーゼに小突かれて我に返ったザインが咳払いすることで正気に戻った。


 「コホン!では、次の話題に移ろうと思う。」

 「う、うむ。そうだな。確か…」

 「嬉しくも悩ましい相談、だな!」

 「…オラ、早くコイツを使いたいん痛ぁ!?」


 他の四人が切り替えていたことを蒸し返す所か、早く帰りたいなどと言い出したティトラムを黙らせたのは他でもない彼の妻クーファの鉄拳だった。何か言いたげなティトラムだったが、こめかみに青筋を浮かべながら貼り付けたような笑みで凄む妻には何も出来ないらしい。結局、何も言うことの無かったティトラムに、ザインは幾ばくかの同情と共感を得ていた。


 「何か失礼なことを考えていますよね?」

 「そんなことは、無いぞ。皆への相談とはズバリ、王子殿下の教育方針についてだ。」


 それまで妙に浮き足立っていた魔将達だが、話題が話題だけに顔を引き締める。皆が話しに集中していることを確認して、ザインは口を開いた。


 「王子殿下がお生まれになった事は知っているはずだ。そのこと自体は大変悦ばしいことだし、その気持ちは皆が同じだと思う。しかも魔王様の御子なのだから十中八九、我々よりもお強くなられるだろう。」

 「つまり、将来の魔王候補ということだな!」


 心から嬉しそうなシャルワズルは感慨深いのか何度も頷いている。彼が言いたい事はザインにも解る。実は魔族の歴史上、魔王が世襲したことは一度もないのだ。強者こそ正義である魔族において、魔王とは最強の称号。となれば魔王を殺せば次の魔王となれるので、魔王の元には頻繁に挑戦者が現れていた。そこで後継者が育ちきるまで撃退し続けた者は一人もおらず、敗れた魔王の親類は報復を恐れる新魔王によって尽く殺されるのも慣例であったそうだ。

 しかし、当代の魔王は事情が全く異なる。歴代の魔王の遺物を依代にした悪魔王であるセイツェルは異常な程に強い。それこそ、本来ならば彼一人で世界征服が可能な程に。しかも、本来ならば魔王の地位を狙える実力者が魔宰相や魔将という形で従っているので、セイツェルは歴代でも最も盤石な魔王なのである。


 「そうだ、シャルワズル。そうなると殿下には小さい時分から王となるためのお勉強をして頂きたい。」

 「あ?そんなんワレの領分やんけ。ワシらに一々意見聞く必要なんぞ無いやろ。」

 「そうだな!我々がご教授する必要があるならば、誠心誠意、教師役を務めるぞ!」


 シャルワズルの言に文句を言う者は一人もいない。つまり、魔将達に教師役への不満は無いようだ。それは好都合なのだが、ザインが意見を聞きたい事とは少しズレている。


 「ああ、言い方が悪かったか。皆に聞きたいのは殿下にどこで学んで頂くべきか、だ。」

 「む?どこ、とは?」

 「俺の故郷だった場所に大きな交易都市を建設する計画があることは前に言ったと思う。実はそこに大きな教育機関を設けるつもりなのだ。」

 「ほう!つまり、殿下にもそこで学んで頂くべきか否かの意見を聞きたいわけか!」

 「自分でも気が早いとは思うのだがな。」


 ザインは苦笑しつつ肯定した。その横でティトラムが初耳だとクーファに言っているが、またもや無言で殴られている。覚えていなかったのだから当然だろう。


 「改めて教育機関について説明しておこう。種族に関係なく学業に勤しめるようにする予定だが、反乱や革命の意図が無いかは厳しくチェックする。後の行政に使える人材や諜報員の育成なども行う、言わば未来への投資になるだろう。」

 「うむ。殿下が学ぶには良い環境ではないかな?」

 「ふん!魔王候補ともあろうお方がザコと連むんは感心出来んわ!」


 問題はここである。人間ならば王はしっかりした教養と人脈を持っていることが肝要で、個人の武勇が優れる必要は無い。しかし、魔族の王にとって重要なのは強さのみ。それ以外の要素は軽視されがちなのである。ウンガシュの意見こそ、大多数の魔族の見解であった。


 「これから先、『魔王』という称号を冠する者は単なる魔族の長では無くなる。魔王様の覇業が成就した時、それは世界を統べる者の意味を持つようになるからだ。ならば様々な種族の価値観や文化を学び、時間を共にすることで円滑な支配が可能になると俺は考えている。当然、殿下には腕っ節も鍛えていただくがな。」


 ザインの知識はアンネリーゼのそれを移したモノだが、これは闘技場での実体験に基づく意見だ。共に苦難を乗り越えて同じ釜の飯を食った仲間との間には、決して切れない強固な信頼が生まれる。これから先、長期的な支配を望むのであれば必要なことなのだ。

 しかし、これは同胞たる魔族を蔑ろにしていると受け取られる恐れがあるのも事実。補給部隊や諜報部隊など一部を除いて、これまでも、そしてこれからも魔王軍を構成するのは魔族である。魔王の戦力である彼らに不信感を抱かせるのは決して良いことではないのだ。


 「すぐに結論を出す必要は無い。だが、頭の片隅には置いておいてくれ。じゃあ今日はこれで解散しよう。集まってくれたこと、感謝する。」


 最後の議題は保留しつつ、魔宰相と魔将の会合は終わった。これまでに無かった後継者の育成という新たな問題に、魔将達は魔族も大きな変革を余儀無くされることを肌で感じている。これからは知勇併せ持つ者こそが尊ばれる時代がくるのだ、と。

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