第122話泥沼の攻城戦 其の四

 ムジクの隊が門を開けるのにほんの少し遅れて、副官の犬獣人が率いる部隊も門を開いた。そうなれば最後の門を守る兵士は獣人によって挟撃される形となったのですぐさま制圧されてしまうのは想像に難く無い。


 「これで門は全て開いたな。北門の損害は?」

 「重軽傷合わせて二百程ですが、運良く死者はおりません。ところで城下では獣将殿と配下の方々が戦っておられますが…加勢に行きますか?」

 「不要だ。何人か騎士もいるようだが、仮にも若手の精鋭があの程度の輩にやられる訳がない。それに、我らが手柄を奪っては志気に関わる。都市の制圧は獣将殿に任せて城壁の完全制圧と同胞の解放に回るぞ。」

 「了解!」


 同胞の解放というワードに副官は背筋を正す。この戦争の大儀であり最大の目的を果たすべく、彼は部隊の再編に移るのだった。




 戦争において片方にとって上手く事が運ぶということは、もう片方にとって不都合なことが起こっているということである。マッカ子爵の下に獣人の侵入と城壁制圧の報告が届いたのは、屋敷に向かって進撃する獣人とそれを阻止しようとする兵士の怒号が聞こえる段になってからだった。


 「ど、どうなさる!?」

 「ここまで来るのも時間の問題だ!即刻脱出せねば!」


 マッカ子爵の前で騒いでいるのは、私兵を率いてファーナムに馳せ参じた辺境諸侯だ。彼らは王国と自分の領土を守るためにやってきた援軍である。ただ、彼らは堅牢な城壁を突破された上に己の命まで危険に晒されるなど想像もしていなかった。それ故に顔面蒼白となって怯え、狼狽えていたのである。


 「マッカ子爵!脱出路などはありませぬか!?このままでは…」

 「秘密の地下道がございます。皆様はそこを通ってお逃げ下さい。」

 「し、子爵は残るおつもりか!?」


 脱出路があることは行幸だが、当の子爵は逃げないらしい。そのことに諸侯は一様に動揺を露わにした。王国への忠誠心に篤い人格者である子爵は諸侯にとって頼れる友人だ。そんな彼を残してハイそうですかと言える恥知らずは流石にいなかった。


 「私は領主として残らねばなりません。その代わりと言っては何ですが、息子夫婦と孫達を共に逃がして貰いたい。我が家の血を絶やしたくはありませんからな。」


 子爵は万が一の場合についてすでに息子と話をしている。故に彼は子爵が残ると言い出した時も落ち着いていられたのだ。この場に二人が前々から想定していた事に気付かない者は誰一人いなかった。


 「承知した。御子息とマッカ家の血は我らが守ると誓おう。」

 「有り難う御座います。」


 それだけ言うと貴族達は悔しげに顔を歪めながら子爵の息子に先導されて地下道に向かう。そんな彼らを子爵はどこか諦めたような笑顔でただ見送るだけであった。




 獣将の配下である若い獣人達が子爵の屋敷に突入したのは、諸侯が脱出した数分後であった。使用人や護衛の兵士を悉く拘束ないし無力化した後、彼らは子爵の書斎に乗り込んだ。


 「マッカ子爵だな。」

 「…下等な獣風情が。我が家名を口にするな。」


 子爵は底冷えするような冷たい声で呟くと同時に魔術を放つ。掌から放たれた氷の礫はそれなりに強力だが、獣人を殺しうる威力に達してはいない。しかも抵抗を予想していた獣人達は魔術を回避しつつ子爵を取り押さえて拘束した。


 「ぐっ!触るな!汚らわしい!」

 「勘違いされては困るな。獣将閣下は生け捕りにせよと仰ったが、無傷でとは聞いていない。」

 「あぐっ、ぎぃっ!」


 そう言って部隊のリーダーらしき虎獣人の若者は、容赦なく子爵の肩に鋭い爪をゆっくりと刺す。動脈を避けたので血こそあまりながれなかったが、深々と突き刺さった爪は肉と共に骨をもゴリゴリと削った。


 「ほう。意外と耐えるな。だが暴れられると面倒だ。しばらく寝てろ。」


 肩が燃えるような激痛に耐えて声を努めて声を上げなかった子爵であったが、額に当てられた獣人の掌から伝わった魔力の衝撃波で脳震盪を起こして気絶した。これを以て獣人によるファーナム占拠は完了したのだった。

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