第90話再会の蟲将 其の一
結局、アメシスのことはアンネリーゼが面倒をみる事になった。とは言え、彼女が直接世話をする事は出来ないので、ザインの様にアメシスにも使い魔を付けるのだという。一般常識と学業を教えつつ、能力の把握に努めるつもりらしい。随分とご執心のようだ。
「アメシス、次に会うときには竜らしい姿になっておいてくれよ?」
『竜…らしい?』
「何を言っているのですか。アメシスは今のままでいいのです。」
アンネリーゼはこう言うが、ザインにも考えあっての発言だ。アメシスの容姿は、はっきり言って醜い。変色した死肉の塊なのだから当然だ。これを見ておぞましいと感じないのはアンネリーゼくらいのものだろう。彼女がアメシスをどう育てるつもりかは知らないが、そのままではどこへ行っても忌み嫌われるに決まっている。故にザインはこればっかりは退く訳にはいかなかった。
「竜ってのは堅い鱗と甲殻に全身を守られ、天を突く角を生やし、自在に空を飛び回って外敵を息吹で排除するこの世で最強の呼び声高い魔族だ。お前もその一員となったからには、それに相応しい姿ってのがあるはずだ。」
『うろこ…つの…。』
「ザイン、失望させないで下さい。他の誰がどう思おうが関係ありません。アメシスはアメシス。このままで良いのです。」
『私は、私?』
自我を持ったばかりのアメシスはまだ子供だ。故にまだザインとアンネリーゼがどうして言い争っているのかはよくわからない。しかし、その原因が自分であることは理解出来た。
「アンリはそれで良いかもしれない。けどそれじゃあこの子は人前に出られないだろ?」
「どうして他者の目を気にする必要があるんですか。」
「それは!」
「だから!」
『ふぇぇ。け、喧嘩しないでぇ。こ、怖いよぅ。』
徐々にヒートアップしていく二人に、アメシスはすっかり怯えてしまった。両者とも己の愚かさを恥じ、気まずそうに謝罪する。
「すまん。熱くなっていたようだ。」
「こちらこそ。貴方の言葉にも聞くべき所があったというのに…。」
『もう、怒って無い?』
「ええ。怖がらせてごめんね。」
アンネリーゼの慈愛の籠もった声がノミから発せられるのはかなりシュールな筈だが、それに動じない辺りザインの感覚も相当麻痺している。
ただ、事態は思ったより急速に動いているようだ。ザインは洞窟に近付いてくる相当数の一団を感知した。おそらく、アメシスの咆哮が研究所まで届いたのだろう。
「とにかく、外に出よう。俺達なんかよりよっぽど怖い兵隊さんが来るぞ。」
『怖いの?』
「大丈夫!アメシスの方がずっと強いのだから安心して?」
「お前たちは逃げることだけを考えておけ。いいな?」
ザインが先導して洞窟から出た一行の前に、新たな一団が待っていた。彼らは人間の兵士だけで構成された騎兵の小隊であった。
洞窟の方向から聞こえてきた魔獣の雄叫びを放置しておくことは流石に出来なかった。死肉の匂いに誘われて魔王領から魔獣がやってきたことが過去にもあったからだ。ちょうど研究者が廃棄物の処理に出ていたので彼らの安全確認も兼ねて即時展開出来る騎兵がやってきたのである。
しかし洞窟前まで来てみれば、護衛の兵士は片方が殺害され、もう一人は脚を折られた上に訳の分からないことをまくし立てる。彼らの予想だにしなかった本格的な問題が起きているようだ。騎兵達が錬金術師達の救出のために自分達も内部に入るべきか相談していた丁度その時にザインたちが出てきたのである。
「ひっ…!こ、コイツだ!コイツが相棒と俺の脚をやりやがったんだ!」
「りゅ、竜だと!?」
「勝てる訳がない!撤退だ!」
騎兵たちは脚を骨折した兵士を乗せて脱兎の如く逃げ出した。ザインとしてはもう気が済んだし他の狙いもあったのでそのまま捨て置くつもりだった。
「ぐわぁっ!」
「がふっ!?」
しかし、突如として上空から飛来した漆黒の槍が逃亡を許さなかった。分厚い甲冑ごと下の馬まで貫いた独特の光沢を放つ槍に、ザインは見覚えがあると同時に懐かしさを感じた。
「ケグンダートさん!」
「ザイン!やはり汝であったか!」
地上に降り立ったケグンダートは、ザインと固い握手を交わす。互いに互いを恩人として信頼する二人の十年ぶりの再会であった。
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