第76話翠玉の姫 其の三

 ザインがルルを観察した結果、彼女から妙な気配が垂れ流されているのに気が付いた。その正体が判りかねるザインだったが、部屋の隅に立てていたファルゼルが障気となって一息に腰へと飛んで来る。そのまま剣に戻るとその気配について語ってくれた。


 「主ヨ。アノ小娘ハ常時精霊魔術ニヨッテ周囲ニ干渉シテイルヨウデスゾ。」

 「何?どういうことだ?」

 「精霊ガ小娘ノ周囲ニ集マリ、範囲内ノ意思アル者ノ無意識ニ、小娘ハ敵デハナイト呼ビ掛ケテイル模様デス。」

 「何でそんなことが解る?お前、精霊魔術なんて使えたのか?」

 「イエ、我ハ精神生命体。ソレハ精霊ヤ妖精ト本質的ニ同ジデス。故ニ精霊ノ働キヲ感ジトル事ガ出来ルノデス。」

 「へぇ。面白いな。」


 精霊魔術はエルフなど限られた種族にしか使えない。それは精霊と魔力を通じて語らうことが出来る種族しか使えないからだ。故に魔術の天才であるアンネリーゼでも精霊魔術を使うことは不可能である。そんな精霊魔術を見抜けるファルゼルの存在価値は非常に高い。どうやらザインは思った以上に面白い拾い物をしたようだ。


 「け、剣が喋った…それにこの邪悪な感じ…!オマエ!何て危険な物を持ち込んでるんだ!」

 「五月蝿い。キーキー喚くな。」

 「然リ。我ハ主ノ剣。我ガ我ノ意思デ何カヲ為ス事ハ無イ。安心セヨ、羽虫。」

 「こ、こんな化け物を手懐けてるだって…?っていうかさり気なく馬鹿にしたな!?」


 喧しいがこの妖精は目端が利くようである。貧弱な見た目で侮っていたことを反省しながらザインはいつまでもブケファラスと戯れるルルに声を掛けた。


 「なあ。何時までそうしているつもりだ?時間も遅いんだ、そろそろ出て行って貰えないか?」

 「ふぇ!?あ!そ、そうですね!あ、あのぅ…また来てもいいですか?」

 「…ああ。その時は忍び込んだりしないでくれよ?」

 「はうっ!解ってますよぅ…。」


 ルルは涙を浮かべてこそいないものの、またもや俯いてしまった。すぐに落ち込む彼女に辟易しつつも、ヤー族の姫ならばぞんざいに扱うことは出来ない。立場的にもそうだが、なによりも彼女は『四天剣』の一人、アル・デト・ヤーの主筋に当たるのだから。

 ザインは捕まえていた妖精を放してやると、自分の荷物を漁った。そして目的の物を見つけると、それをルルに差し出した。


 「ほら。これをやるからそんなに暗い顔をするな。こっちが滅入っちまう。」

 「綺麗…。これは?」

 「この前俺が討伐したグリフォンの羽根だ。」


 ザインが差し出したのはグリフォン亜種の美しい翡翠色の羽根であった。片翼と毛皮はドワーフ王にくれてやったが、羽根を何本か記念にとっておいたのだ。

 宝石のような輝きすら放つ羽根にルルは思わず見とれてしまった。彼女はただでさえ大きな眼をさらに見開いて羽根を見ている。その瞳の色は、羽根とよく似た緑色をしていた。


 「た、大切にします!お邪魔しましたっ!」

 「ああ!ちょっと待ってよ!ルル!」


 惚けるように見入っていた事が恥ずかしかったのか、ルルは顔を真っ赤にして部屋から出て行った。そんな彼女を妖精が慌てて追いかけていく。こうして招かれざる客は帰って行った。

 静かになった部屋で、ザインはファルゼルを腰から外して壁に立て掛けるとハンモックに横たわった。ブケファラスが甘えてくるかと思ったが、ルルと遊び疲れたのかグッスリと眠っている。そのことに一抹の寂しさを覚えながらも、ザインは虚空に向かって声を発した。


 「アンリ、話せるか?」

 「ええ。王国に大きな動きはありませんよ。強いて言えば新たな税を課する会議が開かれたくらいですね。」

 「へぇ?そりゃまた何で?」


 王国は獣人を始めとする亜人の戦争奴隷を酷使することで莫大な富を得た。それはこれまでの税率でも国庫を潤し、王国の王侯貴族の力は大きく増したのだ。

 今でも十二分に蓄財しているはずなのだが、国民からさらに搾り取るのは一体どういう訳からなのか。しかし、アンネリーゼの口から出た理由は単純明快にしてザインを呆れさせるに足る内容であった。


 「戦費に充てるんですよ。国王を始めに、上層部は未だに大陸中央部の征服を諦めていないようです。」

 「そりゃまた懲りない連中だな。」

 「まあ、それでも軍を起こすのは今すぐという訳には行きませんが。それに王国の悲願は大陸の征服です。エルフとドワーフを支配下に置く目的も来るべき魔王並びに帝国との決戦の為なのですよ?」

 「…正気か?」

 「領土的野心を満たす戦力があるなら使いたくなるのが王族というものです。なまじ我が国は国民を養うに十分な作物を自給できるので、外征する余裕があるのが問題ですね。全く、愚かなことです。」

 「今の内にこの世の春を謳歌させとけばいいさ。他人様の物を壊すなら、大きくて立派な方が気分がいいからな。」


 ザインはそう言って獰猛な笑みを浮かべる。その狂気すら感じられる表情に、ファルゼルは無いはずの背筋が凍り付くような恐怖を憶え、アンネリーゼは満足げにクスクスと笑った。

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