第68話友誼の証 其の一

 ザインが案内されたのは、昨日よりも二周り以上大きい大部屋であった。部屋の円卓には昨日は見ていない顔ぶれが揃っていた。国王、宰相そして元帥の三人だけではない国の重鎮が勢揃いしていると思われる。

 しかし、ザインの目を引いたのはこの場にいた一人のエルフであった。そしてその髭のエルフが妙に親しげな視線をザインに送っているのも気になって仕方がない。ザインが与えられた席に座ると早速会議が始まった。


 「諸君、よく集まってくれた。これから行われる会議は、十中八九、我が国とエルフの方々の行く末を左右することになる。それを踏まえた上で積極的に意見を出してもらいたい。」


 ドワーフ王の最初の一言で会議の場は静まり返った。見た目が人間そのものであるザインが入室した時の浮ついた空気は一瞬で吹き飛び、今は咳払い一つ許されないほどピリついている。

 この場に集まった者に今日の会議の重要性が伝わったことを確信した王は宰相に目配せする。彼が会議の進行役と言うことだろう。


 「ではまずはご紹介致しましょう。彼は我々の生活圏を脅かしておりましたグリフォンを討伐したザイン・ルクス・リュアス殿です。」

 「なんと!」

 「あのグリフォンを…」

 「しかし人間では…」


 宰相の他個紹介で会議室は騒然となった。恩を重んじるドワーフの社会において、ザインの功績は十分恩義に感じるべきだ。しかし、彼の外見は人間そのものである。彼らの微妙な心境は想像に難くない。


 「静粛に。皆様、彼は人間ではございません。人竜という種族です。リュアス殿、お願い出来ますかな?」

 「いいだろう。」


 ザインは服を脱いで上半身を露わにすると、人間の擬似表皮を破ってその本性を見せ付ける。まさに竜そのものの姿にその場の全員が息を飲んだ。表情に出さなかったのは王だけである。


 「これでいいか?」

 「え、ええ。有り難う御座います。」


 宰相はすぐにポーカーフェイスを取り繕うが、浮かんでいる冷や汗は隠しきれない。それでも彼は会議を進めるべく口を動かした。


 「まずは発起人であるエルフ族大使、ムル・デル・クゥ殿からこの会議の主旨について説明して頂きます。」


 宰相の言葉に呼応して、この場で唯一のエルフが立ち上がる。そして円卓に座る者達を眺めてから徐に口を開いた。


 「ムル・デル・クゥで御座います。まず最初に申し上げるが、来るべきダーヴィフェルト王国における内乱において、我々エルフはリュアス殿を全力で支援7する事をここに宣言する。」

 「…は?」

 「なんだと!?」

 「内乱?どういうことだ?」


 事前に話を聞いていた三人を除いた全員が困惑していた。その中には当然ザインも含まれている。エルフの知己は闘技場の仲間しかおらず、彼らは外と接触出来ない状態にあるのでザインを知っているエルフなどいるはずがないのだ。

 ザインの困惑を察したエルフ、ムルはにこやかに笑ってみせた。初対面の彼がなぜか自分の肩を持つことを警戒せずにはいられない。そんなザインの内心を知ってか知らずか、ムルは言いたいことは終わったとばかりに席に着いた。


 「静粛に願います。ここにおられるリュアス殿の目的こそ、ダーヴィフェルト王国の崩壊。エルフ族の意向は先のクゥ殿の仰った通り。本日の会議は我らドワーフがその内乱に加担するか否かを決定することが目的であります。」


 宰相の一言から会議は紛糾した。ザインへの協力賛成派と反対派は五分五分である。賛成派が思ったより多いのは、ムルの影響だろう。ここで断ることは、エルフ族との関係が拗れることになるからだ。さらに西側の脅威が去り、奴隷にされた同胞の救出にもなると考えれば賛成したくもなるだろう。この場に血縁者か友人を戦争で失っていない者などいないのだから。

 しかし、反対派も決してその意見を変えようとはしない。グリフォンを殺せる武勇があっても、それは個人の能力に過ぎない。国を相手に戦えるのはごく少数の例外を除けば国だけだからだ。そしてエルフ族が協力するというのも、まだムルの言葉でしかない。本国がその決断を否定する可能性は高いのだ。

 賛成派と反対派の意見はどこまで行っても平行線で遅々として進まない。業を煮やしたドワーフ王は片手を挙げて皆を黙らせると、ザインを真っ直ぐ見据えて問うた。


 「ザイン・ルクス・リュアス殿。貴殿は我らに何をお望みか。」

 「俺が内乱を起こしたその時は…」


 騒々しかった会議室が静寂に包まれ、全員の視線がザインに集まる。緊張から生唾を飲む音が隣に聞こえるほどだ。


 「特に何もしなくて良い。」

 「「「はぁ?」」」


 ザインの素顔を見ても動じなかったドワーフ王すら、間抜け面をさらして口を開けっ放しにしていた。

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