第27話紅玉の姫 其の一

 指定された時間に闘技場に王宮からの使いがやってきた。立派な馬車で迎えに来た彼らは王宮の使用人なのだそうだ。迎えの馬車は王宮では決して特別な物ではないが、一般的な乗合馬車と比較すれば天と地ほど差がある。国民の血税はこういう所に消えてゆくのか、とロクに税金など払ったことのないザインがひとりごちた。

 見た目よりも広い馬車であるが、国王への謁見用の武装をしたザインにとってはそれでも手狭に感じてしまう。しかも同乗する者の冷ややかな、あるいは品定めするような遠慮のない視線に晒されているので落ち着かない。

 その原因は王宮の使用人は軒並み家督を継げなかった貴族の子息や子女で構成されているからだ。そんな彼らが平民のザインに礼を尽くさねばならないことでプライドを傷付けたのである。ザインからすればとんだとばっちりでしかない。

 使用人たちの無遠慮な視線と慇懃無礼な態度に辟易して逃げ出したいと思い始めた頃、馬車は目的地に到着した。案内されるがままに控え室らしき場所に連れ込まれると、そこには背筋のいい老紳士が待っていた。彼は王宮の使用人をまとめ上げる家令で、謁見時の礼儀作法を懇切丁寧に教えてくれた。一通りザインが様になったと判断した彼は真剣な顔で忠告した。

 内容を要約すると今日は各方面の騎士団長も集めた大々的な式になるらしく、国王がザインに何をさせるつもりかは不明だが呉々も注意を怠るな、と言うことであった。詳しい事情を聞く前に式が始まってザインは呼び出されたので、家令の老紳士に礼を述べつつ、ザインは復讐の障害となり得る者達の顔を見てやろうと気合いを入れた。




 謁見の間へ続く荘厳な扉の向こうから何か大きな声がしたかと思うと、二人の衛兵が息のあったタイミングで開く。ザインは教わった通りに堂々と絨毯の上を歩き、王の御前に跪いた。

 左右に控える大臣たちや騎士団長たちの反応は大別して二種類だ。軽蔑と観察である。優雅さに欠けるザインの立ち振る舞いを見下す者と、跪いてなお隙のない彼に興味を抱く者。ザインにとって厄介なのが後者であるのは言うまでもないだろう。

 国王はゆっくりと立ち上がると口上を述べながら儀礼用の華美な剣でザインの肩を叩く。これでザインは騎士に任命されたのだが、そこで目にした物で彼は激昂して剣に手を掛けそうになった。


 (ルクス…!)


 国王の剣と玉座にはあの日勇者の仲間がえぐり取ったルクスの眼球、世界で最も美しいとされる竜玉が埋め込まれているのだ。ルクスを殺された無念がぶり返したが、鋼の自制心で激情を抑え込む。そして復讐リストに国王の名を密かに追加した。


 「それでは騎士ザイン・リュアスは空席であった巡視騎士を任命することとする。異論のある者はおるか?」


 玉座に座った国王の爆弾発言にその場は緊張に包まれる。巡視騎士が何なのかを知らないザインは何が何やらサッパリだが、嫌な予感だけはヒシヒシと感じ取っていた。


 「陛下、お待ち下さい。巡視騎士は経験の浅い者には荷が勝ちすぎるのではないでしょうか。」


 国王に反論したのはパルトロウ侯爵であった。しかし彼は国王とこの陰謀を企てた本人の発言であり、つまりは茶番である。


 「卿の心配は余も心得ておる。しかしこの者が一般的な騎士よりも遥かに強いことは言うまでもなかろう。巡視騎士は何よりも強者でなければ務まらぬ。」

 「陛下のご慧眼、恐れ入りました。臣の浅はかな言、お許し下さい。」

 「許す。他に余に何か申したい者はおらぬか?」


 国王はパルトロウ侯爵の謝罪に鷹揚に頷くと、並び居る臣下たちを見回す。全員に発言する意図が無いことを確認すると、国王はもう一度立ち上がって宣言した。


 「よろしい!騎士ザイン・リュアス!貴公の働き期待しておるぞ!」

 「…畏れ多いお言葉でございます。微力ながら粉骨砕身の思いで職務に励む所存でございます。」


 こうして、ザインの任命式はつつがなく終了した。謁見の間から退出した後は新居を探す予定であったのだが、王宮の廊下で一人のフードを目深に被った怪しい老人に声をかけられた。


 「お主がザイン・リュアスじゃな?」

 「そうですが、貴方は?」

 「小生はマグボルト・ユーランセン。王宮魔術師じゃよ。お主に少ぅし用があるのじゃが、付き合ってくれるな?」


 なんと老人は王宮魔術師、つまりこの国で最も権威ある魔術師ということだ。ザインはそんな大物に声を掛けられて返答に困ったが、相手の心象を悪くしないために即答した。


 「もちろんです。ユーランセン様。」

 「では付いてくるが良い。」


 後にザインはこの時にユーランセンの誘いに乗らなければ復讐を成就出来なかったに違いないと語る。しかしその時の彼は面倒が続いて苛立っていたので、正直なところ何を言われようが丁重にお断りしようと思っていた。

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