29-③
第二体育館で行われていたバドミントンと卓球のトーナメントが終了した。優勝は、どちらの競技も3年生のチームだ。
残念ながら2年B組のバドミントンは早々とトーナメントから敗退し、卓球は準々決勝までいったが勝ち星の数で敗北した。ちなみに、熊谷は全勝していた。
だが、2年B組男子バレーボールの戦果は正に快進撃としか言えない白星の乱舞だった。
読人という帰宅部の補欠加入でどうなるかと思いきや、敵からもノーマークだったのか上手い具合に黒子役で動いて場を攪乱していたのである。
次々と格上を打ち負かし、例年は3年生のみで占められるトーナメント準決勝に2年生で唯一の進出を果たしたのだ。
「あと二回勝てば優勝だぞ! このまま行けんじゃね」
「2年の優勝は8年ぶりだって。こうなったら、行けるところまで行っちゃお!」
「やろうぜ黒文字。亡き西田のためにも」
「いや、死んでいないよね。保健室にいるだけだよね!」
救急車を呼ぶ事態にまでには至らなかったようである。
「みんなー、小杉先生から差し入れを頂いたよ」
「差し入れ? 何、何?」
「スポドリが良いな~」
「無問鯛のたい焼き。6月限定のヨーグルトクリームの」
「よりにもよって全部ハズレフレーバーかよ!」
「空気読め薄杉!」
6月限定ヨーグルトクリームたい焼きは、ヨーグルト風味がただ酸っぱいだけで皮と合わない。ハズレだとみんな口々に言っていたのに、担任教師はそれを四十個も差し入れして来た。せめて普通の小倉にしろ、もしくはカスタードクリーム。これが先月のプリンたい焼きだったら良かったのに!
試合の合間に教室でぎゃーぎゃーとみんなで騒ぐ光景は、正に高校生の一
まさか、ここまで来られると思っていなかった。それを一番実感しているのは、イレギュラー介入した補欠こと読人である。
球技大会で優勝しても何も商品は出ない。与えられるのは、生徒会が作成した賞状が一枚だけだ。
その賞状が欲しい訳ではない。だが、勝てるなら勝ちたい。楽しめるなら、楽しまなければ損だ。
チャンスがあるならば、飛び込んで跳ね上がって掴み取らねばならぬのだ。
「あと二勝! 行くぞ、2B!」
「おおー!」
クラスみんなで円陣を組んで活を入れ、ぞろぞろと揃って第一体育館へと向かった。
「そう言えばよ、読人」
「何、マサ?」
「竹原に選んでもらったヘアピンはどうした? 何でちょんまげに」
「試合中に壊れたりしたらいけないと思って。大切な物だから」
「……可愛いな、お前」
「え、気持ち悪い」
「引くな」
苺柄のちょんまげを引っ張ると、わざとらしく「ぎゃー」と声を上げた。
教室はもぬけの殻となる。誰もいない教室は静寂の極みであったが、しばらくすると読人の机からゴトゴト音を立てて火衣が這い出て来て大きく欠伸をした。球技大会に興味なかったので、今までずっと寝ていたのである。
『ふわぁ~……あー、まだ球技大会終わっていないのか? お、たい焼き発見!』
学校行事の最中なので、『竹取物語』の【本】は机の中だ。
起き抜けで腹ペコのハリネズミは、教卓に置きっぱなしになっている『無問鯛』の袋を発見して飛びついた。勝手にゴソゴソと袋に頭を突っ込むと、ヨーグルトたい焼きを貪り食った。
『んー……やっぱり、今月はハズレだな。中のクリームが酸っぱいだけだ』
それでも、たい焼きを二個頭から尻尾までしっかり完食した。お腹がいっぱいになれば喉が渇くので、読人の財布から勝手に小銭を拝借し、飲み物を買いに教室を出る。
生徒はみんな第一体育館へ集まってバレーボールの試合を観戦していると思った。誰もいないからハリネズミが堂々と廊下を闊歩しようかと思っていたら、廊下に這い蹲ってスマートフォンの画面を凝視していた不審者と遭遇してしまった。
「うーぬ……やはり制服姿のずーさーも欲しい。あいつ、オレンジずーさーが納得しない可能性が高いでござる」
『……』
『っ! ハ、ハリネズミ?! なんで高校の廊下のど真ん中にハリネズミが……? バレた? 拙者の存在バレた? いや、今の拙者、透明マントでスケスケの透明だからバレるはずがな……』
『何モンだお前ーー!!』
「バレたーー!? ってか、キエェーー!? ハリネズミがシャベッターー?」
火衣の目にはしっかり見えていた。草臥れて黄ばみつつある白いランニングシャツと、これまたヨレヨレのトランクス姿の中年男性の姿がしっかりと見えていたのだ。
『逆式見えない服』によって透明になっているはずだった。馬鹿には見えない……が、人間に見られることは想定していても、動物に見られることは想定も想像もしていなかった。つまり、動物には『逆式見えない服』もとい透明マントは無効なのだ!
想像力の欠如である!
どんな硬い物でも切れる!と創造した剣が、こんにゃく等の柔らかい物に対しての切れ味を設定していなかったため切れない!となったのと同じである。
創造には設定が大事なのだ。
動物に透明マントは無効。火衣には効かない。リアルな姿は下着姿だ……だって、見えない服を着ているのだから。
火衣に看破された不審者は跳ねるように起き上がり逃走。ずーさーの写真が保存されたスマートフォンは死守しながら。
「アレェーー?! バグった? バグった?? もしかして拙者透明じゃなくなってる? ヤッバい! タイーホされたら社会的な死! そんな覚悟していない! バクってますか? もしもーし!!」
『っ、あいつ【本】を持ってやがる。【読み手】か!』
「ちょっとした出来心だったのよ……まだ見ぬ推しの別な一面を見るために、ちょーっと生写真を撮りたかっただけなのよ!! 別にパンチラとか女子更衣室の写真とか撮ってナイヨー! 健康的なTシャツ姿のずーさーだけよ! ブラの紐チラも浮き出る背後だって撮っていないでち! 制服姿は欲しいけど!」
『不審者兼変質者だーー!!』
スマートフォンに話しかけるが如く、懐から取り出した『裸の王様』の【本】に話しかける不審者。【読み手】
確定、【本】の能力による侵入と火衣が確信する。
だが、創造された火鼠の衣だけでは【本】を閉じることができないし、不審者を通報することはできない。
火衣には無効だが、人間にはしっかりと透明化が効いている。不審者の姿は見えず、教員がいる教室の前をダッシュで通り過ぎても姿を確認されなかった。
『読人ーー!』
火衣は踵を返して第一体育館へ向かった。
しかし、現在のバレーボールトーナメントは盛り上がりの最高潮にあった。放送部によるバレーボール決勝出場選手の紹介コールが行われていたのだ。
『2Bの司令塔兼経験者! いつも弦を弾くけど、今日は敵の攻撃を弾きまくれ元バレーボール部現軽音楽部!
『相方・西田がまさかの負傷退場! 奴の分まで跳べよ182cmバスケ部!
『お前、その名前でサッカー部かよ! せめてGK……え、FW?
『ご存知! サッカー部の仕事人にして期末も中間も学年1位! そして料理男子ってどんだけ属性盛るんだよ! 浜名洸輔!』
『身長185cm! 体重92kg! 柔道部の筋肉から放たれるアタックは最早特大バズーカ砲! 何かプロレスのコールみたいになりました! 松元正美!』
『前髪の下はそんな顔してたんだな! 急遽徴兵! ダークホースとなるかちょんまげの補欠! 黒文字読人!』
『2年生が8年ぶりの決勝進出! 球技大会の歴史に名を刻め!! 2年B組ぃぃぃ!!』
決勝に進出しちゃっていた。
『……嘘だろ、決勝まで行ってやがる』
試合開始のホイッスルが吹かれた。読人はコートのど真ん中……連れ出すのは無理だ。
ならばと観客のギャラリーを見回せば、黄緑色のクラスTシャツと見覚えのある背格好を発見。
『夏月!』
「えっ、火衣君? なんで出て来ちゃったの?」
『すまん夏月。校内に不審者の【読み手】が侵入している!』
「えっ!?」
周囲はコートで行われている試合に夢中で、夏月の肩に登ってきた火衣に気付いていない。
こっそりと生徒の群れを抜けた夏月は、ポケットの中の『燕が産んだ子安貝』を手に廊下を駆け出した。
『不審者は下着姿の中年だ!』
「変質者だ!」
『どんな【本】かは分からないが、あんなに堂々と闊歩しているのに教師たちは気付いていない』
「それって……」
『いたぞ!』
「え、どこ?」
二階へ上がる階段の踊り場に駆け込む下着姿の不審者発見。だが、やはり見えているのは火衣だけだ。
踊り場で脚を止めた夏月には誰も見えていない。本当は、二時の方角にあと一歩踏み出せば正面衝突しそうなほどの近距離に奴がいた。
『あっぶねーー! あれ、このJKはずーさーがセンパイと呼んでいた……』
『夏月、2時の方角を薙げ!』
「はい!」
「ギャーーー?!!」
火衣の指示で薙刀を振るえばジャストな位置に不審者がいて悲鳴が上がった。スレスレで避けたが、少しタイミングが遅かったらしっかり斬られていた……そのまま斬られれば良かったのに。
JKが真剣の薙刀を手にして、しかもいきなり斬られたのに仰天した不審者は階段から滑り落ちるかの如く階段を駆け下りた。逃げた姿も見えない夏月は、火衣に言われるがまま階段を下りて真っ直ぐ伸びる廊下に出る。
『奴は一直線に逃走している』
「火衣君には見えて、私には見えない……火衣君、不審者の脚の速さは?」
『遅い!』
「なら、一か八か! 飛んで! 燕の産んだ子安貝!」
薙刀が燕の姿に変化すると、透明な不審者を追って飛翔する。
真っ直ぐ伸びたこの廊下は、突き当たりで左折するしかない。つまり、透明な不審者の行き先は左折した廊下であること確定している。
燕を飛翔させた夏月は、廊下に面している中庭に飛び出した。校舎の中央にある中庭を対角線上に突っ切れば、不審者が左折する廊下までショートカットすることができるのだ。
幸いにも不審者の逃げ足は遅い。体育会系サークルに現役で所属している女子高生の脚でも追い付ける速度だ。
本人は、真剣に必死に逃げているのだが。
『駄目だ駄目だ駄目だ! こんなところで人生終了する訳にはいかない! まだ、ななまどを推していたい! 彼女が頑張る姿をもっともっと見ていたい! 拙者は! ななまどに救われたから!』
走馬灯のように想い出が蘇る。忘れもしない、推しが配信でコメントを読み上げてくれた日のことを。
「HN:エイトさん。「ずっとクズと言われ続けていたろくでもない人生でしたが、ななまどに出会ってから人生が変わりました。ななまどが頑張る姿を目にする毎日が楽しいです。これからも、ずっとずっとファンでいます。どんなななまども一生応援し続けます」……え、こんな……、待って。待って、嬉しすぎて……エイトさん、どうもありがとうございます!」
どんなななまども推し続ける誓いを交わした。だから、甘々ロリータできゃるーん☆アイドルなななまどを拝みたいのである。そのためにはずーさーの写真が必要だ。
反省の念など一切ない!
ななまどの笑顔を想い出しては目頭が熱くなる。あれ、涙?汗?それとも涎?何の液体か判別できないが、潤んでよく見えなくなった目に映ったのは、不審者を追い越した燕。と、中庭を突っ切って先回りに成功した夏月。
燕は夏月の手に飛び込んでくると、一瞬で美しい薙刀へと変化する。透明で見えないが、荒い呼吸音と湿ってベタベタする足音は聞こえていた。
「胴!」
「イヤーー!!」
「手応えあり!」
またスレスレで避けた。が、薙刀の刃は服を掠っていた。
『裸の王様』で創造された能力である以上、透明マントは“服”である。当然、刃物で切れる。
掠った胴体から解れ、ビリビリと全身に伝染し、パァン!と弾けた。透明マントはズタズタのボロボロになったのだ。
それと同時に廊下のど真ん中に出現したのは、下着姿のオッサンだった。
「それでさー、カレシがねー……っ! きゃぁぁぁーー!?」
「イヤーー!」
「センセー! 変なオッサンがいるーー!」
不幸にもかち合ってしまった女子生徒の悲鳴で、サスマタを手にした体育教師が駆け付けた。
「試合終了! 優勝は……3年E組!」
「負けたーー!」
「でも準優勝だぞ!」
「準優勝……マジで、補欠の俺がいたのに?!」
「お前がいたから、準優勝まで行けたんだよ」
「マサ~!」
不審者兼【読み手】の侵入などこれっぽっちも認識していなかった読人は、球技大会男子バレーボール準優勝まで奮闘したのだった。そんな彼の鞄の中に、複数の拍手に囲まれた裸の王様の紋章が刻まれた白い【本】が入っているのに驚くまで、あと20分。
そして、御用となった不審者は警察に連行され……。
『次のニュースです。本日午後2時30分頃、こよみ野市の都立暦野北高等学校に下着姿の男が侵入し、教員に取り押さえられました。男は自称・会社員の
「おや、読人の学校じゃあないか。物騒だね」
紫乃が視聴する夕方のニュースでしっかり報道されたのだった。
To Be Continued……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
葛野八寿夫(38)
こよみ野市内の実家で暮らす自称・会社員……きちんと会社員です。
親の言うことを聞いて高卒で地元中小企業に就職し、給料全額実家に入れて親のために車を出し、クズと呼ばれ続けて張りのない人生を送っていたところで、一筋の光に出会い救われて財布を取り戻せたドルオタ。ななまどのためなら死ねる。
実際は死なない。もっと推しを推していたい……!
推しを愛しすぎるがあまり暴走して盗撮目的に高校へ侵入してあえなく逮捕!まるで『裸の王様』のような姿で連行された。
嫌な事件だったね。
武装能力・
『裸の王様』の物語の中核を担う馬鹿には見えない服の逆Ver.つまり、馬鹿にしか見えない服。見えない=透明、という想像によって着ると透明になれる服となった。例の青狸(旧)の声色で叫ぼう。
しかし、対人間しか想定していなかったため、動物の目には透明にはならなかったというプログラムミスがある。どんな生物に対しても透明になれると想像し創造し直したら完璧だったが、見えない服を着れば身体能力が上がるとか、そういうのはない。ただ透明になるだけである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます