26 南総里見八犬伝+牛若丸

26-①




「連休に、竹原と遊園地にデートに行くって言っていたけど……その様子じゃ、何もなかったんだな」

「デート違うよ。グループで行ったから、進展なんて、なかった……」

「何があったんだよ?」

「……ジェットコースターに酔って、トイレに駆け込んだ」

「締まんねー」

「読人、絶叫マシン苦手なの?」


 違う。苦手というほどではない。不本意にキリモミ回転をヘビロテしたり、落下したりしていたからだ。

 粗相は避けられたが、トイレに駆け込んで個室に籠ってリバースの嵐。進展なんてこれっぽっちもなかった。何度もジェットコースターに乗ってゾンビに追いかけられて、巨大ハリネズミに乗っただけだ。それだけだ!

 賢哉の隣で項垂れる読人が正美にいじられる。ちなみに、現場は『無問鯛』の店先のベンチである。

 5月の季節限定メニューはプリンたい焼き。元々存在しているカスタードクリームたい焼きにバニラエッセンスとカラメルソースを追加した、若干の手抜きを感じる限定メニューであるが普通に美味しい。

 暦野北高生の間ではリピーターが続出しており、火衣も今月に入って既に四個を平らげて五個目を所望し始めたので、やはり鞄の底に押し込んだ。

 プリンは美味しいのである。

 思い返してみれば、火衣が怪獣サイズに巨大化できるようになった以外は締まらない連休だった。いや、獲得した紋章は増えたけどね、経験値は貯まったけどね。

 高校生の青春面では全く何もこれっぽっちも進展がなかった読人。ガクっと項垂れていると、制服のポケットに入れていたスマートフォンが不意に震えてメッセージを受信した。


「あ、ごめん。響平から、だ……?」

「どうした?」

「これ」


 響平が送ってきたのは青空だった。

 雲一つない晴天を見上げた写真が一枚、送られて来ただけである。


「空だ」

「空だね」

「いい天気……あ、また来た」


 続いて写真がもう一枚。同じアングルで同じ空の写真であるが、今度は鹿が三匹こちらを覗き込んでいる。

 黒いつぶらな瞳の可愛い鹿である。角が短い。


「鹿だ」

「鹿だね」

「可愛いね……あ、そうだ。今日から修学旅行って言っていたんだ」

「修学旅行? じゃあ奈良か」

「岩手の友達なんだ。奈良、京都、大阪で修学旅行に行くんだって」


 読人と正美は中学校の修学旅行で訪れた、賢哉は小学校の頃に行ったらしい。

 響平が通う印束しるしづか高等学校は、本日より4泊5日の日程で奈良、京都、大阪へ修学旅行へと旅立っていた。

 初日は新幹線で奈良県へ向かい、奈良公園から東大寺を訪れて京都に宿泊する。

 奈良公園で鹿に煎餅をあげていたら、食欲旺盛な鹿が群れて囲まれ転倒した。転倒した状態で撮った写真がこの二枚のようだ。「鹿に囲まれた」と、笑顔のアイコンと共にメッセージが送られてきた。


「すげぇ楽しいことは分かった」

「岩手って、どんな友達なの?」

「おじいちゃん同士が友達だったんだ。それで、友達になった」


 今回の物語は、読人ではなく彼の友達――檜垣響平を【読み手】として語られる。

 舞台は、謎が謎を呼ぶ京の都。




***




 その都市には、様々な呼び名がある。

 古の都、歴史の町。積み重ね続けた時が脈々と受け継がれ、国内外の観光客で賑わう京都の町。

 府内には、由緒正しき神社仏閣があちらこちらに建てられ、荘厳なる伝統と文化を今に伝えてくれる。

 その中の一社。伏見区に位置する『伏見天流神社』。ガイドブックに載るほどではない、書籍供養で多少有名な神社は、地元民にはサツキの名所として親しまれ愛されている。

 早朝の朝露が、季節を彩る濃桃色の花を濡らす時刻。巫女姿の女性が1人、険しい面持ちでサツキの道に佇んでいた。その手には一冊の白い【本】……裏表紙には、八つの珠に囲まれた姫と犬の紋章が刻まれている。

 彼女の掌に乗る八つの水晶の珠を地面に転がせば、水晶の珠が付いたしめ縄の首輪を着けた八匹の犬に姿を変え、みんな利口に彼女の前でおすわりをしていた。


「何や、胸騒ぎがする。物騒なことにならへんとええけど……みんな、お頼みやす」

『キャン!』


 八匹の先頭にいた小さなチワワが勇ましく吠えると、犬たちは一斉に、風の如き速足で京都じゅうに散って行く。

 今年は特別な年だ。それは、不思議な力が渦巻くこの京都でも同じこと。

 神も仏も妖怪も、陰陽師だって巫女も高僧も、白い【本】も【読み手】だって。不思議なモノは全て、この都に揃っている。

 力が渦巻くこの都に何やら、外部から厄介なモノがやって来たように思えてならない。巫女が胸騒ぎを覚えたその日は、響平の修学旅行一日目。この日の夕方に印束高等学校御一行様が京都の旅館にやって来た。

 二日目は、清水寺から京都御所を始めとした名所を回り、午後はちょっと足を延ばして比叡山でお坊さんの法話。三日目の京都最終日は丸一日の自由行動。四日目は一日中大阪の某巨大テーマパークだ。みんなこっちがメインだと思っている。

 修学旅行三日目、自由行動日。幼馴染の萌を始めとした気の知れた友人6人班で、最初の目的地である伏見稲荷大社へと訪れた。


「俺、自由行動抜けるわ。先生にバレないように言っておいて」

「何でよ!?」

「じいちゃんに頼まれた用事で。じゃ、終わったら後で合流するわ」


 響平がそう言って班から抜けようとした。萌(班長)は激怒した。

 自由行動中は班行動が原則であり単独行動は許されない、バレたからみっちりお説教を食らうだろう。しかも連帯責任だ。そうに決まっている。学年主任の教師は、時間とルールに非常に厳しいのだ。

 だから、さっさと用事を終わらせてとっとと合流すると、人懐っこい笑みで丸め込んで響平はみんなとは反対方向のバスへと乗り込んだ。電話とLINEには必ず反応しろ!と、萌から十分に念押しされた。

 バスの中で祖父・龍生から受け取ったメモを見返せば、これからの行き先の住所が丁寧な字で書かれている。『伏見天流神社』。その名の通り、檜垣家の『天流神社』と同じ名前の神社である。

 専門用語込みで説明すれば勧請で分裂した同じ神社であるが、まあ同じ系列とだけ覚えていればいい。とにかく、岩手のみならず京都や他の地域にも、かつての歴史に姿を見せた不老不死者の伝説は残っている。

 折角京都に行くのだ、将来の宮司としてあいさつをしてきなさい。という祖父の勧めで、響平から自由行動から外れてやって来た。


「えーと。バスから降りて、こっち……あ、あった」


 観光地がひしめく地図の合間にぽつりとあった『伏見天流神社』を訪れると、美しいサツキの苑が出迎えてくれる。参道脇の玉砂利の道を抜けて手水舎に向かうと、誰かが並べたのか、落ちたサツキの花が並べられていた。

 参拝を済ませて辺りを見回してみれば、皐月の風景を楽しむ老夫婦や主人と共にお行儀よく神社を散策するポメラニアンと、慎ましく小さな神社では静かな時間が流れている。

 訪れる際は社務所に。巫女であり、【読み手】である女性が常駐していると聞いていたので、裏口のインターホンを鳴らしたが……誰も出ない。よく見たら、おみくじやお守り、御朱印を受け付ける窓口も閉じている。


「あれ、いないのかな。ごめんくださーい! 檜垣のもんですけどー……あれ、開いてりゃ。誰かいますかー?」

「どちらさんどすか」


 裏口の引き戸に鍵がかかっていなかったので、不躾だが中へ声をかけてみるが返事はない。が、背後から声がした。


「ビックリした。え、お坊さん? なして何で神社にお坊さんが?」

「こちらさんとはお知り合いでしてなぁ。ちょっとした用事で寄らせていただきました。ところで、そちらさんは犬伏さんになにかご用事でっしゃろか? 御朱印をお求めの修学旅行生とお見受けできますか」

「修学旅行生なのは間違いありませんけど。岩手の天流神社のもんです。檜垣響平っていいます」

「天流……」


 平日の昼間に東北の訛を喋る学生服の高校生といったら、確かにこの観光地では修学旅行生という選択肢しかない。実際に修学旅行中だ。

 響平に声をかけたのは、袈裟を着た僧侶だった。まだ若く、やけに整った顔をした美坊主である。頭を剃っても美形は美形なんだな~と、頭の片隅でぼんやり思いながら自己紹介をすれば、僧侶は納得したように頷いた。


「えらいすいまへん。私は、来命寺という寺の楠木クノスキ圓浄エンジョウと申します。こちらの犬伏イヌブシさんとこの早百合サユリさんとは……まあ、簡単に言えば【読み手】仲間でしてねぇ」

「え、お坊さんも【読み手】なんですか?」

「その口ぶり、君もそうみたいですねぇ。遥々岩手から、ようこそお越しやす。早百合さんは留守のようですね」

「みたいです。宮司である祖父から、あいさつしてきなさいって言われて来たんですけど。誰もいないですね」

「今、宮司である犬伏さんがご病気で入院中でして、娘の早百合さんが1人で神社を切り盛りしているんどす。どこかに出かけはったようですな、社務所の鍵をかけ忘れて商店街に買い物に行くことが、ようある子でして」


 随分と親しそうな口ぶりである。寺と神社、僧侶と巫女で【読み手】仲間とは言っているが、実際は友達以上恋人未満現状仲間という空気を感じた。

 楠木が袈裟から取り出したスマートフォン(スマホカバーが仁王像だった)で早百合へと電話をかけても繋がらないようだ。「電源が入っていないためかかりません」のアナウンスが流れ、楠木の顔が一瞬だけ強張った。

 何かよくないことが起きている?

 両者の間で不穏な気配が流れ始めたその刹那、サツキの花を散らす風と共に、ナニかの物体が表れて玉砂利の上をゴロゴロと転がっていった。


「何だ?」

「っ、じん! 仁やないか! 何があったんや、そないボロボロで」

「チワワだ!」


 息を切らせて現れたのは小さなチワワだった。毛並みはクリーム系ロングコートだが、背中には花のような黒い模様がある。可愛い。

 だが、その小さな身体は傷だらけでボロボロだ。毛並みが無造作に切られ、脚に切り傷を負っている。


「この子は?」

「早百合さんが創造した子です。早百合さんは『南総里見八犬伝』の【読み手】、物語に登場する八犬士からイメージをした八匹の犬たちが、早百合さんの能力です」

「創造されたチワワが怪我って、【戦い】でやられたのか?」

『クウン……』


 チワワには注連縄の首輪に「仁」と文字が浮かぶ水晶玉が飾られている。

 仁・義・智・礼・忠・信・孝・悌の文字を持つ、八匹の犬。その中の一匹がボロボロになって帰ってきて、残りの七匹と主人の姿がない。

 よたよたとした足取りで歩くチワワ――仁の小さな身体を受け止めた響平は、首輪に何かが挟まっているのに気付いた。


「何だこれ、パンフレット?」

「下鴨神社のパンフレット。何でこないな物が」

「あ、中にもう一枚ある。QRコードだ」


 挟まっていたのは、言わずと知れた京都が名所の一つ。みたらし団子の発祥地として有名な神社のパンフレットだ。更にその中にもう一枚、QRコードが印刷された紙が挟まっている。

 一体何のQRコードなのかと、スマーフォンで読み取ってみればネット上の動画に飛ばされた。サムネイル画面に映ったのは箱……木の台に乗せられた、大きな箱。

 箱の表面は、サラリとした光沢を持つサテン生地が貼られている。それだけではなく、パールのネックレスにゴールドのアクセサリーもだ。まるで着飾った女性の身体のようだった。赤いサテンのドレスを着て、アクセサリーで着飾った女性の姿……画面の横から皮手袋の手が伸びて、箱の蓋が開けられる。

 箱はビックリ箱だった。

 蓋を開けると中身が飛び出してくる。開けてビックリ、中身はピエロでも紙吹雪でもない……女性の首だ。否、あまりにもリアルなマネキンの首が着飾った箱の中から飛び出てきたのだ。

 綺麗にメイクをして、綺麗に髪を結ったブロンド女性の首は、箱に貼られている赤いサテンのドレスを着て、アクセサリーを身に着けたマネキン人形から切り取られて、全身をくまなくビックリ箱に改造されたかのようだった。


「何だこれ」

「さぁ。悪趣味、ということしか分かりゃしまへん」

『キャン! キャン!』

「っ、早百合さん!」

「え」


 動画の視点が動いた。映し出されたのは、パイプ椅子に縛り付けられて猿轡を噛まされた巫女装束の女性だった。気絶しているのか瞼は閉じたままで目立った外傷は見られないが、豊かな黒髪は乱れている。

 彼女が犬伏早百合だ。楠木も仁も、彼女の姿を目にして動揺の色を隠せていない。

 目を覚まさない早百合のアップで、動画は終了した。


「これって、あの人を助けたければ下鴨神社さ来いって意味ですかね?」

「それしか考えられまへん。動画の皮手袋の主は」

「【読み手】ってことになりますよね。あの、下賀茂神社ってどっち方向ですか?」

「君、行くつもりですか? 早百合さんに、縁もゆかりもない修学旅行生が」

「んー……縁もゆかりも何も、同じ天流神社のもんですし。あと」

「あと」

「俺、犬も猫も好きなんです。犬を傷付ける奴は嫌いです」

『クウ』


 響平の表情は柔らかくとも目の奥の光は鋭く、仁を抱き上げる手には力が籠っていた。楽天的と、へらへらしているとよく言われる響平であるが、女性が拉致監禁されているのを見過ごせない程度には正義感というものを持っている。


「俺の能力なら、場所さえ分ればひとっ飛びなんで。あー、でもこの間怒られたしな。観光地の真昼間から銀河鉄道は駄目かな」

「……ここは、土地勘のある者に任せてもらえませんやろか。響平君」


 そう言って、楠木は響平を連れて『伏見天流神社』の裏に行けば、そこには立派な大型バイクが停まっていた。どうやら楠木の私物らしく、これに乗って神社まで来たようだ。

 響平へヘルメットを一つ放り投げると、後ろに乗れと促した。


「急ぎますよ。仁をお頼み申します」

「スゲーカッコいいバイク。え、お坊さんってスクーターじゃないの?」

「そないな法律はありまへん」

「でも、昨日バスから見たんスよ」

「お黙りやす」

『キャン!』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

響「この黒いヘルメット、白百合のステッカーが貼ってあるんですけど、もしかして早百合さんのですか?」

楠「もしかしなくてもそうですが」

響「そうなんですかー。ご馳走様ですー」

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