15-④




 話は長くなったが、本題に戻ろう。幽鬼のような青白い女が、執行猶予中の芝昭奈である事は間違いない。そして、白い【本】を手にしていたのは夏月が目撃している。

 その目的は、【戦い】を勝ち抜いて不老不死を手に入れる事ではない。かつての婚約者を寝取った女への憎悪が、女子高生への憎悪へと変換されて暴走している。

 未成年と言う事で身元を隠され、対面が叶わなかった“敵”と同じJKたちを婚約者と同じくぐちゃぐちゃにしようと狂った頭で想像力を働かせてしまったのだ。なまじ、白い【本】と言う能力を得てしまったために。


「だとしたら、狙いは女子高生。竹原さんや、爽香さんだ」

『こりゃ、さっさと【本】を閉じないといけないな』

「柘植さん、2人を連れて早く脱出して下さい。俺たちが、何とか」

「待って黒文字君、あの大群に黒文字君と火衣君だけじゃ危ないよ!」

「っ、心配してくれてありがとう。でも、これはもう【戦い】じゃない」

『夏月を巻き込めないってさ。カッコ付けだ』

「火衣!」


 カッコ付けでも良い。男はこんなギリギリの状態でこそ、カッコ付けて歯を食い縛って、無理矢理にでも自身を奮い立たせなければならないのだ。

 他の参加者の中にも女子高生は何人もいたはずだ。彼女たちは一体どうなったのかと頭をよぎったその時、床にある不自然な染みに気付いた。

 夏月と爽香に向かって伸びるそれは、黒い……否、乾いた血の色をした足跡だった。まるで、自分たちの隠れ場所を教えているかのように外に伸びていたのである。


「柘植さん、逃げて!!」


 自分たちの居場所は、芝に筒抜けだったのだ。2人の女子高生の血の足跡を追って、直ぐそこまで近付いていた。

 ギギギギと、建付けが悪そうな音を立てて用具庫の扉が外側から開けられれば……新聞やニュースで報道されていた写真の面影が消え失せた、虚ろな双眸の芝の姿があったのだ。


「みー、つけた……!!」

「っ、逃げろ!」

「待って、お兄ちゃん……立てない!」


 スカートを掴まれた恐怖を思い出したのか、脚が震えて立つ事ができない爽香は兄に抱えられ芝を押しのけて逃亡しようとした。しかし、獲物にみすみす逃げられるようなへまはしなかった。

 開きっぱなしの白い【本】の別のページを捲り、誰にも聞こえない音量でぶつぶつどこかの一節を朗読すれば芝の背後に現れたのは鉄の扉。

 騎兵隊たちは、今此処にはいない。

 別の足跡を追って、先に脱出した他の女子高生たちを捕らえに向かっていたのだ。だから、今度の相手は騎兵隊ではなくこの扉の向こうに存在する物たちだった。拷問部屋へ誘う扉が開かれると、そこから半身だけ出て来たのは血が付いた鋸を手にした青髭マスクだったのだ。


「仏の御石の鉢!」


 今度もまた、狭い廊下の通路を塞ぐように石のドームが現れて鋸の一撃を防いだ。

 続け様の第二撃は、別の青髭マスクの半身が扉の向こうから飛び出て来てその手に持っていたバラ鞭を振り下ろす。鞭の先端には鋭い鉤爪が取り付けられており、これが人間の柔肌に当たれば皮を引き裂かれるのだ。

 だが、その鞭でも石のドーム……この場合は壁であるが、それを貫通する事もできない。ならばと、次に暗闇の中から現れたのは最もメジャーな拷問器具・鋼鉄の処女。自律して胸を開き、鋭く伸ばした内部の棘が石に食い込んだがこれで三度目の攻撃のため、カウンター攻撃が炸裂した。


「仏の顔も、三度まで!」


 が、やはりそう簡単にも行かないものである。人生も、【戦い】も。

 怒りのカウンター攻撃を返した仏であるが、両目から発射されたビームは扉の向こうに吸い込まれてそのまま無効化されてしまったのである。

 あの暗闇の中は、ブラックホールにでもなっているのか……?そんなはない、読人は知らないだけであの扉の暗闇の中では、青髭マスクによる女子高生たちへの狂った拷問の宴が続けられているのだ。


「あのマスク、確か……そうだ、ペローの童話集の挿絵に出ていた。【本】のタイトルは『青髭』だ」

『ヤバい【本】が、ヤバい【読み手】を選んじまったな』

「だとしたら、あの騎兵隊は青髭の城を包囲したフランス軍、あの扉は……妻の殺害現場」


 そして、夏月たちの居場所を教えていたあの足跡は、開けてはいけない小部屋の鍵に付着してしまった血から創造されたのだろう。拭いても洗っても落とせない血のせいで、小部屋を開けてしまった事が青髭にバレてしまったのだ。

 創造能力・血溜まりの導……決して雪げない、罪の証のようだった。


「ぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれ!! どけ!!」

「嫌だ!」

「お前も、あのガキを庇うのか!! 男はどうせ、若い女が良いんだろう……! JKが良いんだろう! ブランド品にしか興味がないんだろぉぉぉ!!」

「そんな事、DKだから解らないよ! 火衣!」

『言ってやれ、現役DK!』


 扉の向こうから次々現れる、数々の拷問器具を手にした青髭マスクと鋼鉄の処女だったが、火衣が炎を球体に形成してファイヤー・ボールの如く撃ち出せば簡単に火が点いて暗闇に逃げ帰る。

 機動力と集団戦術に長けた騎兵隊よりは、特定の状況下でその真価を発揮するタイプの能力なのだろう。

 だが、こちらも数だけはいくらでも創造できるのだ。一体の青髭マスクが逃げ帰る度に、まるでバトンタッチするかの如くまた別の青髭マスクやら使い捨てと思わしき鋼鉄の処女が現れて読人たちを取り囲む。

 胸を開いた鋼鉄の処女が大胆に迫って来たので、お断りの意味を込めて炎の壁を築いたが一体の青髭マスクが半身を猫のように伸ばして読人の頭上に現れたのだ。

 脂でぬらぬらと光る斧を構え、そのまま振り落として頭を狙う……火衣の直線的な炎で焼いてしまおうかとしたが、それよりも素早い一太刀が文字通り、青髭マスクの顔面を薙ぎ払ったのである。


「面!」


 薙刀代わりにデッキブラシを手にした夏月によって、綺麗に面が一本決まったのだ。


「竹原さん?! 何で……」

「彼女の狙いは、私たち女子でしょう。私、少しぐらいは戦えるから。黒文字君を残して逃げられないよ!」

「っ」

『割とじゃじゃ馬だったな。こんな状況下に、飛び込んで来るなんて』


 デッキブラシを半身に構え、読人の背後を守るように背中合わせになった夏月は手にまとわりつく汗を拭ってから再び得物に添わせる。

 こんな状況下……周囲は火衣の炎が燃え盛り、拷問器具を手にした青髭マスクに自律可動式の鋼鉄の処女。その大元である【読み手】は、精神が病んだ殺人犯だ。

 普通ならば、何で戻って来たと怒声も飛びそうな行動だ。

 彼女の身の安全を考えるならば、力ずくでも逃がした方が良いはずなのに……読人と背中合わせになる夏月は、この上なく頼もしかった。

 読人の胸の奥から甘酸っぱいナニかと、身体を奮い立たせる熱いモノがせり上がって来る。

 この人を、何としてでも守る――まだ、16歳の少年にははっきりとは自覚できないけれど、微かに芽生え始めた感情であった。


「どうすれば、この【戦い】は終わるの?」

「彼女が手にしている【本】を、俺が「めでたしめでたし」で閉じれば良い」

「じゃあ、【本】を落とせば良いんだね。私がすり抜けて斬り込めば、小手を入れられる」

「いや、駄目だよ! 狙いは、竹原さんだ」

『んな事、言っている場合じゃないみたいだぞ。読人!』


 目の前に得物が現れれば、マンネリになっていたテンションも一気に上昇する。実際、捕まえ損ねたJKが視界に入った芝は、大きく目を見開いて【本】に爪を立てた。黄ばんだ前歯を見せてにんまりと口が緩み、その悦びを隠し切れずに感情と殺意を爆発させたのである。


「ぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれぐちゃぐちゃになれ……!」

「たった3年の高校生活が、ぐちゃぐちゃにされてたまるもんか!!」

「っ、夏月さん! 行って!!」


 拷問部屋の向こうからは、一気に10人もの青髭マスクが登場して今度は大掛かりな拷問器具まで持ち出して来た。三角木馬に……棘だらけの椅子は、何だか解らん。だが、それらに夏月を捕えさせる訳には行かない。

 火衣の炎は読人のイメージ通りに壁となって青髭マスクと拷問道具たちを抑え込み、夏月が芝へと向かう一本の道を作り出す。

 その道を踏み込んだ夏月の薙ぎは芝の手を狙って小手を決めようとするが、未だに扉が開いている小部屋から次に出て来たのは、王妃の首を刎ねたギロチンだ。

 あんなもの、デッキブラシで太刀打ちできるはずない。だが、夏月をこのままぐちゃぐちゃにさせる訳にも行かない。

 何の作戦も、思惑もなしに夏月の元へ飛び出そうとした読人であったが……その時、『竹取物語』の光が強くなり、新しいページが開かれる。


「何でも良い、夏月さんの力に! なって!! 『中納言石上麻呂様は、燕が産んだ子安貝を持って来て下さい』!」


 かぐや姫が5人目の貴公子出した難題を朗読すれば、白い【本】から小さな燕が飛び立った。

 電光石火の素早さで真っすぐ夏月の手元に止まった燕は、ビルの備品であるデッキブラシを彼女のための武器へと変化させる。

 落ちて来たギロチンの刃を切り捨てたのは、貝殻の光沢を連想させる美しい刃紋。螺鈿のように小さな白い星が散りばめられた黒い得に、夏月の両手がしっかりと添えられて胴の位置へ斬り込めば、ギロチンの刃は紙よりも簡単にスッパリ切断されたのだ。

 燕が消えて、夏月の手に現れた美しい薙刀……ギロチンを薙ぎ払った美しい武器は夏月の頭上でくるりと翻り、先ほどの燕の飛翔と同じぐらい素早く芝の脛に斬り込んだのである。


「脛!」

「っ、斬れた……?」


 流れるように下段から上段への攻撃を決めた夏月だったが、脛に攻撃をされた芝の身体が斜めになって崩れ落ちればなんと、彼女の右足首がすっぱり身体から斬り放されていたのだ。出血などしていない、ソフトビニールのフィギアの脚がすっぱり斬られてかのように、卵の殻の色に似た白い断面を残していた。

 芝は何が何だか解らない内に廊下に倒れ込み、小手への攻撃もせずに手から【本】がすり落ちる。この【本】を閉じれば、悪夢は終わる……青髭の城は、狂った城主の物語は閉じなければならない。


「めでたしめでたし」


 裏表紙には、豊かな髭を蓄えた男のシルエットが囲まれた城の紋章。その紋章が『竹取物語』へと移動し、【本】能力を失えば全ては“なかった事”になるのだが……刻まれた傷は、そう簡単に癒える事はない。

 騎兵隊によって破壊されたエントランスも20階の窓ガラスも、何もなかったかのように元通りになった。しかし、『開けてはいけない拷問の小部屋』に閉じ込められて拷問を与えられ続けていた少女たち……芝の周りに倒れていた彼女たちに夏月が駆け寄るが、外傷はなく気絶しているようだった。

 だが、1人の少女が悲鳴を上げて跳ね起きれば、両腕で身体を抱えてガタガタと震え出す。

 何が起きたのか、何をされたのかは曖昧になっていたため彼女たちの記憶の中では拷問の小部屋での出来事がにされたのだろう。だが、与えられた“恐怖”だけは心の傷としてしっかりと残ってしまったのだ。

【戦い】から脱落した芝は、読人がボディバッグの肩紐を使って両腕を拘束しても未だに暴れ続けて少女たちや夏月の脚に噛み付こうと歯をガチガチと鳴らせている。そのまま、駆け付けた警察官によって逮捕されたのだが、あの様子では一生病院から出る事はできないかもしれない。

 狂った物語が終わっても、現実の狂いは終わる事はなかったのである。


「夏月さん、下に降りよう」

「うん……ごめん、手を貸してくれない?」

「どうしたの。まさか、怪我?!」

「違う。足腰、立たなくなっちゃって……」


 この間、リオンに勘違いで襲撃された時と同じ。終わった後に、興奮も冷めてアドレナインも引いてしまってから、恐怖やら震えが追ってやって来てしまい夏月の脚が動かなくなっていた。

 手にした、美しい薙刀――読人が創造した『燕が産んだ子安貝』を、申し訳なさそうに杖として使って歩こうとしたが上手く進めないようである。手を差し出そうとした読人だったが、火衣に脛を蹴られ意味ありげな視線を投げられる。ガンガン行け、と言う合図だ。このハリネズミ、人の気も知らないで……!

 意を決した読人は、手ではなく背中を差し出した。その背中に、乗ってくれと言う赤面のお願いである。


「ごめんね、勝手に戻って来ちゃって」

「ううん、夏月さんのお陰だよ」

「そう言えば、名前……」

「あっ!」


 そう言えば、いつから彼女を名前で呼んでいただろうか?少し前までは、「竹原さん」と名字で呼んでいたはずなのに気が付けば名前呼びだ。無意識だったと、夏月を背負っている読人の横顔が更に赤くなる。まるで火衣の炎のようだ。きっと、その炎と同じぐらい熱くもなっているはずである。

 心の中では名前で呼んでみた事があったが、実際に口に出すのはもっと先のはずでした。と、問い詰めたらきっとこんな弁論をするに決まっている。


「良いよ、夏月で。私も、読人君って呼ぶから」

「っ、ありがとう。夏月、さん」


 こうして、夏月との距離が縮まって五個目の紋章を手に入れて、めでたしめでたし……と、言う終わりにはならなかった。


「全く、お前さんと来たら。しっかり、この子を【戦い】に巻き込んでいるじゃあないか!」

「ごめん、なさい! ごめんなさいぃぃぃ!! お願いしますから、この膝の上の百科事典をどけて下さいぃぃ!」

「桐乃、もう一冊追加おし」

「……はい」


 とんだ脱獄ゲームの後、警察で事情聴取を終えて折角だからと柘植兄妹と連絡先を交換した。爽香も芝の恐怖を味わったが、兄のお陰で大きなトラウマを負った様子もないようだ。そして、そのまま夏月を送って行こうかとしたその前に『若紫堂』へ寄って、事の成り行きを説明後に紫乃による折檻タイムが始まってしまったのである。

 紫乃が愛用する足ツボマットの上に正座させられて、両手は後ろに回して結束バンドで拘束された。そして、その膝の上に分厚い百科事典を何冊も乗せられて、石抱きの刑ならぬ本抱きの刑に処されている……もう一冊百科事典が追加されれば、マットのボールが脛に突き刺さってとんでもなく痛いのだ。


「【本】で創造される能力で他人のために武器を創造すると言うのは、私らの間では“組み込まれる”と言う。もう、夏月さんはお前さんが作り出す『竹取物語』の物語の登場人物として、組み込まれちまったんだよ。一度創造してしまったものは、【読み手】の都合で消してしまう事もできない。だから、創造は慎重にしろとあれほど言っただろうに……」

「つまり、夏月ちゃんも否応なく【戦い】に巻き込まれるって事ですか?」

「えーー!」


 つまり、そう言う事である。夏月は、読人が創造した能力の一部となったと言う方が正しいだろう。

 武装能力・燕が産んだ子安貝――

 読人が夏月のために想像して創造した薙刀は、装飾品として使われる貝たちが詰め込まれた美しい彼女のための武器だったのだ。今、その薙刀は小さな二枚貝のキーホルダーのようになっている。蔵人の家の合鍵に付いている、貝の鈴のキーホルダーに少しだけ似ていた。

 竹刀と同じぐらい軽くて手に馴染んだその薙刀は、試しに桐乃が手にしてみれば彼女は持つ事ができなかった。桐乃が夏月から受け取ると、薙刀は燕の大群になって手からすり抜けてしまい夏月の手に戻って来てしまったからである。

 夏月のための武器、夏月しか扱えない武器……勿論、【読み手】である読人が手にしても同じく燕の大群が飛翔した。


「読人」

「はい」

「お前さん、覚悟するかい?」

「……」

「この先、今日の【読み手】のように気が違っている奴らも出て来るはずさ。そんな連中から、夏月さんを守り抜く覚悟は持っているのかい」

「いっ……!」


 どすんと、今度は国語辞典が膝の上に乗せられた。紫乃の言葉が耳に突き刺さり、足ツボマットも脛骨に突き刺さる。【読み手】に選ばれた人間は、全てが全て不老不死を求めている訳ではない。ただ単に、【本】の能力を暴力として使い欲望を叶えようとする者だって、話が通じないぐらい狂った者もいるはずだ。

 夏月を巻き込んでしまったのは、呼び込んでしまったのは自分だ……だったら、責任を取るしかない。


「覚悟……あります! 夏月さんを巻き込んだ責任は、俺が取ります!!」

「……結構。それじゃあ、早く彼女を送って行ってやりなさい」


 膝の上の百科事典を取り払われ、結束バンドも切られて足ツボマットの上から解放されたが思った以上にダメージが蓄積されていたので上手く歩けない。足ツボマットは正しい使い方をしなければならないと感じてよろける読人に、夏月が再び、手を差し伸べてくれたのだ。


「帰ろう、読人君」

「うん」


 しっかりと、取り零さないように、彼女の小さな手を握ったのである。






To Be Continued……


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